情熱の王国:日常満喫

 ゼナの屋敷に乗り込んだアルフレッドの様子を確かめようとアークは桃色の虎穴に踏み込んだ。騎士王をもたじろがせし屋敷の圧、乗り越えて到達した部屋にはベッドで爆睡するイェレナの姿があった。屋敷の主とアルフレッドの姿が見えない。

 使用人たちに聞き取り調査をした結果――

「よっと」

「おにくーおにくーおにくにくー」

 騎士王は厨房へと辿り着いていた。桃色のエプロンをして料理に勤しむ凸凹コンビ。アルフレッドとゼナが仲良く息の合った調理を見せる。

 鉄鍋を軽快に揺らし、ローレンシアで唯一エスタードの真央海沿岸部で食されている米を、これまた内陸部では貴重な魚介類と共に炒める。貴重で高価、早馬で少量しか運べないこともあるのだが、そこは天下のカンペアドール。金に糸目は付けない。

 アルフレッドもアルカスでは中々弄れない食料品の数々に嬉々として腕を振るう。

 ゼナはゼナで大胆に肉切り包丁で豚を解体したと思えば、野菜を繊細に刻む器用さも見せる。美味しいものが好きだから自分で作り始め、気づけば槍の次に得意なことが料理になっていたのだ。

「……楽しそうであるな」

「ええ、見たことのないスパイスもあって面白いですよ」

「これ美味しいよ」

「どれどれ」

 ゼナが差し出した味見分をぱくりと食べるアルフレッド。キャッキャうふふと仲睦まじい様子にアークはため息をつく。

 ちなみにアルフレッドはゼナ同様お菓子作りも含め料理全般が得意である。得意には理由があり彼の周囲には料理が得意な女性がいなかったのだ。得意でないというよりも苦手なレディたちに囲まれ、すくすく育った結果、今がある。

「ちょっと待っててください。もうちょっとで出来ますので」

 アルフレッドはアークに微笑む。

 アークは苦笑いしながら「お腹空いたなぁ」と頭を空っぽにした。


     ○


 皆でワイワイと食事をして、アルフレッドとアークは別室を与えられぐっすりと眠る。早朝、眠気眼でゼナ、アルフレッド、アークの三人並んで槍を剣を振る。朝餉も二人で用意し、そのままアルフレッドは闘技場へ引き摺られて行った。

 ゼナは小鳥ちゃんことイェレナの望みでエスタードの図書館に彼女を担いで向かう。イェレナは早速、医療系の図書に埋もれガンガン読み進めていく。ゼナは図書館だというのに大の字になって寝ていた。さすがカンペアドール、自由である。

 闘技場では大活躍のアルフレッド。無敗の王者リオネルを破った噂は此処まで到達しており、血気盛んなエスタードの剣闘士たちがこぞって挑戦するために列を成したほどである。そこから破竹の勝利を積み重ね、黄金騎士の名はさらに広まる。

 そんなこんなで――

「どんな状況だァ、これは?」

 出所を許されゼノが見たのは本の山で爆睡する妹分のゼナと騎士王アーク、その周りで凄まじい速度で書物を捲るアルフレッドとイェレナであった。

「むぅ、娑婆に出てきたかゼノよ」

 むくりと起き上がったアーク。しかし、どうにも締まりのない顔をしている。先日見せたシリアスな貌は何だったのかと思うほどであった。

「あ、ゼノさんだ」

「ごぶさた」

 アルフレッドとイェレナも反応するが目は本の内容にくぎ付けであり、イェレナに至っては一瞥すら向けていない。国によって異なる医術。エスタード独自の術理だけでも山のような文献がある。玉石混交、全て平らげ自分の肉とする。

 イェレナはここぞとばかりに知識を貪る。

「まあお気に召したようで何よりだ。ゼナ邸にもそれほど抵抗感がなくなったようだな」

「まあ、慣れですよ慣れ」

「未だに落ち着かない」

「えっ!?」

 小鳥ちゃんのカミングアウトに泣き出しそうなゼナが起き上がってきた。小鳥ちゃんことイェレナはよしよしと頭を撫でつけ鎮圧。手慣れたものである。

「そろそろ読み終わりそう」

「そっか、じゃあそろそろお暇しようか」

「えっ!?」

 見る見ると曇っていくゼナ。しかし、イェレナは動かない。

「ん、まあ旅の途中、ここは通過地点に過ぎまい。ゼナもここは武人らしくすっぱり――」

「小鳥ちゃんはゼナのなのッ!」

 動かないイェレナを再び拘束するゼナ。その眼は玩具を奪われまいとする子供のそれ。ゼノは困ったような顔をしてどうにか宥める方法を考えていた。ゼノにとってはアークを押さえた以上、早急にアルフレッドたちを北へと送り出したいのだ。

 この場でそれを言うわけにも、おくびに出してアルフレッドに無用な警戒を与えたくないから控えているが、それでもこのゼナの暴走は彼の想定外であった。

「じゃあ、勝負しようか」

 アルフレッドは普段と変わらぬ表情でゼナを見つめる。

「ゼナ……強いよ」

「俺はもっと強いけどね」

 空気が張り詰める。ゼナの表情が明らかに変じた。駄々をこねている子供から、武人の貌へと切り替わっていく。雰囲気が、熱量が、むわりと、立ち上る。

 それでもアルフレッドはいつも通りの笑顔。

「俺が勝ったらイェレナを返してもらう。初めからそのつもりだったから」

「ゼナが勝ったらアルちゃんもゼナのだからね。ゼナがママで、アルちゃんがパパ、小鳥ちゃんは、んーっとゼナの妹! 家族がいっぱい、楽しみだね」

「君が勝ったら、だよ」

 アルフレッドの笑み、その眼から黄金の光が零れる。

「ゼナは勝つよ。カンペアドールだからね」

 ゼナの獰猛な笑み、その眼から灼熱が零れる。

「……想定外だ」

「想定外であるなあ」

 ゼノとアークは目を合わせる。

((面白くなってきた!))

 お調子者二人組は同時に悪だくみを開始した。

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