情熱の王国:エルリードへ

「稽古つけてくださいよ。稼がせているんですし」

「ノンノン、まだその時ではないのだボゥイよ」

「またそうやって逃げる」

「逃げるが勝ち、これぞゼノ流兵法の極意よ。ナッハッハ」

 エルサラを抜け、赤茶けた大地が北上する過程で少しずつ緑を帯びていく。

「エルロナには寄らないんですか?」

「あそこまで行くとかなり遠回りになるからなァ」

「エルリードから真西にあるからの。されどよい街であるぞ」

「ええ、本当に」

「あ、なら行かなくていいです」

「本当は行きたいくせに」

「イェレナ。だからあれは誤解なんだって――」

 大人の邪気を感じ即座にアルフレッドはエルロナ行きを断念した。

 エスタードの主要都市である南のエルサラ、北のエルガを繋ぐ中間地点であるエルロナは貿易都市として栄えていた。港湾都市のエルビクからも便がよく、都市自体の規模こそ上記二つに劣るが、エスタードでも随一の活気を見せる都市であった。

 邪気の原因はその豊かさ。激流の如し金の流れを巡り、表裏問わず凄まじい数の賭場が軒を連ねているのだ。ゼノとて行きたいのはやまやまであるが、本気を出せば折角できたへそくりが一晩で消えることもあり得る。アークと二人、敗戦は目に見えていた。

 欲望との戦い。理屈によってねじ伏せたゼノ。

 このへそくりで新しい鎧を買うんだ、とゼノは一人意気込む。


 そんなこんなで――

「いやはや、長い旅だったなァ」

「長くしたのはゼノさんでしょうに。無駄に闘技場で働かせて」

「無敗伝説は継続。いよっ、黄金騎士アレクシス!」

「……ハァ」

「さて、見えてきたようだ」

 アークが指さした先、アルフレッドとイェレナは目を輝かせる。

「我らが麗しの都、情熱の国エスタードを象徴する王都エルリード。ようこそ御両人、此処までがかつてのエスタード、此処からが今日のエスタードだぞ!」

 赤茶けた大地にそびえる壮大なる都市。広さだけならばウルテリオルにも比肩し得るサイズ感である。何よりも珍しいのは都市全体が赤いことであった。

「遷都の際、初代様とジェド様たっての願いで外壁が赤く塗られたのだ。多少色落ちこそすれ、真っ赤っかだ。他の建造物もベースが他の地方では見られぬ赤を含んだ石ゆえ、まあ赤い。大英雄烈日の栄光が産んだ都市、見事なものであろう?」

 アルカス、ウルテリオル、それらと比較してとにかく我が強いイメージであった。色もそうだが建物の形状も独自色が強く、貴様らの価値観におもねる気はないと都市全体が語っているように見えた。実際、当時の主流であったネーデルクスやガリアスの真似だけはするなと無茶な要求をあの兄弟は建築家に厳命したらしい。

「さあ、諸君。刮目せよ!」

 先導するゼノは両手を広げて歓迎のそぶりを見せる。

「これが今日のエスタードであるッ!」

 門を潜ると其処には――

「捕らえよ!」

「へ?」

 一瞬で拘束されたゼノの姿があった。皆より先に門を潜って数秒、まさかこんな無様を晒すことになろうとは、さすがのアルフレッドもあまりの無様さに不憫が過ぎると涙を流すふりをする。イェレナは無表情。アークは大爆笑であった。

「えぇい、放せ! 今、一番の決め所であったのだぞ! エスタードのこう、何か熱くて大きい感じを出したかったのにこれではギャグみたいではないか!」

「いやあ、王女様の命令なのでお許しを」

「……何故バレた?」

「あれだけ派手に遊び惚けていれば当然かと……目撃情報も多数ですゼノ将軍」

「俺としたことが……不覚!」

 悔しがるゼノに一瞥すら向けることなくエルリードの玄関口を見て、好奇心が刺激されている若者二人。アークは彼らから一歩下がりどこか愁いを帯びた眼でこの都市を見る。自らの侵略が届かなかったエスタードの心臓部。

 騎士王の軍勢はかつてこの手前まで到達した。エスタードの総力を相手取ってなお突き破り、隆盛を極めしカンペアドール軍団をも凌駕し、あと一歩のところで本気の烈日を前に沈んだ。届かなかった場所に訪れた騎士王は一人、何を想うか。

「ゼノ!」

「ぐぬ。この声は……お転婆ガールではないか」

「せめて殿下をつけなさい殿下を! 幼馴染だからといって不敬が過ぎますよ!」

「幼馴染の妹、だ。お転婆ガール殿下。まだまだヤング、俺からすれば――」

 ヤング、そう言われた瞬間、少女の顔に獰猛な笑みが浮かんだ。

「キケ、拘束」

「ごめんねあんちゃん」

 のっそりと現れた巨体。アルフレッドはその大きさに離れていてもプレッシャーを感じた。優しげな表情で、雰囲気も丸みを帯びているのに、一瞬、武人としてアルフレッドに視線を向けた際に感じた悪寒。格上の、それ。

「ぶ、ブラザー! お前まで俺を裏切るのか!?」

「主命だからねえ。あとお金も回収するよー」

「お、おい!? 兄を逆さに振るな! 上下に振り回すな。もっと優しく――」

 部下たちは慣れ親しんだ所作でゼノの馬から金銀を回収し、キケが用意した馬車に積み込んでいく。全ての段取りが整っていたのだろう。スムーズにゼノから金を巻き上げる様は、もはや主従逆転といっても過言ではない。

「なんか、さすがに可哀そうになってきたよ」

「……私も」

「ふむ、我はそう思わんよ」

「え?」

 ポケットというポケット、服の裏地に至るまでがっつりチェックされ、パンツ一丁で護送用の馬車に詰め込まれるゼノに威厳の欠片もない。それが衆目に晒されているのだから酷い話である。若くしてカンペアドールに名を連ねた俊英がこんな醜態を晒していいのだろうかと他国の人間ながら心配になってしまう。

「あれもまた王道よ」

「……ええ?」

 怪訝な顔をするアルフレッド。だが、しばらくすると見えてくる。

「あ、ゼノ様だ!」

「ゼノ様が帰ってきたぞ!」

「またパンツ一丁だ!」

「もう、ゼノ様はしょうがないねえ」

「いつまでたっても悪戯坊主のやんちゃくれなのは変わらんなあ」

 老若男女、エルリードの市民が続々と護送用の馬車を一目見ようと集まってきていた。がっつり拘束されているゼノであったが、両腕に枷をされながらも「オラ! オラ!」と手を振る様に悲壮感は欠片も無く皆の笑いを誘う。

「……なん、で?」

「威圧するだけが王道ではない。ああいう王もあり、なのだ。民がどう望むか、それによって王は形を変える。力によって君臨する者もいれば、支えられ願いによって立つ王もいる、千差万別よ。白の王だけが正解ではないぞ、アルフレッドよ」

 見た目は滑稽であるのに、本当に情けない状況であるのに、それでも民から受け入れられるキャラクター。民の愛が離れていても伝わってくる。そして、ゼノが振り撒く雰囲気もまた民を愛していた。相思相愛、このシチュエーションでも王道は成り立つ。

「ようこそエスタードへ。歓迎しますよ、黄金騎士アレクシス殿」

 王女と呼ばれた少女がにっこりとアルフレッドに微笑みかける。先ほどまでの猛々しい雰囲気は欠片もない。美しく溌剌として太陽のような笑顔が眩しい乙女。

 ゼノに対する際は苛烈極まる雰囲気であったのだが――

「ここは戦士の国、貴方の武を楽しみにしている者たちも多い。闘技場でご活躍される際はぜひお声かけくださいね。無敗のお手並み、拝見させて頂きます」

 情報は筒抜け、さすがにこれだけ時間も経てばガリアスでの戦いも耳に届いているだろう。ゼノの部下、少女の部下、戦士たちの眼がぎらりと輝く。

「小鳥ちゃんみっけ!」

「ぬ?」

 そんな雰囲気も何のその、外壁を駆け抜け、門の上部から跳躍し、その巨躯は地面に降り立った。がっちりとマーシアの瘴気服を纏ったイェレナを掴み取る。

「ゼナ!?」

 少女も驚いた登場。

「かぁいい! ゼナのおうちに行こうね小鳥ちゃん!」

 ゼナ・シド・カンペアドールは小鳥ちゃんことイェレナを拘束し、そのまま誰よりも素早く駆け出す。アルフレッドとアークがぽかんと立ち尽くす中、突如拉致されたイェレナ。巨躯に見合わぬ圧倒的速度でこの場を離脱していく。

「はなして」

「なんで? ゼナのおうち楽しいよ? お菓子もあるよ」

「……やぶさかではない」

 背中が視界から消えた。誰も動けない。あまりにも全てが早過ぎたのだ。

「まったく、ゼナお姉さまはどうしてこう――」

 天を仰ぐ少女。部下たちも「はぁ」とため息をついた。

「ど、泥棒!」

 珍しく思考が停止したアルフレッド。精一杯絞り出したセリフがこれであった。

 チープである。

「ガッハッハ、まこと、面白い国であるなァ」

 アークが大笑いする。

 アルフレッドと愉快な仲間たちは王都エルリードに到達した。

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