情熱の王国:星空の下で

 ゼノと三人は超軽装以下略の夜営地に戻っていた。騒ぎを起こしたことで街に居づらくなったこと、何よりも話をするなら星空の下がいい、と言い切ったゼノの提案である。件の部下たちはすでに主犯を捕らえ王都へと向かっていた。

「何もない土地だ。この赤土ではろくな作物も育たない。少ない草木を巡って人と獣とが場所取りをする有様。獣をようやく屈服させたと思えば、次は増えた人同士が少しでもマシな土地を巡って対立する。それがエスタードの歴史だ」

 星空の下、焚火を囲んでゼノは訥々と語る。

「肥沃な土地への憧れはエスタードの民ならば誰もが持つ。カンペアドール兄弟、その子孫のおかげでネーデルクスを押し込み、嗚呼、北半分はまともな土地が手に入った。俺はその後に生まれたからな、所詮は人伝、本当のエスタードを知らぬのは少年と同じだ」

 今日見せたどの顔とも違う表情。陽気なゼノという貌もまた仮面なのかもしれない。

「ここがエスタードだった。何もない、痩せ、枯れた土地。此処より南はもっと酷い。夜では見え辛いが、ローレンシアを貫く大連山、その終着点である世界最大の峰、あそこを越えた先には真の地獄がある。我らと交流のある国はスパルティーぐらい、価値観を共有できる国、いや、国と呼べるのもまた、地獄の玄関口であるかの国ぐらいだ」

 ゼノは顔を歪める。

「俺は神話を知らぬ。形跡を調べたことはあったが、おそらくジェド様であろうな、綺麗に消されていた。だが、それによって土地が、生存圏が守られたのだとすれば、俺たちは感謝せねばならない。あそこは地獄だ。スパルティーとは戦力を貸し借りする仲でな、俺もキケも、ああ、弟なんだが、行ったことがある。人も獣も、かの地では常に飢えている。食うために殺すのだ。獣も、人も、なァ」

 人を殺して食う。生きるためにそうせねばならない場所。そうあることに疑問すら抱けぬ土地がある。そのことにアルフレッドは衝撃を受けていた。

「エスタードを守ったのはエルの民である。この土地に住んでいた者をガルニアへ逃がし、土地にしがみついた者は滅びに屈したか、山を越え難を逃れたか。この地の王は選択できなかったのだ。人柱によって生きる道を、民に犠牲を強いることが」

 アークもまた険しい顔つきであった。

「……それは知らなかった。ガルニアにルーツを持つ者は多いと思っていたが。ならば我らはそのエルの民とやらに感謝せねばならないのでしょうね」

「うむ。だが、滅びが海を、山を越え及ぶのを防ぐ程度しか出来なかったのだろう。彼らは神話の生き物、魔術時代においてすら絶滅寸前の旧い生き物であった。土地までは守り切れなかったのだ。無間砂漠ほどではないが、この土地もまた常に死に瀕しておる。少しずつ、回復はしているのだろうが」

 アークは「話の腰を折って済まなかった」とゼノに詫びる。

「いえ、俺も貴重な話が聞けて良かった。先人たちは俺たちのためを思い、負担にならぬよう凄惨な事実を、過去を隠匿しようとする。かつてのネーデルクスが行っていた神狩りもまたそうでしょう。その愛が、我らの眼を曇らせることになるとも知らず。おっと、俺も乗っかり過ぎだな、すまない少年。要するに、俺はかの地で人を知った。人もまた所詮は獣、生きるためであれば平然と同属を殺し、喰らう。それが人だ」

「……それがエスタードの現状とどういう関係が?」

「焦るなよボゥイ。この町だけでは立てない。色々工夫をし、北側との交易によって生活は何とか保たれているが、その交易が成り立っているのも間に国を挟んでいるから、だ。ぶっちゃけてしまえば補助金だな。まあ、それで北側と南側は結構険悪だ。北は南が優遇されていると思い、南はいい土地に住んで、と思う。如何ともし難い」

「それが争いを生む火種となる、ということですか?」

「常に争っているとも。剣を交えるだけが戦いではない。金だけでもない。感情がぶつかり合うのもまた闘争だ。山を越えた先ほどではないが、この土地は常に飢えてきた。南北問題の根は其処にある。そして武国エスタードの問題も、其処に起因するのだ」

 ゼノは天を仰ぐ。満天の星空を見つめ乾いた笑みを浮かべていた。

「かつてこの地に二つの太陽が舞い降りた。七王国の恥さらし、弱小国エスタードが産んだ英雄、シド・カンペアドールとジェド・カンペアドールだ。隆盛を極めたネーデルクスと拮抗し、ウェルキンゲトリクスという怪物が同時代に現れたのも幸いして、エスタードは念願の領土を大量に奪い取った。歓喜に沸いたのだろう、この土地を見れば想像に難くない。気づけば武国として持て囃され、カンペアドール軍団は皆の憧れ。戦士こそがこの国の礎となった。その成功体験が、未だこの国が前を向けぬ最大の要因なのだ」

「成功体験、戦士でない者ですら、忘れられない記憶」

「そうだ。市井だけではないぞ、この国の上層部にすら根付いている記憶、感情だ。容易ではない。だからこそ、初代様は二代目にエルビラ様を指名したのだ。それとて記憶を除けるわけではない。乱世でない以上、二代目の権力も抑えられ始めている。戦乱の世を乗り越えた国家であればどこも持つ記憶だが、エスタードはそれが人一倍強い」

「難儀ですね。解決法が見出せない」

「時間をかけるしかあるまい。全体の意識を変えるには時間と、そして別の道を提示し、かつ全体に成功体験を刻まねば変わらない。難儀であり、時間もかかる。人は理性の生き物でもあるが、根は本能、其処に刻まれた感情の生き物だと俺は思っている」

「それを屈服してこその人でしょうに」

「それは人に求め過ぎだ。なァ、少年。人間は相対的なモノだとは思わないか? 愚かな人がいるから賢い人がいる。醜い人がいるから美しい人がいる。その尺度は時々によって変わる。ところによっても変わる。様々だ、だからこそ全てに価値がある」

「……全て、ですか。随分、甘い」

「蕩けるように甘いのが理想というものさ、ヤングボゥイ」

 アルフレッドは「ッ!?」と隣にいるイェレナを見つめた。あまり興味がないのかうつらうつらと睡魔に敗北寸前の彼女は、きっと一連の流れを聞いていなかっただろう。それでもアルフレッドは己を恥じる。また自分はどこかで、理想を捨て現実だけを見ようとしていた。合理的だから、容易いから、甘い考えを捨てようとしていた。

「南北の格差、枯れた土地が原因なのは昔と変わらず。彼らが二の足で立てるようにするのが俺たちの役目だ。間引くのは、その後だろう? それがファーストチョイスであればやはり人は獣と変わらんということになる。美しい世界の横には醜い世界がある。醜い世界をマシにすることが隣り合う世界にもいい影響を与えるのさ」

「全てを美しくすることはできないのでしょうか?」

「どうかな。出来るかもしれんが、俺はつまらんと思うがね、それだけの世界は。さて、そろそろレディもお休みの時間だ。そこのテントを使っていい。ゆっくり休みたまえ」

「あの、テントが一つしかないんですが」

「おいおい、御冗談はよしてくれ。レディを一人で寝かせるなど紳士の風上にも置けん奴だな。紳士的に腕を貸してやれ腕を」

「いや、お、俺とイェレナはそういう関係じゃ」

「屈服してこその人、なのだろう? 実践してみたまえ、少年」

「ッう!?」

 会心の返しにアルフレッドは発言を後悔する。うつらうつらとしているイェレナを見つめ、下心はない、絶対だから、と彼女には全く伝わらない覚悟という名の言い訳をする。

「婦女子を運ぶならお姫様抱っこであろう。古今東西そう決まっておる」

 アークまで敵に回ったことでアルフレッドの進退窮まる。

「ぐぬ、ええ、屈服しますとも!」

 意を決してイェレナをお姫様抱っこで運ぶ初心な少年。

 その姿を見てアークとゼノはひとしきり笑った。

「力が入ってますね」

「最近、人を背負うと決めたようでな。必死に踏ん張っておるよ、若いなりに」

「実感がこもってらっしゃる。重さを知るがゆえ、ですか」

「それを放棄した人間が語っていい事柄では、ない」

 アークはちろちろと燃える火を見つめる。ゼノは目を細めてその様子を窺う。

「神話、お詳しいようで」

「過去を探ってどうする? 我やネーデルクスと同じ轍を踏む気か?」

 ゼノの眼前にそびえる騎士王の威容。必死に繕わねば笑みが剥がれてしまいそうなほど、その圧は鋭く重い。その上で近くにいるアルフレッドに気取らせぬほど圧を絞ってもいる。伊達ではないのだ、この男は。

 かつてのエスタードを崩壊寸前まで至らしめた怪物なのだから。

「過去の中に今の解決法があるかもしれない。それを知ろうとすることが罪ですか?」

「生き物が違うのだ。其処に解決法を見出そうとすれば必ず歪みが生まれる。答えは未来にしかないぞ、若者よ。卿らの歩む道こそが、後の世の導と成るのだ」

「……それは」

「力が入っておるのは卿も同じ、か。卿も休むといい。我も休ませてもらおう。して、テントはどこにある? 作成済みのものはもう一つしか見受けられんが」

「し、しまったァァァアアア!?」

「これ、大きな声を出すでない。二人が起き出してくるであろうが」

「テント、一つしかないのです」

「……なんと」

「かくなる上は!」

「ふむ、若者が野宿すべきであろ――」

「腕、貸しましょう!」

「……え?」

 今宵、満天の星空の下、二つのテントで四人の寝息が聞こえたそうな。

「アル」

「え、あの、ぐ、ぐがぁぁあああああ!?」

 朦朧とする意識の中、イェレナの力が異常に強いことを思い出しながらアルフレッドの意識は彼方へと消えていく。後の世で鯖折りと呼ばれる技はこの時生まれたとか生まれてないとか。そんなこんなで色々あった一日が終わりを告げたのだった。

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