情熱の王国:場末の娯楽
ゼノ率いる超軽装甲騎馬小隊なる身軽な格好の騎馬隊に仮入隊させられたアルカディアの王子と騎士王、鳥人間の三名。馬に揺られてとことこと赤茶けた大地を歩む。
「何で俺たちが山越えをするってわかったんですか?」
「ん? ゼナの報告は話半分として、それなりに俺も白の王や現王の頭脳に倣って草の根活動をしているわけだ。ヴァルホールで騎士王が大暴れをして、ヴァイクとの交渉に向かう途中の天獅子とやり合ってものの見事に敗走したとか」
アルフレッドはじとーっとした目でアークを見つめる。
アークは華麗にこれをスルー。
「ガリアス全土で王妃直々の指名手配を受けている金髪碧眼の少年とか」
アークはにんまりとアルフレッドに視線を向ける。
アルフレッドは「ぐぬぬ」と視線を外した。
「まあ、色々、だ。色んな情報を組み合わせて、騎士王とくだんの王子様が共にいると確信した。ならば、当然越えてくるさ、エル・ブラン。男の子だもの」
「私女の子」
「これは失礼、小鳥ちゃん」
「イェレナ・キール。小鳥ちゃんって何?」
「重ねて失礼であったな。ゼナが小鳥ちゃん小鳥ちゃんと言うものだからつい出てしまった。謝罪しよう、レディ・キール。ところで君たちに目的地や急ぎの用はあるかね?」
「いえ、特には」
「であれば俺がこのエスタードを案内しよう。ミスター・エスタードと謳われしゼノ・シド・カンペアドールが直々に、な!」
「うむ。願ってもないことである!」
「は、はい。ありがとうございます」
「ありがとう」
「ふはは! 万事このゼノに任せて頂こう!」
アルフレッドは笑顔のまま色々と察する。「ゼーノ! ゼーノ!」と喝采を浴びせる部下たちの眼が死んでいることに。ゼノとアーク、がっちりと固い握手を交わしている二人がとても噛み合っており、眼の奥に宿る鈍い光を少年は見逃さなかった。
「では、まずは――」
ゼノの案内に従い――
○
「今宵の命知らずは仮面のクソガキだァ! アレクシスなんてスカした名前のガキなんざ我らが英雄エル・ブランコの手に掛かればイチコロだぜ! さあ張った張った! 何秒持つか、十秒以内にこれだけ積まれるのは中々ねえぜ!」
アルフレッドもといアレクシスはエスタードにてデビュー戦を飾ることになっていた。辺境の町、エル・トゥーレやヴァルホールとの交易路からも外れた何もない土地。だからこそこういう娯楽は人気がある。鬱屈した毎日の気晴らしに彼らは刺激を求める。
(ほら、こうなるんだよ)
アルフレッドは酒を片手にやんややんやと観戦するアークとゼノに目を向ける。残った路銀全てをこの一戦、つまりアルフレッドの勝利につぎ込んだアーク。ゼノもこっそり其処に乗っかる。非常にやる気の出ない状況だが――
隣では奇怪な鳥人間が「がんばれ、がんばれ」と可愛らしい応援がアルフレッドのマイナス方向に振れていたモチベーションを何とか向上させていた。
「おいクソチビ。場違いなガキは消え失せな」
(……しかも此処、『裏』、か)
血が飛び散った跡。お忍びなのか妙に身なりの良い連中もいる。こびりついた臭いは消せない。ここは刺激を求め続け、お上の目が届かぬことをいいことに、イリーガルな何でもありの闘技場であったのだ。おそらく、殺しも認められている。
「黙ってねえで何とか言えよオラッ!」
(それをお上であるゼノさんが……部隊を離れたところに待機させていた理由が分かった。さて、俺はどうすべきかな? アークさんからの課題は無し、ゼノさんからも特に何も言われていない。そういう試すような眼、あまり好きじゃないですよ、二人とも)
アルフレッドが考え込んでいる内に、無視され続けていたエル・ブランコなる者が斧二振りをぶん回しながら突貫してくる。なし崩し的に試合が開始されてしまった。
「殺してもいいんだけどな」
ぼそりとアルフレッドはつぶやく。
突貫をいなし、とりあえず剣闘士らしく試合作りを始める。それっぽく打ち合い、いい試合を演出しながら着地点を模索する、それが今までの剣闘。敵はそれほど弱くない。雰囲気で分かる。そこそこ殺しの経験値も積んでいる。
だからこそ分かる絶対的な差。そして、たぶんこの男は止まれない。死ななければ分からない側。ドーン・エンドで散った彼らは分かっていて殺し、奪っている者が多かった。この男は分かっていない。理解せず、奪う快感に溺れているだけ。
アルフレッドの眼に冷たい光が宿る。笑みを張り付けながら敵の価値を弾き出す。
○
「ふぅむ、これはまた中々。まさに王の器でありますなァ」
「うむ。ドーン・エンド最大の功績が器の成長、その糧となったことであろう」
かつてあった危うさはない。冷静に、冷徹に、値踏みしている。笑みを浮かべながら要るモノ、要らないモノを躊躇なく分別する。人間味は薄れた。優しくなくなったという見方は出来る。だが、それこそが王にとって必要な強さなのだ。
「闘い方も非常にクレバー。好みの戦闘スタイルですな」
「ガハハ、見たいモノは見れたかな、ゼノよ」
「期待以上ではあります。存外優しくないというのも私としてはポイント高めです」
「優しくない、か」
勢いよく攻めてくる相手をいなし続け、逃げるように立ち回る少年。当然、刺激を求めてきた観客はブーイングを浴びせかける。
「あれは殺す気でしょう? この場全部を」
「……やもしれぬな。この空間全てがあの子にとって美しいものではないのだろう。外面、内面、何か一つでも、それこそかのドーン・エンドにすらあの子は見出してしまった『美しさ』、それが見出せねば心ひとつ、揺らぐことはあるまいて」
「ドーン・エンドが、戦士たちが完成させてしまったのでしょうな。群れの中に在る者にとっては必要な倫理観、道徳、正義。それらは群れを率いる者にとってはただの枷でしかない。彼は枷の外し方を学んだ。あの若さで、すでに視線は人の上にある」
「哀しいことである。されど必要なことでもある。王が一々揺れていれば、群れは惑うばかり。揺らがず、毅然として、肉親であっても腐っていると判断すれば間引くこともまた王の責務よ」
「腐らせぬこともまた王の役目でしょう」
「左様。ゆえ、難しく。答えはない」
アークたちの見守る中、闘いは決着の時を迎えようとしていた。
○
「あと、一歩、あと一歩でェ」
息も絶え絶え、肩で息をするように激しく上下する身体は、もはやまともな運動機能を有していなかった。対する仮面の少年は息一つ切らせていない。
「もう、少し。もう、ちょっと」
アルフレッドが作り出した隙、それを見つけた瞬間、男は搾りかすのような体を死力と共に稼働させる。ずっと優勢であった。最初から倒せそうな、勝てそうな空気があった。だから男は攻め続けたのだ。
今、この瞬間も。
「あと、一歩ォ!」
勝てる勝てる勝てる。男の経験値が、潜り抜けてきた戦歴が、彼の感性に勝利を訴えかける。今まで勝利し、生き残ったからこそ今の自分は此処にいる。カンペアドールでも烈でもないが、それでも平均よりは遥かに上だという自負があった。
だが、戦乱の世を知らぬ少年が打ち砕かんとしている。
お前の見てきた時代、経験、全ては無意味だったとその眼は告げる。
「俺、はァ!」
乾坤一擲、全てを振り絞った一撃は無情にもひらりと受け流されてしまった。
何一つ、仮面の奥にある少年の眼は揺れていない。
「おれ、は」
気力体力の限界。膝を屈する戦士。場末でくらい輝きたいと憧れの頂点、エルを冠して積み上げた全部が光を失う。ここでならヒーローになれる。皆に刺激を与え、歓声を浴びる戦士としての最後の砦が崩落する。
「つまらないな」
その一言はこの場全員の心をずたずたに引き裂いた。その眼は彼らの熱情を完全に踏み躙る。お前たちの熱狂していたモノはこの程度であったと突き付け、強制的に刺激に浮かされた心を破壊し、この場全てを殺してみせたのだ。
誰もが声を失っていた。途中で、誰もが気付いてしまったのだ。ずっと、自分たちも含めて遊ばれていたのだと。全てが仮面の騎士の掌の上であったのだと。
「辺境の民、彼らの些細な娯楽をこうも蹂躙するとは酷い話ではないか」
静まり返った会場で声を上げる男。
「無駄に血が流れています。些細な、は語弊があるのでは?」
アルフレッドの返しの言葉が向かった先、其処にはエスタードで知らぬ者はいない完璧なる英雄の息子にして、自身もまた文武両道の濃い顔が其処にいた。
「ぜ、ゼノ・シド・カンペアドールだ!」
静まり返った会場が俄かに熱を帯びる。
「ああ。少し行き過ぎた刺激であった。ゆえにこうして俺がくぎを刺しに来たのだ。あまり、この地の民を食い物にしてくれるなよ、とな」
ゼノの眼は彼を視認して慌てている身なりの良い者たちに向けられていた。元々、殺しの無いグレーであったこの場所を黒に塗り替えた者たち。強烈な刺激を与え、愚かなる民から搾り取るための機構。それを破壊し適度な娯楽に戻そうと彼は此処に顔を出したのだ。
(なるほど。外に待機していた兵士たちはすでに展開して網を張っている、か。リディアーヌ様といい、またも俺は利用されてしまったわけだ。知覚の外から……不愉快だね)
「とはいえ民草には娯楽がいる。日々の楽しみがあってこそ生活に潤いが出るのだ。賭け事そのものを註する気はないぞ。この赤茶けた大地でそれを強いるのは酷であろう。誰にとっても、なァ」
「剣闘士が言うのも何ですが、それが戦いである必要、ありますか?」
「あるとも。それが武の国エスタードだ。ちょっとしたお掃除に付き合ってもらった。借りは倍にして返すのが家訓でな。今度こそエスタードを教えよう」
ゼノはにんまりと笑う。その底抜けの快活さにアルフレッドもまた苦笑して構えを解いた。リディアーヌとはまた違う大きな存在。父とも違う、方向性。
学ぶ必要があるとアルフレッドは考える。
ゼノ・シド・カンペアドール、本人が望む望まぬにかかわらず、彼はいずれ自分と同じ地平に立つ。知らず先んじられているのだ。己が道、王道の匂いが、した。
そんな想いもつゆ知らず、決着がついたかどうか判断できないイェレナは「がんばれ、がんばれ」と健気に応援を続けていた。その横にアークの姿はない。
どこへ行ったかというと――
「逃がさぬ!」
胴元の首根っこを引っ掴み配当を毟り取らんとする騎士王の姿が在った。踏み倒すのは得意だが踏み倒されるのは我慢ならんとは騎士王の弁。
騎士王アーク、そこそこのクズである。
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