ドーン・エンド:いつかのために
「血は争えねえな。腹ぶち抜かれてあいつは腹を焼き、ガキんちょは連れ合いに腹を縫わせた。どっちがイカれてるかっつったら、たぶんあのガキの方だ。あのちっちぇえ名医を計算に入れて、あえて腹をくれてやった。普通ならそれで決まりだったってのに」
「ウィリアム・リウィウスも同じように人体に精通していた。あやつもまた人を知る、か」
「じゃなきゃ説明がつかねえ。ったく、とんでもねえ吹っ切れ方しやがったな。最後の輝きも、良いセンいってたぜ。たぶん、いつかあれも超えてくる。俺の景色やレスターの景色を、人を超えた先を見て、あいつは何を感じるのかねえ」
ヴォルフは笑顔で立ち上がった。人を超えたレスターと、それすら上回って見せたアルフレッド。
そしてこの舞台を用意した自らの部下であった者たちに向けて――
「お疲れさん。ゆっくり休め。いつか、俺とも遊ぼうや」
残りの酒を捧げる。三者三様の意味を込めて、狼の王は言葉と餞別を流す。
「往くのか?」
「ああ。良いもん見れたし、また旅を続けるさ。いつか戦うべき時が来るのかわからんが、そうであろうとなかろうと、最強であり続けることだけが俺の贖罪だ。夢を与え切れなかった俺の、な。じゃあなじいさん。また会おうぜ、何となく会えねえ気がするがよ」
「うむ、また会おう。いつか、彼岸の彼方でな」
狼の王と騎士王が袂を分かった。一人は放浪と研鑽の旅に。
一人は、道先案内人として再度王の元へ。
○
夢を見る。久方ぶりの没入感。少し地形が変わっているけれど、今浮遊している場所はおそらく鉄の国近辺。そして、エル・トゥーレの方角で燃える黄金の炎は自分たちが魅せる幻影、雰囲気などとは違う、現実の事象なのだろう。
「……いったい何の意図があって、何が俺にこれを見せるのだろう?」
夢だから、浮遊しているから、ふわふわと俺はそれを観戦しに行く。
黄金の炎の元、夢の中で何度も見た英雄アレクシスが戦っていた。
『世界を終端へと誘いし魔王よ! 人が造りし、繋げし刃の前に散れ!』
『終端、それで終わるならその程度の生き物だったって話だ。いつかの果てに神をも超えるってんなら、神の用意した翼なんて捨てちまえ! それが枷だ! 補助輪なんざ捨てて、さらなる高みを目指せ!』
『勝手な理屈を! 人々は今泣いているんだ!』
「勝手な理屈、ね。どう思う? 次なる時代の器よ」
勇者と魔王の戦いが過熱していく中、魔王からにゅるりと顔を出す分身が俺の前に立つ。虚空に浮かびながら胡坐をかき、へらへらと笑う男。
「初めてだ。いや、何度かあったのか? それでも、登場人物に声をかけられた記憶はない。魔女、嗚呼、例外は彼女だけだったはず」
「魔女、ああ、その魔術式か。良い式だ。より強く、後に残るよう造られた魔術で、それは愛の深さを示している。人への愛、親の愛情、明日への希望を胸に、そいつらもまた時代の犠牲と成った。俺が早回ししたことで、な」
「原因は貴方か?」
「いいや、原因はもっと前さ。言ったろ、早回しだって。エル・カインのガキが神々の大敵、そのレプリカごと世界を削ったのも所詮、早送りにしか過ぎない。この大地は、始めからこう成るように創られたのさ。他ならぬ神の、シンなるモノたちの手によって」
「何のために? 何のためにこんな不完全な世界を創った!?」
「そりゃあお前、必要だったんだろ? 当たり前のことだ。必要だったから創った。この星はそのための舞台だ。神々を、造物主を超えて、人が明日へ辿り着くための、なァ。全部に意味がある。失ったこともまた、そうだ」
俺の眼前に瞬間移動してきた男は嗤う。
「必要は発明の母だ。そして、必要は多ければ多い方が良い。必要を超えるための点を集めろ。収集し、繋げ、ありとあらゆる手を使って魔術を、神々を超えろ。とんだ遠回りでも、それは必要なことだ。忘れるな、完全無欠であった彼らは滅びた。滅ぼされた。奴らの完全では届かないから、俺たちを創ったのさ」
狂気の仮面。彼もまた王の仮面を被っていたのだ。俺が笑みなら、彼は狂。瞳の奥に浮かぶ理知的な、あまりにも深い思考の海を俺は見た。
「お前の代で一つでも必要を見つけ、超えて進歩せよ。それを繋げ、次の時代へ持ち越せ。何でも良い。クソでもミソでも、何が役に立つかなんてわかりゃしねえんだ。誰も答えを持っていない。造物主すら、だ」
「本当に、酷い話だ。答えの無いモノを求めて人に旅をしろと世界は求めるのか」
「そうだ。でも、悪いことばかりでもねえぜ。要は好きにやれってことだ。お前の時代をお前が望む形で引き上げる。好き勝手振り回す。それは王の特権だ。一歩の良し悪しなんざ後の時代に批評させればいい。綺麗なモノが好きなんだろ? 俺も好きだ。んで、俺もお前と同じで、ニンゲンって不完全な生き物が大嫌いだ。美しくないよな? でも、たまに綺麗なのがいるから諦めきれない。だろ?」
「……違う、悪いのは環境だ。彼らは、ただの被害者で」
ぐいっと、男は俺の顎を持ち上げる。
「夢の中でくらい仮面を外せ。お前は父親とは違う。お前はお前だ。理性的な行動を取れないクズが嫌い。合理的で無い事象が嫌い。何事もきっちりしたいよな。数式が大好き。俺も好きだ。お前、良い魔術師に成ってたぜ。馬鹿はセンスとかいう蒙昧としたものを頼りに濁すからな。本当に、醜い連中だよ、大半は」
共感してはならないのに、共感してしまう。彼の言葉は自分の醜い一面を浮かび上がらせた。そう、俺はまだ旅の途上だが、世界に絶望し、人に失望し、此処まで来た。美しい人もいる。でもその何倍も、愚かで醜い、馬鹿ばかりだと俺は知った。澱んだ、穿った考えだが、俺には世界がそう見えた。
「だからお前は好きにしろ。環境のせいでクズに成った奴もいる。元からクズだってやつもいるだろ。そもそもクズとは何ぞや、って話だ」
「……美しくないモノ」
嗚呼、歪んでいる。そう言い放った僕が一番醜いじゃないか。
「くく、良い貌だ。お前がそう思うならそれで良い。なら、やるべきことは一つだよな? テメエはクズが嫌い。クズを選別するためには――」
嗤う男。眼下ではアレクシスの刃が魔王を貫いていた。
「世界を美しくすればいい。そうすりゃ浮かび上がるだろ? それを間引けば、お前の望む世界だ。そういう一歩も悪くない。何だって良いのさ。どうせ誰も答えを知らない。どうせ歪んだところでただの一代、歴史からすりゃ瞬く間、だ」
崩れていく夢。男もまた崩れ落ちる。
「でも、繋げろ。俺を殺した剣も、かつての英雄が魔王を討つために生み出した『奇跡』を目指し、研鑽を続けた結果だ。積み重ねたリウィウスの執念が、あの時代の感謝が、不死なる俺を滅ぼした。いつかといつかを繋げろ、不可能を可能にし続けろ。それが人の生きる意味だ」
男は最後の最後で、仮面を外す。
「全部が掌の上ってのも癪だが、掌の上で果てるってのはもっと癪だ。どうせならぶち抜いて、思いっきりぶん殴ってやりてえだろ? そんなもんで良いんだよ。勝手に生み出された、勝手に色々奪われた。むかつくから超えてやる、それで良い」
男は快活に笑った。
「さあ、まだ旅は途上だ、アルフレッド・フォン・アルカディア。父親の思惑を超え、術式ニュクスの願いを超え、君臨して見せろ!」
世界が崩壊していく。男は笑みと共に消えていった。
そして世界の崩壊と共に俺の意識は浮上する。
○
再会はあっさりとしたものだった。
「土産である!」
人目のつかない洞窟の中、どっさりと鹿など精のつく食料を背負い現れたアークに、イェレナに膝枕をしてもらいながらうたた寝をしていたアルフレッドは、ゆっくりと体を起こして苦笑する。
「見ておられましたか」
「うむ、良き戦いであった。また、良く育った。この世界は、良きモノ悪しきモノ、あらゆるモノが蔓延っておる。もっと知りたかろう、この世界を」
「ええ、もっと知りたいです。知らねば、ならない」
「何がために」
「俺が王と成るために」
「王と成って何を成す?」
「世界をより美しい方向へ導きます。その道の先に、多くの幸せが待っている方へ。その幸せのせいで不幸になる人がいない道を、探して、突き進みます」
「長く険しい戦いであるぞ。それこそ、一代では到底届かぬ」
「一代で終わらせぬための道を作るまでが、俺の、王の仕事でしょう」
アルフレッドは覚悟を決めていた。彼はまだ理解していないが、それは父と同じ方向性であり、彼がそれを引き継ぐ二代目であることを知るのはもう少し先のことである。
「ふむ、しかし、卿の『俺』は聞き慣れんなァ」
「あはは、俺もです。でも、強くなると決めたので。言葉だけでもまずは、と」
「よき心がけである、まずは強く見せねばな。王とは強くてなんぼ。であれば元気であらねばならぬ。ほれ、食事としよう。卿は寝ておれ。我が特別に調理する」
「高くつきそうですね」
「高いぞ、何しろ我は騎士王であるからな!」
「あはは」
「がっはっは!」
笑いあう二人をよそにイェレナは――
(誰だろうこの大きい人?)
と首を傾げていたが何を言わなかった。空気を呼んだのだ、珍しく。あと人見知りなので割って入れなかったと言うのもある。そっちの方が大きいかもしれない。本人は頑として認めないであろうが。
道先案内人と共に、二人はこれから何を見るのだろうか。多くを見て、多くを知り、そしてそれらを糧として前へ進む。進むことだけはブレないだろうが――
これは、一人の少年が王を継承する物語である。
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