ドーン・エンド:もう一つの『最強』

 オストベルグ重装騎兵。それもストラクレスやベルガー、キモン直属の部隊ともなれば十や二十の兵に相当する。トータルスコアで言えば全員が百人以上を殺している本物の戦闘集団。その破壊力たるや群れでなくとも岩を砕き、破壊の鉄塊として其処に在る。

「さすがに、やる!」

「小賢しい! 力で勝負せよ!」

 まさに強者と言う戦い方に対して、アルフレッドは受け流す剣を取っていた。父が磨き、凡人でありながら天に指をかけた絶技。効率は大きく異なるが、同じ領域に近づきつつあるそれは如何に強者とはいえ、否、強者だからこそ破るに難し。

「力で打ち合えば、俺に勝てるとほざくか。亡霊!」

 そのままであれば優位に進むはずの流れ。それをあえてアルフレッドは変えた。相手に合わせて力同士の打ち合いに変えたのだ。異様な音が響き渡る。鉄の塊と鉄の塊が衝突しているような音が。彼の身体の何処にそんな力が秘められているのか、理解を超えた力。

「そんな、馬鹿な!?」

「王は、負けないのさ」

 ここまで大事に扱ってきた剣がボロボロと崩れ出す。打ち合うごとに爆ぜる火花と鉄の欠片。これだけ戦い続けて消耗しているはずの小僧が――

「知っているだろう?」

 圧倒する。圧されて腰が引けた相手に大上段から、

「さらばだディートマー」

 必殺の一撃を振り下ろした。悍ましい音と共に鉄の塊たる重装騎兵が裂ける。振り抜いた時には刃が途中で耐えきれず中ほどで止まっていた。

「では、次だ」

 相手の領域で完全に相手を打ち倒す。

 アルフレッドは悠然と足元に横たわる無数の躯から一本の剣を選び取った。得物など関係ない。自らこそが最も強いのだと、誇示するかのような所作。

「さすがは白騎士の血統。二対一、卑怯とは言うまいな」

 二人の騎士が前に進み出る。それを見てアルフレッドはやはり微笑み、

「二人で足りるのかい?」

 余裕をもって二人の歴戦の勇士を手招いた。

 彼らは激昂こそせず、その驕りを気迫に変えて突貫する。

「さあ、名乗れよ亡霊! その上で喰らってみせよう。このアルフレッド・フォン・アルカディアがなァ!」

 対峙するは黄金の天才。その動きは――


「ふぁっけぇいふぁよ」

「ああ、震脚で無理やり力を起こさずとも、流れを征すれば瞬間的に発生する力は跳ね上がる。もちろん、操る力の総量は少ねーんだ。操作はより難しく、あらゆる動きから力をくみ取り一撃に込めねばならない。なるほど、奴の王道が見えてきたぜ」

 震脚を用いればもっと容易く圧倒出来る。しかし、それをしないのはネタをばらしたくないからであろう。震脚を使えば誰だって何かがあると思ってしまう。すぐに回答に辿り着く天才などそういないだろうが、いつかは真似されてしまう可能性は十分あった。

 アルフレッドは、少なくとも自分が武に頼る必要のあるステージにいる間は、発勁という切り札を安売りする気はないのだろう。鍛えた上でアルフレッドは理解していたのだ。自らの体躯は平均としては上でも、頂点を目指すには少し力不足。無論、研鑽を怠る気はないが、頂点に居座る気である以上、敗北の芽を生やす愚は犯さない。

 彼にとって強さとは道具。王を演出するためのモノでしかない。今までは、強くなる自分が楽しかった。成長を実感するために遊ぶこともあった。

 しかし、目的が定まった以上、もう遊びはない。

「嫌いじゃねえよ。強がり君はな」

 二人の騎士も力で叩き潰す。単純なパワーで潰したように見えるが、同じ技術を修める二人だけが其処に込められた技術の粋を理解していた。恐ろしいほどの執念、強さを、優秀さを誇示せんとする愚行を超えた王道。

「次!」

 また折れた剣は自らの足元から調達する。同じステージにいる者にはわからないだろうが、格上である黒星やレスターには見えている。どれだけ省エネに徹しても百人、二百人を切れば普通立っていられない。各関節は炎症を起こし、激痛を与えているだろう。骨は軋み、いくつかは折れている可能性もある。

 彼は、オストベルグの亡霊たちと戦う前から満身創痍であった。それでもなお微笑み、王者の余裕を見せながら戦う。その圧倒的覚悟に格上だからこそ畏敬の念を覚える。

「次」

 力で戦うことで加速度的に増す疲労。此処に居る者は皆戦士である。戦士であるからこそ今、アルフレッドが為している偉業を欠片程度は理解できる。人よりも知覚に優れているオルフェは大きく顔を歪ませながら王の覚悟の音を聞いていた。

「次ィ!」

 幾度も、折れるたびに刃を変える。殺すたびに増える剣。喰らった分だけ強さが増しているように見える。呑まれた者にとって、もはやアルフレッドと言う少年は無限に輝きを増す圧倒的強者であり、誰もが勝てぬと心の中で折れ始めた。

「まだまだ俺は戦えるぞ! そら、戦いたいのだろう戦士たちよ。俺が戦いだ。俺こそが戦争だ。さあ、挑戦者はどこにいる!? 滅ぶ覚悟で此処に来たんだろーが!」

 またも前に出るオストベルグの騎士。そしてまた敗れ去る。

 もはや凡百の戦士には届かぬ高み。だからこそ挑む価値があった。足元に転がる躯に後悔はないだろう。挑戦し、敗れた。戦死することが出来た。

 感謝があった。本来、手の届かぬところにいるはずの男が眼前に現れ、自らの望みを叶えてやると言うのだ。それも自分たちの想像を超えた形で。

「次だ!」

 覚悟を超えた畏敬の念が、残った数十の足を止めた。オストベルグの亡霊にさえ覚悟や妄執を超えた畏敬によって戦いを選ばない者が出てきたのだ。結果として、挑戦者は誰もいなくなる。そう、ただ一人を除いて――

「オストベルグ王国、将軍が末席、レスター・フォン・ファルケ」

「……アルカディア王国国王、ウィリアム・フォン・アルカディアが一子、アルフレッド・フォン・アルカディアである」

「お相手願おう。妄執の果て、とくと味わうがいい」

「こちらこそ。貴方を倒してこそ、この場は完成するのだから」

 喜劇ドーン・エンド、最終局面に突入する。


     ○


 対峙する瞬間まで、全員が王の魔法にかかっていた。彼は王で、王は強い。王は負けない。無条件にそう考えてしまうほど、今の彼が神がかっていたとも言える。

 しかし、両者が対峙した瞬間、そのメッキが剥がれてしまった。

「さらに上がるか。ほんと、とんでもねえ化けもんだぜ」

 オストベルグの鷹が舞う。もはや立ち姿だけで大翼が風を巻き起こし、その風が立ち上りて嵐となるような、そんな錯覚を思い描いてしまうほどに。蒼き気配を鷹が切り裂く。先程までの鷹は完成された武であった。これ以上ない。それを超えると言う意味を、理解できるものは少ない。

 人を超え、獣と堕して、再び人を謳歌する。

 ただ一つだけわかることがある。

 今、目の前にいる者は、この瞬間、この刹那のみ『最強』に成ったのだと。


     ○


「――死を前にして人を超えたか。俺とは別の境地だな。技の果て、この領域に達した奴を見るのは二度目だ。一人は仙人みたいなじじいだったし、たぶん山から下りてすら来ねえからどうでも良いとして、こいつはちと違う。あの蒼い雰囲気すら塗り潰す『我』。鷹の執念が世界の壁すら突破しやがった。くはッ、そそるぜ!」

「されどかの槍が狼に向けられることはないぞ」

「そりゃあな。このシチュエーションで、あいつのガキで、さらにそのガキが誰よりも王様してるからこうなった。こえー雰囲気だな。この状況でも強がりが消えてねえ。だがよ、こうなっちまった以上、あのガキ死ぬぜ」

 ヴォルフは酒を飲む手を見て特等席からの景色に集中していた。それほどにここまでの流れは素晴らしい見世物だったのだ。だが、それも此処までである。どれほど強がろうと自分よりも圧倒的に上の相手にはハッタリなど通用しない。

 小手先の技であの『究極』には届かない。

「まだまだ成長途中のちいせえ身体で、あれだけ出来るのは素直にすげえよ。俺にはとても真似できん。でもな、いくらなんでもこの差はデカ過ぎるだろ」

 アルフレッドは勝てない。ヴォルフをしてそう断言できる。

「だが、あやつは勝つぞ」

「ありえねえ。鷹が時間切れで死ぬくらいしか手はないし、今のあれはある意味で死すら超越している。戦いの中で、先で、死ぬことはあっても、その前に死ぬことはねーよ。じいさんは何か手でも浮かぶのか?」

「我にはとんと浮かばぬ。それでも我は断言できるのだ。あやつが勝つ、と」

 アークの眼には不思議な光が浮かんでいる。ヴォルフとて世界を旅する中で、すでに過去として擦り切れているも騎士王アークの逸話は聞き及んでいた。曰く、彼には未来が見える。勝利に愛され、エル・シドに負けるまでほとんど負けずに幾度も奇跡を起こしてきた男の原動力が未来視であると。

 ただ、それは烈日によって打ち倒された伝説であるが。

「お噂の未来視ってやつか?」

 アークは突然の問いに苦笑して首を振った。

「我に見えるのは命の炎である。多少、先を知る手立てにも成ろうが、そこまで完璧な力ではない。これは呪いなのだ。我にとって、ガルニアにとって、この世界にとっての」

「……冗談のつもりだったんだけどマジ?」

「さて、どうであろうな」

 はぐらかすアークを見てヴォルフは「まじくせーな」とつぶやきながら頭を抱える。もし、アークの弁が正しいのであれば、この状況にアルフレッドは活路を見出していると言うこと。世界最強の男すら活路の見出せぬこの状況で、かの麒麟児はどんな奇跡を見せてくれると言うのか。それが出来るとしたら――

「……嵐が動く。嵐を前にか細く揺らめく黄金の光を飲み込まんと」

「さあ見せてみろガキんちょ。俺の想像を、超えてこい!」

 彼は本当に王の器であると言う証明を手にするのだから。

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