ドーン・エンド:高め合う時代たち

 黒星はラウルの動きに若き日の己を見る。きっと彼は楽しくて仕方がなかっただろう。技を吸収し、技に浸り、技にまみれ、技が応えてくれたあの日々と同じ。今だって彼は敵の技を見て、学んでいる。昨日よりも今日、今日よりも明日。

 若さがあった。すでに、己が失いかけているモノ。

「遅い!」

「こなくそッ!」

 ギリギリ、力づくであったが回避してみせた。この前であったら決まっていた技。成長がわかる。別の場所でも伸びている雰囲気がちらほらと。

 いつからだろうか、守る側の立場になったのは。

「……そんなんじゃねえよな」

 遥か東方の地で旧いとされた拳士という生き方。老師が去り、白龍が放逐され、残った己もまた数少ない本物として疎まれた。九つの龍は形骸化し、年老いた偽物共の権威がはびこる武の世界に失望した。そこで抗わず先達と同じ道に逃げたのが己の器。

 わかっていた。人種を盾に児戯で生きてきたのも弱さ。

「武は、もっと、もっと!」

 彼らの若さに当てられているのは自分だけではない。逃げている者ばかり、此処は逃げ出した者の行きつく先なのかもしれない。自らが惹かれたのも仕方ない。

「どうした坊主。その程度で拳士を騙るか!?」

 少しだけ、一歩だけ、踏み出してみたくなる。若さに当てられていた。憧れであり、対極であった男の技。流麗なる拳士の対極にある剛の拳。柔剛併せて天下無双とは誰の言葉であったか――憧れがそれを捨てたと言うのなら、自らが貰い受ける。

「ぐ、がァァア!?」

 流れすら打ち砕く破壊力。いかな激流であっても鉄心の前には曲がらざるを得ない。

「技に完成はねえよ。立てよ、まだやれんだろ、若いんだからさァ!」

 若き者たちが成長すると言うのなら、自らもまた先へ進むだけ。

 追いつかれそうになってからが本番である。


     ○


 レスターを前に屈する二人。オストベルグの亡霊たちでさえ身動きが取れぬほど、二人は凄まじかった。地力も高く、異なれど確立された武。そこからさらに成長する。それこそ天井知らずの成長速度。戦いを始まる前であったなら、イヴァンとてそれほど大きく劣るわけではなかっただろう。それはクレスとて同じこと。

 だが、彼らには伸びしろがあった。此処で踏み出して強くなる胆力があった。

 だから強くなった。

 ゆえに、彼らの成長が、強さが、天才を甦らせてしまった。

「……冗談じゃねえ。これが、黒い鷹、か」

「……歪であった時が優しく感じるほど、ですね」

 レスターは微笑んでいた。そこに邪気はない。ただ、強者との戦いを楽しむ一人の武人。落ちていく、剥がれていく、狂気と言う仮面が、鎧が、弱さを隠していたはずのモノ。逃げ込んだ先で理合いの先を求めた。理不尽な、力づくでの敗北。あの時の後悔で狂った。『力』を追い求めて堕ちた鷹。

「どウシた? こレで、オわリカ?」

 掠れ、消え入りそうな亡者の声。だが、それは間違いなく人の言葉で、そこに込められた機微にクレスは泣きそうになる。すべてを失ったと思っていた。もう、此処に居る彼らが戻ってくることはない。そう確信していたからこそ剣を覚えた。

 彼らを止めるために。終わらせるために学んだ。昔、無理やり黒き羊が、黒き鋼が教えようとしたが性に合わないと逃げ続けてきた人の業をかたどったもの。

 キモンくらいは強くなったかな、それぐらいの自信はあったが――

「頼む。二人とも。もう少しだけ、強くなってくれないか?」

「……無茶なこと言うなあ」

「俺では力不足だ。今のあいつはじじいクラス、そこそこ止まりでは同じ地平に立つことも出来ない。心だけでも、頂点を目指すことの出来る者でないと」

「そこまで強欲なつもりはないのですが」

「そうそう、人間ほどほどが一番だって」

 クレスは謙遜する二人の顔を見て笑った。

「鏡があったら見せてやりたいよ。お前たちの顔を。大丈夫だ、俺自身大したやつじゃないが、頂点は知っている。お前たちは、大丈夫だ」

 ぺたぺたと己の顔を触る二人。余裕があるように見えるが、呼吸を一生懸命整えているのがまるわかりであった。まだ折れていない。これだけの差を見せつけられてなお――だからこそレスターは動かずに二人が立ち上がるのを待っているのだ。

 それを遮る無粋な戦士はこの場にいなかった。割って入れる自信がないとも言う。

「それに、どうやらもう一人、来たみたいだ」

 オストベルグ重装歩兵らの背後で、爆音と共に鉄の扉が吹き飛んだ。ぬっと現れた巨人は槍を片手に満面の笑みで、今のレスターの前に立つ。部下たちは誰もついてこれていない。それを気にするそぶりも見せない。

 この傲慢さ、我が道を往く姿は――

「ゼナ・シド・カンペアドール」

 エル・トゥーレにはエスタード出身の者もいる。そして彼は知っていた。彼女が、ただ優秀である自分とは違い、突き抜けた本当の天才であることを。真の宝は隠しておくもの。彼女こそエスタードの至宝。

「……単身突き抜けてきたのかよ。エスタードは逆方向から攻めてただろうによ」

 スコールは呆れた顔でゼナを見る。

「超つえー! ゼナちゃん勝てないかも」

 そう言いながら笑顔で槍を構えるゼナ。力の差など臆するに値しない。此処で戦わぬ方が、生き方を違える方が、よほど大きな傷になると彼女は生まれながらに知っていた。だから笑う。勝ち目のない戦いであるほどに、笑って笑って、限界を超える。

 そして勝つ。

「……ギハッ」

 レスターもまた笑った。獰猛な、猛禽の笑み。

 すっと道を空ける重装歩兵たち。ゼナ対レスター。舞台が整った。

「……おい、ちょっと待てよ」

「…………」

 戦いが始まる。軽やかに舞う巨躯は何かの冗談にしか見えず、その圧倒的膂力をさらなる力でねじ伏せる様は人同士の戦いではなかった。先ほどまでとはまた別の凄味がある。狂気によって得た『力』。白熊を相手に敗北を喫した後悔がその源流。

 激しい力と技の応酬。力でも技でもレスターが勝っていた。

 明らかに圧されているゼナ。それでも単身で食い下がる姿はすでにひとかどの武人。彼女もまた本番で成長するタイプ。どんどん、まるでレスターが引き出させようとしているかのように、二人の戦いは加速度的に――

「こんだけ綺麗に無視されたのは、ちょっと記憶にねえぞ」

「…………」

 スコールは身体の悲鳴を無視して立ち上がった。先ほどまでこちらへ向いていた興味が根こそぎゼナという巨人女に持っていかれた。スコールは生来面倒くさがりであり、大抵のことは流せるし、あまり気にしない性質。それが彼の表の顔。

 だが、彼は狼の子であり、底辺からこの若さで這い上がって見せた男である。今は亡き母のサポートにより、苦手な勉強をトップクラスにまで仕上げた。そんな男が、此処まで馬鹿にされてへらへら笑っているわけがない。

 無言でスコールは立ち上がった。ぼさぼさの、黒と金が入り混じった自慢の髪をかき上げる。そこにいつもの柔和な表情はない。細い眼を見開き、敵を睨みつけていた。

「私は別に、気にしていませんがね」

 そう言いながら負けじと立ち上がり、槍を構えるオルフェもまた同種。

 さらなるステージへ雰囲気が高まる。

「ふがっ!?」

 レスターの一撃がゼナを吹き飛ばした。三人はレスターを中心に同じ距離感にあった。

「……よワいナ」

 両手を広げ、かかってこいとレスターは言う。三対一、これで対等だと言っていた。前後を挟んだ形で、気力体力共に充実した自分たちが相手であっても楽勝だと。

 三人は同時に動き出した。狼のように疾く、音よりも鋭く、太陽よりも熱い攻防。

 たった四人が生み出す珠玉の時を彼らは見た。


     ○


「ようこそ、ウィリアム・リウィウスの子。親父が終わらせた時代の後片付けに来たのか? 俺らの首を手土産に凱旋すりゃおうちに帰ることも出来るかもな」

「……貴方がドーン・エンドの首領ですね」

「おう、元黒の傭兵団副団長補佐、ガルムだ」

「アルフレッド・フォン・アルカディアです。貴方の首を、取りに来ました」

「悪いがくれてやる気はないんでね」

 椅子から立ち上がったガルムを前に、アルフレッドは静かに剣を抜いた。すでに多くを斬った。今更一人増えたところで――何よりもこれで彼らが終われば、救われる命がある。ならば断とう。彼らの命運を。旧き時代の遺物を。

「覚悟を」

 踏み出したアルフレッドの眼に迷いはない。 

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