ドーン・エンド:鉄の国の戦士

 アルフレッドは一人、敵の本拠地に潜入していた。そこで遠巻きながら内側から敵の陣容を知る。知って、胸に過るのは虚しさのみ――

「思っていたよりも数が少ない。思っていたよりも陣形はバラバラ、布陣も穴だらけ。とっくに限界は来ていたのか。いや、初めからまともな組織じゃなかったんだ」

 張り子の虎、滅びゆく彼らに明日はない。明日を、欲してすらいない。

「それがわかって、何故、お前たちは此処に居る!?」

 敵地だとしても叫ばずにはいられなかった。叫んだところでエスタードと戦うのが精一杯の彼らに、そこで宿願たる誇り高き戦死を得るために、たった一人の異物に構う暇はないだろう。彼らは国ではない。群れですらない。

「理解出来ないものに足を突っ込んで泥沼にはまる。元の住処に戻ってりゃ幸せに生きれたものを。馬鹿なひよっこだぜ」

 ただ、目端の利く者はいる。何処の世界にも。

「貴方は……あの時の」

 二つの集落で起きた小さな戦争。それを引き起こした指揮者。

「覚えていたか。まあ、ドーン・エンドなんざこんなもんだ。大して才能もない癖に、一丁前にプライドだけは一人前。やることは人様から奪うのが生業ってんじゃ、そりゃあ世の中からはつまはじきにされる」

「わかっているなら――」

「それでも俺らにはこれしかねえのよ。剣でてっぺんはつかめない。それは戦場に出て、綺羅星の如く輝く英傑たちを見りゃあ誰でもわかる。俺たちは半端者だ。それでも、これしかなかった。剣しか、奪うしか、それ以外の生き方を知らない」

「畑を始めればいい。商売をしてもいい。何だって、太平の世にはあるだろ!」

「土地はどこにある? ノウハウはどこで学ぶ? 何をするにしたって、良い歳のおっさんが新しいことを始めるのは、たぶん、若いお前さんが考えているよりもずっときつい。お前だって散々学んだだろ? 奪うってことの、容易さを。人間は、どうしようもない生き物だ。楽な方に流されちまう。楽な道を知っている奴は、そこへ流れるのさ」

 男は剣を抜いた。勝てないと分かっているのに、その剣をアルフレッドに向ける。

「人間は、もっと」

「クズばっかさ。どぶくせえ底辺も、お綺麗に着飾った貴族たちも、中身はさして変わらねえ。生まれた場所で、立場で、何が変わる? 俺たちと貴族どもに何の違いがある? 奪い方が違うだけで、誰だって何かを奪いながら生きているだろうが! 限られた土地、限られた富、それを奪い合うのが人だ! 頂点からじゃそんなことも見えねえか、アルフレッド・フォン・アルカディア!」

 その言葉はアルフレッドの胸に大きく突き立った。ずっと、もやもやしていた。世の中を知れば知るほどに、それは強く明確になっていた。そう、全ては彼の言う通りなのだ。人は奪わずにはいられない。生きることは奪うことだから。

 どれだけ清廉潔白な者であっても、そこは変わらない。変わりようがない。

 だって、世界には全てが満たされるほどのリソースがないから。

「貴様の親父が作った時代が俺たちから生きる場所を奪った! 奪い返す力なんて俺たちにはない。でも、それ以外に生きる方法を知らねえし、変える気もねえ。だから、派手に滅んでやろうって話だ! 謙虚だと思わねえか王子様ァ!」

 男の剣は確かに熟練を感じさせるものであった。一流の傭兵、そう言って差し支えないだろう。しかし、哀しいほどに底が見えていた。限界、頭打ち――

「ここには、鉄がある。技術だって――」

「俺はここの生まれだ。ある程度目利きも出来る。昔は、俺がガキの時分は、世界でも最高クラスのものを作っていたさ。俺も、若いうちは戦士で、いつかは此処で鉄をこさえる。そんなことも考えていた。でもな、もうこの国に、この地に特別なものなんて何もねえんだよ! アルカディアが、ガリアスが、エル・トゥーレが、世界に技術を広めた。たった十年もしない内に、鉄の国がただの国に成っちまうほど、世界は加速している」

 男は顔を歪めながら剣を振るい続けた。アルフレッドはそれをかわし続ける。

「此処に居る職人連中は、さっき全員俺が殺してやった。あいつらにもそれしかなかったから。終わらせてくれと頼まれたから。だから殺した! 技術革新、拡散が世界に良質で安価な鉄を広めた一方、世界の片隅で昔気質の職人たちが誇りも何もかも根こそぎ奪われ、全てを失って死ぬ! 世界のために、仕方ねえよなァ! 奪われた方が悪い。そうだろ?」

 ドーン・エンド。虚構の王国は、その崩壊と共に正体があらわになっていく。彼らは奪う者ではない。奪われた者なのだ。奪われて、生き方を否定されて、道を見失った者たちの集合体であったのだ。

「さあ、次はお前の番だぜひよっこ! 奪いに来たんだろ? 俺たちから。最後に残ったくそみてえな命ってやつを奪いに。いいぜ、くれてやる! 俺を、俺たちを、終わらせて見せろよ! あの男の、ウィリアム・リウィウスの息子なら!」

 時代を終わらせた男。その弊害をアルフレッドは知らなかった。知ろうとしなかった。ちょっとアルカスから足を延ばせば、同じアルカディア国内であっても小さな悲劇はいくらでもあっただろう。見ようとしなかったから見えなかった。

 それで知った気になっていた自分が許せない。

「貴方の名は?」

「アロイジウス・ロッシュ。戦士だ」

 自嘲気味に語った自己紹介。戦うことを奪われた戦士。彼のやったことに同情の余地はないだろう。奪われたからと言って奪って良いと言う道理はない。選択肢は、無数にあったはずなのだ。ただ、それを選び取る『力』が彼らにはなかっただけ。

「覚えました」

 一閃。アルフレッドの居合いがアロイジウスの腹を真一文字に断った。両断にまでは至っていないが、絶命は免れないだろう。せめて人の形を保ったまま、それが弱さだと知りながらアルフレッドはそうしてしまう。苦しみが長くなるのも承知の上で――

「……今まで斬ったやつを、全部覚えてんのか?」

「ええ、今日まで僕は、百六十二名を斬りました。そのうち、名前を聞けたのは貴方を含めて六十四名。その名は、忘れません。刻まなきゃ、いけないから」

「……ハッ、つくづく化け物か。いいね、お前さんで良かった。なあ、この国、悪くねえだろ? ごちゃごちゃしてて、迷路みたいでさ。フェラムテッラ、俺の名前は良いから、この国の名は、出来れば、覚えて、おいて、く……れ」

「ええ、忘れません。貴方も、この国も。その、最後もすべて」

 あれほど雄弁に語っていたモノは、躯と成り何も語らぬモノと化した。革新が救いとは限らない。旧きモノで生きてきた者にとって、革新は時に剣よりも残酷な結末を与える。

「アロイジウスの頭! ……そうか、逝ったんですね。俺らも、今向かいます」

 数人が騒ぎを聞きつけ集まってくる。どこかで見たことがある顔。忘れもしない集落に集まっていた戦士たちである。

「俺の名はアルフレッド・フォン・アルカディアだ」

 そう名乗った男は仮面を脱ぎ捨てた。

「名乗れよ戦士たち。お前たちを終わらせた男の息子が、此処に居るぞ!」

 彼らの『救い』となるためにアルフレッドは名乗ったのだ。真の名を。

 全員が口々に名を言い放つ。それら全てを聞き取り、暗記し、そして――

 全員を殺した。

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