ドーン・エンド:躍動する新時代
「――何なんだ、あいつら」
イヴァンらが呆然と立ち尽くす中、剣と槍が乱れ合う戦いの渦は過熱の一途を辿っていた。レスターが化け物なのは誰もが知っている。転がり落ちるたびに怪物性が増し、その度に強さも増した。今となっては渡り合えるものなど両の手で数えられるであろう。
ローレンシア最強の一角。
レスターが強いのは知っている。ならば、二人がかりとは言えそれに渡り合っているこいつらは何者だと言うのか。無名の若き陸軍将帥、同じく無名、こちらに至っては何の肩書も無い男が、世界最強クラスと戦えている。
イヴァンとてネーデルクスでは世代トップの自負がある。部下も、国を代表してエル・トゥーレにやって来たものがほとんど。実力はあるのだ。経験が足りないだけで。経験さえ積めばオストベルグ重装歩兵と並んでも遜色がない、否、上回るはず。
ただし、このレベルともなると食い下がることも出来ないだろう。割って入ろうとすら思わない。自分があの場で役に立つとは思えないし、下手をすると敵に利用され味方に不利を与えかねない。だから動けないのだ。双方とも。
もう少し広ければ集団戦もやりようがあったが、この地形では集団の力は発揮し辛い。突出した戦力がより輝く場。同じく輝ける者以外、あの舞台には上がれない。
レスターの異様、異形の槍。出所がわかりにくく、動きに法則性がない。ありえない方向からありえない軌道で穂先が出てくる。尋常ならざる力と速さを兼ね備えて。無尽蔵の体力、埒外の身体能力、異質であるが一種極まった槍の技術、全てが突出している。
それに対して二人は足りない部分を補い合うようにして戦っていた。隙があればそこを埋め、捌き切れなければ一手受け持つ。入れ代わり立ち代わり、補い合って戦い続ける。
スコールの剣は卓越した身体能力と理知的な先読み、基本に忠実な隙の無い剣技。
オルフェの槍は超常的な感覚で機先を征し、我流ながら無駄のない槍技。
どちらも方法は違えど、ある程度先を読んでいた。
だから――これで済んでいるのだ。
(噛み、合わん!)
スコールは歯噛みする。相方として選んだオルフェは想像をはるかに超えるほど優秀であった。彼がいなければ現時点で自分は十回以上死んでいる。自分の秀才止まりの先読みを遥かにしのぐ知覚範囲、速度。敵は当然として自分も含めてしっかり視えている。相棒とするには理想的であった。
ただ、レスターの実力が想定を超えていただけ。
(不協和音! こちらの連携が尽く乱されていますね)
オルフェは眉間にしわを寄せた。相方であるスコールは相当優秀であった。基本に忠実な剣技はともすれば面白みに欠けるが、彼自身の身体能力が卓越しているため反転して良い音色となっている。機転を利かせて何度も窮地を救ってもらっており、バランス感覚に優れた高水準の武人という印象に間違いはなかった。
問題は、レスターが強過ぎると言うこと。
傍目には噛み合っているように見える攻防であるが、やっている本人たちからするとまるで思うようになっていない。勝つための動きはほとんど取れていないのだ。急場しのぎの負けないための動きばかり。それが出来ることも凄いのだが――
レスターの一撃一撃が急所を突いてくる。連携が乱れる箇所への楔、かと思えば直接命を削ぎ取る一撃であったり、戦い慣れていると言うレベルではない。
「なるほど、これが世界トップレベルか」
スコールの頬を抉った突き。これも事前にオルフェが下半身へ一撃を加えることで、その先の一撃を絞ることが出来たからこうなっただけ。その一手が無ければ頭蓋を射抜かれていただろう。逆のケースも多々ある。
レベルの高い者にしかわからぬ窮地が何度もあった。それこそ綱渡り、曲芸のような緊張感が無限に続く。呼吸一つ、瞬き一つが致命と成りかねない世界で――
スコールとオルフェは――知らず笑みを浮かべていた。
レスターがぴくりと反応した。少し、二人の動きが良くなっている。雰囲気が、より高まっていく。集中が増し、動き全体の精度も、高まっていた。
今、この瞬間も彼らは成長しているのだ。死線の中で。
クレスはその中で、信じられないものを見る。あの堕ちた鷹、レスター・フォン・ファルケが、負の感情と絶望を敷き詰めた怪物が、ほんの少しだけ、微笑んだように見えたから。笑みなど、とっくに忘れ去ったと思っていたのに――
加熱する戦い。その渦はさらなる高まりを見せていた。
○
「……むむ」
「ゼナ様、どうされましたか? おそらく上に行くならこち――」
「うん、そっちが正解な気がする。でも、ゼナ的にはこっち!」
ゼナは獰猛な笑みを浮かべて走り出す。
「ゼナ様、御覚悟を!」
そのゼナを前に元エスタードの戦士たちが殺到した。部下たちの反応が間に合わぬほど唐突な遭遇。急にゼナが方向転換したのも問題であったが。
「アマドにエスタバン! 久しぶり! でも、今は遊んでいる暇ないかな」
ゼナの顔から笑みが消えた。巨躯を地に沈めるかの如く前傾し、一気に溜めた力を解放。爆発的な速力で駆け抜け、通り抜けざまに眼にも止まらぬ速さで二突き、心の臓を射抜いた。あまりにも強引、しかし神業。
「お見事」
倒れ伏す知り合いの戦士を顧みることなく、ゼナはさらに進む。阻むのであれば槍で押し通るだけ。自分の嗅覚が言っていた。
あの戦い、逃せば一生後悔する、と。
○
ある山巓の中腹に一人の男がいた。時代の変わり目、新時代を感じさせる饗宴を見物せぬ手はない。そう思い見晴らしの良い場所を陣取って単身、酒盛りに興じていた。麦粒程度にも見えぬ距離。見物と言う意味では事を成してはいないようにも思えるが――
「よおじいさん。良く見えるかい?」
「絶景也。卿もそのために来たのであろうが」
「まあな。手土産は持ってきてるぜ、じいさん好みの奴をな」
「む、なるほど。昔からサンバルトは葡萄酒の名産地。ありがたくいただこうか、ヴォルフ・ガンク・ストライダーよ」
「おう、ありがたく飲めよ、アーク・オブ・ガルニアス」
絶景を独り占めしていた男、アークの横に闖入者であるヴォルフが腰掛ける。背負うは大きな酒樽、中にはなみなみと葡萄酒が入っていた。
「本来、俺がやるべき仕事だ。夢を見せたやつが、ケツを持つべきだったんだ」
ヴォルフは早速、駆け付け一杯持参した葡萄酒をマイコップ(見た目は小さめな樽)に注ぎガッと一息で飲み干した。瞳には哀し気な光が浮かんでいる。
「人には立場があろう。あそこに卿がおらば、ローレンシアにとって今のような小火では済まぬ。時代に大きな傷が残っていた」
「……わかっていても、元凶がのほほんと見ているしかねえってのはよぉ」
「何、黒の傭兵団にとっては卿が元凶であったかもしれんが、それも時代にとっては一つの要素。三大巨星、それ以前から続く戦乱の世の系譜に連なる我ら全員が、彼らにとって夢の具現なれば……我らが元凶と言うには少しばかり、傲慢が過ぎよう」
「ハッ、確かにそうだ。元凶と言うには俺は小物過ぎらぁな」
「その卑屈は卿より遥か格下である我にも刺さるでな。まあ、見守るしかあるまい。もはや時代は二回り目に入ろうとしておる。否、本当の新時代を迎えるための下地、あの男の時代と言うのは準備期間であるのだろう」
「……真の元凶、か。ったく、凡人のくせに背負い過ぎなんだよ、あの野郎は。どいつもこいつも、真面目な奴ほど馬鹿を見る。ガルムも、同じさ」
アークの酒をヴォルフが、ヴォルフの酒をアークが注いで飲む。
「おーおー、派手にやってんな。規模は小さいが、質が良い。鷹はもちろん、俺に喧嘩を売ってきた野郎もまあ強かったぜ。ぼっこぼこにしてやったが。その割りに元気だな、さすがに影も形も見えねえけど」
「なるほど、世界最強の生物に喧嘩を売れる胆力の持ち主か。該当する知人がおらんので何事かと思って見ておったが」
「東のやつだろ。あっち側だとたまーに海を越えてやってくるぜ」
「あっち側、真央海の先、暗黒大陸か」
「ガリアスやヴァルホールにとっては既知だがな。革新王ガイウスが開拓しようとして、あまりにこっちと違うため断念せざるを得なかった土地だ。実際、ガリアスも俺らも色々やってるが、最近ようやく芽が出てきたばかり。ってのは内緒の話な。とにかくあっちには別の海がある。外洋に繋がる海が」
「其処を越えて……技術力に大きな隔たりがある、か」
「分野ごとに特化してるって感じだな。交流している中で、あっちが驚くことも多々あったそうな。だから、ローレンシアが劣っているって話じゃねえ、ま、船に関してはその通り。奴らは、外洋を越える船を持っている。俺たちが持たぬモノを」
ヴォルフはどんどん酒を流し込んでいく。
「でも、あれはたぶん違うな。海じゃなくて、無間砂漠を越えてきた阿呆だ。狂ったふりをしている真面目馬鹿と砂漠越えの阿呆。踏み越えるにはちと高い壁だぜ」
眼で見えずとも雰囲気で分かる。若者たちも強い。強いが、まだまだこれからの人材。すでに完成しつつある円熟の者たちとはやはり差があるだろう。
「じいさんのお目当ては?」
「全員よ。今、この瞬間にも輝きを増す若き才を見に来た」
「……顔に嘘って書いてあるぜ。それは、おまけだろ?」
アークは苦笑しながら無言で通した。ヴォルフもこの地で何かが生まれる、時代の潮目が変わると思い此処に居る。今、輝きを見せる彼らは、確かに凄まじい才能を持っている。今後ローレンシアを引っ張っていく才能であろう。
しかし――
(時代を変えるってのは、こういうのじゃねえよな。俺が百人いたって時代は変わらねえんだ。これは、そうじゃない。そういうこっちゃねえんだよ)
ヴォルフは知っている。時代を変える者と時代に流される者の差を。
「しかし、ヴァルホールにも人物がいるのだな。あれほどの才を隠しておったとは、なかなか卿の国もしたたかではないか」
「ああ、スコールな。そりゃつえーだろ、俺の子だし」
「なるほど、卿の……んんッ!?」
アークの顔に驚愕の表情が張り付いた。
「卿の長子はフェンリス王子ではなかったのか?」
「正式な子じゃねえんだ。あいつが成長して俺の前に立つまで、俺すら知らなかったんだ。今だって知ってんのは俺とニーカくらいのもんだ。たぶん、もう一人の妻も知ってると思うけど、確認はしてねえ」
「……二人の王妃の子ではないと」
「ずっと前に二人の束縛がきつくて、団のみんなでぱーっとやった時が、何度かあった。何十回かな? 百はねえ、はず。その時の一人だ。未だに覚えているよ。きれーな金髪で、花を売ってるとは思えないほど快活でな。最後足でがっちり固めて種取ったり! ってよ。あいつも片親ながら明るく育てられたらしい。曰く、強さは種が保証してくれる。ただ馬鹿そうだから勉強だけはしっかりやれってのが口癖だったそうな」
「だから、あの若さで将なのだな」
「ああ、依怙贔屓はねえよ。あいつは親のサポートもあって不得手なはずの勉学でヴァルホールの二番を取った。武は世代最強だ。本気を、出せばだが」
「あまり目立とうとせんのか」
「影で良いだってよ。おふくろさんの言葉を証明したいから勉強を頑張ったけど、そもそも頑張るのが嫌いらしい。戦いも血を見るのが嫌いだから好きじゃないときた。波風を立てたくないから認知されても困るし、将帥の地位もでか過ぎるので返上したいって」
「……嘘か真か。若者は面白いな」
「ああ、本当に面白くなってきやがった。あんにゃろう、やっぱつええわ」
ヴォルフは楽しそうに景色を眺めていた。血を分けた存在が窮地に立たされている。だが、ヴォルフは知っている。その窮地こそ成長の糧なのだ。狼の血を引いた男に牙がないはずも無し。その牙を測る良い機会である。
「その前に盤面が動くぞ」
「あっちこっち忙しいなおい。酒が進むぜ!」
「同意である!」
二人はとりあえず酒を酌み交わしていた。
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