ドーン・エンド:時代遭遇

「――じじい相手だからぶっ殺せると思ってたらこれがまた化けもんみたいに強くてねぇ。子供ながらにあ、死んだって思ったら拾われていたって寸法でさ」

「へえ、それがおじいさんとの出会いだったんだ」

「戦災孤児でひん曲がっていた自分を叩き直してくれただけでも感謝。生きるための力として『技』を授けてくれたことにも感謝。どれだけ感謝してもし足りない大恩人でね」

「いい出会いだったんだね。ところで、これは道なの?」

「道、かねえ。人は穴とも言うかもだけど」

「僕には穴にしか見えないね」

「とはいえ進めるのならば穴もまた道。人の通った轍を道と呼ぶのさ」

「詩的だね、むぐっ!? こんな場所じゃなかったら感銘を受けていたところだよ」

 アルフレッドとラウルの二人はエル・トゥーレ本隊を離れ、ラウルが前回通ったと言う道と呼ぶにはあまりに狭い場所を這いながら進んでいた。この道を山育ちだからと言う謎の理由で見つけたラウルもそうだが、ここを張っていた敵も馬鹿じゃないかと思ってしまう。こんな穴、守る理由など何もないだろう。普通に考えたなら――

「対峙した男は、おそらく彼らの仲間ではないのだろうねえ。露払いに徹している、彼らに本懐遂げさせんと……多少の共感と一宿一飯の恩、そんなところかねえ」

「……共感、ね」

 自らの信条とはあまりにかけ離れている価値観。されど、それを間違っていると切り捨てるにはあまりに彼らは数が多過ぎた。一人二人なら、例外とすることも出来るが、これだけの群れが形成されるほど共感者が多いのであれば、決して外れ過ぎたことではないのだ。人として、彼らはそれほど外れていない。

 ならば、何が悪いのか。誰が悪いのか。どうすれば――

「あ、けがは大丈夫なの?」

「今更だねえ。まあロンじいにも同じようにボコられていたし、身体も丈夫な方でね。それに、じい様の手前、負けっぱなしと言うのも……矜持に反する」

 ラウルの視線がきつくなった。その先には――小さくとも人が立って歩けるほどの空間が。そこに座る漆黒の男。尋常ならざる雰囲気を放つ武人が其処にいた。

「リベンジといこうかい」

「……この前の未熟者か。老師の居場所を教えてくれる気になったか」

「負けっぱなしは性に合わんのでね」

「性など関係ない力量の問題だ。って、後ろは……合縁奇縁、ついて回るもんだな王子様」

「ご無沙汰しております。僕も、リベンジに来ました、黒星さん」

 黒星、アルフレッドの旅立ちの要因、アークとの旅路を断ち切ったのも彼。ラウルやクレスから聞いた話ですぐにピンときた。あの時は手も足も出なかった。今だってそれほど差は埋まっていないだろう。

「黒星、なるほど。やっぱそっちの方かい」

 ラウルがよくわからないところで納得している中、アルフレッドが一歩踏み出した。

「一つ、聞かせてください」

「何だ?」

「何故、彼らの手助けをするのですか?」

「……ああ、そうか、そうだな。お前らなら、そう思うか」

 黒星は苦笑する。

「十年、二十年、三十年、それだけに生きてきた。お前ら若者は簡単に言う。変わればいい、適応すりゃいいってな。でもな、人間、誰しもが器用じゃねえのさ」

 そして、立ち上がり、構えた。

「ここにいる連中は、不器用な馬鹿ばかりだ。わかっているのに変えられない。時代は、別のモノを求めていた。技ではなく権威を。修練ではなく政治を。それでも変われずにしがみついた。国を捨ててでも俺が拳士を捨てられなかったのと同じだ」

 圧倒的プレッシャー。黒星の圧が増す。

「お前たちが貫くモノは何だ?」

 回答を、聞く気はないのだろう。

「そりゃああんたと同じさね。これに惚れた。これに生きると決めた」

 ラウルもまた同じ構えを取った。まるで鏡写しのような構え。師が同じ、流派も同じ、ならばこうなるのも道理。そこに流れをくむ、この男もまた――

「僕には貴方たちのように、全てを捧げるほどの道を見つけていない。でも、僕は、俺は見てきた。彼らの不器用が、どれだけ多くを傷つけてきたかを。時代の被害者とて、それが人を傷つけて、奪って良い理由にはならない。俺は終わらせに来た。それだけだ!」

 アルフレッド・フォン・アルカディアも同じ構えを取った。以前とは違う。学ぶためのモノではない。勝つために、彼は同じ選択肢を取った。

「拳士のつもりか?」

「いいえ」

 先手は――アルフレッド。流れるような動きから震脚、ラウルが目を見張るほどの習熟度。それでも目の前にいるのは黒星。遥か東方にて練達の域に達した技の前には未熟なる一撃でしかない。打ち破るのは容易。

「俺は拳士じゃない」

 黒星が迎撃に移った瞬間、アルフレッドは打ち込まんとしていた拳を解いた。そこからこぼれるのは、地面を這っていた時に拾っていた『つぶて』。今度はラウルではなく目の前の黒星が驚愕に眼を剥いた。

 つぶてを捌くため流れを変えるか、そのまま流れを変えず攻撃を続けるか、二つの選択肢から生まれた僅かな間。意識せねばあるかもわからぬ時の狭間で――

「勝つぞ」

 アルフレッドから噴き上がる雰囲気。殺意の奔流に黒星は怖気を覚えた。本来格下であるはずの相手から、死の匂いを突き付けられて、怯んでしまった。殺意だけではない。あの少年が、こうまで変貌してしまった。そのギャップにも驚いてしまう。

 それもまた間であり、隙である。

 アルフレッドの動きには違和感があった。居合いの態勢、そこに発勁を組み込んだことは独特の体重移動で分かった。だが、明らかにタイミングがずれている。

 放たれた斬撃は見事な一撃。そこに発勁で生まれた力は乗っていないが、流れが詰まってしまった状態で捌けるほど甘いものではなかった。間一髪で足を開き、上体を落とした避けた黒星。

 しかし、それは――

「終わり」

 本命への撒き餌でしかなかったのだ。発勁を乗せたのは、その後に来る鞘での二撃目。黒星は知るがゆえに侮った。相手を一流の拳士と思えば、せめてラウル並みの拳士と思っていれば、警戒は出来たはずなのだ。

「な、ガァ!?」

 力量差を覆す、技と罠。冬を越す前の己しか知らぬこと。さらに自らの得意技と隠し技を絡ませることで、騙し切った。力を遅らせるだけの技術は、あの時、彼との戦いの中で学び、冬の間に修練を経て体得していた。

 轟音と共に壁に叩きつけられる黒星。隙を突いたとはいえ、ただの三手で格上を沈めてみせたアルフレッドは悠々とその横を通り抜ける。

「……打ち合わせ通りってかい」

「勝てる手筋があっただけ。次はないですよ。あとはお任せします」

 ラウルは、事前に彼が言っていた通りに盤面が動いたことで苦い笑みを浮かべていた。上手くいった、それ自体は良いことなのだが、あまりにもその精度が高過ぎること。格上相手に成功させてしまったこと。何よりも、読み切ったストラチェスでも指しているかのように、冷静に淡々と勝ち切った『強さ』に怖れを抱く。

「て、メエ! 待ちやがれ!」

 吐血しながらも追い縋らんとする黒星。

「悪いねえ。あんたの相手は、俺なのよ」

 そこによどみなく発勁の蹴りを打ち込むラウル。ダメージを負いながらも上手く捌いてみせた黒星はやはり強い。だが、その対価としてアルフレッドをこの場から逃がしてしまう。出し抜かれたことよりも、様々なモノを利用しながらも、勝利を握られたことに黒星は憤慨していた。己の不甲斐なさに――

「テメエをぶっ倒してあのガキを叩き潰す!」

「こんだけハンデをもらった以上、俺もおいそれとは負けられないねえ」

 同じ構えの拳が中空で衝突する。轟音が狭い通路に響いた。

 拳士同士の戦いが勃発したと同時に、一人の男がドーン・エンドの中枢に潜り込んだ。一気に指導者の首を取り、この戦いを一刻も早く終わらせるために。


     ○


 わずかばかりの話し合いでヴァルホールとの共同戦線が決まり、エル・トゥーレとヴァルホールの両陣営は軍勢が通るには狭い道を進軍する。以前も通った道。前は相手の隙を突くためにここを通った。今度もまた、それを撒き餌にあえて同じ道を取る。

 ヴァルホールが同じことを考えていた。そのこともまた彼らの決断を強固なものとして、失われた自信を取り戻しかけていたのだが――

「……スコール様」

「…………」

 ヴァルホール陸軍総大将であるスコールは寝たふり。イヴァンはじろりとクレスを睨みつける。クレスは素直に「すまん」と謝罪をしていた。

 彼らの眼前には、エル・トゥーレにとって悪夢の敗戦を喫した場所と同じところに、まったく同じ陣容が並んでいた。漆黒のオストベルグ重装歩兵、その中心には墜ちた鷹、レスター・フォン・ファルケが蹲りながら戦いの時を待っていた。

「合議によって決めた以上、貴方に責任を押し付ける気はない。しかし、こうなってしまった以上、このまま攻めてもあの日の再現だ。この狭い道では、集団の力が生かし切れない。個の力は、あのレスターを含め化け物揃い。差は、明確だ」

 何よりもエル・トゥーレは一度負けている。自信があった。若く、力に溢れていた。だからこそ手も足も出ずに敗れ去ったあの経験が足をすくませる。前以上にエル・トゥーレは戦えない。闇雲に攻めれば死体の山が出来る。考えるまでもない結論である。

「戦うしかない。実力者を前に、俺も前に出る」

「私も槍のネーデルクスを代表して此処に居る。臆する気はないが」

 クレスにとってこの状況は想定外であった。レスターとオストベルグ重装歩兵、これだけの戦力をこの小さな道一つの防衛に使う。こんな無駄を通常の兵法では嫌うだろう。あの時とは状況が異なる。エスタードが正面から、ヴァルホールも動いていることは伝わっているはず。エル・トゥーレとて完全に白旗をあげたわけではない。

 三勢力、全てが戦力的には上。そこに対応するためにはより合理的に、効果的に用兵せねばならぬはずで、守備戦術に精通しているモノでなくとも、主力足り得る彼らを此処に置くのはありえないはずであった。少なくとも、分散はさせているはず。クレスはそう考えていた。おそらくスコールも同じ考えだろう。

「いやー、参った。ガルムさんに一杯食わされたなぁ」

 暢気な声、口を開いたスコールは苦い笑みを浮かべていた。

「手堅いガルムさんにこの差配は無理だ。なら、答えは一つしかない。彼らは戦術に組み込まれていない、フリーランスってこった。狂人をそのまま好きにさせた結果、何をどう考えたのか、考えても無いのかわからんが、彼らは此処に居座る決心をしたわけだ」

「暢気ですね陸帥閣下。このまま突撃しますか?」

「馬鹿言え。強そうなのみんな海に取られたんだ。俺たちは弱兵と名高きサンバルトっ子だぞ? エル・トゥーレよりも悲惨な結末を迎えてしまうさ」

「想像に難くないです。ぶっちゃけ震えています。強そうですもん、あの人たち」

「強そうじゃなくて強いんだよ。全員、漏れなく。ついでに中心の一人は、ちょっとシャレにならん。いくらなんでもあれは反則だ。あー、陛下と言わずユリシーズさんがいてくれたらなあ。あの阿呆王子が馬鹿やらかさなきゃこっちにいたのに」

「ヴァイクのシマを荒らし回って海賊船十隻も沈めたら、そりゃああっちも怒りますよね。その結果、キレたヴァイクの大船団相手に大立ち回りで、数隻沈めてガルニアに雲隠れ。その仲裁でユリシーズさんが駆り出されて……そんな中、これですし」

「ヴァイクも調子に乗り過ぎてたから、一概に殿下が悪いわけじゃないが、時機ってもんがある。色気を出さず王妃様に任せておけば良かったんだ。どうしようもなくなったら、陛下が出張って終わる話だ。頼りたくないのはわかるが、それは私心だろうによ」

 スコールが髪をわしわしと掻き毟る。何か一つでも、時期がずれていれば容易くまとまった話。ヴァルホールにとっては最悪にも近い時期に、色々と重なってしまった。その上で自らが選んでしまった最悪手。さすがのスコールも滅入るというもの。

「ヴァルホールも強兵をまとめてほしい。こちらの兵も合わせて一点突破だ」

「それじゃあ阿呆ほど犠牲が出ちまうだろうがよ」

 スコールは面倒くさそうに前に出る。

「キャラ被りの槍使い、要を落とすぞ」

「まあ、そうなるとは思っていました」

 スコールの隣に進み出たのは盲目の槍使いオルフェ。

「敵集団が動くようなら、俺らごと弓で仕留めろ。出来るな?」

「剣が駄目な分、弓は練習したので。ご武運を、陸帥閣下」

 スコールとオルフェは特に気負うことなく悠々と歩き始めた。狭い道である。切り立った山間の通路。天然のアーチ橋。

「ま、待て。二人では」

「心が折れていては勝てるものも勝てない。クレスさんはそれ以前の問題でしょうが」

 オルフェは追い縋ろうとする者たちを一言で切り捨てる。事実、イヴァンらの心は折れている。武人としての矜持故、逃げ出すには至っていないが――この環境では足手まといになってしまう。

 狭い道。ただでさえ格上相手。紛れの元は最初からない方が良い。

「自信はあるか? 糸目君」

「逆に聞きますが貴方は自信があるのですか?」

「質問を質問で返すなよ。あるわけないだろ」

「私もありません。それほどに、あれの『音』は常軌を逸している」

「それでも一番勝算が高い、かつ犠牲が少ない方法だ。付き合ってもらうからな」

「ええ、わかっていますよ」

 狭い道で乱戦になれば犠牲がかさむ。実力差のある群れがぶつかれば囲めない以上、数の利を生かすことは難しいだろう。せめて経験値を持った兵団がいれば話は別であったのだろうが――ないものねだりをしていても仕方がない。

「んじゃ、やるかい」

 スコールが変わった形状の剣を抜き放った。片刃、ほんのりとついた曲線。刃には波打った文様が刻まれており、妖しく煌くそれは一種の芸術品のようであった。

「……ギ」

 むくりとレスターが起き上がる。相手を値踏みするような視線。

「やってみましょうか」

 オルフェもまた愛用の槍を旋回させた。

 二人の身体からゆらりとオーラが立ち上る。激しくはないが、確かな実力を感じるモノ。

「ギィガァ!」

 レスターが二人の戦意に反応した。後ろの騎士たちは動かない。

 こちらの意図は伝わっているのだろう。実力者同士の一騎討ち、は相当する力量を備えている者がいないため、一対二で戦おうと言う意図。卑怯に映るかもしれないが、実力者である騎士たちには伝わっていた。

 レスターには劣るとも、二人もまた格別の使い手であることが。

(第一関門は突破。狂ったふりして、やっぱ騎士だね)

 ずり、ずり、と這うように進み出るレスター。臨戦態勢である二人。戦場は一点に絞られた。実力者同士の、古き良き――

「ガァ!」

 戦いが始まった。

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