ドーン・エンド:駆ける新時代

 山を掘り、鉄を採り、山を削り、鉄を得た。掘りて削りて生まれし鉄の都。其処を前にしてこの軍勢は一切ひるむ様子はなかった。

「たのもー!」

 先陣を切るはエスタード軍。率いるはエスタードの至宝ゼナ・シド・カンペアドール。要塞と化した鉄の都を前にゼナは笑顔で言い放った。

「全軍、突撃!」

 笑いながら、愛用の槍を携え地を駆ける。迫るは巨躯、近づくほどに防御側は目の錯覚かと疑うほど――それは大きく、見合わぬほど軽やかで、

「とぉ!」

 槍を用いて棒高跳びの要領で、彼女は門を超えた。決して大きな門ではない。しかし、常人が飛び越えられるような高さでもないはず。しかし、現に彼女は超えてみせたのだ。あっさりと、当たり前のように。

「槍!」

 ゼナの叫びに呼応して外に捨てられた槍が門の上に投げ入れられる。それを引っ掴み彼女は陽気に槍を旋回させた。門の上で弓や投石などの防衛を任されていた彼らは苦い笑みを浮かべる。用意が全て無になったのだから。

「ゼナ・シド・カンペアドール。君たちを殺す名前だよ」

 極上の闘志。カンペアドールの名を継ぐ者として相応しいそれに。戦士たちは弓を、石を捨て、笑みと剣をもって応えた。怒号が響く、咆哮が迸る。

 妨害がほとんどないまま、門が破城槌にて破られた時には――その上には数十人の死体があった。

「ゼナ様。逸り過ぎです。この要塞は幾重にも重なり、入り組むモノ。一層目を破るのにそれほど力を尽くされては――」

「んー、でも、手加減はカンペアドールじゃないから」

 ゼナは笑う。幾重にも重なる死体の上で。

 彼女は、間違いなくカンペアドールであった。

 そして門を破った後、無慈悲に敵を蹂躙する様は、武人の国エスタードならではの光景であった。強兵集いし日輪の国。苛烈なる攻めこそ彼らの持ち味である。

 緒戦、エスタードが快勝す。


     ○


「――エスタードらしい正面からの殴り込み、か」

「想定外であったのはゼナ様の身体能力だな。しばらく見ないうちに大きくなられた。身長だけであればテオ殿は元よりもディノ様、いや、エル・シド様に近いモノをお持ちだ」

「元々機敏で器用な御方であったが、さらに膂力まで手に入れられた。まさに新時代の旗手、武人の国たるエスタードを背負って立つ御方よ」

 エスタードを古巣とする戦士たちは皆感慨深げであった。皆、孫を慈しむような眼になっている。そこから――

「実に戦い甲斐がある」

「応とも」

 こう言ってしまうところが彼らが戦士たる所以であった。

「エスタードはゼノでもない限り、搦め手は使わない、いや、使えない。だからこっちはしばし搦め手でしのぐ。問題は、ヴァルホールか」

 ガルムは鉄の国を基としたドーン・エンドの要塞図面を見つめる。今だ姿を見せないヴァルホール。動き出しはエスタードと同程度、であれば動きが見えないのはおかしいのだ。

「敵将はスコールとかいう若造だったか? どういう男なんだ?」

 ヴァルホール勢以外、誰も知らない無名の将。そもそもヴァルホール自体、前身の国家が七王国最弱のサンバルトであり、黒の傭兵団があったからこその強さであった。

「実戦での強さは未知数だ。ただし、二十代半ばで、乱世でもない今、ヴァルホールの陸軍を任されているという意味は酌んでおいた方が良い」

 ガルムは地図を見て考えることをやめた。考えれば考えるほど、相手の術中にはまるだけ。対策は――考えないこと。

「楽しめよスコール。実戦の醍醐味を」


     ○


 ゼナは勇往邁進、全力で攻め続けていた。それについて行く部下たちも精鋭ばかり。当たれば負け無し、並の戦士では戦いにもならないだろう。

「なっ――」

 だが、彼らは苦戦している。攻めて、敵を倒し続けているが、苦戦。

 彼らの敵はこの要塞そのものであったのだ。

「足場を落としやがった。足元は、真っ赤な鉄の川。暑かろうに」

「骨までどろどろでしょうね」

 罠。

「また降りるのかよ!? 俺らは登りたいんだよ!」

 入り組んだ通路、階段。

 そもそもが鉱山と製鉄所を複合し、それを発展させていく過程で副次的に誕生した都市である。この地に根ざした者でも自分が任された区画以外、迷ってしまうと言う上下左右、三次元的に惑わせてくる構造。

 そこに付け加えられた意地の悪い罠。

「はぁ、エスタードには効果抜群か。正面からの殴り合いは上等なんだけどね」

「こーいうのは普段考えてないときついですね」

「ただし、ゼナ様には効果なし、だ」

 クラビレノの視線、その遥か先にゼナは爆走を続けていた。

 どんな罠に対しても、その驚異的な身体能力と見た目に反した器用さで潜り抜けてしまう。それらを楽しみながら、遊び半分で無力化していくのだ。

「あれだけの才能だと、当て勘だけで進めるものですか」

「真似したら死にますよ」

「知ってます」

 少しずつ分断され、気勢を削がれている現状は楽観視出来るものではないだろう。しかし、見上げれば先頭に怪物の背があると言うのは良いものである。

 特に、太陽を失ったエスタードにとっては――


     ○


 エル・トゥーレは動ける者だけをまとめて即座に動き出した。彼らの尻の軽さは若者らしく好感の持てるもので、イヴァンに対する信頼も一度の失態で揺らぐことはなかったのか、意見もすんなりと通った。

 一度敗れ去った道を往く。相手の隙を突くために――

「……何で、此処に、こんな人がいるんだ?」

 エル・トゥーレが攻める拠点として見ていた陣地には、別の陣営が居を構えていた。

「おー、遠目で見てもしかしてと思ったら、自警団も大胆だねえ」

 その陣営の長と思しき男がエル・トゥーレ陣営の前に立つ。

「一度負けたところから攻めるなんて博打、俺なら出来ないぜ」

(それを穴と見たから此処に居るのだろうが。この男)

 クレスは飄々と笑う男に最大限の警戒心を持った。自らの失態を利用するか、他者のミスを有効活用するかの違いはあれど、至った答えは同じもの。

「ヴァルホール陸軍将帥、スコール・グレイプニールだ。よろしく」

 気の抜けた挨拶をしてくる男。

「エル・トゥーレ自警団団長のイヴァンだ」

 細い眼を「おや」と軽く動かし、

「そちらの緑がかった髪の方がリーダーかと思っていた。失敬失敬」

 クレスを見てにやりと笑うスコール。クレスは不満気に顔を歪める。

「まああれだ。此処でしゃべっていても仕方がない。とりあえず、共同戦線と行こう。エル・トゥーレは仲間みたいなものだからな」

 四つどもえの一角を崩さんとする発言。それを聞いて愕然とする者が多い中、リーダーであるイヴァンは冷静であった。

(そうか、ヴァルホールにとって悪い目はエスタードが単独でドーン・エンドを潰し、言い訳の余地なくこの地を失うことのみ。俺たちエル・トゥーレがどうしようと世界の認識は共同体、手抜きした上でいっちょ噛み出来るならそれで良し、か。さらに共同戦線は彼らにとってリスクを減らしたうえで、よりベターな結果を得ることが出来る選択肢。むしろ取らない理由がない。対面上の問題さえ省けば――)

 その選択を何の迷いもなく自然に提案してきたことは警戒に値するとイヴァンも認識を改める。のほほんとした顔つきであるが、この男存外油断できない。

「いい音です。歩いてくる時も、人前に立った時も、提案してきた時も、彼の心音は常に一定でした。お気を付けくださいクレス殿。彼はおそらく、すでに我らの値踏みを終えています。特にクレス殿については念入りに」

 オルフェがクレスの耳元で囁いた。

「キャラが被ってんぞ糸目の優男」

「御冗談を。貴方と私では何から何まで違い過ぎます」

 聞こえたわけではないのだろうが、スコールの眼にはオルフェも特別に映ったようであった。「なるほど」と一言つぶやいた後、遠くの空を眺めて――

「今、この辺じゃ見ない鷹があっちの空を飛んでいた。まあうちのなんだが」

 スコールは笑う。へらへらとした笑みではなく、少し、本気の入り混じった笑み。

「本命は、あっちか? 緑の旦那」

「エル・トゥーレの本隊は此処に居る」

 さらりと受け流したクレス。それを見てスコールは肩をすくめた。

「とりあえず共闘しようかイヴァン君」

「こちらとしては断る理由がない」

 メリットとデメリットが伯仲する中、その群れの中に仮面の男はいなかった。医者として同行しているイェレナは心配そうに鷹が舞う空を見る。

 その下で今――

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