ドーン・エンド:正しさ
「一本杉を挟んだあっち側にも集落はあってな。まあ、隣り合う者同士の常と言うか、とにかく仲が悪い。もはや発端は誰にもわからんがな」
ことの顛末を聞いたユランが複雑な表情を浮かべていた。
「奴らが傭兵を雇ったってのはやばいな。実はな、ちょいと前に別の傭兵団が売り込みに来ていたんだ。その時は断っていたが……もし、春先にもう一度連中が来たら――」
「彼らが雇うと?」
「当然雇うだろ。向こうが剣を突き付けてきたんだ。こっちだって突き返すさ」
「……戦いになりますよ」
「そうなるし、彼らもそれを望んでいる」
アルフレッドは沈黙する。今回の件は、ただのきっかけでしかない。問題はユランの言うように根深く、治し難いモノなのだろう。これもある意味で病、人間が持つ闘争本能と縄張り意識が生み出す悲劇である。
「……あ」
アルフレッドははたと気づいた。確かに、根っこは難しい問題なのだろう。だが、それにしてもタイミングが良過ぎはしないだろうか。事前にこちらに傭兵団が接触して、あちらにも同様に傭兵団が接触する可能性はそれほど高いだろうか。
否、こんな辺鄙な場所でそのようなことがあるはずもない。
「仕掛け人は、傭兵団? 彼らは、グルなんじゃ――」
「だろうな。お前さん疲れているぞ。そんなことわかりきっているじゃないか。たぶん、発端はこっちだ。傭兵団がこの集落に話を持ち掛けた、そのことだけをあっちの集落へ伝え、片方を雇わせる。騒ぎを起こし、姿を見せて、こっちにも雇わせる」
「……きっと傭兵団は吹っ掛けてきますね」
「ああ、しかも前金でな。こっちは、それを飲むしかない」
「あちら側は、きっと前金と成果報酬の分割払い。つまり、もし彼らがグルなら負けるのは、こちらってことですよね」
「そうなる。すべて憶測でしかないが、十中八九はそのシナリオだろうよ」
勢いよく席を立つアルフレッド。休んでいる場合ではない。今すぐに――
「イェレナ、患者を押さえろ」
小さな体のイェレナがアルフレッドをがっちりと拘束する。今まで知らなかったが、彼女はとてつもなく力が強かった。鍛えている少年が動けぬほどに、強い。
「強いだろ? 母親の出身は無間砂漠唯一の人類生存圏、ダルヴァザの地下都市アナトリアだ。そこでは適性を特化させる掛け合わせを繰り返し続ける一族がいる。力の強い者は強い者同士。足の速い者は速い者同士ってな。頭の良い悪いもそうだ。こいつの母親は、まあローレンシアの女じゃ見たことないほどの力持ちだったぜ。見た目は、華奢だったがな」
「そ、そんなことが……って、それは今どうでも良いでしょう!? 何故止めるんですか」
「そりゃあ止めるさ。無意味だからな」
「無意味って、意味が分からない! 彼らを救えるかもしれないんだ。意味はある!」
ユランは大きなため息をつく。
「……俺がさっき言っただろ? 彼らもそれを望んでいるって。さて、質問です。余所者のお前さんが彼らに警告して、彼らが聞き入れると思いますか? 一人の若者が殺され、相手から明確な敵意が向けられていると知った彼らが、お前の話を素直に聞きますか?」
「……それは、でも――」
「憶測、俺もお前も、たぶん人より少しばかり考え込む性質だから辿り着いたが、この集落で、のんびりと、漫然と生きてきた彼らが同じように考えると思うか? 答えはノーだ。彼らは考えない。感情に、流れに従う。もう、手遅れなんだよ」
ユランは断言する。理屈ではわかっている。だが、それで諦めたくないとアルフレッドの心は言っている。何か、きっとあるはずなのだ。多くを救える方法が。戦わずに済む道が。何か、どこかに――
「変なこと考えるなよ。さあ、無駄話は終わり。俺は寝る。あとは任せたぞイェレナ。そいつはお前の患者だ。好きにしろ」
「……いいの? パパ」
「丁度良い練習台だろ? 俺は口を出さんからな」
「うん、がんばる」
「……え、と、出来れば僕ユランさんに――」
「……アルは、私じゃイヤ?」
感情があるのかないのかわからない眼であったが、何となくしょんぼりしてそうな雰囲気にアルフレッドは折れた。「よろしくお願いしますお医者様」と首を垂れる。
「任せて。裂傷の治療は簡単」
自信満々のイェレナに苦笑いするアルフレッド。嫌な予感とは当たるもので、治療こそ適切であったが、力加減が適切でなく、危うく脱臼を再発しそうになったり、裂傷の箇所を酒などで消毒する際、押し付ける力が強過ぎて傷が広がりかけるなどの珍事があった。
当然その度にアルフレッドの悲鳴は木霊する。
「……大げさ」
「大げさじゃなくてほんとに、ああああああッ!?」
「我慢。男の子でしょ」
「ちょ、まッ!?」
その様子を陰で見守るユランは、心底嬉しそうに微笑んでいた。
○
「で、俺のありがたーい忠告を無視した坊やはまーた傷を増やしてきたかよ」
縄で縛られているアルフレッドはぶすっとした表情であった。
「だから言っただろうが。こいつらはお前の話なんて聞かないって」
「集団が駄目なら、個人へこっそりと伝えていけば流れも変わると」
アルフレッドがこうなった理由は、集落の皆へ警告しこの事態に歯止めをかけようと動いたことにあった。集団相手にいきなり演説しても届かないのならば、比較的上手くやれていたはずの個人個人と話し、外堀を埋めていく作戦であった。
一人の意識が、二人の意識が、三人の、四人の、そうしたら流れは変わる。そう信じての行動であったが、結局その途中で密告にあい集落の皆から押さえつけられ、問答の後何度か殴打、縄で縛られ長の家の物置に閉じ込められ今に至る。
「大都市で生まれ育ったのか知らねえが、此処は小さな集落だ。何処に耳があるかわからねえし、彼らは孤立しないために集団の和ってやつを最優先にしている。孤立したら生きていけないからな。良いか、お前は異物だ。俺もそうだし、イェレナもそうだろう。個人に話すなんて無意味、すぐに彼らは集団で共有する。一人で抱え込まない、考えない」
「そんなの、愚かだ。馬鹿げている。正しいことに耳を貸さないなんて」
「正しさなんて人それぞれだろう? 仲間が死んだんだ。その復讐がしたいってのは正しいことじゃないか? 相手が、どんな理由であれ剣を抜いてきた。こっちもそれに応じて抜くのは間違ったことか?」
「結果、皆が死ぬなら間違えですよ」
「皆が皆、結果に考えが至るわけじゃない。世の中、頭の良い奴ばかりじゃないし、感情優先で生きている奴だっている。彼らにとっての正しさは、戦うことだ。彼らにとっての間違いは、戦わないことだ。もう、手遅れだって言っただろう。諦めろ、お前さんが気に病むことはない。彼らは自らの判断で、終わりに向かっただけ。それだけのことだ」
「それは、あまりにも冷た過ぎます」
「これ以上踏み込めば、巻き込まれるぞ。その覚悟はあるか? 彼らの死を止めるってことは、あっちの集落の人間を倒すってことだ。傭兵団だけが相手じゃない。多少世話になっただけの連中のために、お前は人を殺す覚悟があるか?」
アルフレッドは言葉が出てこなかった。未だにその手は血で汚れていない。上手く殺し合いはかわしてきた。いくつもの勝利を重ねてきたアルフレッドであったが、その実彼はまだ戦争を知らないのだ。人の業が如実に表れる、あの地獄を。
「さあ、もう長とは話をつけた。集落には近づくな。春までは俺が面倒を見てやる。そしたら、こんな集落のことなんざ忘れて旅に出ろ。それがお前の最善ってやつだ」
「ユランさんにはあるんですか、巻き込まれる覚悟が」
「さあな。だが、俺は医者だ。怪我人が出るってわかっている以上、席を外す気はねえ」
あくまで医者。その責務を放棄することはしないし、それ以上踏み込もうとも思わない。しっかりと割り切って物事を考えている。きっと、これが大人と言うモノなのだろう。自分には難しい。だって、目の前に正しい答えがあるのに、それを取ろうとしないなんて馬鹿げている。納得できなかった。彼らの正しさが。
そのギャップが、アルフレッド・フォン・アルカディアを変える一因と成る。
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