無敗の剣闘士:シコウの剣
リオネルが動こうとするまで、絶対にアルフレッドは動かない。しかし、ひとたび攻撃すると思考し実行に移す瞬間、全てを先読みしてその攻撃は受けられる。ただ受けられるのではなく、攻撃が最大効果を発揮する手前、ずらされるのだ打ち込むポイントを。
それだけでここまで力が伝わらないこともリオネルは初めて知る。
何故自分の動きが読まれているのか、それがわからない。読まれたとして何故間に合うのか、それもわからない。
「どうなってやがる! 何が、変わった!?」
誰よりも早い、誰よりも強い。歳を経るごとに磨かれていく才能。追いつかれることなどありえない。追いつけぬこともあり得ない。自分は最強になる。当然の如くそう思っていた。あの予感を、あの夜を、あの光を見るまでは――
「……白騎士の剣、光を消す、あれを、何でガキが使える? あんなもん、才能がどうとかの世界じゃねえだろうが! 努力して、経験を積んで、夥しい屍の上に成り立つ、そういうもんじゃねえのか? 何で、何でガキがそれを使う!?」
あの剣の前に屈した、ロランの絶叫。リディアーヌもまた信じられない表情であった。リュテスも、この場にいる全ての武人たちが同じ表情を浮かべる。嫌でも思い出してしまう。あの敗戦を、悍ましき進撃を、蹂躙された過去を、多くを失ったあの戦を、思い浮かべずにはいられない。
「……少し、違う。血の匂いがしない。足りない部分を別の何かで補っているのか。だが、その埋め合わせるセンスが非凡だ」
「思考力が並外れているからね。その瞬発力も、怪物クラスさ。リオネルを外面、身体能力の怪物とするならば、彼は内面、思考力の怪物。たぶん、持ち合わせている素養であれば私やあの男を、ウィリアムをも超える逸材だ」
白騎士ウィリアム・リウィウスは数多の経験と禁忌を超え人体を深く理解したことでその剣を得た。それと同等のモノをアルフレッドは持ち合わせていない。医学書には目を通しているが、人体への理解についてはその程度のもの。
この年で、この時代で、父と同じ道で至るのは不可能。
だからこそアルフレッドは別の道から辿り着いた。否、厳密にはあれほどの精度は出ていない。戦い続ければどこかでボロが出る可能性もある。ウィリアムの剣は、元を正せばリオネルの超反応と同じ受けの剣。ただし見るべきところは打ち込まれた攻撃ではなく、攻撃が始まる前の動作。攻撃の予備動作を誰よりも早く、相手よりも深く把握し、それに応じた対処をする。何処が動けば、他が動くのか、それを誰よりも知るがゆえに彼の剣は誰よりも正しく敵を封じる。
アルフレッドはそこまで深く、早く予備動作を察知することは出来ない。その分を予測で補っているのだ。今までの経験をパターン化し、相手がどう動くかを予測、無数の選択肢を弾き出す。其処からは引き算、相手の視線、体の向き、姿勢、あらゆる要素から選択肢を削っていく。引いて、引いて、引いて、動き出す頃には多くて三パターン前後まで削り、それら全てに対応できる中庸の動き出し、さらに引いて解を出したらそれを捌く。
相手からするとまるで予知のように感じるが、攻撃が見えるより早く別の要素で答えを出しているだけ。ただ、その演算速度が常人とはかけ離れているだけ。
ウィリアムの剣が確定された未来を誰よりも早く知る剣であるならば、アルフレッドの剣は不確定の未来を先読みする剣である。精度は当然ウィリアムの方が上。しかし、条件さえ揃ってしまえば――速さは上回ることも可能。
(まああまり早過ぎても、リオネルにはカウンターの餌を与えるだけ。早過ぎず遅過ぎず、的確に撃ち落として行こう。ほら、此処が空いたよ)
カウンターの餌は撒かず、攻めの餌を撒く。先読みのさらに先、相手を思うが儘に動かす。相手の力量次第であるが、こうなってしまえばもう掌の上。引き算をするまでもない。撃たせて、撃ち落とす。それだけのこと。
アルフレッドがセンスで補っている部分は、光を消す絶妙なタッチのみである。そこだけは天性のセンス、思考を介さずに行っていた。それが天性なのか、それとも父の修練を観察していた成果なのかは誰にも、本人にすらわからないが――
「……確かに、ちと違うな。くそ、相手次第じゃむしろこっちのが厄介だぜ」
「あの小僧には効いているな。普段、相手の攻めを待ってから動く。攻めているようでも、鼻先まで近づき迎撃が来てから動き、受けてきた。それで十分だった。相手の攻撃に対して、常人では考えられない動きで捌くため千変万化に見えたが」
「攻めのパターンはその実、それほど多くねえ。引き出しの数が、少ないんだ。下手するとその辺のチンピラの方がよほど頭使って戦ってるからな」
「精度が上がってきた。否、もう動かされているだけか」
「ああ、くそ、見え見えの餌に喰いついてるんじゃねえよ。もう、あの零度は感じねえな。頭をフル回転させていたのは最初だけか」
「その間とて身体は休めている。息を整える目的も並行して完遂した。怪物よ、あたしからしたら、あの子の方がよっぽど怖い。あいつを天才にした、そんな歪な存在だもの」
リュテスが、武人として生きるため自らに課した仮面すら剥ぎ取るほどの衝撃。素の自分が出ていることにも気づかないリュテスと、いつもは目ざとく指摘する二人が無反応という状況が場の混迷を表していた。
「ボスのあんな姿、見たことあるか?」
「……あるわけねえだろ」
「まさか、負けるなんてこと」
「それこそありえねえ! リオネル・ジラルデが負けるはずがねえ!」
遥かに力量の劣るチンピラたちですら気づいた異常事態。観客たちもその光景に息を飲む。受けに回った挑戦者、攻めているはずの王者。先ほどまであった力の差は感じない。むしろ、王者がから回っている印象すら見受けられた。
「ハァ、ハァ、ハァ、カスカスカスカスカスカス虫がァ!」
リオネルが怒りに任せて接近してくる。アルフレッドはその動きを見て微笑んだ。眼前、鼻先まで突っ込んできたリオネル。しかし、その手は動かない。こちらを動かしていつものカウンターで仕留める。怒りはブラフ、至極冷静に勝ち筋を得ようとしていた。
ただ、それが彼の知覚せぬ動きでアルフレッドにはバレただけ。
「どうしたの? 止まらないんじゃなかった?」
「テメエも手出しできねえだろ? なァおい」
「出来るよ?」
アルフレッドは躊躇いなく剣を振るった。それを見て歓喜するリオネル。かわすのは容易い。かわして、全力の一撃を叩き込む。それで終わる。
「剣を見過ぎだ。折角の眼も、見てないんじゃ意味がない」
リオネルの死角から叩き込まれた蹴り。先ほどまでであれば当たるはずの無かったそれは、心底欲したチャンスに眼がくらんで逆に刺された。
「あ、がァ!」
痛みよりも遊ばれている状態が許せない。リオネルとて馬鹿ではない。目の前の相手が、自分を観察し終わった後、思考と身体を休めていることに気づいていた。
「く、そがァ!」
いったん距離を取る。相手にも自分は攻められない。落ち着けばまだ勝負はイーブンでしかないのだ。冷静になる時間が欲しい。
頭を冷やして、勝ち筋を探る時間が――
「相手がやられたら嫌なところを突く。戦いの定跡だ」
ここでアルフレッドがまさかの攻め。
「休ませない。君の言葉を借りるなら、君のターンは二度と回ってこないよ」
アルフレッドの攻めはむしろリオネルにとっては望むところ。かかって来いとばかりに手招く。受けに回れば自分が勝つ。そういう才能なのだ。
「……君を、動かす」
鋭い振りを回避したリオネル。この体勢から自分なら強い反撃が打てる。それが自慢であった。超反応と身体能力、これこそが全て、これだけで充分。
「なッ!?」
反撃は、アルフレッドの手の甲でかち上げられた。寸分たがわず剣の腹、攻撃途中で速度が乗っている剣を、弾き上げたのだ。視線すら向けることなく。其処に剣が来ることをあらかじめわかっていたかのように――
「君の動きは相手主導だ。君の攻め手は理解した。受け方も、充分情報は集まった。だったらわかるだろ? 君は、僕に動かされた」
崩れた体勢、さらに剣すら空かされた。無理やりの軌道修正が効かない状況が生まれる。否、この男によって作られた。
見えている足払い。しかし、それを避けられるほど人間の身体は便利に出来ていない。ただでさえ不安定であった身体の制御が、足払いによって完全に失われる。
「くそが、見えてるんだ。見えてんだよ!」
「うん、見せているからね」
けん制の剣はそのまま投げ捨て、無手となったアルフレッド。その勢いのまま拳を引き、独特の体重移動からの震脚、生まれた力を拳に乗せて相手のどてっぱらに叩き込んだ。
「カス、虫がァァアア!」
「破ァ!」
ギリギリ、リオネルは間に合わなかった。つま先が地について、体勢を立て直せると思った瞬間、その拳は自分の腹に突き立った。おそらく、剣を振り直すのでは間に合わなかった。拳に切り替え、最善最速であったからこそ、この攻撃は成ったのだ。
この小さな体の何処からこんな音が発生するのか、そんな疑問が吹き飛ぶほどの轟音。おそらく、何本か骨も折っただろう。手応えがあった。仕留めた、そういう手応えが。
誰もが挑戦者の勝利を確信した。ただ一人を除いて――
「…………」
アルフレッドは静寂の中、投げ捨てた剣を拾う。
そして――構える。
「俺は、負けねえんだよ。負けたら、終わる。負けたら、死ぬ。もう、あそこは嫌だ。俺は堕ちない。二度と、あんなところに戻ってたまるか。俺は強い。俺様が最強だァ!」
声を発するのも痛みが走るはず。それでもなお立ち上がり叫んだ。おそらく、痛みはとっくに振り切っているだろう。満身創痍の相手から噴き出す雰囲気は、万全の状態よりも遥かに高まっていた。アルフレッドは嫌な予感に対して笑みを浮かべる。
「よかった。僕も退路を断っていたおかげで、君の執念を前にしても、戦える」
自分に足りていなかったモノ。それを全身に漲らせる敵を見据える。
勝者は一人、王も――ただ一人。戦いは最終局面に突撃する。
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