無敗の剣闘士:火花散る

 アルフレッドは登録時に希望した通り、空きがあり次第カードが組まれるようになっていた。三日で三戦、名を上げたい新人でさえ忌避するほどのペース。しかし、本人に疲れはない。誰の目にも彼が疲れる要素などなかった。

 四日目、試合開始の刹那――

「突っ込んで、くそ、待ちのタイプなんじゃ――」

 一気に突っ込み、すり抜けざまに一閃。これで四日連続、アルフレッドは居合いのみ、たったの一撃だけで勝利したことになった。観客の誰もが度肝を抜かれ、興行側にとっては頭を抱えたくなるような圧勝劇。

「攻めもいけるのか」

「リュシュアンを倒したってのもマジだな。ありゃあ前座レベルじゃねーよ」

「居合いの騎士ってか。なんつーか非合理の極みみたいな剣技だなおい」

 三戦とも攻めてきた相手を目にも止まらぬ早業で仕留めてみせたが、四戦目は警戒した相手に対し自ら突っ込み同じような結果を残した。見世物としては逆に珍しく、客も騒然としながら満足しているが、興行面では最悪に近い。

 ウルテリオルでのデビュー四日目にして、ほぼすべての客がアルフレッドに賭けるという非常事態。リュシュアンに勝利した、他の闘技場での頂点を総なめにした、などの情報が広まってからは、完全に賭けが成立しないほどの状況にまでなっていた。

「お前、確か明日試合日だったよな」

「やめてくれよ、あんなのに勝てるわけないだろ」

「もう実力を見せつけちまったから八百長にも使いづらいしな。どうすんだあいつ」

「剣闘士とは思えない勝ち方だぜ、ったく」

 同業者も呆れるほどの勝ち方。長く居座る気はない。力は見せた。あとはそちらで相手を用意しろ。そう言わんばかりのやり方。

「……おい、どうやら、お出ましだぞ」

 そう、これは明確に喧嘩を売っているのだ。闘技場と言う場所を利用して、このテリトリーを滅茶苦茶にしてやる、そういう意思表示。であれば必然、そこの王が出てくるしかない。

 この闘技場での王者――

「随分好き勝手やってくれてるみたいじゃねえか、カス虫」

 リオネル・ジラルデ。王者が直々にテリトリーを荒らす不届き者の前に姿を現した。自分の対戦日以外闘技場に寄り付きもしない男が、である。

「やあリオネル。少し話があるんだけど良いかい?」

「あァ?」

 逆に話を放り込んできたのはアルフレッドの方であった。彼もまた待ち望んでいたのだ。王者が自ら現れることを。此処でならばシャルロットという監視もいない。

「君と取引がしたい。人目のつかないところにいこう」

「取引ってのは、対等な相手じゃねーと成立しねーんだ、よッ!」

 予備動作の無い身体能力にあかせた加速。一瞬で間合いを詰めてくる動きはさすがの一言。しかし、それを見てアルフレッドは微笑む。

「君の動きは前に見た。今度は、僕のを見せて――」

 リオネルの目が大きく見開かれる。過去三戦の話は聞いていた。先程の試合は直々に見た。それらが完全に無駄であったことをリオネルは知る。自らの反応速度、如何に突進中とはいえ今まで反応して対処出来なかったことなど数えるほどしかない。いずれも自分より遥かに上の世代。この国の、世界のトップレベル相手である。

「――あげるよ」

 リオネルの首筋に添えられた剣。反応して、対処する前にこの形になってしまった。己にとって許し難き、屈辱を目の前の同世代に与えられてしまったのだ。

 試合では手を抜いていた。あえて、リオネルが誤解するように。自分の底を見たと思わせることで、判断を誤らせるための、撒き餌。それは効果を発揮した。この上なく。実戦であれば、この場で終わっていたのだから。

「これでイーブンだ。少しは話を聞いてくれる気になったかな」

「……テメエは、唯一の勝ち筋を今、失ったぞ」

 憤怒のリオネル。しかし、その怒りはおそらくアルフレッドに向いていない。相手の罠にまんまとはまった自分自身への怒りである。

「まだ君は僕の全部を知らない。僕も、君の底は見ていない。それでいいじゃないか」

「……くだらねえ話なら殺すぞ」

「もちろん。有益な話になると思うよ」

 無言で歩き出すリオネル。ついてこいと言う意味だと捉えてアルフレッドも続く。

 残された同業者たちは――

「……マジかよ」

 火花散らす二人を見て呆然としていた。


     ○


「殺す!」

 明らかに怒りが振り切れているリオネルと戦闘モードで居合いの構えを取るアルフレッド。一触即発どころかすでに爆発した二人であったが、互いの力量を知るがゆえに容易くは動けない。無論、あと一押しすればリオネルは躊躇いなく踏み込んでくるだろうが。

(やはり、愚かじゃない。むしろ、地頭は賢い部類だ)

 普段粗暴で荒くれた振る舞いからは想像も出来ないほど、彼の根っこは賢い。本当にまずい部分には踏み込んでおらず、うまく裏社会でも立ち回っているのがその証拠。どれだけ強くとも馬鹿であれば生きられないのがこの世の中。むしろ目立つ分、強い馬鹿は早死にする。彼は弁えていた。そして、物事の本質も見えている。

「何が直接対決で負けてやるからシャルロットの身柄を寄越せだゴラ! テメエ如きカス虫が良くそんな口きけたな! 俺様は頂点だ。この闘技場で、俺様が一番つえーんだよ!」

「知っているよ。でも、僕と戦えばそうじゃなくなる。君は負けたくないんだろ? どんな手段を使っても、絶対に負けないのが君の心情だと思っていたんだけど。であればこの取引は決して悪くないと思うけどなあ。だって、これなら絶対に君は負けない、だろ?」

「……テメエ如きが、俺様の何を知る」

「勝ち方にこだわるなら、勝つことに意義を見出すなら。こんな箱庭で燻っていないでしょ。だってこの国には、君より強い奴がいる。財力、権力、武力、どれをとっても君は一番じゃない。でも君は、それらを押しのけて、上を目指さすことをせずに、この箱庭での王を望んだ。だからこそ――」

「本気で殺すぞ」

 おそらく、此処がリオネルの急所であり、触れてはならぬ逆鱗であろう。わかっていてアルフレッドはそこに触れた。烈火のようにキレる彼は、その実それほど怒っていない。ただのポーズである。だが、今の状態は間違いなく怒っている。一瞬でも隙を見せたが最後、確実に殺し切るまで止まらない。気は、刹那も抜くことが出来ない。

「お気に障ったなら謝るよ。でも、参ったな。僕は彼女が欲しい。けど、僕はほとんど裸一貫、自分以外の取引材料を持たないんだ」

(……こいつ、今、俺を探ったな。リディアーヌの野郎が書いた脚本、まだ何の指示もねえが、こいつなりに何となく違和感は感じてるってことか)

 自分以外、自分と言う資本を少しだけ強調した発言、それに付随した視線を動きからリオネルはアルフレッドが何か探りを入れてきたことを感じた。理屈と言うよりも本能での察知。それゆえにリオネルはその感覚を信じる。

(踊るだけの馬鹿になる気はねえか。そりゃあこっちも同じだよカス虫ィ)

 リディアーヌからは何の指示もない。つまり、こうなることもまた脚本の一部。

「何であの女が欲しい?」

「美人だし品がある。あと少しだけ面識があるんだ。昔に」

(なるほどな。女を引っこ抜いたのはそう言うことか。面識があってお人好しのいい子ちゃんが境遇を聞けば、こういう脚本になるって寸法かよ。気に食わねえが、お互いあの女の掌の上ってことだ。本当に、気に食わねえ)

 互いが掌の上で踊る操り人形で、互いにそれを察している。だから彼はこれから言い放つ出鱈目が通ることも知っている。今は脚本に沿って踊るのが一番だと、理解しているから。踊った先にある選択肢の内、必ずその一つ、勝利を掴み取るという確信と共に。

「知り合いか。道理でな。取引は不成立だ。俺様も忙しいんでな、もう――」

「じゃあ僕と賭けをしようよ」

「テメエは何も持ってねえんだろうが。賭けにも資本が要るぜ?」

「僕を賭ける。君との直接対決、僕が勝ったら彼女をもらう。僕が負けたら、君が僕を自由にしていい。それでどうだい?」

「話にならねえな。腐っても貴族の娘、セラフィーヌの令嬢だぞ。歴史的に言えば間違いなく大貴族、だった家だ。何一つテメエとは釣り合わねえよ」

「僕がアルカディア王国第一王子、アルフレッド・フォン・アルカディアだと言っても?」

 躊躇いなく自身の正体を明かしたアルフレッドを見てリオネルは察する。この男は間違いなくリディアーヌの絵図をある程度把握しているし、リオネルがリディアーヌから聞いていることも目的から逆算して弾き出している。

 この賭けをこの場で成立させるためには、彼自身の価値をリオネルが信じねばならない。いくらなんでも突拍子もない話をそのまま物証も無く信じるほど、リオネルは愚かでもお人好しでもなかった。ゆえに知らされていると踏んだのだろう。

「もう茶番はやめましょうか。ここから先は、どうやっても白々しくなる。色々煽ってうまく進める気だったけど、お互いそこまで馬鹿には成り切れないでしょ」

「そうだな。テメエの賭け、条件に不服はねえよ。オーダー通りだ」

「僕が負けたらリディアーヌ様へ売られるんですか?」

「売る前に好き放題して良いとは言われてるがな。五体が繋がってりゃ、状態は問わねえと言われてる。テメエは最初に会った時から気に食わねえ。負けても大したことねえなんて思うなよ? バラさなくても痛めつける方法なんざいくらでもあるんだぜ」

「うん、わかっている。それにね、僕にとって拷問はそれほど怖くないんだ。怖いのは、リディアーヌ様の玩具としてアルカディアの、父上の敵となることだ。生き恥をさらして、父の、祖国の足を引っ張って、そっちの方がよほどきつい」

 リオネルは眉を細める。彼が王子だということは知っていても、どういう経緯で国を出たのかリオネルは知らない。ただの放蕩息子と言う可能性もあったが、今の雰囲気ではそういう可能性は除外しても良いだろう。

「なら何故賭けを仕掛ける? あの女が何かを仕掛けない限り、主導権はテメエにあるんだぜ? 大好きなパパの顔に泥を塗る前に、さっさと国から出てけば良いじゃねえか」

 そうなると本当にわからないのだ。この王子が何故国外にいるのかが――

「そんなことわかり切っているだろ。君と同じさ」

 アルカディア王国の王子が行方不明。第一王子は無能ゆえに追い出された。巷では実しやかにささやかれる噂だが、リオネルは実物を見た瞬間にその可能性を除外していた。放蕩息子で勝手に出ていった、こちらの方がよほど可能性が高い。

 何故ならば――

「僕は自分が勝利することを疑っていない。それだけのこと」

 この男は優秀で強いのだから。

「クソが。ぶち殺してやるよ」

「やってみなよ。僕は強いぜチャンピオン。それに、うんざりしてただろ? 見世物として技と手を抜き勝負を成立させる、道化を演じなきゃいけない自分に」

「減らず口を叩いた数だけテメエには地獄を見せてやる。楽しみにしておけ」

 獰猛な笑みを浮かべる両者。互いに勝者が自分だと疑っていない。例え操られているとしても勝ち負けは自分の手でつかむもの。勝てば上へ、負ければ下へ、わかりやすい。それにお互い絶対に口に出さないが、相手の強さを楽しみにしている自分もいた。

 全力でぶつかって噛み合う相手などそういない。

 予感があった。初めから、こうなる予感が。

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