無敗の剣闘士:黄金の才能
「――なるほどね。一戦目と二戦目はこの陣形。三戦目と四戦目は彼にとっての新型か」
リディアーヌは盤を囲んで観戦していた者たちを退かし、その席でシャルロットの記憶を頼りに盤面を整理していく。思っていた通り優秀な彼女はほぼ完全に再現してみせた。楽しむための形と勝つための形。二つを見比べてリディアーヌは思う。
「今度もまたリディ・ブラッドか。対するも同じくリディ・ブラッド。一番力が試されるミラーマッチだぞ。これは見所がありそうだ」
ざわめく観客たちをよそに、リディアーヌは二つの顔を持つ少年のことを思う。遊戯として楽しむための戦い方と勝つことに徹した冷たい戦い方、どちらが彼の本性なのだろうか、と。最初は『あの男』の息子だと確信できた。指し回しが、受け攻めの捌き方が、とても似ていたのだ。しかし、『あの男』なら絶対に遊戯の戦い方などしない。
彼は勝負が目的なのではなく、勝つのが目的だったから。さらに言えば彼は勝負も勝つことそのものも好きではなかった。だからいつも自分は見誤っていたのだ。自分も、その他の英雄たちも。彼が当たり前のように勝負が好きだと、勝つことが好きなのだと思っていたから。だから読み間違える。まさか誰も思うまい、嫌々ながら戦っているなどと。
(息子が似るとは限らん……ね)
少年の本質がわからない。
「あの、そろそろわたくしも観戦してよろしいでしょうか」
「ん? 観戦する意味があるかね」
「一つの家族の命運がかかっているのですよ」
「ああ、そうじゃない。勝つのがわかり切っている戦いを見ても面白くないだろう、って話さ。君の話のおかげで大体わかった。今この場にいる者たちが勝とうとするならね、彼の知らなかった、我々のみが研究し尽くした領域で戦うべきだった。具体的に言えば三戦目までであれば粗はあった。四戦目で相当適応していた点を鑑みても……三戦目だろう」
「……え?」
「もっと言えば彼に火をつけるのを遅らせるべきだったね。変則とはいえ勝ち抜き戦である以上、後半になれば当たり前だが対局数自体が減る。それだけ学びの場が消えると言うことさ。二戦目が早く終わった分、彼は二回戦から全ての対局を教材と出来たんだ」
「……すべてを暗記したとでもおっしゃられていますの?」
「暗記? 馬鹿言っちゃいけないよ。暗記するのは当たり前。私でも出来る。それは歩きながら済ませていたさ。彼のおそろしさはその先だよ。あの適応力から推測するに、初期陣形と進行した盤面、その手順を頭の中で並べる、だけじゃ足りないんだ。彼はね、その手順にどんな変化があったか、どんな変化があり得るか、それらを思考しながら並べている。驚くべき思考力だ。いや、思考の瞬発力と言うべきか」
リディアーヌの推測に絶句するシャルロット。護衛のロランも背中に嫌な汗が流れるのを感じた。ストラチェスはそんなにシンプルな遊戯ではない。派生先など何千、何万、何十万、何百万通りになるのだろうか。門外漢のロランでもわかる話。
「並列での処理能力と処理速度、二つがずば抜けている。暗記力などそれに比べればおまけみたいなもの。ほら、もう手が付けられない。彼はこの短期間でガリアスに追いついたそうだ。淀みなく最善手を指している」
「……そんなことが可能なんですかい?」
「こうやって直接見なければ不可能だと言っていただろうね。現実にそうしているのだから信じるしかない。私は、認識を改めねばならぬようだ。自分を天才だと思っていた。あの男はそれすら上回る天才だと、思っていた。少なくとも思考力と言う点では、エルビラちゃんも含めて我々が頂点だと、思っていたんだ。でも、違ったよ」
リディアーヌはため息をつく。駒を玩びながら、苦笑を禁じ得ない。
「少し、彼の気持ちが分かった。彼はきっと、黒狼や戦女神を始めて見た時、こんな気持ちだったのだろうね。理不尽な、才能と言うモノ。突き付けられた差、か」
あっさりと決勝戦へ駒を進めたアレクシスと名乗っている少年。彼は自分で気づいていないだろう。今、彼はその道を進む者にとっての絶望であると同時に輝きなのだ。届かぬ頂、少し本気を出しただけで蹂躙されていく普通の人々。
そこに人は絶望を見て、その先で希望とする。
「……ガリアスに欲しいね」
「まーたそんなことを。年々似てきてますよ、ガイウス様に」
「それはね、立場がそうさせるのさ。誰だって自分が手塩にかけた群れを、一番にしたいじゃないか。だから、一番が欲しいのさ。私も、おじいさまも」
リディアーヌは届かぬモノを見る目で仮面の少年を見つめる。その目は彼女があの男を見つめていた視線とは異なり、どちらかと言えばガイウスがあの男を見つめていた視線に似ていた。
○
アルフレッドは人助けと言う理由を得た力の発揮に震えが止まらなかった。肉体の鍛錬とは違い、精神、思考と言うモノは際限がない。否、実際はあるのだろうが今のアルフレッドにはその限界が感じられなかった。試行回数を積み重ねるほどに正しい道筋が明らかになる。ストラチェスと言う深淵に身を浸す感覚は面白いを通り越して、快感となっていた。広大な思考の海にどっぷりと浸かる。無限に枝分かれしていく選択肢を総当たりして潰して行く作業。
正しい道筋を見つけた時の快感たるや絶頂すら生ぬるい。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
この相手にはどう指そうか、無限にある選択肢を有限とする材料はそろっている。あとはリスクを取って最高を指すか、安定を求めて最優を指すか。最後の相手である。持ち時間も大幅に向上し、思考に割ける時間は増した。
(すいません。でも、たぶん最高を目指しても勝てるので……これで行きます)
アルフレッドは仮面の下でにんまりと笑う。きっと自分は他者の命運、自分の命運がかかったこの状況すら楽しんでいる。最善を尽くしていい理由を得た。其処が重要なのだ。頑張って、敵を蹂躙して、それで人が助かるのだ。
誰かのために心痛まず蹴落としていい理由が出来た。
「……え?」
「では、指しましょうか」
目指すは最高、つまりは最短。
○
観客たちはしんと静まり返っていた。久方ぶりに目にした戦型、最優と謳われたダルタニアン・ストラディオット。すでに流行ったのはふた昔前、かの戦型をリディアーヌが完全に対策した戦型を生み出したことで指し手がほぼいなくなった。
防御に寄ったブームが押し寄せ、長引く対局が増した時代が一昔前。
今はさらに回って攻撃の時代。であればこの戦型は決して弱いものではない。元々が最も優秀とされていた戦型なのだ。攻防共に隙は少なく、対策された戦型さえ来なければ今でも十分に通用する。否、今でこそ輝く戦型となっていた。
「改めて……その強さを見せつけられたな」
「ダルタニアン・ストラディオットが強いのか、指し手が強いのか」
疾風怒涛の攻めであった。お互い攻撃に寄った戦型、短期決戦に成るのもおかしな話ではない。だが、これだけの指し手が集まる大会で、この手数はあまりにも少な過ぎる。ましてや決勝、持ち時間はたっぷりあるはずなのだ。
「彼は、何者だ? どういう器なのだ?」
自身の編み出した戦型、防御寄りの多くは未だにダルタニアン・ストラディオット対策が組み込まれていた。今は攻撃に寄るのがブームとはいえ、指せる人間が指せば容易く有利に持っていける旧式の戦型。それを大事な局面で、絶対に勝たねばならない局面で使える者はそう多くないだろう。今回のケースならゼロだと断言できる。
何故なら彼は、そのリスクを取らなくても勝てたのだから。
「ガリアスの戦型は初見でも、ストラチェス自体は相当指せる。だからこその適応力だろうが、それにしても……この結果は出来過ぎだ」
リスクを取った結果、ほぼ最短での勝利。相手も悪手があったわけではない。旧式の戦型が上手い具合に彼の新型のメタとなっただけ。
「白騎士の強さとも違う。あれは、どんな生き物だ?」
滂沱の涙を流しながら感謝する家族に囲まれて、仮面の少年は表情が見え辛くともわかるような照れ笑いを浮かべていた。その姿に勝負の場での彼はいない。
「私は一番欲しいモノをずっと我慢してきた。そうだろうロラン」
「……ですね」
「それは手に入らない。それは諦めた。でもね、基本的に私は、欲しいモノは絶対に手に入れる主義なんだ。今日、それが出来た。だって彼が手放したんだ。どんな理屈があっても、手放して私のテリトリーに入ってきたんだ。なら、手に入れるさ」
リディアーヌは立ち上がってリオネルの方にてくてくと歩いていく。
「……何だ?」
「彼はアルカディアの王子だ。君が嫌いな、高貴なるものの王ってやつ」
リオネルにしか届かない声とはいえ、いきなりの暴露に眉を顰めるリオネル。しかし、思ったよりも驚かないのは彼なりに何か思うところがあったためか――
「ほォ、で、俺様に何をさせてえんだ?」
「君の好きなようにやればいい。ただし、最終的に身柄は私が貰う」
「俺に何のメリットがある?」
「何も。と言うよりも彼は君の前に立ちはだかる。アクィタニアのリュシュアンは知っているだろう? 彼をコマタで破ったのも、そこから破竹の勢いで各地の闘技場を制覇し続けているのも、彼だ。黄金騎士アレクシス、本名はアルフレッド・フォン・アルカディア」
「あァ、なるほどね。脳みそ様は俺に、勝てと言うわけだ」
「勝って彼から自由を取り上げろ。あとは私が言い値で買う」
「だから好きにやれ、か」
「得意だろう?」
「くっく、俺なんかよりよっぽどあんたの方が下衆じゃねーか?」
「王道の露払いが私の仕事でね。あと、シャルロットも借り受けるよ」
「……駄目だ。あれを手に入れるのにどんだけ苦労したと思っている。最上級のアクセサリーだぞ、貸すなら相応の対価を――」
「君が色んな手を使って彼女の父君を陥れたことは知っているよ。合法、非合法、元々落ち目だったのもあるけど、それでも急に倒れるのには理由がある。私は基本的に自由主義でね、あえて見過ごすことも多いんだけど……たまには見直すことも、あるよ」
リディアーヌの脅しは金と武力を兼ね備えているリオネルでさえ逆らえるものではない。法を破ることはあっても、法の前では無力なのは誰もが同じ。そして彼女はこの国の法である。白と言えば白。黒と言えば、大概のことは黒に染まる。
「……あのチビを売り飛ばす時にこの分は乗せるぞ」
「オーケー。交渉成立だ。頼むよリオネル。私は、あれが欲しい」
国のトップ、その欲望を前にしてリオネルは嗤った。結局、人間など一皮むけば同じケダモノ。誰も彼も変わらない。違うのは、生まれ持った力だけ。
「俺様のやり方に口を挟むなよ」
「五体満足ならそれでいいよ」
「はっ、良いぜ、やってやる」
どちらにせよ、あの男が目障りであったのはリオネルも同じ。最初に会った瞬間から、自分の敵であると確信のようなものがあった。王子、なるほど、確かに潰すべき相手である。蹂躙して、靴を舐めさせて、自分より下に落とさねば気が済まない。
それが自分のテリトリーに入って来るのだ。どちらにせよ、潰すことに変わりはない。その後、吹っ掛けて売り飛ばす相手までいるのだ。いい仕事ではないか。
いつも通り蹂躙する。それだけのこと。
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