無敗の剣闘士:南進

 アクィタニアの東側を縦断する形で南下し、剣闘あらば仮面をつけて参戦。ほとんどが小さい会場、木の柵で囲われたお手製の剣闘場であり、出てくる手合いもレベルが低い。

「受けて立つ。どんなへたくそであっても光るものがあるやもしれぬ。瞬殺してしまえばそれを見ずに終わる。それではもったいなかろう? 受けきって勝てィ。それがアクィタニアでの課題である!」

 アークの課題通りに受けきって勝つ。そもそもアルフレッド自体受けは苦手ではない。ただ、父の剣では良さを殺すため、それは禁じられ、相手の良さを引き出す剣、それでいて勝てとはなかなかの難題である。

 苦心しつつも勝利を重ね、南下を続ける騎士王御一行。

「あれ、アクィタニアの王都ですか!?」

「む? しかり! だが割愛する!」

「え、僕行ったことないんで気になるんですけど」

「駄目である!」

「なぜです?」

「無間砂漠を越えると言って金を借りた。砂漠越えは飽きて断念。金は使った」

「……誰に借りたんですか?」

「ガレリウスである!」

「……迂回しましょう」

「うむ!」

 アルフレッドは打算を働かせ好奇心を封じた。小さな剣闘とはいえすべて勝ち進めばそれなりの金も手に入ってくる。だが、彼らはとかく貧乏のままであった。

「剣闘で勝つ。お金が入る。旅をする。お金が減る。剣闘で勝つ。お金が――」

「……わかりました。そこはもういいです。確かに手っ取り早いですし、いい経験にもなりますから。でも、何故こんなに散財する必要があるんですか!?」

 きょとんとするアーク(還暦越え)を前にアルフレッドはぷるぷると怒りに震えていた。アクィタニアを越え、現在はガリアス北東部の都市コマタに到達していた。東方よりやってくる異民族を弾き返す防衛線であり国境線の一端を担う戦略拠点で、アクィタニアとの共同出資により建造された都市。ゆえに腕に覚えのある戦士が多く皆目が肥えている。

 到着後、即デビューし無理やり三日連続戦ったが、弱い相手は一人もいなかった。アルカスはアルカスで技術レベルには定評があったが、此処コマタは実戦で磨かれた生存能力の高さが売りである。卑怯は戦術、姑息は技量。勝つためには手段を選ばぬ猛者が多い。

 苦労したのだ、彼らから勝利を奪うには。

「何の意図も無く我が散財しているとでも?」

 ギラリと光る眼光にアルフレッドはたじろぐ。年老いても騎士王と呼ばれた男の圧は普通ではない。未だ底知れぬ男の実力にアルフレッドは強く出れないでいた。

「剣闘で稼いで街々を渡り歩く。この方針は我ながら完璧であった。我は我を褒めたい! しかし、一つ剣闘には大きな問題があるのだ。それはなァ――」

 タダならぬ雰囲気にごくりとつばを飲むアルフレッド。

「稼ぎ過ぎる、ということだ。今までに比べれば大きいが、ここコマタは決して大きな都市ではない。見る方もやる方も戦士の息抜きとして剣闘自体は盛んではあるが、都市としてのポテンシャルは低かろう。此処で小僧が勝ち進み、頂点に立って都市を去る。この御時世娯楽の王たる剣闘士は庶民の憧れでその頂点ともなればそれだけでひと財産よ。旅をするには大き過ぎる金を背負うであろうなあ……これでは顰蹙を買う。噂が広がれば他で参加を拒否されるかもしれん。全てが全てアルカスのような大都市ではないのだ。そも、大都市であっても外の人間は嫌われがちであろう? であれば無駄な金はその場で還元し、手元には路銀のみ残す。これが現地の者に好かれ、長く旅をするコツである」

「……申し訳ございません。思慮が足りず」

 アルフレッドは己が浅慮を恥じた。アークの言うことは正鵠を射ている。金を稼ぐと言うことは誰かから奪うと言うことで、いきなり外から現れたものが荒稼ぎして去っていけば当然負の感情を持つことになるだろう。そんなことが続けられるはずがない。剣闘は娯楽で興行なのだ。剣闘士は好かれていなければ仕事にならない。ヒールとて悪役として愛されているから成り立つわけで、本当に害悪でしかないのなら業界にとって不要なのだ。

(とまあそれらしく言ってみたが、手元に金があれば宴がしたくなるのが戦士の性質よ。宵越しの金など戦士は持たぬ。ぱーっと使わねばなぱーっと)

 アルフレッドが自らの浅慮を恥じる横でアークは酒を樽ごと飲み干した。周囲からやんややんやと歓声が上がる。酒豪であるアークの前にまた一人挑戦者が倒れ、人垣から新たな挑戦者が現れる。そしてまた賭けが始まる。

 アルフレッドの稼いだ金で現地の者、戦った戦士も含めて皆で飲み食いする。ひと財産を一夜で使い果たしてやろうというペース。酒場は儲かり、皆が満たされ、金はこの都市に返ってくる。これもまた一つの形としては正解なのだろう。

「……僕も食べよう。もったいないし」

 アルフレッドの頑張りを度外視するという点を除けば――


     ○


 黄金騎士アレクシスがアルカスで稼いだ星など外に出れば何の意味もない。地元のスターは隣の都市に行けば無名の新人と成ることなどザラであり、国を跨げばよほど知名度がない限り、それこそ剣闘王と名高いかの剣闘士でもない限りは最下層のランクからスタートする。アルフレッドもといアレクシスも同じ。

 しかし、興行側はもちろん客とて馬鹿ではない。何度か見ればその戦士の技量などわかってしまう。彼らはこの五日間で彼が積み上げた勝利を見た。その実力を知った。さらに稼いだ金を散財し、外の人間でありながら皆の人気も上がってきている。

 であれば最下層からのスタートとはいえ興行側もこうマッチメイクするしかない。

「さあ、ガリアス北東部の要衝、このコマタにて彗星のごとく現れた超新星、黄金騎士アレクシス。皆も知っての通り、彼の実力は折り紙付き。並み居る強敵を押しのけ、コマタ史上最速で頂点に手をかけた! 対するは我らがコマタの英雄、異民族を防ぐ盾、御存じ陽剣のリュシュアン!」

 アルフレッドは現れた武人を見て息を飲んだ。異民族との最前線、優秀な戦士が集うのは知っている。しかし、彼は少し、いや、かなりその高い平均値からも外れていた。それもそのはず、彼はガリアスのリュシュアンではない。

 アクィタニアの王ガレリウスの懐刀である陰陽剣の一人、陽のリュシュアンなのだ。陰のファビアンと並んでアクィタニアではガロンヌの次に勇名を馳せた武人。アルカディアの若者であるアルフレッドとて名前は知っているほどである。

「ほお、かの物語の主人公を模すとは剛毅な。それに見合う資質もある」

 リュシュアンは即座にアルフレッドの力量を見抜いた。油断は――無い。

(……勝てるか、僕に)

 いつの間にか始まりの合図は鳴っていた。しかし、アルフレッドは相手の力量を測りかねて動けない。対するリュシュアンは悠然と歩を進め近づいてくる。

 アルカディア対ガリアスの頂上決戦、アルカディアとガリアスの連合軍対正義の最終戦争、どちらにも参加し生き延びた戦士が目の前にいる。その圧力は、彼を実力以上に大きく見せた。これもまた力である。実績が産む輝き。

 のちの時代、太平の世に生きるアルフレッドには手に入れ難きもの。

「そう緊張しなくていい。全力で、来たまえ」

 すべて見抜かれている。さらに圧が高まり、呼吸すらはばかられるほどに――

「課題は忘れ、すべてを用いよ! まずは脱力であろうが!」

 歓声を裂いてアークの檄が耳朶を打つ。その声量と、声に秘められた熱情によって、目が覚めた。相手に父と同じような、自分の持っていない重みを感じているのは紛れもない事実。それでも、それを持つ相手と毎日剣を交わしているのだ。

 今更怖気づいてどうする。

「ふぅぅぅ……コォォォオ」

 深く、息を浸透させ、全身の力を緩和する。一に脱力、二に脱力。

「……ふっ、陛下に面白い報告が出来そうだ」

「往きます!」

 今まで体得した技と発勁を混ぜたオリジナルの剣。それは――

「……な、んだと」

 喧々囂々の闘技場にひと時の静寂をもたらすほどであった。


     ○


 アクィタニア王国首都、玉座の前にリュシュアンが恭しく頭を垂れていた。対面するはアクィタニアの賢王ガレリウス。その顔は興味深そうに部下を見つめる。

「アルフレッド・フォン・アルカディアと剣を交えました」

「ほう、コマタでの敗戦、相手はかの白騎士の息子、か」

「さすがお耳が早い。仮面で姿を隠しているという点、剣の筋にちらちらと白騎士の幻影が見えた点、アルカディア王国第一王子が行方不明であるという点、後見人がかの騎士王アーク・オブ・ガルニアスであるという点、総合的に見て、まず間違いないかと。仮面があったので推測になりますが、年のころも、合致すると思います」

「……歴戦の勇士であるアクィタニアのリュシュアンが、十代半ばの少年に負けたか」

「面目次第もございません。その点のみ、引っ掛かりはありました」

「ほう、引っ掛かりか。まさか言い訳ではあるまいな」

「まさか。此度の敗戦はギリギリの死闘でしたが、発展途上の彼とすでに下降線を辿る私では意味合いが異なります。これから先、私が彼に勝つことはないでしょう。それほどに彼は強いのです。強過ぎる」

「なるほど、そこが引っ掛かりと言うわけか」

「はい。白の王、ウィリアムと言う武人は決して才能あふれる戦士ではありませんでした。戦歴を見てもわかる通り、彼の十代、二十代初頭は勝てるレベルの相手しか戦わず、また、その相手のレベルから推察するに、多少秀でている程度の腕。その後弛まぬ研鑽の果てにあの剣を手に入れましたが……あれも剣の才と呼ぶにはあまりに歪」

「その彼の息子が、強過ぎる。つまりは天才だったことに引っ掛かりを覚えたか」

「そうなります」

「ふむ、第一王子は確か、王族の血が入っていなかったな」

「はい。名門テイラー家の血統であったかと」

「戦士の血ではないか」

 ガレリウスは嘆息した。穏やかながら、どこか楽しげな表情。リュシュアンも久方ぶりに見る主の楽しそうな顔に頬が緩む。

「突然変異の天才。この太平の世に、何かが起きそうではないか。面白そうな予感がした。今の話を聞いて、その足音が聞こえてきたよリュシュアン。彼はどう動くと思う?」

「私に勝って頂点に立った後、すぐさまコマタを出て次の都市に向かいました」

「ああ、そこでも勝ち続けているらしいな。無論、私の懐刀であるリュシュアンに勝った男がその辺りの有象無象に負けてもらっても困るが」

「彼の、と言うよりも騎士王のやり口で旅を続ける以上、対戦拒否は起こりえないでしょう。民衆を、剣闘士すら取り込む手口は見事としか言いようがない。まあ金銭目的であれば愚行としか言えませんが、研鑽を積むためであれば実に合理的」

 リュシュアンはごほんと咳払いをしてわき道にそれた言葉を打ち切った。

「コマタで勝ち抜いた以上、その辺の闘技場では力不足。なれば足は自然と――」

「超大国最大の都市、ウルテリオルに向かうと言うわけか」

「そう推察致します」

「私もそう思う。なるほど、ウルテリオルか。そう言えば今、あそこの闘技場には面白いのがいたな。未だ負け無しだと聞いているが」

「ええ、彼は強い。とても強い」

「直接手合わせをしたリュシュアンの見立てでは?」

「私は無敗のチャンピオンと戦ったことはありませんし、しばらく見てすらいません。あまり参考にならないでしょうが……互角、ないし――」

 リュシュアンの言葉を聞いてガレリウスは我慢ならぬとばかりににやりと笑った。

「外遊をする。何か理由を作れ。私はウルテリオルに往くぞ」

「……承知致しました」

 革新王ガイウスに多大な影響を受けたアクィタニアの王はその悪癖まできっちりと影響を受けていた。ガレリウスの眼に久方ぶりの光が揺れる。

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