プレリュード:不穏なる影
クロードは敬愛する父代わりの男と可愛がっている弟分の姿を見ていた。
「彼、かなりの腕ですね」
三貴士であるシルヴィは驚きの目を向けていた。パロミデスはシルヴィもその実力をエル・トゥーレに派遣している者から伺っている。この眼で確認しに来たのも彼の存在があったから。しかし、最後の動きを見る限り――
「メンタルはボロボロだったがな。あの男、アルフレッドに何をした?」
怒気に包まれているベアトリクスは、憤怒の視線を自らの主であるウィリアムへ向けていた。彼女は王を好きでないと公言する者の一人である。オスヴァルトという立場と彼女の実力故許されているが、それでもこの視線は度が過ぎていた。
「知らねえよ。マリアンネでも知らねえんだ。俺が知るか」
クロードは前々から考えていた計画を実行に移すべきと思案する。昨日、今日の様子を見る限り、病巣は根深いモノなのだろう。たぶん、互いが何かを掛け違えている。そういう捻じれを解くには時間がかかるのだ。
「……しばらくは俺が面倒見るぜ。文句は言わせねえ」
「……不服だが致し方あるまい。あの男の眼、何をするかわからんぞ」
「家族、なのにな」
「動くなら急げ。あの男の家族が、今までどうなってきたか、知らぬ貴様ではあるまい」
ベアトリクスは勢いよく身を翻した。見るべきものはない、そう言わんばかりの動き。身にまとうのは殺気にも似た烈怒。
「……ベアの言う通りかもね」
空虚な笑みを浮かべるマリアンネ。それを見てクロードは苦いため息をついた。
「今度は大丈夫だ。俺も、ベアも、お前だっている」
事情を知らぬシルヴィはあえて踏み込まぬよう視線を次の試合へ移していた。さすがアルカディア、レベルは高いが注視するほどではない。それでも退屈しのぎには成るだろう。もう一人、かなり強いのがいたはず。彼とパロミデスの激突はそれなりに楽しみなカードであった。そこまでの道のりは遠いが。
○
群衆に紛れて試合を観戦していたユリシーズは「ふう」と息を吐いた。
(まったく、やはりあの男は人が悪い)
明らかに調子を崩していたアルフレッド。視線も意識も追い詰められるまで一点に向けられていた。原因はあの男にあるのだろう。双方ともそれはわかっているようであった。
その内容は少し前に聞かされていた。
(殺意や殺気に類に敏感になっている、とあの男は推察していたが、たぶん違うな。それは俺のを受けた時の反応でもわかる。原因はもっと根深く、あの男に限定されているのだろう。それゆえ、俺に何かできるとも思えんが)
実力は再確認できた。あの世代の中では現状でトップクラスの実力を持つだろう。心持一つで化ける素養も充分に感じられる。
(まあ俺としては良い稽古相手が出来るので申し分はないが……果たして本当に俺だったのか? 似ているが、あれと俺は違うぞ)
自分と似た剣を使う、あの男はそう言っていたが、アルフレッドのそれは似て非なるもの。むしろ自分を真似るだけで満足してしまい、近い分本当の道を覆い隠すことにもなりかねない。すべてを見透かすあの男も、息子に関してはどうにも精度を欠く。
「ガッハッハ! 見事負けてしまった! 我の眼も落ちたものよ!」
突如、空気を裂いて、ユリシーズの耳朶を打った声。
ユリシーズはその声がした方を向いた。知らぬ声ではなかった、と思う。しかし、彼が此処に居るはずがないのだ。これは作られた機会、あの男の掌の上で皆が踊っている。不服だが己もその一人。
「……引き寄せたのはどちらか」
ぽつりとつぶやきユリシーズもまた群衆に消えた。
○
パロミデスはきょろきょろと何かを探していた。
「よー、パロミデス。何を探しているんだ?」
「ランベルトか。別に、大したことじゃない。それよりその表情、勝ったようだな」
「まあな。お前やアルフレッド以外に負けねえよ」
アルフレッドと聞いてパロミデスはぴくりと反応した。その様子ににんまりと笑みを浮かべるランベルト。
「最後、気分良くねえよな、あれじゃあ」
「勝った気がしない」
「で、アルフレッドを探している、と」
「そんなことは言っていない」
愚直で不器用な男は嘘をつくのが下手で、尚且つ良くわからないところで意地を張ってしまうらしい。ランベルトは苦笑しながらパロミデスの肩に手をかける。
「あいつなら屋敷に帰ったってよ。調子悪そうだったし今日は休むんじゃないか? それよりも朗報だ。俺の知り合いの女の子の友達がイーリスと友達でなんやかんやとパーティをするらしい」
「大会中だぞ」
「固いこと言うなよ親友。それにお前さんにとっても重要だろ? イーリスちゃんが他の男に狙われるのを防がなきゃ……俺たちも良い年だ、何が起こるか、わからんぜ?」
「……不本意だが参加しよう。実に不本意だが」
「オッケイ、参加ね。これ招待状。んじゃ、またあとでな」
ぶすっとしているパロミデスを置いて駆け出すランベルト。勢いで押し込んだが、これもパーティを企画するに当たって重要な仕事なのだ。女子に絶大な人気を誇るパロミデスの参加はより多くの女子を呼ぶ。そもそもそれを餌に何人もの女子をすでに釣り上げてしまっている以上、勧誘失敗などあってはならないのだ。
「おー、ランベルトじゃねえか。ちょっと付き合えよ。最終調整だ」
「しまっ――」
笑顔のクロードに捕捉されたランベルト。彼がこの後パーティに参加できたのか、それは神のみぞ知る。
○
気づけば夜になっていた。ベッドの上で横になりながら、眼を瞑っても浮かんでくる父の視線。あれは興味を失った目であった。冷たく、感情のない視線。もうお前に興味はない。最後の機会をふいにした出来損ないなど――
「やることは変わらないさ。影ながら支えるだけ、それだけで良い」
初志貫徹。例え父から興味がなくなったとしても、自分のやるべきことが変わるわけじゃない。黒子として父や周囲の主役たちを支えるのが自分の役目。理解していた通りで良い。わかりやすくて良いではないか。
「よし、とりあえず今日は寝よう。考えるのは明日からだ」
無理やり自分を納得させ、眠ると言う確固たる意志の下、アルフレッドは――
○
「護衛の影、ありません」
「ご苦労さん。やっぱ白龍の旦那は離れていたか」
「誰の後ろ盾もなく、浮いてしまった第一王子」
「政争の火種、たとえ燃えカスでも残さばのちの災いと成りかねん」
「仕事、するとしますか」
「承知」
影が動き出す。
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