始まりの悲劇:大将軍対三大将

 ヤンとグスタフがラコニアへ辿り着いた翌日にヘルベルトたちがラコニアへ到達する。その際、ベルンハルトは何も言わなかった。長兄の努力は親である男の知るところ。卑下しているが充分な才能と十分以上の努力を備えたヘルベルトに期待もしている。

 年の離れた弟の大き過ぎる才能に嫉妬できるのもまた、彼が剣を求道する者であるから。ゆえにベルンハルトは何も言わない、言うべきことがない。相手はベルガー、己とて押し留められる自信は無い。決死ともなれば巨星でさえ難儀するだろう。

 大将軍マクシムが幼少より鍛え、ストラクレスさえいなければ誰もが大将軍に、国家の柱に成ることを疑わなかった男。それを相手取って負けても誰も文句は言わないだろう。それでも彼は自らの弱さを責め、止められなかった己を恥とする。

 ヤンは其処まで求めていない。ベルガーの底力が計算に入っていなかっただけ。鎖の弱い部分、キモンを押し込んでベルガーを釣り出すまででヘルベルトの役目は終わっている。

 だが、ベルンハルトはあえて労いの一つもかけなかった。

 悔しがれるならば明日はある。自分は、とうに失ってしまった感情。巨星を、ベルガーを、相手取って勝てぬ日々にも慣れてしまった。どう勝つかではなく、どう負けるかばかりを考える、情けない大将が自分である。

 他の二人も似たようなもの。

「……来るぞ」

 だからこそ――

「来たか。総大将はバルディアス殿に任せた」

「良いのか?」

「貴殿以外に適役はいない。こと、ストラクレスを相手取るならば」

「此度の勝利条件も不動向きだ。ラコニアを取らせずに耐え忍び、遥か南で動くであろう局面に祈り続ける。つまりは、我慢比べよ、なァ、ロルフ」

 カスパルが自らの副将である『鋼鉄』のロルフに笑いかける。無言で頷く男の眼には強い感情のうねりがあった。ストラクレスが到達した。逃げ延びた兵は、おそらく此処までで全て。彼の息子は戻らなかったのだ。

「さあて、久方ぶりの実戦。鈍っていないか心配だ。何しろ王宮は肩が凝ってばかりでな。全体の指揮は任せた、『俺』たちは暴れ回るとしようかァ」

 カスパルが言うまでもない。彼らは『暴風』の末裔であるガードナーに仕えているのだ。国の盾と讃えられし男もまた、一皮剥けば暴力の化身と化す。その部下である男たちもまた、自らを抑えつける必要のない戦場と言う舞台に戻ってきた喜びに打ち震える。

「すまんな、貴殿にはいつも損な役回りをさせる」

「構わん。非才の我に出来るのは、負けぬことのみよ」

「それが出来んで沈む星の何と多いことか。征くぞホルスト、ただ一振りの剣と化して、我らオスヴァルトの剣を示さん!」

「承知!」

 ベルンハルトもまた『剣将軍』と言う仮面を脱ぎ捨てた。バルディアスが総大将に立つことで自分たちはただの駒として動き回ることが出来る。ベルンハルトの副将である『金剣』のホルストもまた主と同じ獣じみた笑みを浮かべる。

 彼らは将である前に剣なのだ。立場ゆえに将たらんと振舞ってきたが、彼らもまた一皮剥けばこう成る。結局のところ彼らは戦士であり剣士でしかないのだから。

「……三人そろえばわしに勝てると思うたか?」

 戦場を征圧するオーラ。

 まだ豆粒ほどしか見えていない、これほど距離が離れているにもかかわらず、肌がひりつくほどに威圧してくるのだ。やはり勝てない、誰もがそう思う。

 そもそも勝つ気がない。

「「ストラクレス以外を削る」」

「「承知!」」

 カスパルとベルンハルトは闘争の獣と成らんとする彼らに唯一の条件を付けた。戦うのはストラクレス以外、自分たちの完全上位互換である戦争の巨星に仕掛けても勝ちの目は無い。それを理解するだけの敗北は重ねてきた。

 ストラクレスを孤立させ、不動の負担を軽くするのが遊撃たるカスパル、ベルンハルトの役割。メインステージはいつだってこの二人が立つのだ。

「わしゃあ機嫌が悪い。喰ろうてやるから座して待っとれ!」

 最強の将、ストラクレス。

「好きにせよ。我は我の役割を完遂するのみ!」

 対するは不動、バルディアス。

 彼我の才、途方も無き開きはあれど――それを埋めるための不動なれば。

「「「来い、ストラクレス!」」」

 大将軍対三大将の決戦が始まる。


     ○


 開戦、即死戦。

 怒れる巨星の破壊力は不動が率いる堅牢なる陣を吹き飛ばす。凄まじい圧力、巨星と言う怪物が牙を剥く。いつも以上の突撃、いつも以上の破壊、盾が、鎧が、この怪物の前には何の意味も成さない。

 されど、バルディアスは不動。

「何じゃあ、死ぬまで動かんつもりかァ?」

 ストラクレスが暴れ回る姿を見て、座して腕を組み戦場を睥睨する。

「…………」

 普通、この男を前にしたら、この破壊を前にしたら、人は動きたがるものなのだ。本能が、恐怖が、対抗策を取らせようとする。

「其処を突くのが戦の天才、ストラクレスだ」

 その荒れ狂う巨星を避け、縦横無尽に戦場で暴れ回る『暴風』の末裔、カスパルは嗤う。ストラクレスに道理は通じない。あの男は天才なのだ。嗅覚が策を探知し、自身の突出した武力で弱い部分を突く。理屈ではない。元野生児ゆえの勘。

 それに幾度泣かされたことか。何故ここに奴が、何故奴はこう動く、幾度も、幾度も、策を覆され、その度に思案し、また破られる。

 多くが諦めた。諦めずに策を磨き続ける者もいる。

 だが、バルディアスはその誰とも違った。

 北方で白熊、古狸らと戦に明け暮れていた時、彼もまた多くの猛将と同じく自らの力で勝利を勝ち取るタイプであった。能動的に行動し、相手を読み、一歩でも先んじて勝利を手に入れる。それが将の常道である。そう信じてその道を磨いた。

 自らの完全上位互換、ストラクレスと出会うまでは。

「誰もが思う。奴には勝てない、と」

 ベルンハルトは思い出す。バルディアスに初めて出会った頃を。

 あれほど気性の荒い武人はそういないと思ったほどであった。白熊と躍起になって打ち合う様は、まさに叩き上げの猛将そのもので、若き日は自分よりも低い地位の先輩、その背中に焦がれたものである。

「その理不尽に心折れた者も多い」

 カスパルはロルフらと暴れ回りながら、ストラクレスに負荷をかけるよう立ち回る。後続が続かずとも継戦できるのがあの化け物の化け物たるゆえんだが、それでも削ることは出来る。甘美なる挑戦は避け、徹底的に相手の嫌な部分を突き続ける。

「だからこそバルディアスは特別なのだ」

 二人の大将が暴れ回り、後続に揺らぎが出た。

「左右を押せ」

「伝えて参ります!」

 バルディアスは悠然と指示を飛ばす。

 中央をばく進するストラクレスではなく、後続へさらなるプレッシャーをかける一手。それが効く、如何にストラクレスでも完全に後続が断たれたならば、二進も三進も行かなくなる。二人の大将、それらを支える優秀な部下。ベルガー不在のオストベルグ軍にそれを捌き切る力は無い。

「……まだ押すか?」

 見る見ると後ろの勢いが消えていく。

「……じゃかしい」

 そして、あのストラクレスが、退いた。バルディアスが退かせた。

「不動め、相変わらずじゃア」

 猛将たる己を捨てて、国家のために不動と成った男。その戦、常に後の後。圧勝することは無くなった。勝っても常に辛勝。格下に負けることもある。だが、大負けは無い。不動と成って一度として、あのストラクレスやベルガー相手にも大負けしなかったのだ。

 そんな将は、ローレンシア全土でも彼一人。

 このバルディアスを置いて他にはいない。

「さあ、化け物が戻ってくる前に」

「一押ししてこちらも退くぞ!」

 大将たちも勝手知ったるもの。不動の戦を支える役目に徹すると決めた。欲張らない、其処から解れる愚を彼らは冒さない。格上、強者を相手に、彼らは弱者の戦いを徹底する。ネチネチと、強者を削り続けるまで。

 誰よりも敗北を知るがゆえに、彼らは負け方を学んだ。勝ち方はついぞ見いだせなかったが、何とか引き分ける術を見出した。それを最も体現した男がこの戦を指揮している。そう生きる男の苦悩を知る二人がそれを支えている。

 だからこそ、釣り合う。

 偉大なる戦場の王、黒金の星と三つの星は釣り合い、削り合う。

「さあ、戦争は始まったばかりだ」

「……本当に、相変わらずじゃなあ」

 ストラクレスは誰も見ていないところで、密かに笑った。ガリアスとは違う手応え、幾たびの敗北を乗り越えて国家のために我を捨てし者たち、本物の将軍との戦。やはり楽しい。互いに互いを知るがゆえの戦。

 歴戦の将同士の戦争が此処にあった。

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