始まりの悲劇:ラコニアにて待つモノ
敵味方問わず誰もが呆然とする中、ストラクレスは手に残った感触から、まだ十分ではないと判断した。確実に息の根を止めるには、もうあと僅かに深く断たねばならなかった。出来なかったのは決して情がどうこうではない。
「何じゃァ、小僧」
「ほんと、何なんでしょうねっと」
たまたま近くにいただけ、決して冷静だったわけでも状況が呑み込めていたわけでもないが、とにかくたった一人、アルカディア側で冷静に成らざるを得なかった男がいた。目の前で決死の一撃が不発、必死であった巨星の一撃を見て咄嗟に後方へ引っ張ったのだ。
それが功を奏した。あのままならば確実に死んでいたのだから。
「グスタフッ!」
叫ぶは伊達男。血濡れの同期の星を抱き、吼える。
「邪魔じゃあッ!」
猛追してくるストラクレス。必ずここで殺し切る。その眼が叫んでいる。
「それは俺たちのセリフだァ!」
そのストラクレスを止めたのはオスヴァルト若き俊英、ヴィリブランドとクリストフであった。無論、今の二人では僅かに進行を妨げるので精一杯。だが、その僅かの時間でベルガーを追っていた他のオスヴァルトも追いついた。
「邪魔じゃと、言うとるんじゃガキどもォ!」
吹き荒れる血風。鍛え抜かれた技をものともせずに暴力が全てを飲み込んでいく。
「我らが総大将、ヤン・フォン・ゼークトがにっくき敵将ベルガーを討ち取ったぞォ! 大金星だ! 俺たちは知っている! あのベルガーに先達がどんだけ苦しめられたか! あの男がどれほど厄介だったのか、嫌と言うほど知っている!」
伊達男が叫ぶ。その眼が呆然自失と成ったグスタフに「動け!」と命じる。
「これを勝利とするか、引き分けとするか、あとは俺たち次第だ! さあ思いっきり暴れてやろうぜ! そして、ヤンを生かせ! 俺たちは見た、大将軍に手が届く瞬間を! ヤンなら出来る! ヤンならば届く! なら、俺らがやるべきことなんて決まってんだろ!」
ようやく動き出したグスタフがヤンを抱えて逃げ出そうとする。
ストラクレスは怒れる鬼神と化してそれを追おうとするも――
「明日のために今日死ね!」
「応ッ!」
若き俊英たちが燃やした炎。一つ一つは小さくとも、束ねれば巨星すら止められる。
命が散る。凄まじい勢いで消費されていく。
「お前たちはヘルベルト様をお守りしろ」
「しかし!」
「ここで死ぬのは死んで良い奴だけだ。お前たちも、ヘルベルト様もここで死ぬべきではない。ヴィリブランド、クリストフ、オスヴァルトを、アルカディアを頼んだぞ」
「「……はいッ!」」
オスヴァルトもまた燃やす者と生きる者を分ける。
ベルガーの死で憤怒するはストラクレスだけではない。キモンたち若手もまた己が無力に涙しながら暴れ始めていた。ここは死地と成る。両軍にとっての死線と成る。それが巨星クラスが墜ちた戦場。二つ墜ちれば折れただろうが、一つ残る以上――
「キモン、俺が相手だ!」
「俺の弱さが、ベルガー様の死を招いた。俺が、俺が俺が俺が俺が俺がァ!」
「兄者、あとは頼みます。他はストラクレスだ。この男を沈めたら、俺もすぐに向かう」
「承知ッ!」
「俺がヤンを殺す! 邪魔をするな『銀剣』ッ!」
「そうはいかんさ」
それでも彼らの顔に悲壮感は無かった。ようやく、先祖たちが苦しめられた巨星に、大将軍に届く可能性を見た。ここ半世紀以上、アルカディアはオストベルグに勝てていない。ガリアスの台頭が無ければ滅ぼされていた可能性だってある。
そんな敗北の歴史が変わる。
「すまん」
「必ず生かせよ。そのために……俺らは死ぬんだ」
まさか自分がこんなに若く死ぬとは思わなかった。死ぬとしてもガードナーを守ってだろうと思っていたが、人生と言うのは分からないものである。
まあ、それも悪くないと伊達男は笑う。
(嗚呼、でも、あいつにはちゃんと伝えるの忘れてたなあ。それだけが心残りだ。まあ、俺みたいな駄目男に引っ掛からなくて良かったってこった。悪いな頑固親父。親孝行は出来なかったぜ。でもよ、たぶんこれが、アルカディア軍人としての最大の孝行だ)
伊達男の眼前に怒れるストラクレスが来る。
「往くぜ巨星ッ!」
裂ぱくの気合と共に『鋼鉄』の騎士が『黒金』に立ち塞がった。
○
少し離れたところで応急処置をして以降、グスタフはとにかく前へと歩を進めた。ヤンのために散った命、それを無駄にしないためにも生かさねばならない。まとまり切らない思考の中で唯一、その一点だけがグスタフを前に進ませたのだ。
背後から拭い去れぬプレッシャー。駆けても駆けても消えぬ悪寒。
とにかく逃げた。遮二無二逃げた。心はすでに折れ切っている。
おそらく、自分の成長はあの日で止まった。勝てずにヤンを頼ったところまではまだ良い。その後、ヤンが負けた姿に、親友が死の淵に立たされている状況で何も出来なかった弱い自分に気づいてしまった。必死に取り繕ってきた『戦槍』という虚勢が剥がれたのだ。
ヤンでも跳ね返された。そんな現実に心が折れた。
その程度で折れてしまう自分の弱さに気づいてしまったのだ。
「……わりいな、ヤン。俺ァ、此処止まりだったぜっと」
それでも逃げ切って見せる。そこまでは責任を持とう、と誓い自らも満身創痍でありながら、背後のプレッシャーに怯えながら、何とかここまで来たのだ。
「ほれ、着いたぜ、ラコニアだ」
いつだってこの地が決戦の舞台であった。
今は、逃げ場でしかないが。
「…………」
血を失い過ぎて死人のようなヤン。意識もあれから一度として回復していない。
「……ただ、ラコニアじゃ今のストラクレスは――」
ヤンも欠け、ヘルベルトの安否も不明。ストラクレスの現在位置は分からないが、あの雰囲気であれば地の果てまでも追ってくるだろう。ラコニアの通常戦力では本気の巨星相手に鎧袖一触、あっさりと抜かれるのは目に見えている。
オルデンガルド、下手をすれば王都まで、あの男の歩みは止まらない。
怒りと悲しみ、そしてベルガーを失った損を取り戻すべくヤンを討つために雪崩れ込む未来絵図。此処から先は地獄と成るであろう。それを押し留める人材がいないのだ。
「……何だ、ラコニアが?」
グスタフは見た。
「グスタフだ!」
「生きていたぞ!」
ラコニアの前に布陣する軍勢を。それらを見てグスタフは青ざめる。一瞬、勘違いしてしまったのだ。彼らの発する烈気を見て、巨星がいると思ってしまった。
一人では届かずとも――
「よくぞ生きて戻った」
国の盾であるカスパル・フォン・ガードナーが満身創痍のグスタフを抱く。
「戦果は?」
あくまで国家の代表として問いかけるは剣将軍ベルンハルト・フォン・オスヴァルト。グスタフがベルガーを討ったこと、ストラクレスに敗れ去ったことを手短に報告する。それを聞いたベルンハルトはグスタフの肩に手を置き――
「なれば上々」
負けたことを一切咎めずに彼らの戦いを称える。
「あとは我らが請け負おう」
不動たるバルディアスが動いた。
グスタフは想像すらしていない光景に身震いする。いったいどういう理屈が働けば、この三人が集うというのか。こうなることを予期していなければ、こんな布陣など取れようはずもない。予期していたとしても――
誰よりも『黒金』の強さを知り、幾度の敗北を、辛酸をなめた男たちが此処にいる。
「オルデンガルドまで退け。そこで治療せよ」
剣将軍が命ずる。
「安心したまえ。ここから先には一歩も進ませんよ」
国盾が笑みを浮かべる。
「我らは誰よりもあやつに負け続けた。勝ち方は知らんが、負けん方法は心得ておる」
不動が胸を張る。
アルカディアを支えし三人の大将が巨星の進撃を留めるために幾度も負けた、この地に集った。若き者たちの戦、それをただの負けで終わらせぬために、ここであの男を止めて、引き分け、否、武人の秤では勝利とする。
そのために彼らは来た。
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