始まりの悲劇:夢、砕ける
「俺としたことが、見抜けなかった、か」
「あら、ウェルキン、苦い顔をして」
「ん? ああ、同種の、それしか無いがゆえにより純粋な想いを見逃していた。まさか、此処までの熱を持つとは。あれにこの熱が乗ると考えると、ふふ、末恐ろしい」
「もしかすると貴方に会った時にはまだ出会ってなかったのかもしれませんよ」
「そんなはずはない。これはそんな短い時によって熟成されたものではないさ」
「……あらあら、ご自身のことは棚に置かれるのね」
胸に手を当てる聖女を見て英雄王、気まずく沈黙。
「ごほん、まあ、今日はその日じゃない」
「その子は勝てない?」
「いや、勝ったよ。でも、戦争だからね」
ウェルキンゲトリクスは哀しげに微笑んだ。
○
「……貴様より強いぞ、もう一人は」
カンペアドールが集った会議の最中、突如、この場の王であるエル・シドが口を開いた。
誰に向けての言葉かは、その眼を見れば一目瞭然。
「それは心外。戦なら、俺はエル・シド様にも負ける気は無いのですが」
会議室に緊張が走る。チェなど身震いだけで椅子を破壊するほどであった。ささっと部下が椅子の代わりに成ったことで、それなりの回数同じことをしていることがあらわと成る。非常にどうでも良いことであるが。
「貴様は自分と言う武器を故意に押さえつけるきらいがある。もう一人にはそれが無い。必要とあらば使う。それが最善ならば、当たり前のように使う。その差が、無駄なこだわりが、貴様の隙だ、ラロ・シド・カンペアドール」
「……それは」
エル・シドの射すくめるような視線に、ラロは口ごもる。
「いつかの時のため、修正はしておけ。その時に俺様がいるとは限らんぞ」
「え、エル・シド様!?」
他のカンペアドールが立ち上がる。聞きようによっては次の後継者が指名されたようなもの。若輩でありカンペアドールの末席でしかない若造にかける言葉ではなかった。
「座れ、末席」
「は、チェ殿? 私は――」
「座れと言っておる。弱い貴様が口を開くな。強さこそ全てだ、此処では」
部下を椅子とした男の圧。エル・シドを除けば最年長と成った男の視線が持つ力は、影響力だけで言えばエル・シドに次ぐ者である。その男もまた、ラロを認めているのだ。内心はさておき、この場では立てる。
自らよりも上であると知るがゆえ。
「だが、今日ではない。オストベルグにはもう一人おりましょう」
「ああ、だから、今日は昇らん。あの馬鹿が今日負けようとも、な」
チェの言葉にエル・シドは頷いた。
そして苦々しげに東に視線を向けた。
「だが、近い」
エル・シドはつまらなそうに鼻を鳴らす。来る時代、其処に己が望む戦場がないことを彼は知るから。老いで死ぬか、無機質な策で死ぬか、どちらにせよ、己を燃やす戦場が来ないことを彼は理解していたのだ。
その想いは覆されることと成るが、今の彼はそれを知らない。
○
ヤンは最善最速最短での決着を目論んだ。そしてそれは完全にハマったのだ。今までのやる気の無い己。演出したつもりは無かったが、そのギャップは使えると踏んでこの策を取った。ストラクレスは、巨星は自分たちを軽んじている。
まだその時ではないと思っている。
その考えは正しかった。少なくともストラクレスはそう考えていたし、事実、以前のヤンであれば其処止まりであっただろう。だから、これは現状における最善手。
覆されたとすれば――
「くそ、止まれよォ!」
「なぜ、死なん!?」
最初からこの『王』は取れなかったのだと言うこと。
「え?」
「……ッ!?」
ヤンも、ストラクレスさえも驚愕した刹那。割って入るはオストベルグを支えしもう一人の男。傷だらけである。ヘルベルトがいたところから最短距離を駆け抜けてきたのだろう。傷だらけ、追い縋るオスヴァルトの剣士たちが突き刺した剣、それが幾重にも突き立つ。それでも、死なず、止まらず、ただひたすらに――
「ごぶっ」
ストラクレスの心臓を狙った一突きは、飛び込んできたベルガーを刺し貫いた。あの巨体で、これだけの傷を負いながら、馬から身を乗り出して、死地へと飛び込む。
ベルガーはストラクレスを見つめる。視線だけでストラクレスは咎められた気がした。巨星たちはどこかで皆、戦場で散ることを願っている。戦場で生き、戦場で散る。戦士としての本懐を果たしたいと願うものなのだ。ストラクレスもまた、熱い戦場で多くの先人たちと同様に果てたいと願う一人。
ゆえに、この結末、この熱量に沈められるのならば本望、どこかにそれはあった。
ベルガーの眼はそれを許さんと言っている。
お前は大将軍なのだ。偉大なる先代、大将軍マクシム・フォン・ギュンターから受け継いだ柱の役目。果たさずに死ぬのは許さない、と。
自分がいなければ必ず大将軍になったであろう男の眼が言う。
逃げるな、と。
ストラクレスは嗤った。分かっている。今の自分が、今の状況で、倒れるわけにはいかぬのだと。ほんの一瞬、夢を見た。戦士として戦場で散る夢を。全てを投げ出し、熱情の中で絶える夢を。ほんのひと時、夢を見た。
「ぐっ」
呆然としていたのは一瞬の事、ヤンは即座に剣を引き、立て直しを計ろうとするも、ベルガーの胸に突き立った剣、貫かれた男が笑いながらその剣を、腕を掴んでいた。
ベルガーは嗤う。
『これが戦場だ!』
ストラクレスは一瞬の躊躇いも無く、竹馬の友であったベルガーごとヤンを断ち切った。戦場に咲く花、真っ赤な血潮が、夢を砕く。
ストラクレスが見た敗北する夢、ヤンが見た三人の明日、二つが、砕け散る。
「ぼ、く、は――」
信じられなかった。最善を尽くした。いつも通り、勝利があるはずだったのだ。ヘルベルトは想定を超えてくれた。オスヴァルトの皆も、グスタフだって、十分働いてくれた。自分も、存分に出来たはず。それでも駄目だった。それが信じられない。
「ヤンッ!」
グスタフの目の前で、自らが主と定めた男が、崩れ落ちる。
○
同時刻、ベルンバッハ邸にて――
「アルレット! 逃げなさい!」
突如、ヴィクトーリアの面倒を見ていたアルレットの下に長姉であるテレージアが駆け込んできた。何事かと考える間もなく、歪んだ笑みを浮かべた使用人が入ってくる。
「いけませんよ、テレージア様。御父上の邪魔をしては」
「貴女は、また、壊すと言うの!? せっかく元に戻って来たのに!」
「いいえ、いいえ、元に戻るのです。正しき在り様に、戻るだけの事」
アルレットは状況を理解出来ないでいた。
「ヴラド伯爵の寵愛を裏切った売女が、元通りの玩具に成るだけの事!」
続いて入ってきたヴラドの顔を見て、テレージアは天を仰いだ。あの時と同じ、全てを失った虚ろな眼。自分たちを傷つけ、それだけでは飽き足らず外に渇きを満たす術を求めた哀れなる獣。元に、戻ってしまった。
「申し開きはあるか?」
アルレットもまた、彼の手に握られている一枚の絵を見て状況を理解する。様々な想いが脳裏を駆け巡るも、この状況を覆す知恵も力も、彼女には無かった。
弱い自分の声は、届かない。
「いいえ、ございません」
何も持たない自分は祈ることしか出来ない。自分のことは諦めた。ただ、あの地獄で生きる理由であった、戦う理由であった弟のことを想う。せめて健やかに、そう願う。そして、こんな自分を愛してくれたヤンのことも想う。
短い間だったが、それでも自分は満ち足りていた。誰かに、あんなに真っ直ぐな想いをぶつけられたことなどなかったから。本当に嬉しかったのだ。身体だけではなく、心を、在り様を、立場も含めて愛してくれた。そのことが嬉しい。
そして、欲深い自分を呪う。
(ごめんね、アル。お姉ちゃん、欲が出ちゃったの。嬉しくて、私みたいな薄汚れた人間でも幸せに成って良いんだって……そんな夢をね、見ちゃったの)
三人で――その夢が、崩れ落ちる。
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