新たなる地平へ:エル・トゥーレ


「この場にいる者全員で治める、か。七王国時代の前にいくつか存在した共和制の国家を目指す、という認識でよろしいのかな?」

 ガレリウスの発言に反応を見せたのは一部のみ。他はほとんど共和制というものに馴染みがなかった。それほどに七王国の時代というのは長く、君主制以外の考えが育まれていなかったのだ。

「近い、ですが本質はそこにありません。全国家が参画して一つの集合体を作る、そこにこそ意味があるのです。しかしそのためには最低限の平等は確保せねばならない。ガリアスやアルカディア、ネーデルクス、エスタードといった強国のみが裁量を握るとなれば他国の本気度は上がらないでしょう。この地を皆様で治める、というのはローレンシアに存在する国家すべてで運営していくということ。皆様には本気を出して頂きたい。それこそ、この地にて序列を変えてやる、それくらいの意気は欲しいのです。ガリアスを、アルカディアを、追い落としてやる、とね」

 王たちの顔色が変わった。自らの国家を引き合いに出し、それを超えて欲しいと言い切ったのだ。無論、本気で落ちる気はないのだろうが、少なくともそういった要素のある話。今の固定化した、変わりようがない序列を変えられるかもしれない。なれば顔色も変わるというもの。

「地理、国力、文化、ありとあらゆるものが異なる国々。それらが平等な発言権、等しい一票を持つとなれば立ち回りも変わる。私と、そこにいるリディアーヌ様はこの地をそういったモノに変えていきたいと思っております。七王国の、近年ではガリアスやアルカディアの顔色を窺うだけの王会議とは一線を画す集まりになるとは思いませんか?」

 大国と小国が同じ力を持つ。これは大手を振って歓迎できる話ではない。少なくとも大国にとっては通すメリットが一切ないのだ。当然――

「エスタードは参加を拒否します。旨みがありません」

「ネーデルクスも、だ」

 大国からの反発は必然。

「そもそも何故、力を持つ二国がこんな話を持ってくる? 最もメリットがないのはそちらの二国だろうに」

 ガレリウスが至極尤もなことを言った。ネーデルクス、エスタードが反発する話。それよりも大きくなったアルカディアと超大国ガリアスが持ち出してくる話とは思えない。一番損をするのが彼らなのだから。

「だからこそ私たち二国が先陣を切ってこの話を持ち出したのです。誰よりも割を食うはずの二国が提案する。そうでもしなければこんな話、まとまるはずがない。しかし、まとめねばいつまで経っても面白い競争は生まれない。せっかく戦争の時代を終わらせたのに、次の時代が戦の時代への休憩期間ではつまらないでしょう。この提案には大国も、小国にもメリットがある。そう考えて頂きたい。そうでなければ、私が革新の国ガリアスを口説けるはずがないでしょう?」

 ウィリアムは大国の懸念を一蹴した。ただの平等ではないのだ、と。アルカディアとガリアスという二大国家が提案する案件、そう思って聞けと彼は言っているのだ。

 ガレリウスらは静聴の姿勢に戻った。最後まで聞いてから判断する。それからでも遅くはないとの考え。

「まず、この集合体の政体は一国家一票の共和制、ガレリウス陛下のおっしゃられた通りになります。これは参画に対し一定の平等を与え、国力の差異に関係なく皆様のモチベーションを高く持ってもらうための方策です。現行の王会議も表向きはそういった差異はないとされていますが、建前なのは皆さまご存知の通り。この集合体ではそうならないことを祈ります」

 ウィリアムの言葉にヴォルフは「ハッ」と鼻で笑った。彼は小国への配慮や平等を口ずさんでいるが、そんなものを端から通そうと思っていない。否、最初はそうであってもすぐに派閥が生まれ、平等が形骸化することをわかってこう言っているのだ。ヴォルフはそれを口調と顔つきだけで読み取っていた。

「しかし、共和制はあくまでこの集合体を形成するための、いわば土壌づくりの話。重要なのはそこに何を植えるか、でしょう。私はここに中立中庸でしか成し得ないモノを作りたい。その一例が、特許権。発明を保護し、それに対する対価を発明家に与える。これをローレンシア規模で行いたい」

 エルビラの目が薄く細まった。同時に勘の良い者ははっとした顔つきになり考え込み始めた。ヴォルフは、よくわかっていないのでぼーっとしている。

「特許権は我が国にもある。それをローレンシア規模で行うことに何の意味がある? 私には皆目見当がつかぬのだが」

 とある王が発言をした。それに対する回答は、リディアーヌが挙手し答える。

「特許法、特許権は有用な技術を生んだ者に対価を与え、その技術を保護する狙いがある。しかし、もう一つ、重要な側面がある。それは金さえ出せばその技術を他者が行使できるというもの。つまりは技術の共有化だ。それをローレンシア規模で行う。世界中から秘匿された技術が集い、皆が共有する。必要があれば金を出して使う。その技術が有用であればあるほど、世界中から金が集まってくるし金を払えばそれが使えるってことさ。例えば僕らも苦しめられたテイラー商会の新型弓、これも金さえ出せば中身がわかるってこと。金さえ出せば作れるし、それで戦場での優位を潰せるなら安いものさ」

「結果、テイラー商会は特許の使用料を得る。量産の規模がデカければデカいほど、その儲けは大きなるって寸法か。これがアルカディアとガリアス二国間だけでなく小国とアルカディア、ガリアスという構図もあり得るならば」

 リディアーヌの回答からメドラウトが真意に到達した。これは国力の差をなくすためのものではない。技術の革新、発展の加速を促すもの。その上で小国にも逆転の目が生まれる。有用な技術を産めば、莫大な特許料を得る可能性がある。そこで金を手にすれば他の特許も使え、さらなる化学反応が生まれる可能性が芽生える。

「さすがはサー・メドラウト、察しが良い。これは大国、小国、双方向にメリットがある話になります。大国は金さえ出せば他国の革新を使え、小国は革新を産めば莫大な利益を得る。そしてその管理は中立中庸な場所でしか出来ない。これはただの一例です。ですが、やりたいことが凝縮されている例になります」

「同じ技術があった場合は?」

「早い者勝ちです。ちなみに現行で広く知られている技術を特許として認めることはしない方向でいきたいと思っております。鍬の作り方まで特許で縛られてはたまらないですからね。この判断をするためにも多数の参加が必要なのです。多方向から見て新しいモノ、その共有にこそ意味が生まれる」

 この集合体が出来て特許権をローレンシア規模で広めれば、その瞬間世界中から秘匿された技術が集まってくるだろう。他国よりも早く、隠すよりも表に出して特許の使用料をむしり取る方がメリットが出る。何よりも早い者勝ちというのがいやらしく、非常に効果的。

「他にもこの集合体発信で統一通貨を作成し、ローレンシア全土での交易を促進させることや、優秀な人材をこの地に集めて研究を行うのも良い。そこで生み出された技術はローレンシア共通の財産として認めるとすれば全国家規模でメリットが生まれるでしょう。あとは教育も同じ。世界中から先生や生徒が集い、異なる文化や価値観を他国へ行かずとも学ぶことができる。しかも、一国二国ではなく全ローレンシアともなれば学ぶことは計り知れない」

 どれも中立中庸な集合体でしか成し得ぬこと。ここで王たちはあの噂が真実だと知った。目の前の男は本気で革新を世に広めようというのだ。漏れ伝わっているガリアスを口説いた演説。発展のための時代を作ると。

 これはその大事業の一端なのだ。ガリアスが乗っかるのも理解できる。彼らは旧時代を維持すれば覇国と成る権利を捨て、自らもまた新たなる競争の海へ漕ぎ出そうというのだ。この発展の先、彼らが刺されることもあるだろう。小国が覇国に化ける可能性もある。

 その可能性を考慮に入れてでも彼らはそれを選んだ。

「よくわかんねーがよ、結局テメエはどうしたいんだ? 良さそうな話なのは雰囲気で分かった。だが、テメエの目指す先が分からねえ」

「それを知ったら賛同してくれるかな? ヴァルホールの王」

「馬鹿。それを知らなきゃ賛否もねえって話だ。あと、俺にもわかる言葉で言えよ。共和制とか特許権とか意味わかんねーからよ」

 ヴォルフの背後で旧サンバルト王国の姫であり、現在ヴァルホール王国の第一王妃がヴォルフの袖を握りこれ以上の発言をしないよう静止した。しかし、ヴォルフにとどまる様子はない。その眼はまっすぐにウィリアムを見ていた。

「なるほど、そうだな。ふふ、難しい話だ。狼の口説き文句も用意しておくべきだったよ。さて、考えどころだ」

 ウィリアムは先ほどまでの饒舌が嘘のように考え込んでいた。それを不思議そうに眺めるリディアーヌ。彼ならば容易く煙に巻けると彼女は考えていたのだ。相手は学のない相手。いくらでも言葉で翻弄できる。

 だが、武に精通する者たちはウィリアムの逡巡を理解していた。ただの言葉では狼の王は動かない。真心を込めた強い言葉でなくば通じない。彼は複雑なことを解さぬ代わりに本質を見抜く。

 だからこそ難しい。必要なのはガリアスにてサロモンを、ボルトースらを落とした言葉。すべてをさらけ出した発言こそ求められる。

「発展の途上、痛みはある。今よりも厳しい時代かもしれない」

 それゆえにウィリアムは――

「それでも俺はその先に、誰もが腹いっぱい飯を食える世界を作りたいと思っている。だから、この地から始めたい。いつか全てが満たされるために」

 自分とヴォルフの出自でこそ響く言葉を選んだ。この場にいる大半は生まれた瞬間から飢えを、渇きを知らない。彼らはぽかんとしている。だが、ヴォルフは違うのだ。地を知るがゆえに、どん底から這い上がったからこそ。

「そしたら、奴隷身分も医者にかかれるかよ?」

「医術の発展が進めばいずれは大衆に浸透する。それが当たり前となる」

「そーか……そーかい」

 ヴォルフは胸元のロケットを触る。心の中で「悪いな、兄ちゃん、負けちまった」とつぶやき、苦い笑みを浮かべながらウィリアムの方へ向き直る。

「ヴァルホールはウィリアム・フォン・リウィウスに乗る」

 ヴォルフの背後で「軽率です!」と強い語気でたしなめられるが、ヴォルフはそちらの方を一切見なかった。

「テメエが導け。俺の分も、預ける。だがな、俺の目から見て道を違えた時、俺はもう一度テメエに剣を向ける。今度は、剣を納めねえ。俺は、強いぜ。わかったな白猿」

「ああ、覚悟しておくよ山犬」

 ヴォルフは「かっか」と笑いながら王妃の肩に手を置き、

「細かいことは任せた。俺ァ外に出てるわ」

 自分はこの場から降りると宣言した。王妃は「貴方は、いつも勝手です」とつぶやくもヴォルフは「すまねえ」と一言発し、颯爽と身を翻した。

 狼の王が退く。それはこの場での趨勢に何の意味もないのかもしれない。しかし、ウィリアムにとって、ヴォルフにとって、二人にとっては大きな出来事。

「では、他に質問はありませんか? なければ、この地を誰が治めるか、私の案を皆様がどう感じたか。是か非か、採決を取りましょう」

 全員が押し黙った。まったく新しいやり方。通すか、通さぬか。この地から始まる新時代、この行く末を彼らは想像できない。わからないのは恐怖なのだ。見えぬ道を歩ける者ばかりではない。

「あくまで一案、他に良案があればそれもよし。皆で考えるのがこの場ですので。それでは、私の案に賛成の方は挙手を」

 手が挙がらない。皆戸惑っている。悪くない着地点。ガリアスが、アルカディアが、一国が統治するよりも他国にとってメリットがある。だが、その結果想像もつかない時代が来るのを彼らは恐れていた。

 何かひと押し、背中を押すものがあれば――

「では、アクィタニアはウィリアム殿の案、乗らせて頂こう」

 聖堂がざわついた。

「へえ、まだ、私は、ガリアスは手を上げていないがね」

 リディアーヌが視線を向ける先、そこには挙手するガレリウスの姿があった。リディアーヌはにやにやと笑みを浮かべていた。

「この地では属国であっても平等、そう聞きましたので、お伺いを立てずに判断いたしました。何か問題でもありましたか? 王の頭脳殿」

「いいや、まったく。なら、私も手を挙げておこうか。発起人の一人だしね」

 ガレリウスの返し、リディアーヌの反応に王たちは驚きを隠せない。確かに平等であると言っていた。それでも、アクィタニアの王がガリアスの判断を待たず判断し、ガリアスもまたそれを認めた。その光景はこの場に少なからず大きな衝撃を与えていたのだ。

「エスタードも乗りましょう」

 エルビラとゼノは小声で相談した後、手を挙げた。彼らには損得しかない。その上でこの案を得であると判断したのだ。確かに小国にも逆転の目があり、大国にとって譲った形に見えるかもしれない。しかし、特許の件一つをとっても、有利なのは多くの人口を持ち、金を持っている方なのだ。一発逆転に目を奪われているが、それを共有された後、金を出せば好き放題使える側が有利なのは当たり前。

 エスタードは得をする側。その判断が手を挙げさせた。

 少しずつ、確実に挙がっていく王たちの手。気づけばほとんどの国が手を挙げていた。冷静に考えればわかることだが、この案を拒否したとしてこの地を治める権利などガリアスやアルカディアが握っているようなもの。どちらにせよ彼らに益はない。ならば益を生む可能性、未知に手を伸ばすのも一興。

 最後にはアークランド以外すべての手が挙がっていた。

「アークランドは参加しない。権利を主張せぬ代わりに義務も負わない。我らはローレンシアに不干渉であろう。今日はこの意思表明と捕虜の受け取りをするために参った。これから先、ガルニアがこういった場に現れることはない」

 これで旧聖ローレンス領の支配体系が決まった。アークランドを除くすべての国が主権を持ち、それゆえに中立中庸。ここから新たなる時代が始まっていくのだ。革新と発展の時代。

 世界はまだ知らなかった。この時代が、今までのどんな時代よりも辛く険しいものであると。常に競争にさらされることの意味を。彼らはまだ知らない。

「まずは名を決めねばなるまい」

「確かに。これは存外難しい問題であるな」

 一度決まれば彼ら王たちも新しい地平に胸躍らせる。自らが開拓者であり、アクィタニアのように自由闊達な発言をしても良い場だと判断したため、口も滑らかである。

 多くの議論、話し合いが行われ、調整の難しさが残る王会議初日となった。この日の決定事項はただ一つ――

「それではこの地、この集合体の名を、エル・トゥーレと名付けます」

 名前だけであった。

 これはエスタードに伝わる導きを現すエルと、この地に伝わる伝説の都市、トゥーレを合わせた造語であった。その伝説をこの場の誰よりも知るウィリアムはエル・トゥーレの名に想いを馳せる。

 かつて世界を救った大英雄の名と神話の中心にあった魔術都市。その名が合わさりこの地に甦った。その運命のいたずらにウィリアムは笑った。ウラノスよ、世界はもう一度あの時代に向かい、そして超えるぞ、と彼は誓う。

 革新と発展の都市エル・トゥーレは今日生まれた。新たなる時代を背負いて。

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