新たなる地平へ:王会議再び
最終戦争(ファイナル・ウォー)と呼ばれた戦争が終結した。終わってみればあっさりとした幕切れ。勝者はアルカディア。ガリアスから戦力を引き出し窮地に駆け付けた白騎士ウィリアムは当然の第一功。第二功は非公式ながらネーデルクスの精鋭とともに戦場を駆け抜け、『哭槍』のアナトールを討ち取ったクロードが名を連ねた。
第三、第四と名を呼ばれる中、渓谷をほぼ単身で守り抜き、ヴォルフ、アポロニアの進撃をも止めた男は論功の場にいなかった。戦争が終わった時には姿をくらましていたのだ。居場所を知るヒルダは彼の居場所を皆に知らせることはしなかった。望まぬからいない、そのくらいの分別はある。
勝利の後、アルカスは連日連夜のお祭り騒ぎとなった。英雄白騎士を称える市民の声が鳴り響く。眼前で命を救われたことの効果は非常に大きかった。誰もが彼を称え、勝利したアルカディアを賛美する。
反面、この状況を招き英雄白騎士を冷遇した王家に対しては非難の声が相次いだ。もはや声を抑えようとする空気すらない。止めるはずの兵士たちが率先して言い放っているのだ。
今回、アルカディア側も多くの死者が出た。その死者には彼らの同僚であり友である。もし白騎士が最初からいれば、彼らは死なずに済んだのではないか。そう思わせるほど白騎士という偶像は神格化されてしまった。
すでにアルカディアでの名声は完全に逆転していた。今回の一件が白騎士という英雄はアルカディアにて絶対のモノとしたのだ。
それは貴族にとっても悩ましい問題となる。市民の人気は絶大、ガリアスとのパイプも強く、七年の空白を経てさらなる躍進を遂げた怪物。味方に付くべきだが、王家の目もある。リスクを取ってでも今、つながっておくか。リスクを取らず風見鶏に徹するか。あえて王家に付くか。彼らにとっても分岐点、大騒ぎの中悩める日々が続いていた。
そして王宮では、毒蛇が蠢いていた。ここが勝負処とばかりに本丸に攻め込む。白騎士が起こした奇跡、それに揺れている今が好機。
その毒が王宮に回り始める。
○
あの戦争から半年、アルカディアとガリアスの両国が主導で臨時の王会議が開かれることになった。開催地はアークランドがガルニアまで撤退したために、支配者不在となった旧聖ローレンス領。そこに各国から王が招集され、一堂に会する運びとなった。
聖ローレンス王国が誇った大聖堂。聖女たち熱心な信者が自決したとされる場所に議場は設置され、大きな円卓には特に定まりなく各国ばらばらに席が配置されていた。普段の王会議であれば七王国、ガリアスが上座となっていたが、そこには誰も座っておらず、すでにユリウス陛下の名代として着席しているリディアーヌをちらちらと見る視線がやまない。
「誰があそこの席に座るのだ?」
「アルカディアのエードゥアルト王ではないか?」
「馬鹿な。あの男がガリアスの上に立つと? そもそもこの席順は不可解、エスタードやネーデルクスがあの位置で、北方の小国……名も出てこぬような国があそこでは示しがつかんぞ」
「意図が分からぬ」
王たちがざわつく中、議場に入ってきた男に皆が息を飲んだ。
「ヴァルホールの王、ヴォルフ・ガンク・ストライダーか」
「敗者なれど振る舞いは強き王のそれ」
「堂々としておるわ」
どっしりと自席に座る様は負けた王には見えない。あの戦にて地に墜ちた巨星、されどその強さが消えたわけではない。その迫力は武に関わらぬ者でも息をのむほど別格であった。
「対してもう一つの星は不在か」
「メドラウト・オブ・ガルニアス。あの男はあの男で雰囲気はあるが、やはり巨星と比べると一段落ちる。それにしても今回は代理が多いな」
「急な招集だからなあ。あとは、いつもの王会議とは違い、今回は大きな決断を要求されそうでな。我が国も腹心を同行させておる」
エスタードは二代目エル・シドであるエルビラと若き俊英ゼノのみ。王はこちらに来てすらいない。アークランドはメドラウト一人。それも気が入っていないのか雰囲気が薄い。ネーデルクスは王の背後にアメリア、ディオン、シルヴィら大勢を引き連れどんな事態にも対応できる形。
各国とも今回が定例の王会議とは異なることを感じていた。
「まだ来ていないのは上座の一人、か」
「アルカディアが来ていない以上、あそこはあの王か、それともエアハルトか」
「……来るぜ」
狼がぎらりと目を光らせる。小さくつぶやいた声は皆の耳に入り込んできた。ヴォルフはその足運びだけで誰が来たのを理解していたのだ。
「なるほど。彼が来るか」
誰も見ていなかったが、メドラウトもまた隠し切れない武人としての雰囲気が出ていた。姉が挑戦しようと命を賭けても届かなかった頂点。この場にいないことなどあり得ない。その程度の男がアポロニア・オブ・アークランドを触れずして退けたなど考えたくもない。
聖堂の大扉が開いた。
光差す姿はまさに頂点のそれ。たなびく白の装束、透き通るような白亜の髪はきっちり整えられていた。涼やかで怜悧な瞳はすべてを見通し、胸元に光る赤き宝石は彼が歩んだ道を現しているようで――
「ウィリアム・リウィウス、一人か?」
堂々と入場し、迷うことなく最も高き座に座る。ともにこの会を開いたリディアーヌに目配せし、そしてすらりと立ち上がった。
「全員お揃いですな。まずは皆様におきましては急な招集にもかかわらずこの場にお集まりいただきありがとうございます。今日はこの会の進行を、不肖、このウィリアム・フォン・リウィウスが務めさせて頂きます。経験に富み、知恵者揃いの皆様を前にして若干の緊張を禁じ得ませんが、どうか温かく見守ってください。それでは臨時の王会議を、ここに開催致します」
エードゥアルトどころかエアハルトもいない。王家不在の開催国。その異様に皆は押し黙ることしかできない。
「単刀直入に、まずはこの会議の開催理由であり、皆様が一番気にされているであろう、我らが立つこの地、聖ローレンス王国があり、アークランドがその手に治め、放棄したこの領土の処遇について……話し合いを行いましょう。これが最初の議題であります」
いきなり来たかという顔をする王たち。この半年、誰もが気にしながら多くが黙って見届けてきた空位となった土地。この地を誰が管理するのか、必ずここで話し合うことになると彼らは踏んでいた。そしてそれは戦勝国側であるアルカディア、ガリアスに有利な話。もっと言えば大きな貸しを作ったガリアスが最も大きなアドバンテージを持っているだろう。
ここでガリアスに譲り、アルカディアも貸しを薄めたいと思っているはず。今のアルカディアではこの地を管理するほどの力はない。今ある領土でさえ手が伸ばし切れていないのだ。
「まずは皆様から意見を……おや、アクィタニアのガレリウス陛下」
誰よりも先んじて手を挙げたのはガリアスの犬、アクィタニアの王であるガレリウスであった。これで誰もがここでの筋書きを理解した。自分たちで言うことなくガリアス有利な発言を他国にさせる。それで流れを作ろうというのだ。見え透いた筋書き、下手で強引な手だが抗し得る手はないだろう。
「どうせガリアスが手にする領土、時間の無駄でしょう。私たちも茶番に付き合うほど暇ではない。この件、ガリアスが負うことに否と言える国がこの場のどこにいる? 結果の決まりきった話に意味はない」
皆が想像した発言よりもかなりとげのある言葉。どうやらガレリウスは筋書きの演者ではなかったらしい。むしろ筋書きを予想しさっさと終わらせるための発言。彼にしては攻撃的だが、確かに時間短縮となるだろう。
「さて、どうかな。我が国が所有権を主張する気など毛頭ないのだが」
そこでリディアーヌのこの発言。ガレリウスが眉をひそめた。
「ではアルカディアですかな、王の頭脳。すでに両国で話し合ったのだろう? ならばその結果を教えて頂きたい。内心がどうであれ、我らがそれに否と唱えることはない。その力が、我らにはないのだから」
リディアーヌは困った顔でウィリアムの方を見た。
「我が国も所有権を主張する気はありません。ですが、ガレリウス陛下のおっしゃる通り、私とリディアーヌ様、二人で話し合った案は、ございます」
アルカディアでもない。そのことに王たちは驚いていた。
「ちゃちゃっと言えよウィリアム。どうせテメエのことだ。まーたよくわからん話で気づけば自分優位な話に持ってくんだろ?」
「とげのある言い方だなヴォルフ王。私がいつそんな話をした?」
「さあな。だからさっさと言えよ。俺は内容で判断しねえ。テメエの顔を見て判断してやる。誤魔化しは、効かねえと思え」
「心しよう。だが、そうはならんよ。俺は、面白い話を持ってきたつもりだ」
ウィリアムのドヤ顔にヴォルフは嫌そうな表情になる。この顔は予想を完全に外した上で、嫌ってほど面白くしてやるという笑み。この顔をしたウィリアムとは戦いたくない。そんな考えをヴォルフは浮かべていた。
「進行が発言をするのはあまり好ましくありませんが、この件に関して私とリディアーヌ様で詰めた案を皆様にお聞き頂き、その上で話し合いを深めたいと思います。この地を誰が管理するのか、それは――」
ウィリアムは両手を大きく広げた。皆を見渡し、
「この場にいる皆さま、全員、というのは如何でしょうか?」
まるでかの革新王のような、面白いことに対して抑えきれぬ笑みを浮かべ、それを言い放った。皆はその真意をつかめずにぽかんとする。
エルビラでさえ怪訝な顔。それを見てリディアーヌもウィリアムと同種の笑みを浮かべた。さあ、面白くしてやる。そういう、顔つき。
波乱の王会議が今、始まる。
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