ファイナルウォー:エレオノーラの覚悟

 ウィリアムの登場にウルテリオルは、トゥラーンは騒然としていた。先の戦でガリアスの仇敵となった男を、ガリアスが誇る百将が囲むのだ。ざわつくなという方が難しい。噂の敵に一言言ってやろうと集まった衆愚も押し黙る雰囲気。彼が醸し出すそれはどことなく彼らが愛した先王に似ており、何も言えなくなってしまう。

 ゆえに、ざわつけども喧騒には至らぬ不思議な空間が形成されていた。

 ウルテリオルからトゥラーンへ。トゥラーンの入り口から一気に玉座まで招かれる。

 そこに待つは超大国ガリアスを継いだ男、ユリウス・ド・ガリアス。その姉にしてこの国の頭脳として機能するリディアーヌ・ド・ウルテリオル。さらに随伴していたリュテスやヤンはもちろんのこと、エウリュディケ、ボルトース、新王の左右であるロランも居並ぶ。ジャン・ポールやバンジャマンら有力な武人も集っていた。

「よくぞ参ったエレオノーラ。君が無事でよかったよ」

 ユリウス王の顔は非常に穏やかなものであった。

「ガリアスの威信にかけて君を守護することを誓おう。このトゥラーンを自分の家と思ってくれてよい。世界で最も安全な場所だ。ゆるりとくつろいでくれ」

 その眼は一切ウィリアムに注がれていない。ウィリアムもまたそれを理解しているのかエレオノーラのそばで沈黙を守っていた。

「お心遣い感謝いたしますユリウス陛下」

「気にするな。余と君の仲ではないか」

「……私がその仲を利用するためにこちらへ赴いたとしても、陛下は同じ言葉で迎えてくださいますでしょうか」

 エレオノーラの言葉にユリウスは困った顔をする。哀しそうな、空しそうな――その上で全て理解し、その先の答えも彼は持ち合わせていた。

「内容に、よるだろうね」

「単刀直入に申します。我が祖国、アルカディアを陛下のお力で救済して頂けないでしょうか。そのためであれば私は――」

「身を捧げることもいとわない、と?」

 ユリウスは少しだけ顔を歪めながら額に手を当てる。

「そのつもりで、こちらへ参りました」

 わかっていたが、いざ目の前に突き付けられると堪えるものである。自分の気持ちはとっくの昔に明確になっている。焦る気はなかった。ゆっくりと歩みを進めればいい。彼女の気持ちの向け先は知っている。其処が行き止まりであることも知っている。

 だから、いつか気持ちが結ぶとの淡い期待もあった。

「残念だよエレオノーラ。余は君を愛している。個人的には君に力を貸してあげたいとも思う。だが、余はガリアスの王なのだ。超大国ガリアスを統べる覇王、それが余だ。一個人の感情が王の責務に勝ることはない。衛兵、彼女を拘束せよ」

「ユリウス陛下!」

「君の祖国は滅ぶ。これは決まってしまったことなんだ。我らガリアスはその上で行動する。『正義』などと言う烏合の衆に好き勝手させぬためにも、ガリアスがアルカディアと『正義』、両方を喰らう。その間、君の身柄はトゥラーンで拘束させてもらうよ。許せとは言わん。だが、君の帰る場所は消える。それが答えである」

 武装した兵士がエレオノーラとウィリアムを囲む。玉座の前へ立つ際にウィリアムの武装は解除されていた。彼はその身に寸鉄すら帯びていないことを確認されている。

「それが陛下のお答えだと言われるのなら――」

 そう、ウィリアム『は』武器を持っていない。

「やめよエレオノーラ!」

「これが私の回答です!」

 スカートの中に仕込んでいた小ぶりのナイフ。それを己が首に添えるエレオノーラ。勢い余って刃が突き立ち血が出るも彼女の眼に揺らぎはなかった。

「祖国を守れぬ王族に生きる資格はない。私は今日、死ぬる覚悟で参りました」

 命を賭けた狂言。道理に合わぬ賭けであるが、感情を揺さぶるには効果的であった。事前に話していた通り、ユリウスはエレオノーラへの気持ちを断ち切れない。これだけの重鎮に囲まれながら、彼はアルカディアとエレオノーラ、二つを得ようとした。拘束し、保護する。本来ならば保護など必要ない。この場で殺してしまえばいい。

 それをしなかったのは迷いと欲。つまりは個人の感情である。

「余を困らせるな。ガリアスは覆らない。ガリアスがアルカディアを救う道理がないではないか。ここで余が道理を曲げれば、この先余の後ろについてくるものなど誰がいよう」

「なれば無念、御前を血で染めることお許しください」

 エレオノーラはひと際強くナイフを押し込む。血が、さらににじむ。

「待てと言っておる!」

 ユリウスは揺れていた。彼に与えられた玉座と王冠が彼の好きにはさせてくれぬが、エレオノーラを手放すという選択肢も彼の頭にはなかった。革新王の孫にあたる彼はその欲深き血をしっかりと継いでいたのだ。欲しい物は欲しい。

 ただ、彼には王の道に背いてでも欲しいと言える胆力がなかった。人望が、実績がなかった。この場で我を通せる力がなかった。

 だから困っているのだ。囲む衛兵に目配せし状況を打開せよと祈る程度に。

 にじり寄る衛兵。彼らも長き訓練を積みかなりの武力を持っていた。如何に巨星とはいえただの人、囲んだ上で無手なら負けぬと踏んだ。

「……動くな」

 その間違いはただの一言、ひと睨みでかき消された。視線が合っただけ、それだけで腰砕けになるほど体から力が抜けた。戦う気力は一瞬で消し飛び、どう逃げるかという算段しか考えられない。

「エレオノーラ様もお収めください。ユリウス陛下の愛は十分に伝わりました。これ以上は双方ともに譲れず停滞が続くのみ」

 エレオノーラの手をそっと優しく降ろさせ、そのままウィリアムが彼女の前に立った。その姿と所作に頬を赤らめるエレオノーラ。それを見てユリウスは顔をしかめる。

「ガリアスの仇敵が余に語る口を持つか」

「陛下は先ほど、アルカディアを救う道理がないとおっしゃられました。救うことでガリアスが得るものはない、と。しかし、本当にそうでしょうか」

 ウィリアムの笑みにこの場全員が嫌な予感を感じた。

「陛下、その男に語らせる意味はございません。必要であれば我らが排除致します」

 アダンの言葉に賛同するように何人かの百将が席を立った。百将上位、彼らは玉座に前においても帯剣を許されており、不埒者を排除する実行力も兼ね備えていた。

「今、アルカディアが滅びれば、また戦の時代に逆戻りすることになるぞ」

「ハッ、望むところだよ。僕らは戦士だ。戦を恐れることなどない」

「後継が時代を後退させるのでは、革新王も浮かばれぬな」

 革新王、その言葉にアダンは口をつぐんだ。他の者も雰囲気が変わる。ある者は憤怒、ある者は嘲笑、ある者は、興味を示す。その名一つで未だガリアスは空気が締まる。

「あと少しで革新王が望んだ世界が来る。私とガイウス様が語った未来絵図に戦争はない。闘争は次のステージへ移行するのです。剣の時代は終わり――」

「槍の時代ね!」「弓の時代かしら」

「こいつで戦争をする時代が来ます」

 ウィリアムは懐から一枚の金貨を取り出し放り投げた。きらきらと輝くそれを再び手に取り、皆に見えるよう掲げる。

「生産人口、労働人口を落とさずに戦う方法がこいつです。王の頭脳であるリディアーヌ様なら理解しているでしょう。今の戦争のルールでは早晩限界が来ることを。人的資源、物的資源、戦争は消費が激し過ぎる。戦争が時代を進めたこともあった。戦争で生まれる競争が技術の進歩に一役買ったことを否定する気はない。だが、今となっては非効率」

 ガリアスの属国、その王であるガレリウスは興味深そうにウィリアムを見ていた。ジャン・ポール、サロモンら年寄り連中も楽しい見世物を見るような眼でウィリアムを見ている。

「何故非効率なのか、何故アルカディアを滅ぼすことで時代が逆戻りするのか、私に話をする機会を頂けないでしょうか。エレオノーラ様の覚悟に免じてどうかお願い致します」

 エレオノーラの覚悟と革新王の名がアウェーでこの状況を産んだ。ユリウス王は自分の我を通すための道理を欲している。エレオノーラの蛮行を止め、彼女を手に入れるためにアルカディアを救う道筋を欲している。

 その一点を突き崩す。新たな視点を与え、道理を創出すればウィリアムの勝ち。創出できねばウィリアムの負け。敵は自分に敵意を抱くガリアスそのもの。

 彼は久しぶりに好戦的な笑みを浮かべる。それはとても楽しそうに見えた。


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