ファイナルウォー:次なる時代へ
「そいつに口を開かせるなッ! 口八丁で煙に巻かれるだけさ」
アダンの言葉に頷く者は大勢いた。特に年齢が高めの百将たちはほとんどその意見に賛同していた。ガリアスの仇敵である男の言、何を言われようと力を貸すいわれはない。ユリウス王の弱みに付け込むやり方も気に食わないし、付け込まれた王にも少々嫌気がさしていた。前任の王を知る者が今の王を見て満足征くわけがないのだ。
「かつてガイウス様がおっしゃられていました。最近の戦争はつまらない、と」
だからこそ、その名は効く。
「あの方のつまらない、面白い、その尺度を知りたくはありませんか? あの御方が戦争の何を楽しみ、その部分がどう失われていったのかを」
アダンは拳をぎゅっと握りしめた。自分の言が利用されたのだ。この場にいる人間の半数はウィリアムと直接面識がある。彼に教えを乞うた立場の者も少なくない。わずかの時間であったが彼は爪痕をしっかり残していた。彼らが話だけなら聞いてもいいじゃないか、そうなるのは当然の帰結であろう。
アダンの言葉はそれ以外の賛同を得るためのもの。その勢力で一番大きいのがユリウスを快く思わない前王の信者。年齢層が高めであれば軒並みここに当てはまる。そこをあおってユリウス王に決断させようとしたのが上手く利用された形。
彼らは『ガイウス』に弱い。そしてその彼に異様な依怙贔屓を受けていた男こそ眼前の仇敵なのだ。それに対する恨みはあるが、それ以上に彼しか知り得ない革新王の話に関しては、むしろ彼らのウィークポイントに成り得る。
「半世紀以上続く戦の時代。技術の発展は失われていった。武術、兵器、戦術、目新しいモノはとんと出てこなくなった。だからつまらない。あの方の面白いは単純に逆です。目新しい、革新が其処にあること。それに尽きる」
彼らの何人かは大きく頷いた。
「あの御方が私如きに目をかけてくれたのは、その部分で同じ意見を持っていたから。戦争はつまらない。ならば、戦争の時代を終わらせよう。そのためには何をすればいいのか……私とガイウス様は同じ答えを出しました。巨星を落とす、戦場の英雄から輝きを奪い、地に落とす。そこにロマンがあるから人は夢を見る。その夢を破壊すれば、人は正常な思考を取り戻すでしょう。何の発展もなく、ただ人命を消耗するだけの愚行、なんて非効率的な競争なのか、と。これならストラチェスの代表者で戦わせた方がマシだ、と」
「巨星の一人である貴殿がそれを言うか」
このような場では珍しくボルトースが口を開く。口を開いたことに隣でロランがたまげていたほどである。
「それが私という人間の矛盾です。夢を破壊するためにはそれなりの『力』が要る。その『力』を得るために、私は『黒金』を討った。結果、紆余曲折の末、私は『力』を得たが、戦場の英雄となってしまった。追い落とすべき存在に、自分がなってしまったという矛盾。それを解消するためには、私が手を下すことなく巨星を落とさねばならない」
「まるで自分が参戦してたら勝てたみたいな言い草だね」
「……私のやり方で、手段を問わねば」
ウィリアムは濁しながらも肯定した。
「……勝てるってか」
「どちらにせよ今の状況で巻き返すのは無理です。今となっては意味のない話。ガリアスの力を借りねば戦いにもならんでしょう。逆にガリアスの力を借りられるのであれば、逆の意味で戦いにならないでしょうが」
「まあ出す出さないは置いといて、白騎士殿はどんだけの人数をご所望なんだ?」
ロランの問い。ウィリアムは間髪入れずに――
「五十万」
質問したロランが絶句する。周囲は呆れを通り越して笑うものまでいた。
「それ何の冗談よ? いくら超大国ったって限度があるでしょーが」
リュテスは不快げな顔で発言した。
「冗談? 私は本気だよリュテス。奴隷を勘定に入れたなら十分現実的な数字だ。と言うよりもゲハイム、『正義』と名乗る彼らの総戦力は二十万ほど、そこにヴォルフやアポロニアがいる。他にも曲者揃いの軍。対抗するだけならもう少し人数を絞ってもいい。対抗するくらいなら最初から出さない方が良いがな」
リディアーヌは総戦力を把握している男の言葉に目を細める。何故彼がそれを把握しているのか、それが分からなかったから。
ウィリアムは視線の方向、リディアーヌの方へ眼を向けた。
「王の頭脳、アルカディアが滅びた先、想像したことはあるか?」
「無論、最近はそればかり考えているよ」
「そこに革新はあるか? 面白い未来絵図か?」
「…………」
リディアーヌは口をつぐむ。
「目先を見ればガリアスの最善は一挙両得、アルカディアが滅びた後に消耗した『正義』を討つこと。これは皆さんも認識として持たれているはず。だが、その状況で、例えば五十万の兵力を用意したとしても、巨星は落とせない。ゲハイムは瓦解しない。彼らには逃げ場があるからだ。逃げるだけなら五十万を抜く力もある。その後彼らは世界中に離散し、アルカディアを吸収して超巨大国家となったガリアスを討つ機会を狙うはず。ガリアスは元の国土と旧オストベルグ、アルカディアをケアせねばならない。攻める隙はある」
ウィリアムは視線をそらさない。
「戦の時代だ。ガリアス対世界、それでも渡り合える力はある。さすがは超大国だ。だが、『正義』に何もさせないほどの力はない。長くなるだろうな。それこそ、ガイウス様が三つの星に足を引っ張られ続けたように」
リディアーヌもそれらはわかっていた。目先の最善を取れば時代はまた戦に戻るだろう。奴隷解禁によって規模の増した戦場は、今までとは比較にならないほど国家に負担をかけるはずだ。生産人口はどんどん減っていくだろう。
「これを最後の戦とすべきです。ならば、出し惜しみすべきではなく、アルカディアとも協調すべきでしょう。アルカディアが立っているだけでも彼らは一つの逃げ場を失い、アルカディアを滅ぼすという目的も達成できない。一つの目的も達成できないことで彼らは逃げではなく勝利を求めてくる。そこを数で圧殺する。それで終わります。不毛な時代に終止符を。お考え下さい王の頭脳。何が、『最善』か」
リディアーヌは答えない。答えられない。彼女の考えはとうに其処まで至っていた。だが、至ってなおそれを選べなかったのは、今のユリウス政権が盤石でないため。あまり周囲へ刺激を与える方策を取りたくないのだ。
「新しい時代のビジョンをお聞かせ願いたい」
そこに割って入ったのは先代の頭脳、サロモンであった。
「金を用いて経済戦争を行う時代です。今も、世界はそうなっていますが、それをより意識し戦争という枷を除いたカタチ。より多くこいつを稼ぐためには、より大きな付加価値がいる。ただの小麦を作るだけでは足りない。味の良い小麦、丈夫な小麦、安価な小麦、ニーズを読み取り個々人が勝負する。その工夫が時に化け、革新となることもあるでしょう。競争が日常となり、常に新しいモノを模索する。その度に必要があふれ、必要が発展の母となる。新しいものが新しいモノを産む循環こそ新たな時代と呼ぶにふさわしい」
「金で失う命もあろう」
「無論、競争ですので敗者は死ぬこともあります。しかし、隣り合わせではない。戦場とは違う。もっと言えば命はそれほど重要ではない。死なない人間が増える以上、命の価値は下がっていく。安く、買い叩ける」
ウィリアムの言葉にエレオノーラは不安げな表情を浮かべる。
「人命のための時代ではないと」
「発展のための時代です。その先に私は光があると思っていますが……まあ、それを見るのは百年先か、千年先か、今話すべきことではないでしょう」
サロモンはじっとウィリアムを見てさらに口を開いた。
「ウィリアム・フォン・リウィウスは何故、その道を選ぶ? 陛下であればそちらの方が面白い、と同じ道を歩むであろう。おぬしはどうか? 面白さか、それとも別の何かか?」
サロモンの眼には真摯な光が宿っていた。単純に知りたいのだろう。ガイウスの選んだ男の真意を。ウィリアムは「ふむ」と顎に手をやり思考する。おそらくかの老人には言葉遊びは通じない。見たいのは誠意と真意。それさえあれば逆に――
「私はガイウス様ほど強くない。私は弱いのです。皆さまが思うより遥かに」
ならば見せよう。
「私は最初に殺した男の顔を覚えています。斬って、嵌めて、撃って、敵も味方も血まみれ。私の重ねた罪は途方もなく大きくなってしまった。もはや元いた場所などわからぬほどに、歪に積み上がった塔の上で考えます。どうやったら、彼らに許してもらえるだろうか、と」
我が王道。
「人に光などないと思っていた。この世界から優しさなど消えたのだと思っていた。すべてを奪われ、ならばすべてを奪い尽くしてやろう、そう思っていた。我が愚行の果て、気づいた時にはすでに、どうしようもないほど業に溢れていた」
突如、よくわからないことを言い始めたウィリアムを周囲は訝しげに見つめていた。ただ、何人かは興味深そうにそれを見つめる。彼らはわかっているのだ。
「どうしたら償えるか、そればかり考える。未だ、その答えはわからない。だから遮二無二、出来ることをしようと思っている。己は咎人、救いは要らない。ただ、許しが欲しい。奪ったモノ以上のモノを作ろう。時代を変えて、革新を経て、いつかを今にする。光待つ未来へ、少しでも歩を進める。だから、許しをくれ。無理とわかっていても、そう思う」
サロモンは目を伏せた。
「贖罪がウィリアム・フォン・リウィウスの道だと?」
「ええ、許し難い罪を背負った男が許されようと奔走する。喜劇でしょうかね」
「……悲劇であろう。革新の王の後継が、まさか業の王であろうとは。いや、それもまた人間らしく、それゆえにガイウスはおぬしを選んだ」
頭を下げる元王の頭脳。
「わしには何の権限もない。とはいえ腐っても元王の頭脳、多少は動かせる軍の一つや二つ持っておる。次の時代の担い手と見込み、全てを預けよう」
誰もが絶句していた。玉座に座る男も、隣に控える今の頭脳も、居並ぶ諸侯らも、サロモンの発言に誰も反応が出来ない。咎めるべき愚行。元王の頭脳とはいえ出過ぎた発言である。今の王を軽視し過ぎている。後継者は、ユリウスかリディアーヌであるべきなのに。
「よくわからん。だが、最後の言葉は胸に響いた。俺はこの男と最後の戦、戦ってみたい」
次の発言者はボルトースであった。これもまた皆が驚愕する発言。ボルトースはストラクレスらと同様に政に一切口を出さないことで有名であった。その男が口を開き、サロモン同様、仇敵に追従するというのだ。
「僕はのんびり出来なさそうだからやめとこう、かな。もっと気楽じゃ駄目なのかねぇ」
ヤンが否定したことにも皆驚いた。どことなく彼は賛同するだろう。ウィリアムですらそう思っていた節がある。ほんの少しだけ表情が変化していた。
「あたしはノーコメント。やるならやるし、やらないならやんない」
「わたくしも同じく」
「俺も同じ」
三人の王の左右は意見しなかった。だが、彼らはすでにわかっていたのだ。そもそもサロモンが頭を垂れた時点で趨勢は決している。誰よりもガイウスのそばで働き、誰よりもその王を知る者が彼の作る道を選んだのだ。
幾人か、政治屋の文官が慌てて右往左往し始めるか、趨勢は覆らない。
この国は未だ、革新王の国なのだ。ならば、面白い方が勝つ。
「……陛下と対極、ハッ、やっぱり気に食わないねアドン。そして許してほしい。弱い人間ってさ、嫌いになれないんだよね」
アダンまでが許容の空気を作る。
これで――
「静粛に。陛下が答えを述べられる。白騎士、ウィリアムの意見にのるかそるか――」
道理は整った。あとは欲望の赴くままに――
「余は、ガリアスはアルカディアと組もう。そして新しい時代を共に引っ張っていこう。両国は血縁に結ばれた強固な同盟の下、新時代を築き上げんがために!」
これで戦の勝敗は決した。
○
ウィリアムは静かに丘の上に佇んでいた。今日もまた膨大な業を積み重ねる。それをも背負い、彼は生きるのだ。許されぬと分かっていながら許しを得るまで、つまりは死ぬまでその道をひたすら邁進する。
『キラキラ、遠いね』
「ああ、遠いな」
今日で戦の時代が終わる。終わらせるために、進めるために、業の王はまた一つ業を重ねる。
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