ファイナルウォー:浪漫亡き戦場

 戦場に白騎士が現れる。三つ目の巨星が姿を現した。敵であるならば動転しないわけがない。しかも白騎士という星は二つの巨星と比べて若干異質な存在。ただの武人ではなく、さりとて将に納まる器でもない。

「……かっこよく登場したは良いけどよォ、ちーと遠くねえかァ?」

「サー・トリストラム、火矢を準備せよ。一気にアルカスを取るぞ!」

 二つの星は止まらない。むしろ加速する。敵に巨星が現れた。だからどうしたという話。自分たちもまた巨星で、二つの星が並んでいる以上負ける要素はない。

「全軍前だよ! 誰が後ろを向けなんて言った? さっさと進めよ。アルカスを滅ぼすんだよ!」

 エルンストの顔には大きな苛立ちがあった。言葉にも取り繕う余裕が消えている。あの時と同じ嫌な予感がする。すべてを失った祖国滅亡を思い出して歯噛みしていた。

「この状況は予想通りだったかよウィリアム!」

 ヴォルフの熱量が増大する。ギリギリのタイミングで間に合った好敵手。されどその姿はまだ遠く。戦場に手が届く前に勝負を決めることは不可能ではない。

「リュテスの逆サイド、『迅雷』だッ! あっちも速いぞ!」

 疾風迅雷揃い踏み。というにはこちらも距離が離れている。疾風は間に合えどその戦力でヴォルフを止めることかなわず、迅雷の到着を待てば事態はより悪化するだろう。

「リュテス様! エウリュディケ様は間に合いませんぞ」

「見りゃわかる! つーかあのくそ野郎、なーにがオルデンガルドを超えた辺りにいるだろう、だボケカス! もう本丸間近じゃない!」

「さすがの白騎士も巨星二人は読み違えましたな」

「読み外し過ぎ! ったく、何でこのリュテス様があのクソ外道男のケツ拭いてあげなきゃいけないのよ!? ちょっと戻ってリディに抗議してくるわ」

「それで間に合いますか?」

「間に合うわけないでしょこのスカタン! んじゃさっさと決めるわよ。この最速最強のリュテス様を潰れ役に使おうなんて……ほんと、むかつくやつ」

 リュテスらは高速で旋回する。ヴォルフらと並ぶほどに追いつきつつあった位置を捨て、その中腹に突っ込んでいった。狼と女王の横っ腹に『疾風』の槍が突き立つ。

「分断する気か? 冗談だろおい……何でガリアスがそこまでする!?」

 突撃し横切るだけであれば、それなりに効果のある攻めとなっただろう。しかし、腹の中で足を止めたなら、それは双方ともに大きな痛手を産む。片方は敵のど真ん中で孤立無援の戦いを強いられ、片方は軍が完全に分断する前に足を止めざるを得ない。

 まさに諸刃の刃。何故それを第三者であるガリアスがするのか。

「団長! あいつら本当に足を止めやがった! しかもつえーぞ。味方が全然ついてきてねえ! このままじゃ孤立しちまう!」

「……今度はどんな手品を使いやがった、白騎士ィ」

 ヴォルフはもう少しで、眼前に迫ったアルカスを見て歯を食いしばった。ここで足を止めるのは勝負を捨てたことになってしまう。ガリアスの規模にもよるが、あの男が連れてきた以上、確実にこちらを倒せる算段がついているはず。

 そう、アルカスを落として、白騎士率いるガリアスとアルカディアの混成軍をぶち抜いて国に帰る自信はあった。自分の突破力、最強の自負が無意識にその算段を立てていた。そうなれば勝ちであり、逃げ切って体勢を立て直し、今度はガリアスと勝負する。そう出来たのだ。落とせてさえいれば。落とせなければただ負けだけが残る。

「回頭する。全軍停止せよ」

 アポロニアは全てを承知で軍を止めた。ヴォルフは口を挟まない。挟めない。やるべきことは彼女が言ったまま。振り返り、ガリアスと戦う。ないし逃げる。もはや選択肢はそれだけなのだ。

「あの群れを潰せば勝ちの目はある。秒で殺すぞ、黒狼」

「……だな、道を開けろ雑兵ども! 俺様達が通るぞ!」

 アポロニアの考えを瞬時にくみ取りヴォルフは一気に振り返った。勝つために退く。さっさと『疾風』を潰して状況を元に戻す。エウリュディケも迫ってきているが、彼女たちの軍に『疾風』のような突破力はない。敵の真ん中で堪える強さは持ち合わせていないだろう。『疾風迅雷』と並び立つ軍であってもそれらは役割が違うのだ。

「お、ヴォルフとアポロニアが足を止めたね。頃合いを見計らって合図を出すよ」

 遠間にて様子を窺う影。その背後には今にも飛び出しそうな鼻息の荒い武人たちが並んでいた。その中心に立つ男は大槍を携え誰よりも力を蓄えこんでいた。

「まだ終わりじゃねえぞ!」

「我が宿願、邪魔してくれるなガリアス!」

 猛然と逆戻りする二つの星。

「もう持ちませんリュテス様!」

「根性!」

「ひでー上官だぜ畜生!」

 リュテスたちも足を止めたことで大きな痛手を被っていた。巨星到着を待たずして満身創痍。あの二人が来れば一瞬で片が付くだろう。

 銅鑼が一度、二度、三度とアルカスにまで響くような大きな音が鳴る。

「合図! 全員――」

 リュテスの叫び。ガリアス勢に歓声が上がる。

 ヴォルフたちがリュテスのいた場所に到達すると、

「……あの銅鑼、撤退の合図かよ!」

 タッチの差で『疾風』は『正義』の軍勢を抜け出し、入れ替わりでエウリュディケらが伸び切った『正義』の横っ腹に向かって弓を引き絞った。

「ご安心をアポロニア様、フェイルノートでもない限りエウリュディケでさえもこの距離は届きません。精々、左翼の端が削られる程度でしょう。大した痛手には――」

 放たれた矢。その軌道を見てトリストラムは絶句する。

 咄嗟にアポロニアをかばうトリストラム。脳裏に浮かぶのは己が主との約定。三人の騎士で唯一、ただ王のみに尽くした真の忠義者は、それゆえに娘を託された。強く育て、いずれ共に戦う道を。そのためにガルニア最後の障害として戦い、そのために――

 正義のど真ん中に降り注ぐ矢、それは雷の如く天から舞い降りる。まさか届くとは思っていなかった彼らは対処し切れず多くの犠牲を出す。

「何を、しておる。離せたわけがっ!」

「ご無礼を。少々小雨が降っております。今しばらく、我慢、くだされ」

 トリストラムとその愛馬がアポロニアとその馬アポロを守り切る。その代償は、数多の矢、零れ落ちる血潮は容易にその死を予感させた。

「敵方は噂の新弓を用意していたみたいです。不覚でした。お許しを、陛……下」

 トリストラムが崩れ落ちる。とうとう弓騎士までアポロニアは失ってしまったのだ。見渡せば多くの騎士が矢の餌食となっており、死屍累々という有様。

 矢の雨が消えたのはこの場にいないヴォルフがエウリュディケを咎めに赴いたからであろう。ヴォルフらは若干アポロニアよりも正義側から見て右に位置していたのが幸いであった。エウリュディケを危険と見てすぐさま動いてくれたおかげでこの犠牲で済んだ。

 ウィリアムの作った弓を、弓を得手とする『迅雷』に与えるとこれほどの効果を生む。その実証実験を受けさせられた形。射程が違い過ぎて抵抗すら出来なかった。あの弓騎士擁する弓騎兵でもこうなのだ。

「違う。こうじゃない。私の望む戦場は、こうじゃないのだ!」

 アポロニアは遠く、現れた好敵手を見る。最後くらい己が全てをぶつけたい。その結果負けても構わない。そういう覚悟で来たのだ。もし、これから先、アポロニアの望まぬ時代が来るとして、ここで鮮烈に散るのもまた良し、であった。それなのに――

 たぶんあの男は勝負すらしてくれない。


     ○


 アルカスからはその光景がよく見えた。白騎士の旗、たなびく白の背後から続々と現れる色とりどりの旗。そして現れる人の姿を見て、味方と思っていたアルカスの民ですら絶句するような光景が広がり始めた。

 最初は多くの味方の登場で沸いていたアルカスの民。次第にその顔は曇り、最後には真っ青になってしまう。それほどに異次元の光景がそこにはあったのだ。

 ガリアスがアルカディアと戦った時に出した戦力はおよそ十五万。凄まじい数であったが、目の前に溢れる人の群れはそれを優に超えていた。倍、否、三倍、見えている範囲でそれほどの人数がいる。目眩がするほどに、丘一つでは足りず地平が人で埋まっていく。

「この時代、最後の戦に相応しいだろう、リディ」

「前代未聞の大軍を率いて参上、か。君はアルカディアの英雄として永遠に語り継がれるだろうね。きっと吟遊詩人は向こう半世紀、これをネタとして活用するだろう」

「……棘のある言い方だな」

「エレオノーラを売って手に入れた奇跡だからね」

「わかっているよ。我らが陽光の姫と嫌われ役を買ってくれたヴァルデマール卿。二人の覚悟のおかげでアルカディアは救われる。ありがたい話だ。これで我らは一つの家族となった。血を分けた家族、向こう十年は安泰だろうよ」

「……白々しいね。それにまだ戦は終わっていないよ」

「あっはっはっは。リディ、本気でそう思っているのか?」

 ウィリアムは心底おかしそうに笑っていた。上質の冗談を聞いたかの如し笑み。

「アルカディアとガリアスが組んだ時点でこの戦は終わっているんだ。たった一度で戦争の時代を終わらせる。その条件で超大国の生産活動に支障をきたす人数を集められた。この時点で勝利は揺るがない。むしろ俺はこの先、どう世界を動かしていくかの話をしたいね。答えの分かり切っている話に興味はないよ」

「アポロニアとヴォルフ、巨星が二人もいるのだけど」

「ああ、いたなそんな二人も。まあ、たかが個人だ。圧倒的数の前では超個体であっても意味がない。この戦はそれを知らしめるためのものだよ。彼らには堕ちてもらう。それも決定事項だ。さて、答えの決まった『過去』はどうでもいい。お茶でもしながらゆるりと話そう。これからの時代を、ね」

 ウィリアムの眼に戦場は映っていなかった。彼は本気で思っているのだ。この戦場にもはや思考を割く価値すらない、と。己が剣を振るう状況もあり得ない。お茶をしている間に答えが出るというのだ。勝利という答えが。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る