ファイナルウォー:二つの巨星

 じわり、じわりと進撃を続ける『正義』。決して止まらぬその侵攻に王都アルカスは凄まじい騒ぎになっていた。戦の時代、何度となく肉薄されたが弾き返してきた。その英雄はすでにいない。ヤンは裏切り、アンゼルムは日常生活をこなせるまで回復したが戦線に復帰は難しい。何よりも、蒼き英雄カール・フォン・テイラーの死、これが大きかった。

 それでも彼らがアルカディアを信じていたのは復活の英雄がいたから。白騎士という巨大な星が瞬いていたから、アルカディアの民は祖国が勝つことを疑わなかった。だが、またもその英雄を王家は切り離し、結果としてそれが今の状態を産んでいた。彼がいたところで戦場がひっくり返ったとは限らないが、彼の成してきた奇跡と勝利が『信頼』となっていた。日増しに高まる王家への不信感。

 日増しに高まる、英雄の到来を待ち望む声。

 民は待っていた。もう一度奇跡が与えられることを。

「……白騎士でも何でもいい。アルカディアが存続出来るなら」

 王家、エアハルトでさえそう願う。すでに王家に打てる手はなかった。広がり過ぎた領土、慢性的に足りない戦力。すべて注いで、各地からかき集めて、この状況なのだ。もう手は尽きた。ネーデルクスに大きな動きはない。死に体のアルカディアに手を貸すほどかの国は愚かではないだろう。それこそ、勝てると信じるに足る要素がなければ――

「妾を利用するとはいえ、ここでの奇跡は必要か。ハラハラさせてくれるのお」

 クラウディアは飄々と静観に徹していた。筋書き通りとはいえ、演者が思ったように踊るとは限らない。現実は演劇ではなく、どこまでいっても即興劇なのだ。鬼が出るか蛇が出るか、奇跡か絶望か、このハラハラ感は筋書きを知るクラウディアにとっても堪らぬ緊張感を産んでいた。其処が良いのだと彼女は思う。

 薄氷、成るか。


     ○


 快調に攻め続けていた『正義』。それは突然の出来事であった。

「ガリアスです! すでにラコニア周辺は陥落、ラコニアを守るリクハルド様やユーフェミア様の生死も不明」

「……ハァ?」

 エルンストの顔から笑みが消えた。先ほどまで柔和な笑みを浮かべ、勝利を重ねる皆へ手作りのお菓子を配っていた男とは思えぬ豹変っぷり。

「数は、どのくらいの規模ですか?」

 エル・シドの問い。報告に来た兵は首をふるふると横に振った。

「不明です。ただ、凄まじい数でした。地平が黒々とした人の群れで埋め尽くされて、ちょっとした防壁なんて何の意味もない。弓で応戦しても、効いているのか、何もわからない。何も、わからないんです」

 要領を得ない返答であったが、その解答だけでガリアスの本気度が窺えた。

「白騎士は、いるのか、いねーのか……って愚問だなァ」

 ヴォルフはふつふつと煮えたぎる闘志を隠しきれなかった。ようやく待ち望んでいた相手がやってくる。最悪の想定はとっくにシミュレート済み。あの男ならどんな手を使ってでも最悪を連れてくる。その確信ゆえにヴォルフは驚かなかった。

 それはアポロニアも同様。一切表情を変えていないが、内に秘める炎がこぼれているのを配下である騎士たちは見逃さない。最後の一戦、おそらく女王は復活する。あの頃の輝きを取り戻して乾坤一擲の勝負に出る。それが彼らにはたまらなく幸福なのだ。

「ガリアスが味方に付くのはあり得ない、そう言ってたよね?」

 表情のないエルンスト。その眼は深い暗闇に包まれている。

「ありえません」

「でも、ありえないことが起きている。現実に、ね」

「まだ白騎士の存在は確認できていません。そもそも、懸念すべき点としてガリアスが来るのは予想していました。彼らの狙いは我々とアルカディア、二つという可能性もある。ならば退けばいい、退いて様子を窺いましょう」

 エル・シドの言葉は一貫性があり、何の穴もない。だが、エルンストは祖国の滅亡からここまで闇の中を生き抜いてきた。その感性が言うのだ。

 この女は、嘘をついている、と。

「皆はどうだい? 退くべきだと、思う?」

 主にヴォルフとアポロニアに向けての発言。

「退くかボケ」「退いて何とする」

 彼らは白騎士が来ていることを信じていた。その大軍を率いている男が白騎士、ウィリアム・リウィウスであることに確信を抱いていたのだ。そしてエルンストはそちらの感性を取った。どうにもきな臭い策謀の女とはひとまず距離を置く。

「僕も、退くべきでないと思う。もちろん、両陛下が考えている通りに振り返ってガリアスを迎え撃つ気もない。アルカスを落とそう。彼らが到達するよりも早く」

 それが出来ないから退いて様子を見ることを提案しているのだとエル・シドは言おうとした。だが、それを遮ったのは二人の巨星。

「「それでいい」」

 エル・シドは目を見張った。そばに控えるゼノもあっさりとエルンストに乗った二人の王のありえない発言に唖然とする。ラコニアには守りを置いているが、そこを抜かれてからまともな防壁はない。普通に攻めていてはいずれ背後を突かれるだろうことは明白。

 そんな愚策に対して戦巧者である二人が乗る。その意味が分からない。

「あいつらの戦力はわかった。ガチりゃあギリ行けんだろ」

「黒狼王と私が中央で指揮を執る。あとは力押しで良い」

「そんなバカな話があるか。エスタードは乗れんぞ、そのような荒唐無稽な話に」

「濃い顔のくせに心配性なのか? 老けるぞ。まあ、明日試して無理そうなら退いてくれよ。エスタードがそう判断するなら俺らも乗るしかねえ」

「我々の顔を立てると思って一つ、試させてくれ」

 二人の王が頭を下げる。其処までされてはゼノ如きが口を挟める領域ではない。ゼノはちらりと己が主である二代目エル・シドの方を見た。

「良いでしょう。蓄えていた熱、ここで一度解放してみましょうか」

「そうこなくっちゃ! 愛してるぜビラビラちゃん」

「……傭兵団の皆さま、今の発言、郷里に残る御夫人二人にしっかり伝えてくださいね」

「「心得た」」

 アナトールとユリシーズの裏切りに真っ青になるヴォルフ。二人の部下に縋りついて許しを乞う男が巨星とはとても思えなかった。だが――


     ○


 単純な個としての戦力は十分理解したつもりであった。少なくともカイルは彼ら二人を相手取り劣っているとは思っていなかった。特にアポロニアに対しては負ける気がしなかったと言ってもいい。今も、個人戦であれば負ける気はしない。

「俺たちが最強だァ!」

「我が騎士たちよ、地平を紅蓮で焼き尽くせ!」

 だが、集団を率いる群れの王としては比較にもならなかった。昨日までの彼らは力を温存していた。少なくとも群れの王としての顔はほとんど見せていない。あの日、ヴォルフとカイルの一騎打ちを止めるための攻め以降、アポロニアも温存していた。

 牙を、炎を、アルカディアは知る。

 カイルは彼らが巨星と呼ばれている本当の意味を知った。

 彼らが先頭に立つとその背に引っ張られて有象無象まで力を得てしまう。何倍にも膨張する群れを率いることで巨星自体もさらに肥大化する。極大の雰囲気、カイルすら呑み込まれたそれを他の者が呑まれぬはずもなし。

 黒き狼と紅蓮の炎、二つの雰囲気が混ざりあい一つの超大な星を化した。

 その日、中央軍は完全に瓦解。勢いを削ごうとしたグレゴールとシュルヴィアは重傷、劣勢を理解するからこそ優秀な人材を多く失った。『正義』側も無理攻めで相当数の人的損失を受けたが――

「はい、オルデンガルド、とったどー!」

「よっしゃー! さっすが大将! いよ、地上最強の生物!」

 勢いそのままに今まで誰も届かなかったオルデンガルドがあっさり落ちた。瓦解した中央軍が立て直す前に猛然と突き進み、まだ来ないと踏んでいた守備隊の不意を突いてこれを粉砕。やはり人的損失は出たが。それ以上の戦果を叩きだしていた。

「ふはは、これが、巨星かァ。やはり、一生届く気がせんなァ」

「二つの星が重なるとこれほどの強さですか。もしかすると、まだ新時代には早いのかもしれません。巨星二人、君臨する限り戦の時代は終わらない」

 エル・シドの想定をはるかに上回る力、これが巨星と凱歌が響き渡る。新時代を迎えるにはこの二人を倒さねばならない。白騎士の到来、それ以上の速さで彼らは新時代の発信地を蹂躙し尽くす可能性を秘めていた。

 間に合わない可能性をエル・シドは考慮に入れる。かの『策烈』の考えを改めさせるほど、二つの星の輝きは他を隔絶していた。

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