ファイナルウォー:激戦極まる
新たな戦力の参入によって一時は膠着状態になった戦場も、対応が定まれば地力の差が出てくる。
「よぉ、おっきいの。もいっちょ勝負すっか」
「……ヴォルフ・ガンク・ストライダー」
登場から一気に名を上げた剣闘王カイルであったが、黒狼王ヴォルフがべったりとマークするようになってから活躍に陰りが生まれ始めた。そもそもヴォルフがつきっきりで生き延びている時点で怪物なのだが、大駒を多数所有する『正義』側とアルカディアでは拮抗している時点であまり良い状態ではなかった。
「シルヴィ様! 重装甲部隊が大盾で道を」
「構いません。突っ込みましょう」
「待ってシルヴィ、迂闊に突っ込んじゃいけない!」
「あいつやっぱあほだぞディオン!」
「そんなこと知ってるよ!」
重装の大盾部隊。それらをふんだんに用いた簡易なる迷宮。指揮するは――
「おおう、猪が引っ掛かったなァ。だぁが、本命はそこではない」
「あんちゃん、ここだね」
「そうだマイブラザー。まさにナウ、この瞬間こそ、攻め時!」
大盾を踏み台にしてゼノ・シド・カンペアドールが跳躍した。最後の一足は弟であるキケが怪力をプラスして兄を天へといざなう。狙うは一点、ジラントでなくとも巧みな連携は彼らエスタードにとっても脅威。猪を迷宮に誘い込めばそれが揺らぐ。そこに突っ込むべきかと惑う方も動きが鈍る。其処が狙い目、
「久方ぶりだなァ! ヤング・ボーイ!」
「ゼノォ! テメエ!」
クロードの槍を盾で受け、流し、断つ。まずは足である馬を。
「く、狙いはクロードだったのか」
「おまえもだよ糸目ェ!」
ディオンの背後から伸びる槍。ギリギリで回避したがその一撃の鋭さは並の槍使いではなかった。それこそ槍術院を出た一流の槍使い。槍のネーデルクスの誇りである彼らと遜色ない技量。
「あは、かわしたァ」
「僕は糸目ではない! 塩顔なんだ!」
「……塩顔」
「そう、塩顔」
一瞬、戦場の時が止まる。迫真の表情で叫ぶディオン。その顔に冗談の色は無い。幼きゼナでさえ触れてはならない部分なんだなぁと何となく理解する。
「もっかいいくよー!」
そのまま何事も無かったかのように戦闘続行。少女の槍が唸る。足りない力は柔軟な身体のひねりで補う。身体の使い方が異様に上手いのでその一撃は結果として大人顔負けの威力を帯びていた。
「良いセンスだ。だからこそ、ここで潰しておくべきだね」
ディオンもまた何事も無かったかのように振舞う。見た目は少女だが一流の槍使い。だが、ディオンは槍術院でも最終的にはナンバー二となった男である。超一流の槍使い、その自負がある。凡百の一流程度、倒すのはわけない。
「名も聞かぬうちに仕留めさせてもらうよ」
ディオンの眼が薄く見開かれた。そして繰り出される槍術は蛇蝎の如し。
「うひゃあ、ちょーつよい。おっちゃんズかわって」
「「御意」」
蛇蝎の槍は亀の模様をした風変わりな盾に止められた。その陰から飛び出してくる大型のランスがディオンの腹を裂いた。
「ぐふっ、まさか、貴方方が御守りとはね……エルビラの副将、亀烈と瞬烈!」
「この御方にはテオ様の血が流れている」
「槍のネーデルクスですら恐れた才は不滅。それを守護することは我らが喜び」
「「ここで死ね、蛇蝎の因子を継ぐ者よ」」
エスタードの猛者、自分とは経験値の違う相手にディオンは冷汗を流した。
「ゼノォ!」
「ふっはっは! お互いヤングだからこそ負けられぬなァ!」
クロードはゼノと一進一退の攻防を繰り広げていた。一撃一撃が重いクロードの槍をゼノの盾が正確に受け、そらし、間合いに立ち入ったら斬る。十代とは思えぬほどの精度、ネーデルクスにて磨かれたクロードの槍、その強みを確実に消していく。
「マルサス殿は無事かな?」
「ハッ、おかげさまでピンピンしてらァ! そっちこそサンス・ロスのクソ野郎はどうした? ぶっ殺したくて槍がウズウズしてるぜ!」
「こちらにも色々あってなァ。まあ、戦争での斬った張った、誰が死のうと時の運。互いに戦士なれば、やはり、殺し合うしかあるまいよ!」
鉄壁と呼ぶには変幻自在。ゼノという壁を崩さねば勝ち目はない。
「そこまで割り切れるほど、人間出来ちゃいねーんだ!」
クロードが飛翔する。天を支配する槍、その真骨頂。
「ああ、俺もだ!」
盾で芯をずらしつつ、横方向から下向きへの攻撃で地へと引き摺り下ろすゼノの技。顔に似合わずあまりにも流麗な剣は、濃い顔面すら美しく見せる。
「ぐっ」
「馬鹿正直に付き合う気はない。前回は後れを取ったが、ナイスガイな俺は予習復習を欠かさんのでな。加えて、エスタードにはネーデルクス以上に、それの対策が文献として残されているのだ。殺す方よりも殺される方が必死、道理よなァ」
「何がナイスガイだ三十路顔が! 龍が地で何も出来ねえと思うなよ!」
「それも知っている。それが歴史だ。ネーデルクスとエスタードの、三貴士とカンペアドールの、連なりが今。もはや因縁の始まりなどわからない。お前がマルサス殿の喪失を恨むように、俺もまた我が父ラロの死を恨んでいる。だが、父はネーデルクス黄金時代最後の三貴士『双黒』を若くして討った。その『双黒』に夥しい数のエスタードが、カンペアドールの血統が討たれたのも事実。逆もしかり」
「……ちっ」
「割り切れんのは俺も同じ。互いにそうだ。だから、分かりやすく次の勝者を決めよう、我が戦友クロードよ。戦士らしく、な」
完璧と謳われた至高のカンペアドール。全盛期の天運でエルマス・デ・グランを無力化し、ラインベルカと言うジョーカーで何とか討ち果たせたが、ルドルフでさえ「もう二度とやりたくない」と言わしめたラロと言う男。その血統を色濃く受け継ぐ男が盾と剣を構える。父と同じ、鉄壁の剣。
「ああ、その通りだ。俺も槍で語るぜ!」
龍を継ぐ男もまた連なりの中に生きる者。
愚直に空を舞う。容易く引き摺り下ろせると思うなかれ。空の覇者の槍、その自在さと重力、自重を乗せた威力が完璧と衝突する。
白き虎が迷い込みしは盾の迷宮、その先に待ち構えるは――
「美しさが迸る我が名を知りたいか小娘」
「いえ、まるで興味がありません」
「美烈、クレビレノだ!」
華麗なる武人、『美烈』クレビレノ・アラニス。ディノ亡き今、エスタードでも有数の経験値を持つ武人であり、その武の巧みさは時に格上すら喰らう。
さらに――
「なッ!?」
シルヴィは紙一重でその剣を回避した。盾の隙間から伸びる剣、そう、壁に見えても彼らは人なのである。隙あらば剣を振るうこともあるだろう。見え透いた敵の罠、クラビレノと周囲が敵となる。
「かなりの窮地、悪くないですね」
そこで燃えるのがネーデルクスが誇る槍術院をトップの成績で卒業した武人、シルヴィ・ラ・グディエ。頭は良くないが腕は立つ。三人で地獄を駆け抜け、窮地にこそ力を発揮するやり方を身に着けた。それはヴォルフたち上位の武人が行うリミッターの解放。
「行きますッ!」
シルヴィはクラビレノに向かい飛び出した。盾の隙間から降りかかる刃を体をひねってかわし、軽く跳躍し、首を捻り、時には槍で撃ち落としながら勢いを落とさず攻めてくる。クラビレノはその器用さに感嘆する。
二人の間で飛び交う火花。槍の間合いを潰す鎖鎌。されど人に囲まれてはその威力を十全に発揮することが出来ない。ある意味で力を出し切れないのはクラビレノも同じであった。盾の彼らの助力があってようやく互角。それでもこの布陣を取ったのは――
「あんちゃんの言いつけ通り」
鋼鉄の棍棒が地面を抉った。小さなクレーターが生まれるほどの威力にかわしたシルヴィの貌も歪んだ。キケの一撃は決して早くない。だが、威力は彼女の振るう槍のどの技よりも強かった。
「ここで死ぬが良い」
キケをかわせども後ろはクラビレノ。横は盾を持つエスタード兵。
「大、ピンチ!」
四方八方敵だらけ、さしものシルヴィも笑みが消える。
○
ゲハイムも本格始動する。
「くそ、レスターが来たぞォ!」
最強戦力であるレスターを中央で暴れさせ注目が集まる中、乱戦で敵将の首を丁寧に刈り取っていくのが千人斬のカロリーヌ。この二人にアルカディアはどれだけの犠牲を出しているかわからない。手を付けようにも他に優先度の高い敵が多く、彼らを止める余裕はなかった。何とか若手が抵抗しようとするも、それが結果として屍を増やす結果となる。
さらにゲハイムの陣容はそれだけではない。
「貴殿はテイラーズチルドレンか?」
敵兵を前にして誰も剣を抜かぬ怪しげな集団。皆、一様に赤い髪というのも不気味である。先程からかなり活躍していた若き俊英に声をかけるのは、燃えるような赤毛を短く刈り込んだ初老の男。強い憎しみの色が底に宿っていた。
「だったら何だと言うのだ!?」
『あの男と繋がる全てが罪だと言っている。斬捨て御免ッ!』
彼らの踏み込みは尋常ではなかった。そしてそこから発する斬撃は常軌を超えたモノとなる。すり抜けざま、アルカディア兵たちは斬られたことにすら気づかなかった。俊英もまた踏み込みの速さに驚けど、自身が断ち切られたなど理解することなく絶命する。
『さっさと行くぞ。すべての罪の原点を斬るために。その先に祖国の復活がある』
『ルシタニアをこの手に取り戻そう、ブラッド・レイ・フィーリィン』
『ああ。ルシタニアの戦士、その誇りを見せてやる』
超速の居合い、中心の三人ほどではないが一団にいる全てがそれを体得していた。彼らは今は亡き集合国家、ルシタニアの戦士たち。かの国の剣術は独特かつ初見相手にはめっぽう強いモノであった。
かつてウィリアムですら攻略に難儀した剣技がアルカディアに襲い掛かる。
他にも癖のある実力者がエルンスト指揮の下、大いに暴れ回る戦場。少しずつ本領を見せ始めた正義側を前にアルカディアはさらに後退する羽目となった。
○
『気になるかな、あの一団が』
『……愚かなことだ。憎しみに目がくらみ、エルンストに利用されるとは』
『己であれば利用されぬと?』
『俺は誰が一番愚かであったかを知っている。我が友は、未だ其処から眼をそらしているのだ。息子の、娘の声を聞かなかった、親の風上にも置けぬモノ。自らの行いに目をそらして、何故他者を糾弾できようか』
「……わかる言葉で話してよお」
「本末転倒、だ」
「なるほどね! ……えっと、何の話?」
「憎しみに目がくらみ、憎むべき相手に仕える哀れな者共の話である」
「あー、あの赤髪集団かぁ。見てても面白くないよね、見えないし」
「アルカディア側、二隊がエスタード軍に向かっていきます」
「おお、若いっていいね。結果はどうなるかなあ? さー見学見学、折角のお祭りなんだから、楽しまなきゃ損ってやつさ」
「最後の、戦ですからね」
「そのとーり。この僕が見ててあげるから、みんな頑張ってねえ」
物陰から見下ろす一団に動く気配はない。彼らは外側の人間、すでに闘争の輪から外れた者たちである。彼らは結末を見に来た。世界がどう動くのか、それを見るために。
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