ファイナルウォー:格差

 ギルベルトとの死闘、さすがに強いとユリシーズは素直に称賛していた。一騎打ち専用機であったのは昔の話。カールと共に戦場を駆け巡り、その喪失を経て戦士としても完成した。最高の剣士と最高の戦士は両立する。それを体現する男こそ二代目剣聖ギルベルト・フォン・オスヴァルトである。

「まだ俺を挑戦者でいさせてくれるか、ありがたいッ!」

「その挑戦の果ては……死だ」

 その最中、突如戦場を圧した闘志の奔流を感じた。二人ともそれで手を誤ることはないが、それでも驚かされたのは事実。一人は単純な驚愕、もう一人は知るがゆえの驚き。

(出てきたか少年、また腕を上げたみたいじゃないか)

 戦場で幾度もまみえた。その度に倒し続けてきた。だが、彼は死ななかった。最後の一線で彼は生き残り、また挑戦してくる。その度に強く、打たれれば打たれるほどに強靭に、自分の場所まで一気に近づいてきた。

 まだまだ遠いが、もう二人の挑戦者も一緒なら己も警戒する必要がある。アナトールとジャクリーヌが組んだ時に見せた圧倒的シナジー。それと同種の力を彼らは持つのだから。

「この圧の正体を知るか?」

「貴殿らの味方だ。おそらく、な」

 ユリシーズは誰よりも自分に負け、それでも立ち上がってきた少年の顔を思い出す。今の自分に足りないのはあの泥臭さ。久方ぶりの格上、これを喜ばなくてどうする。挑戦の機会がやってきた。これを機会と心得よ。

 獅子は躍動する。


     ○


「アナトール副団長……育てただろ?」

 ヴォルフがにやにやとアナトールを方を見つめる。

「……筋が良かったからな。昨日の敵は今日の友、昨日の友は今日の敵、それが傭兵だろう。俺たちは傭兵だ。だから俺は悪くない」

「だっはっはっは、確かにな。いや、マジで悪くねえよ。三つ揃えば俺ともそれなりにやれんじゃねえの? いや、本気出したらすぐ殺しちまうけどよ。いい感じだ。良い仕事だぜアナトール。もう少し育ったら俺が遊んでやろう。がっはっは!」

 ヴォルフは中央をしっかり固めるグレゴールとシュルヴィアの用兵術を見て目を細めた。

「今日中は無理だな。右も左も、いきなり現れた連中に勢いを削がれちまったし、中央は無理押しするほどでもねーだろ。んま、アポロニアちゃんはどうする気か知らねーけど」

「一抜け、か?」

「今日は、な」

 ヴォルフは今を攻め時ではないと判断した。一歩引いた位置で戦場を睥睨する。


     ○


「エルビラちゃん……あれ、ネーデルクスだよね?」

 問いかけるエルンストの眼に光は無い。微笑んでいる奥で、明らかにエルビラに対する疑念を強めていた。されど、エルビラ、二代目エル・シドはその視線などどこ吹く風、受け流しながら突如現れた一団を見る。

「さて、そう見せているだけか、はたまた本当のネーデルクス軍か、此処から見る限りではわかりかねますが」

「陳腐な物言いだ。人質を取っているから大丈夫と言ったよね?」

「傀儡の王は人質として機能しなかったのかもしれません。どちらにせよあの程度の規模、大局に差し支えることは無いでしょう」

「それはそうだけど、だからこそエスタードが舐められてるってことにならない? 国家の指導者として其処は許容しても良いの?」

「彼らがネーデルクスだと判明し、それが国家の意思と言うのであれば、しかるべき対応は取らせて頂きます。『戦後』、になりますが」

 睨み合う両者。

(やはり何かを隠しているな、この女狐)

(……ネーデルクスにはバカしかいないのですか? 何をするにしてももう少し上手くやって欲しいモノです。王はそれなりに切れるというのに)

 内心を表に出すことなく、エルビラは過熱する戦場を見つめていた。

「あの男は――」

 一瞬、揺れた視線の先、尋常ならざる気配が女王目掛けて迫る。


     ○


「アポロニアッ!」

 突出していたアポロニアを止めたのは中央を固めるグレゴールであった。火勢が強くとも揺らぎの中で隙は生まれる。勢いがあるからこそ、冷静に見極めたなら良い手は浮かぶもの。此処での妙手は、最も勢いのある存在の勢いを削ぐこと。

「死ぬかでかぶつ!」

「死んでも止めるッ!」

 たとえ死んでも、ここで止めれば仕切り直し。敗勢が一時的に揺り返し緩やかになる。ならばここが命の賭けどころであろう。

「おい、面白い戦いだな。混ぜろ」

 シュルヴィアも同じ考えに至ったのかアポロニアに当たった。無論、女王も一人で突貫しているわけではない。メドラウトやヴォーティガンなどの騎士たちが脇を固める。トリストラムのみは乱戦から離れたところで確実に兵を削っていたが。

 両軍のにらみ合い。一瞬の空白――そこに――

「陛下ァ! 御逃げ下しゃ――」

 ぶちんっ、肉が千切れた音と共に怪物が突如現れた。

「んお!?」

 怪物本人すら驚く突然の邂逅。

「ッ!?」

 戦場にて、剣闘王カイルと戦女神アポロニアが出会ってしまった。


     ○


 アポロニアは一瞬で眼前の男が己の『敵』であると理解した。対するカイルはまだぽかんとしている。先程、ためらいなく騎士を切り捨てた男とは思えぬほど暢気な姿。他の騎士たち、アルカディアの兵たちは予想外の事態に身動きが取れないでいた。

「……驚いた。戦場のど真ん中に女の子がいる」

 カイルの発言にメドラウトら騎士たちは唖然とし、すぐさまハッとして己が主を見る。その顔が赤く怒りに染まっているならまだよかった。

「貴様も、それを言うか」

 その顔には何の表情も浮かんでいない。青白い仮面が張り付いている。身にまとうは蒼炎。見え辛いが確かに燃えている。青々と、憎しみと怒りが濃縮した炎を――

「陛下ッ!」

 メドラウトの叫びは届かない。

 アポロニアは無言でその剣を突如現れたカイルに向かって振るった。その一撃は目の当たりにしていたグレゴールやシュルヴィアが戦慄するほど鋭く、激しく、恐ろしいほどの速さでカイルの喉元に向かっていく。

 不意打ちにも似た先手。されどここは戦場、一瞬でも気を抜いたほうが悪い。

 アポロニアはかの英雄王に対してのみ見せていた十割、己が限界地点を見せつけた。あの日以来、一度として出していない己が底。見せていなかったのは――

「うぉッ!? 強いな、こんな強い女性は初めて見たぞ」

 こういう瞬間を見たくなかったから。アポロニアの最大戦力を、この男はギリギリ紙一重で回避した。気を張っていなかった、油断していたところで自らの最大戦力をぶつけた。それを辛くもとはいえ回避してみせたのだ。

 その差は、埋め難いほどにある。

「気の強い女性には縁があるが、武力で強いと思ったのは君が初めてだ」

 嗚呼、本当にこの男は平然と女王の逆鱗に触れてくる。意図はない。だからこそ許し難い。なのに自分には咎める力がない。

「それでも俺には勝てない。正直、女性は斬りたくないんだ。退いてくれないか?」

 自分の底を見せて、怯むどころか退却を促してくる。心の底からの親切心で。それはつまり、今の一撃を見ても己を敵として認識しなかったということ。斬りたくないから見逃す、その程度だと認識されたということ。

「貴様ッ! 陛下に向かって無礼なッ!」

 主の無礼に対して激怒した騎士が猛然とカイルに向かって突っ込んでくる。

 それに目を合わせることなくカイルは騎士を両断した。なるべく惨たらしく、己が武力を見せつけ相手の戦意を削ぐようなやり方で。これはカイルなりの警告であった。見せつけた十割、同じ地平であれば『女性』であるアポロニアに勝てる道理はない。

「退いてくれ。母、妻、娘、俺にとって女性は守るべきものだ。この場にいる以上、死ぬ覚悟はあるのだろうが、それではもったいないだろう。まだ若い、これから子を成すことだってある。女性は宝だ。こんなところで命を浪費すべきじゃない」

 これはカイルの道理。男の道理である。アポロニアの心情を知る者として、これはあまりに残酷な言葉であった。かの英雄王がかけた言葉そのままにカイルの言葉はアポロニアの胸を抉るのだ。

「おい、そろそろ黙れよでかぶつ!」

 メドラウトが剣を抜いた。姉が抱える絶望を弟が一番よく知っていた。心は英雄、体は乙女、そのギャップに毎夜苦しんでいる彼女を知っている。だからこそその剣は止められなかった。

「それなりに出来るみたいだな。よし、少しは気合を入れてかかるとしよう。全員かかってこい!」

 メドラウトは歯噛みする。自身の剣だけを男は見ていない。その背後にいる騎士たち全てを見て戦って見せるといったのだ。戦場の端からここまで来て息すら切れていない、無尽蔵の体力と戦乙女の全力を容易くかわす敏捷性、加えるは見た目通りの怪力。

 メドラウトは背後に視線を向ける。これだけの数、負ける要素はない。要素は、ないはずなのに、心は勝てないと叫ぶ。

「退くぞ」

 震える声で命令を下すアポロニア。その表情をメドラウトは直視することが出来ない。ずっと逃げてきた現実がいきなり襲い掛かってきたのだ。自分の限界は此処、それを見せつけられた気高き乙女は何を思うか。

「む、退くのか。なら追うまい。戦うべき相手は他にいくらでもいる」

 カイルはあえて彼女らを追おうとはしなかった。すでに彼の中で勝負はついていたのだ。

 屈辱の退却、戦わずしてついた決着にアポロニアは無言を貫いた。

 カイルもまた次の戦いを求めて馬を走らせる。

 残されたアルカディア陣営は呆然自失となる。まるでキツネにつままれたような感覚。その中で顔を歪めるのは――

「私は、少しだけアポロニアの気持ちがわかる」

「……そうか」

「あの男の吐いた言葉が、許せん。それに反論の出来ぬ己が、なお許せん」

「…………」

 シュルヴィアもまた長い戦場生活で己が底を見つけてしまっていた。それを認めたくない自分とどれだけ背伸びしても伸びぬ実力、そのギャップがずっとついて回る。それはグレゴールとて同じことだが、彼女たちには一つ言い訳を持つ。その言い訳を否定するために彼女たちは誰よりも努力してきた。言い訳に負けぬため力をつけた。

 だからこそ、最後の一線で、頂点に近づいてその言い訳は大きな壁となった。

 女であること、雌雄で特色があるも、身体能力という面では生物の機能上男の方が優位。それは体の構造上仕方がないことである。女性が勝る点だってたくさんある。だが、身体能力、武力に直結するこの部分だけはどうしようもない生まれついての差があった。

 アポロニアはその差以外の部分で頂点の資質を持つ。だからこそその絶望はより大きく、薄いその差は何物よりも分厚く見えてしまう。彼女は戦士として頂点に立てない。生まれた瞬間、それは決まっていたのだ。


     ○


「――一騎打ちは優れたシステムだ。群れの代表者を戦わせ、群れの勝敗を決める。最も犠牲が少なく効率的、何かを奪い合う際、これほど優れたシステムはない」

 ウィリアムは巨大な馬車の中でストラチェスに興じていた。

「だが、そこには欠陥がある。いや、効率の欠陥ではない。心情的なものさ。そこに強い群れ、大人数の群れがあったとしよう。小さな弱い群れと競う時、代表者同士で競わせるのはどうにも納得がいかないだろう。小さな群れに突然変異のような強者がいてみろ、群れは強いのに戦いには勝てない。まあそのルールがある以上、小さな群れが強者なのだが、大きな彼らはそれに納得できるだろうか」

 駒の動きを面白そうに眺めるウィリアム。応手は素早い。

「出来ない。ゆえに原始の、最も効率的で人的資源の消耗の少ない一騎打ちでの戦争は廃れた。だが、単純に数を競うのでは早晩生産活動に支障をきたす。あくまで戦争は何かに対する奪い合いであり生産活動ではないのだ。消費ばかり続けていては群れは滅びる。だから人はルールを作った。その時々に都合の良いものを。生産活動に支障をきたさない程度に奪い合うため。ゆえに紛れが起きる。それもまた、ルールを敷いた側の思惑通りなのだろう。ルールはやり過ぎるのを防止するためにある」

 駒の動きが止まった。相手側は何か言いたそうにウィリアムの顔を見ている。

「そう睨むなよ。言っていることとやっていることが違う、そう言いたいんだろう? その通りだよ。俺はやり過ぎている。ルールを破り、他にもルールを破らせた。その最たるものが奴隷の戦場解禁、俺が為したルール破りの中で最も世界に影響を与えた蛮行」

 盤面に叩きつけるように駒が撃ち込まれた。それを見てウィリアムは苦笑する。

「奴隷の解禁で世界は耐え難い消費を強いられる。早晩、限界は来る。エスタードとネーデルクスの一戦で何人死んだか知っているか? 『彼ら』は一戦で理解したよ。このルールの下では戦えない、と」

 ウィリアムの巧みな駒捌き。それを見て相手は顔を歪める。

「今回の一戦で世界は知るだろう。武力同士の衝突、その無意味さを。戦争が生み出すものはある。だが、それもとりあえずは出尽くした。これ以上の乱世は生産活動の停滞に他ならない。無駄な消費を群れの長は嫌がるべきだ。武力での戦争の時代は終わる。これからは、こいつで戦争をする時代としよう」

 ウィリアムは金貨を一枚弾いた。

「貨幣での戦争。これなら直接人が消費されることはない。間接的に死ぬことはあるだろうが、それは競争である以上仕方がないことだ」

 盤面の中央、空白であったそこに金貨が落ちる。

「不服そうだな? 確かにこいつでの戦争は国力に直結してしまう。一発逆転はなかなか生まれない。だが、それもルール次第で変わる。今度は俺達がルールを作る側だ。新たなる時代、それを迎えるために何が最善手か――」

 ウィリアムは笑った。満面の笑顔で手を差し出す。

「共に考えよう。そして時代を作ろうか。リディアーヌ・ド・ウルテリオル」

 その手を苦々しげに握るはガリアスの頭脳、リディアーヌであった。

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