ファイナルウォー:正義執行

「状況は!?」

「ラコニア陥落。これにより旧オストベルグ領との連絡が途絶えました!」

「ウィリアム大将とも連絡が取れないのか!?」

「どのルートも敵軍が押さえており伝令は全て潰されております」

「くそ、さすがに頭がオストベルグだけはある。土地勘があるってのは厄介だな」

 急転直下のアルカディア。突如として現れた謎の混成軍がアルカディアを強襲。ガリアス、ネーデルクスからもぎ取った勝利はローレンシアのパワーバランスを大きく変動させた。ローレンシア第二位の国力と大将白騎士を有する強さ。だからこそこの時期にアークランドの方向はほとんど無警戒だった。

 小競り合いはあれど今のアークランドは無茶をしない。その思い込みがこの状況を産む。まさか今のアルカディアに攻めてくる国がガリアス以外あろうとは――

「アークランドの暴挙と思いきや、ゲハイムを中心としたヴァルホールとアークランド、エスタードの混成軍とは。巨星二人を擁する軍と野戦は愚行だ。しかも強兵揃いのエスタードが数をそろえている。この戦、勝てるのか?」

 国力でこそ二位となったがあくまで見た目でしかない。ガリアス、ネーデルクスとの戦は人材と物資を大きく消耗し、都市の再建に全力を尽くしている最中。見た目こそ立派だが中身はそれほど強固ではないのだ。

「とにかく戦力をかき集めろ! 奴隷でも何でもいい。背に腹は代えられるかよ!」

 ここを生き延びねば今まで勝利してきた意味がない。もうすぐ太平の時代が来る。其処に向けて準備をしていた矢先の出来事。油断大敵、アルカディアにとって痛恨のタイミングで敵が襲来してきた。

 敵側はそれを重々承知している。だから厄介なのだ。。


     ○


 ヒルダは学校の生徒でものになりそうな連中をピックアップして戦場行きを告げる業務を終えた。手塩にかけて育てた学生たちを激戦の渦中に放り込む。胸が痛まないわけがない。もう少し容易い戦場でデビューさせてあげたかった思いは当然ある。

 それでも、今のアルカディアは猫の手も借りたい状況なのだ。練兵もそれほど進んでいない現状で、奴隷身分の兵士志望たちを戦場に放り出すほどである。まさに肉の盾、負けを遅らせるための壁として彼らは死体の山を築いていた。

「今からどこ行くんすか?」

 同じ学校の先生であるイグナーツが問うた。戦場に出れない怪我を負った者同士、歯がゆい思いは同じである。だからこそヒルダの少し明るい表情に疑問が浮かんだのだ。

「ちょっとね。あの法律が制定されてからずっと口説いている奴がいんのよ。んで、そいつの口癖が守るべき存在に火の粉が降りかかる。そうなれば戦うってね。ってことは今じゃない? ここで落ちなきゃウソでしょ」

「ヒルダさんがそこまでこだわるほどの人なんすか?」

「昔の記憶だけど……化けもんよ。まごうことなき、ね」

 ヒルダはにやりと微笑んだ。そこに宿る自信は、あの日を思い出すごとに高まっていく。あの日、彼女は確かに見た。怪物が――百人の猛者を打ち倒すさまを。


     ○


 カイルは日課の修練を終え水を浴びていた。それをつまらなそうな表情で娘が見ている。最近、父の周りをうろちょろする女の影。其処に付随してなぜか父の稽古は熱を上げていく。まるで準備をしているかのような熱の入れようであった。

 狙いすましたかのように女、ヒルダが現れた。

「気合が入っているみたいじゃない。そろそろやる気になった?」

 現れた瞬間、木の上から娘、ミラが「かっえっれ、かっえっれ」とブーイングをする。ヒルダはそれを完全に無視してさらりと流して見せた。さすが大人、と言いたいところであるが、この状況は最初の一回目ではない。

 最初は激怒し追いかけ回していた。しかし、母親譲りの身軽さの前にヒルダは追いつけず、この余裕の表情はせめて格好だけでもつけてやるとの苦肉の策であった。内心どう思っているかは考えずともわかる話である。

「ん、条件によるな」

 カイルの発言に驚いたのはミラであった。父の頭に飛びつき遠慮なしに頭頂部をぐーで殴りつける。「おい馬鹿、ごくつぶし、可愛い娘を置いていく気かこの娘不幸ものめ」などと言いながら殴る手を止めない。なかなかバイオレンスな光景である。

 ただし、カイルに揺らぐ様子はないが。

「条件って?」

「この子を保護して欲しい。まだ独り立ちするには若過ぎる。預けられる親族も友人もいない。俺にとってはミラが一番重要だ。この子の安全なくして俺は動けん」

 カイルの言葉にミラの拳が止まった。

「もちろん世話は任せなさい。これでも私は学校の先生で『テイラー』って名前の付く子供なら山のようにいるわ。今更一人二人増えたところで何の問題もない。特別扱いは出来ないけど、同世代と遊んだり競い合った方がその子のためだと思うけど?」

 学校と聞いてミラの動きが完全に停止した。同世代と交流がなかったわけではない。ただ、父カイルが出不精なのもあり交友の輪が狭かったのも事実。

「そうか。あの学校に俺たちの娘が通うのか。それは、悪くない提案だ」

 カイルの脳裏に浮かぶのは真夜中の修練、まだ器しか用意されていなかったあそこが今では立派な学び舎なのだから時の経つのは早いものである。きっとあの男のことだ。息子も特別扱いせず人の輪に放り込んでいるはず。

 もしそこで友達になれたなら、競い合い、高め合い、助け合える存在になれたなら、自分たちがなれなかった、届かなかった場所にいけるかもしれない。勝手な話だが、カイルはそうなってくれたらいいなと強く願う。

 そのためならば――

「とっくの昔に実戦から離れた身だ。役に立つかわからんが、俺たちの住む場所が窮地に立たされたなら剣を取ろう。それに、少しは格好いいお父さんを見せなきゃだからな」

 この戦いは未来につながる戦い。

「でもお父さん、戦場は危ないってみんな言ってるよ」

「それは間違ってない。俺も怖いよ、ミラ」

「じゃあやめようよ。私、学校行かなくてもいいよ」

「だけどな、お父さんは戦場に行くんだ」

「何で? 怖いのに?」

「怖いのに、だ。その怖いのをな、ミラに感じて欲しくない。近づけさせたくないから、お父さんは行く。白騎士って人が世界を変えてくれた。俺も、戦っていいと、選んでいいと、きっとかの英雄は言っている。選べないからあきらめる、はもう許されない。俺はお前を守るために戦うんだ。その道を、選択肢を、この国は俺に与えてくれた」

 ミラを思いっきり抱きしめるカイル。そして手放した。寂しそうに父を見上げるミラ。其処に微笑んでカイルは天を見上げた。

 もうこの世界に自分を縛る鎖はない。戦えと彼は言わないだろう。好きにしろ、好きにできるようにしておいてやる。きっと彼は腹の立つ顔でカイルにいたずらっぽく笑うはずだ。変えてやったぞ、お前はどうする、と。

(お前の見てきた景色を俺も見てみよう。お前ほど欲張る気はないが、少しはお前の役に立って見せるさ。だから慌てる必要はない。ゆっくり勝つ算段を整えておけ)

 カイルは拳を握り締めた。其処に宿る烈気の高みを見てヒルダは確信する。あの日の怪物は衰えていない。もしかすると、あの日三人で見た光景がアルカディアを救うかもしれない。そう思えるほどに、つわもののみ感じ取れる雰囲気が想定を大きく逸脱していた。

(俺が守ってやるよ、やせっぽっちの騎士さんよ)

 とうとうこの男が始動する。伝説と化した最強の剣闘士、剣闘王カイルがアルカスの外に、世界に知られる時が来た。


     ○


 分断された側、ウィリアムらが統治する旧オストベルグ領でも喧々囂々の騒ぎが巻き起こっていた。すでにラコニア周辺の領土は『正義』と名乗る集団に侵略された。その旗印がエルンストということで諸侯は南下し奪還されるのではないかと恐れ戦いていた。

「どうされますかウィリアム様」

 続々とマァルブルクへ集結する貴族たち。今後の方策を練るためとうそぶいているが、体の良い避難であることは誰の目にも明らかであった。ウィリアムを孤立させるために武官畑の貴族は極力省かれ、文官畑ばかりが周囲を固めていたのも悪手となった。

「……戦力をかき集めても精々五万が限度。それも奴隷を含めて、だ。どうも出来んよ、背を突いたとして返す刃で断ち切られるのがオチ」

「ガリアスへの守備隊を招集しては?」

「かき集めた中に入っている。こちら側は不可侵条約を利用して極力人手を減らしてある。見た目だけ整えただけの張りぼてだ」

 国の懐事情、一気に膨らんだ領土に対して避ける人員がなかった。旧オストベルグ領はガリアスとの不可侵条約をここぞとばかりに利用し、戦力を割かずにいた。状況はウィリアムも納得していたが、これほど逆手に取られるとは思ってもいなかった。

「それに、状況が知れ渡ればガリアスは必ず動く。まあ、それを防ぐ方法もないがな。正直に言おう。この状況は八方塞がりだよ」

「貴方は奇跡を何度も起こしてきた英雄でしょう?」

「私は魔法使いじゃない。勝てる算段を整え、勝てる状況を作って、だからこそ勝ち続けてきた。それをさせてもらえなかったのだ。私に出来ることはないよ。残念ながらね」

 ウィリアムは暗に提言を受け止めてもらえなかったことへの愚痴を言った。副官の顔が歪むも、この状況を多少なりとも危惧していたのはウィリアム一人。彼が正しかったことは貴族会の議事録で残っている。無論、改ざんし口裏合わせでなかったことにもできるが、

(責任のなすりつけ合いをしている場合ではない。ゲハイムの首領、エルンストが憎んでいるのはこの男一人ではないのだ。アルカディアという国、そのものを憎んでいる。そうなれば殿下もまた奴の凶刃の前に倒れかねない。何とかせねば)

 副官は自身の主の顔色を覗き見た。楽観的ではないが、絶望している表情でもない。何かあるのだ。方法が。もったいぶっている場合とも思えないが――

(まさかガリアスに下るつもりでは?)

 以前大将であったヤン・フォン・ゼークトの出奔はアルカディアに大きな傷を残した。それを再び繰り返せば国民の心は耐えられないだろう。国家から、王家から心が離れてしまう。それでは戦えぬのだ。

「アイゼンベルグよりアーベントロート卿来訪! 他にも続々と押し寄せてきております」

「丁重にもてなすのだ。この国難、諸侯の力を借りねば乗り切れぬ」

「ハッ!」

 ウィリアムが報告に来た部下にはっぱをかける。その様を見て副官は苦々しげな顔を作った。ここに逃げてきた連中にいったい何が出来るというのか、彼らは職務を放棄して白騎士という傘を求めて来たのだ。彼らの力など何の役にも立たないことはウィリアムとてわかっているだろうに、こんな薄っぺらいことを発言するのだ。

「何を考えている?」

 副官は自身の役割を捨て、ウィリアムを睨みつけた。

「そう怖い眼で見るなよ。ヴァルデマール君。私とてこの状況、どうにか出来るならどうにかしたい。だがな、私には出来ぬのだ。私には、ね」

 にやりとウィリアムは哂う。その笑みはやはり忌々しいほど余裕があり――

(私には……まさか!?)

 ヴァルデマールは信じられないものを見る目でウィリアムを見た。その余裕の根源、もしヴァルデマールの思いついた通りであったなら――

 八方ふさがりのマァルブルク。今はまだ、動き出すことすら出来ていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る