ファイナルウォー:商人の戦い

 テイラー商会。

 ウィリアムの武器として一つの世界を支配する群れである。

 彼らはウィリアムの言葉を待つ。ずっと待ち望んでいたのだ。この時を、待てと言われた。待ち続けた。剣も握れぬ、槍も振るえぬ細腕。

 それでも望んだ。復讐を。

「復讐の時は来た。商人には商人の戦いがある。世界中で戦う同志たち。共有させろ。戦いの意図を。そして集めろ、集約するはマァルブルク」

「では――」

「先手必勝。機先を征せ。勝つべくして勝つ。嗚呼、いつも通りにな」

「承知!」

 彼らの眼は燃えていた。許せない出来事があったのだ。許し難い蛮行があった。どんな理由があるにせよ、金ではなく剣に倒れたあの人の無念、晴らさずにいられようか。剣を持てずとも、復讐は出来る。

 これは、亡きジギスヴァルトへの手向け。

 世界の裏側にて行われし、商人の復讐劇である。


     ○


 また冬が過ぎた。産業の効率化と人手の追加、同時に推し進めるアルカディアにとってまさに春爛漫となる。安価で低品質、されど実用に足る武器防具を供給し、高価格高品質の武器防具も供給する。これが同じ商会の仕事なのだから恐ろしい話である。

 アルカディア内にとどまらず、世界的に見てもトップシェア。テイラー商会最大の強みである物流網はさらに拡大の一途をたどり、世界中に傘下の輪を広げている。もはや一国家の一商会ではない。武器一つとっても世界最大最強の商会なのだ。

 彼らがかき集めてくる外貨こそ今のアルカディアを発展させている原動力。優秀な人材が次の人材を育て、その次の彼らが仕事を取ってくる。恐ろしい速度で侵食する彼らを世界は軽視していた。所詮、商人、何が出来るわけでもない、と。

 その油断、無知こそ彼らを指揮する者の狙い。すでに彼の戦場は武力の支配するところを抜け出していた。無論、自国の武力が背景にあっての商売ではあるが、いずれはそれすら超えた世界の支配、裏で金を利用し支配する国家すら超越した組織にしてみせる。

 彼らはそういう教育を受けている。自分たちの仕事がいずれどのような果実となるか、彼らは教え込まれている。だからこそ彼らは非常に高いモチベーションで仕事にあたり、そうでないものは淘汰され洗練されてきたのだ。

 強者が強者を産み、より優れた強者のみ生存が許された世界的な商会。彼らは弱者を上手く使う。強者の責務を理解している。だが、彼らは同時に弱者を仲間に入れようとしない。彼らは明確に線引きしているのだ。

 使う者と使われるモノを。

 世界を跋扈する有能な彼らは、同時にとてつもない競争の渦中にいた。怖いのは内側。より優秀な人材。だが、その足を引っ張ることはできない。彼らの主は広い眼を持っている。そうしようとした劣る者は知らぬ間に消えていた。主が持つ眼と実行力、それが彼らに規律と秩序を与えていたのだ。

 彼らは回る。最も優秀な者に率いられて。


     ○


 異変に誰よりも先んじて気づいたのは、ガリアスであった。春一番などと揶揄されていた黒狼王率いるヴァルホールからの攻撃はなく、草の者が仕入れてきた情報では春を待たずに国内から姿を消したとのこと。それだけであれば珍しいことだと気にも留めなかっただろう。ヴォルフは戦争のある所に現れるのだから。エスタードにでも雇われに行ったのではないか、などと考えることもできる。

「姉上、ここにおりましたか」

 ユリウス・ド・ガリアス。超大国ガリアスの王にして現『王の頭脳』であるリディアーヌの傀儡王と揶揄される男であった。こう呼ばれることに対しユリウスは認めるようなそぶりすら見せていた。

 かの革新王ガイウスが死の間際に後継者の指名と遺言を残した。指名されたのはユリウスで遺言が「一切をリディアーヌに任せよ」とのこと。つまり我を持つな、と言われたようなもの。それを忠実に守る傀儡こそユリウスという王であった。

「これは陛下。ほらダルタニアン。陛下が来てくださったぞ。頭を下げたまえ」

「やめよリディ。彼は死者だ。死者に建前は不要。彼とて余ではなく先代や君に忠義を捧げたいと思うだろう。死者にまで気を遣わせる気はないよ」

 英雄、ダルタニアンの墓前に二人は立っていた。王宮の中にある小さな墓石は彼の愛用していた剣のみが眠っている。死体は故郷で安らかに眠っているだろうが、彼が死力を賭して貫いた忠義は愛するリディアーヌのために、と遺言の通りここに捧げられている。

「アルカディアが世界中で猛威を振るっているね」

「攻める準備は着々と進んでおります。リュテスやエウリュディケ、ボルトースはもちろんのこと。新たな左腕であるロランも日夜修行に励んでおります」

「……あのサボり魔がよくぞここまで」

「それほどにあの敗戦は彼にとっても重かったのでしょう。無論、私にとっても同じです。アルカディアに甘い手は二度と打つ気はございません」

「だからあの商人を追い返したのかい?」

「ええ、彼らは港を一つ借り受けたいと申し出てきました。一港にしては膨大な金額の提示、議場に上がれば私以外陛下も含めて賛同したでしょう。ゆえに、私の手で内々に処理いたしました」

「こちらの方が大きなメリットはあっただろう?」

「いいえ、あちらが申し出てきた以上、彼らはそれだけ支払ってでも海を手に入れることに価値を見出している。おそらく、多少ふっかけても彼らは乗ってきたでしょう」

「おそらく、で追い返したのかい? 少し警戒し過ぎじゃないかな」

「警戒し過ぎて損はありませんよ。あの男が相手ならなおさらのこと」

 苦い敗戦の記憶は今だ癒えていない。充分に警戒したつもりでも足りない相手。かつ万全と思っていても相手の意に沿う動きはより警戒を強めるべき。素直に悪手を放ってきたら新手と思え。リディアーヌは部下たちにそう叩き込んでいた。

(何となく狙いは見えるがね。私や配下のキレ者たちが考えても出てこない費用対効果でのメリット。直近にそんなものはないのではないかい? 君の狙いは研究開発、未来への先行投資だ。これから先、今の船じゃ外洋を安定して航行できない。もし、それが可能になったら、世界は大きく広がる可能性が出てくる。陸路では断絶している東方への道が拓けて、交易すら可能になったら……そんな未来への種まき活動、その一環として場所が欲しいのだろう? だから一港で充分というわけだ)

 リディアーヌはいたずらっぽく微笑む。

(正直、狙いがそれだとしたら個人的には『あり』、だ。でもね、君にいじめられた傷がまだ癒えていないし、私は少し根に持つタイプなのだよ。だからこれは意趣返しだ。もし、断られても欲しいなら自分で取りに来たまえ。私と面と向かい交渉してみてくれ。散々ごねて、強請って、遊んでやるとしよう)

 怒りはある。しかしそれは自らへのもの。自らの未熟こそに彼女は怒りを覚えていた。それはあの日敗北を喫した皆が胸に宿す憤怒と同じ種類。勝者ではなく負けた己たちへの怒りである。それゆえに彼らは強い。強くなる。

「戦場は君の言ったとおり戦場から市場に移るのか。ようやく凪いだ時代がやってくるというわけだね。もう乱世はこりごりだよ」

「乱世より激しい時代が来ますよ。人が死なない分、競争相手は物理的に減ってくれない。単純ではなくなるから、より高度なまつりごとが必要になってきます。あの男のリードする世界に休まる時はありませんよ。何しろ、あの男が休まないのだから」

「……つくづく怪物、か」

「ええ。私個人的には面白い世界ですが……たぶんその場にとどまりたい者にとって、彼の支配する世界は居心地の良いモノではないでしょう。彼は常に未来を見ている、それも、私などより遥かに遠くの……それを是としないものは、意外と多いと思いますがね」

 二人が話している背後で人の気配が揺らめいた。二人は武人ではないが、それでもこの距離まで気配一つ感じないのは驚きである。

「失礼陛下、頭脳様もお元気そうで」

 双騎士の生き残り、アダンが二人の背後を取っていた。生意気な口にリディアーヌはすねた顔を見せる。

「僕が引き継いだ『蛇』が、色々と拾ってきたよ。君の予想は当たり。集合地点はダーヌビウスだ。面子は……想定通り、かな。ただ、ゲハイムの連中が思ったよりもいい人材をそろえている。僕の見立てだと、勝算は十二分にあるよ」

「……何の話だアダン?」

 ユリウスは話の内容が理解できない。

「簡単な話ですよ、陛下。乱世はまだ終わらない。いや、最後の大勝負が起きるって話です。そこで僕らがどう立ち回るか……頭の見せ所だぜリディ様」

 最後の大勝負、そこでユリウスはごくりとつばを飲んだ。すでに世界は安寧に向かい、ほぼ終わったと思っていた時代が、まだ終わらず、それどころか最大の戦いが始まろうとしている。リディアーヌとアダンの顔を見ればわかる。

 彼らが戦いを好きな顔をしているから――

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