幕間:ネーデルクスの明日Ⅴ
「ネーデルクスの槍における型は基本の四つから派生したものだ。シルヴィの『白虎』は火、雷、風のてんこ盛りで、僕の『大蛇』は水ベースだね。火と雷ベースの槍は攻撃重視、風はバランス、水は受けに重きを置いているって感じかな」
「ふむふむ、贅沢な野郎だなぁ、虎ってのは」
「虎が強いのは当然でしょう」
ふふんと鼻を鳴らすシルヴィ。あまり話す機会がなかったためクロードは誤解していたが、言葉遣いの割りに彼女は中々の馬鹿であった。
「かつて最優と謳われた型だが――」
「今でも最強です!」
「使用率は年々低下している。これは、少なくとも基本の三つの型を押さえていないと扱い切れないからだと最近考えるようになった。虎ノ型が弱くなったのではなく、使用者が虎を弱くした。何て、昨年までの僕ならば考えもしなかったけれど」
「基本は大事ってことだな。で、俺に向いてるのはなんだろ?」
クロードの問いにディオンは考え込む。とても難しい質問なのだ。
「水が苦手って時点で受け方向は無いと思う。逆に言えばそれくらいしか僕には言えない。例えば、シルヴィはティルザ様に憧れて槍を始めたから虎一直線だったし、僕は僕で養母って言うと怒られるんだけど、フェンケ様が使っていた型だからこれにした。適性だったとは思ってるけど、まあ、どっちも使いたいって出会いの方が先だったから」
「三貴士だったフェンケ? あれ、剣使ってなかった? うねうねしたやつ」
「昔はあの人も槍を使っていたんだよ。アメリア様に勝てる気がしなくて宗旨替えしたらしいんだけど、詳しい話は何も。ただ、ディエース様が死んで、フェンケ様の屋敷にお世話に成っていた間、稽古は、槍でつけてもらっていた。ネーデルクスなら槍は使えた方が良いって。自分の槍は弱いから真似するなとも言われたけどね」
真似するな、弱いと言われてなお、ディオンは彼女の槍を自らの型とした。何となく、クロードは、この選択をしたディオンの事を嫌いにはなれなかった。とても賢く、兵法にも理解が深く、冷静沈着。だが、底の底では――不器用なところが在った。
「話が逸れたね。大事なのはどんな理由であれ、ピンと来る槍に出会えるかどうか、だ。幸いここは槍のネーデルクス最大の都市、ネーデルダム。槍使いはいくらでもいる。街を歩けば色んな槍を見ることもできるさ」
「ふふ、異人、感謝しなさい。この私が散策に付き合ってあげましょう。特別に!」
「僕も付き合おう。君がどういう型を選択するのか、興味がある」
「お前ら、良い奴だったんだな。冬の間ずっと無言で睨まれてたからやべえ奴らだなって思ってたけど、俺の勘違いだったぜ!」
「「…………」」
よく妹分であるメアリーに一言多いと言われていた男、クロード・リウィウス。こいつの槍に興味が無ければこんな異人に付き合う気も無かったと、二人の眼は言っていた。
○
「そう言えばよ、シルヴィもディオンもただの『虎』や『蛇』じゃなくて『白虎』や『大蛇』ってしてんのは何でなんだ?」
散策の最中、ふとクロードは疑問を浮かべる。
「自分なりの工夫を加え過ぎて、これは蛇ノ型ですって言えなくなったから、かな。僕の場合は。そもそもフェンケ様の時点で結構歪だったけど。ちなみにシルヴィは――」
「かっこいいからに決まっているでしょう!」
無い胸を張って堂々と言い放つシルヴィ。御先祖の異名が『白虎』だったからではなく、単純にかっこいいと思って自らが名付けた。余談だが、ネーデルクス内では皆が周知している型にアレンジを加え、名前も独自のモノをつける流行がたびたび訪れる。
「おい、こいつ大丈夫なのか?」
「あはは、槍は強いから」
「答えに成ってねえんだけど」
「さ、槍使いを探そうか」
余談の余談、一昔前、ネーデルダムを揺るがしたキラキラネーム、『死を招く嘆きノ型』と自らの槍を称した男は現在ネーデルダムのどこかに潜んでいた。その件に触れると本気で怒るので注意が必要である。
ベースは風の型、型自体は攻防バランスの取れた良いモノであった。
○
「何つーか、意外と見つからねえもんだな」
「結構色んな道場に顔を出したんだけどね。槍術院も見たし」
「俺、あのイヴァンってのに嫌われてんのかな? すげえ目で睨まれたんだけど」
「馬鹿ですね、異人。好かれていると思っていたのですか?」
「好きか嫌いかと言ったら嫌い寄りだよ、僕も」
「……俺だってお前らなんて嫌いだい」
世間話に興じながらグディエ家に戻ってきた三人。道中色んな型を見てきたが、どれもしっくりくるものは無く、クロードの中では逆に遠ざかった気すらしていた。基本の四つ、それらをただただ磨いた今だからこそわかる。
上っ面だけが綺麗な槍。それが街中に蔓延していたのだ。奇抜さ、特異さ、人とは違うモノ、独自のモノを追い求め、気づけば根を失った型の数々。何とも歯がゆい想いが在った。無論、それらとてそれなりの強さを得ることは出来るだろう。
ただ、その『先』があるかと問われたなら――
「何処に行っていたのですか?」
玄関先に立つ女傑、ティルザの格好はまるで戦装束であった。
その時点で震え上がるクロードとシルヴィ。ディオンでさえ額に汗が垂れていた。
「え、と、その、槍の見学をば」
「……見聞を広めるのは良いことです。遊び歩いていたわけではなくほっとしました。まさか、あの程度の腕で気が抜けるなど、あり得ませんからね」
ゾクリとあわ立つ怖気に三名の顔が思いっきり引きつっていた。
「今日は出かけます。冬の間もアポイントを取ろうと模索していたのですが、なかなかいい返事がもらえず。邪道と知りながらもエフェリーン様の伝手を頼り、何とか了承を得られた次第。否とは言わせません、ついてきなさい」
「う、うす。つーかエフェリーン様ってあのおばあさんっすよね?」
「ええ、あの御方はかつて一人の三貴士の副官を務められていた方ですから。私には無い伝手をお持ちなのです。敬いなさい」
「ま、マジかよ!?」
「そう言う方ばかりですよ。戦乱の世を生き抜いた猛者ですから。門弟などと、本来ならば口が裂けても言えぬ人たち。柔らかな雰囲気で忘れがちに成りますが」
「……知りませんでした」
「……君は知っとこうよ」
びっくり仰天のクロードとシルヴィ。それはおかしいと突っ込むディオン。
「では参りましょうか。目指すは今は亡きユーサー・レ・リントヴルムの生家、『赤龍鬼』と呼ばれた三貴士が育った家です。襟を正しなさい」
三貴士ユーサー、その名に目を輝かせる二人。そう言うティルザもまたどこかわくわくした様子であった。クロードだけ取り残された気分と成る。
一同向かうは失われし黄金時代が眠る場所、である。
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