神の子と叛逆者:全ては盤上の出来事

 アルカディアとネーデルクスの戦は白騎士参入から実質一日で終焉を迎えた。謎の戦力で青貴子を打ち破ったネタは内外から疑問の声が上がっていたが、白騎士はそれらを黙殺し、王らには世に放つことで起きうる事象を説明し、その地獄を想像させ結果的に外道として封じることになった。

 自分たちが用いている間は良い。しかし、それを鹵獲され構造を暴かれたなら雷火筒の使用がスタンダードになる。それは騎士の終わりを、戦場のロマンを終わらせることに繋がり、世界を大きく進めることになるが、その世界を人が制御できるかは不明である。

 ウィリアムはその悪しき面を重点的に説明した。彼は人の光を知るが、同時に愚かな生き物だということも理解している。むしろこの力はその愚かさを助長するもので、これから先の成長を待って世に出すべきと彼は判断したのだ。

『わしも良いと思うぞ。あれらを与えても今の人では持て余しかねん』

 夜の王ニュクスの御前。ウィリアムは今回の戦の報告に来ていた。ガリアスとの一戦に続きまたも戦力を借り受けた形。無論、対価を支払うことは確定しているが。

「今の性能と量産体制では既存の武器に注力した方がコストパフォーマンスは優れている。威嚇以外で大した力はない」

『その威嚇で勝ったというに。それもまた力であろうが』

「張りぼての、な。神頼みで勝ってきたネーデルクスだから効いたが、たぶんガリアスや他国相手にそこまでの効果は見込めない。冷静に対応されるのがオチだ」

 ウィリアムは自らが生み出した新技術を現状誰よりも低く評価していた。理解の及ばぬ攻撃であることを除けば、大筒は投石器とそこまで変わらず、小筒にしても弓や弩と大差のない代物。ただ、使い勝手の良さと習熟にかかる時間に関しては一考の余地はある。

 それでもウィリアムが武器としてそれほどの優位を感じないのは、量産に対する問題があった。黒き火薬の中身は硝石と硫黄、木炭を配合したものであり、うち硝石と硫黄は絶対数が足りていないのだ。それこそ錬金術師やまじない師、一部医療の用途で使用される程度で、本格的に雷火筒を運用するにはとてもではないが量が足りていない。

『もったいないのお』

「いずれは置き換わるが今ではなかった。それだけだ」

『少しほっとしておるように見えるぞ』

「双方とも火薬を用いた兵器、その数をそろえた軍勢でぶつかった地獄を想像すれば、息の一つや二つ吐くさ。人力を超えた破壊は戦場から温かみを完全に奪い去るだろう。誇りも尊厳もない。実力だってそれほど関係ない。当てたもん勝ち、数が絶対となる」

 そうなった戦場に英雄の居場所はない。理想はそこであるが、到達が近づくにつれて理想の恐ろしさに躊躇いすら生まれてくる。ウィリアムは雷火筒を低く見ているが、同時に誰よりも恐れていたのだ。それらが支配する戦場を。

「報告は以上だ。今日は所用があるんでな。ここらで失礼させてもらう」

『ネーデルクスとはシュピルチェまでの領土とそれなりの和解金にて決着。青貴子と死神は行方知れず。ゲハイムとやらは首魁を除く大部分の掃除に成功、だったかのお』

「ゲハイムに関しては、アルカディア、ネーデルクスの両国間では根こそぎ拠点を潰したはずだ。勝敗つかずの和解とするにあたっての条件だからな」

『そこまでやって何故生かす?』

 この問いにニュクスのたちが悪いところが出ていた。何しろ彼女は全てを理解している。その上で問うているのだ。いや、口に出せと言っている。

「破局に至り、痛みを知り、人は学ぶ。戦争は割に合わない、と。もはや戦争で得るモノがない以上、この時代を続けることが無駄。早々に幕引きすべきだ。ゆえに、トリックスターとして世界をかき回す役がいる。一気に時を速めるために」

『それがエルンスト、ゲハイムか』

「そうだ。これだけ追い詰めた。奴に指せる手はそう多くない。俺への、アルカディアへの敵愾心だけで動いている以上、残した筋は一つだけ」

『あれすら覇道の駒、か。くく、ゆえに白龍には追い詰めろ、されど生かせと言う命を与えたか。あれを逃したことで失った命も計画の内であったか?』

 意地の悪い問い。されどウィリアムは表情一つ変えずに――

「奴の動きで俺は一度も損をしていない。いや、大局的には得をしている。それが全てだ。俺はどんな手を使っても最短を征く。寄り道をするほど、人生は長くないからな。終わった時代に興味はない。此処までも、これからも――」

 すべては必要なことだと言い切った。

「ただの答え合わせだ。エルンストは俺にとって都合の良い駒。復讐者ほど扱いやすい駒は無い。俺は彼らをよく理解しているし、彼らがどうしたいのかも、どういう動きを取るのかも、手に取るように分かってしまう。あとは、誘導するだけだ」

『都合の良いように、じゃな?』

「その通り。さあ、踊れよ復讐者。全力で、必死に、世界をかき回せ」

『悪魔のような貌じゃぞ』

「俺は世界の破壊者だ。悪魔など可愛いもの」

 ネーデルクスとの戦いは一旦幕を閉じた。頼りの青貴子を欠いた今の王にアルカディアとことを構える胆力は残されていない。王を始め勝利を求めた者たちを説き伏せ、あえて勝ち負けをつけなかったのは、安い矜持で実利を引き出そうとしたためである。

 金と人、領土も手に入った。これで見た目上ガリアスと並んだ形となる。

 今の世界はアルカディアとガリアスの二強状態となった。これでどちらかが倒れたなら、残った方がこの大陸の主導権を握る。統一するもあえて今の形を残すも、自由自在となる。ここからさらに時を進め、『残した』上でタクトを握る。

 そうして初めて破壊の後、再構築のフェーズが始まるのだ。


     ○


 ルドルフとラインベルカは目的もなく西へ歩を進めていた。フードを目深に被り旅装束で歩む二人は意外と場に溶け込んでいる。何となく西へ、突き当ったら南へ、気が向いたら東へ北へ、好きなように世界を歩む。ただし――

「やあやあ親友。久しぶりだね」

「人違いです。僕友達いないんで」

 出会いには気をつけねばならない。

「お互いアルカディアに居場所を奪われた者同士、友達になれると思うけど?」

 エルンスト・ダー・オストベルグ。この男のように危険な存在が潜んでいるかもしれないからである。ルドルフはため息をついて首を横に振った。

「そりゃ無理。君が大っ嫌いなウィリアムっちを僕は存外好きだし、恩もある。恨んでいると思っているなら筋違いもいいとこさ。僕は彼が好きだよ。そんで君は嫌いだね。生理的に無理なタイプだ。元々、お菓子を配ってた頃から嫌いだったから合わないんだろうね」

 エルンストの笑みが硬直した。浮かび上がるのはまるで能面のような表情。

「意味が分からない」

「だろうね。お互い理解出来ないんだ。友達なんてとても無理さ」

「それは、とても残念だよ。僕は君と友達になりたかっただけなのに」

 エルンストが残念そうに顔を歪ませる。滲み出る不快なしわが、彼の考えを表していた。

「十三人、うち手練れは二名ですお坊ちゃま」

 すっとルドルフを守るように前に立つ女性。目立つ大鎌はすでに持たないが、剣を帯びておりその腕も一級品であった。目を失う前は、であるが。

「ふーん、大分少なくなったみたいだね。さては僕がやられている間にそっちもやられちゃったな? あはは、恨み募ったところで小物じゃ扱いもその程度ってか」

「……まだまだ世界各地に友達はいるよ。それに、あいつを殺す計画もあるんだ。アルカディアごと滅ぼす計画が、ね。ネーデルクスがくその役にも立たなかったおかげで早まったけど、何の問題もないさ。準備はしてある。今度は、『世界』が奴らの敵となるのさ」

 エルンストが手で合図した。

「友達になれないなら、悲しいけどさようならをしなくちゃ」

「そーいうとこが薄っぺらいって話なんだけどなあ」

 血を流し過ぎたことで視覚を失ったラインベルカが進み出た。ルドルフもまた腰に提げた小剣を引き抜き、「……え、これでも重いじゃん」と早くも泣き言を言う。

「レスター、カロリーナ、始末しろ」

 異形の怪物と鎌を振るうホルスの死神が立ち塞がった。

 誰も見ていない、知る由もない場所で小さな戦いが勃発した。


     ○


 ウィリアムはため息をついた。最近、存在に限界が近づいてきたのか、はたまた何か別の原因か、ニュクスは少しばかり過干渉なきらいがあった。というよりも、何事も一歩踏み込んできそうになっているのだ。

「用事は済んだ。戦後処理もある。しばらく此処に来ることもないだろう」

 マントをはためかせ踵を返すウィリアム。その背にニュクスはにたりと微笑み、

『どうであろうなあ。存外、すぐに来ることになると思うがのお』

 意味深な言葉を放った。

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