神の子と叛逆者:若き三貴士が征く

 ギルベルト一人に三貴士三人の手抜かりない布陣。マルサスの剛剣、アメリアの短槍、フェンケの蛇剣、どれも超一流の使い手である。中でもマルサスの武力は図抜けていた。かの『赤鬼』マルスランの息子は父を遥かに上回る素養を見せている。

「俺が中央で抑える。二人は左右から援護を頼むぞ」

「命令スンナってマルサス坊ちゃん」

「指示は妥当ですが命令される筋合いはありません」

 マルサスの命令に対して罵詈雑言を投げつける二人であったが、反発するのは口だけ。むしろ身体の方は流れるような連携で『剣聖』ギルベルトと相対する。

「……なかなか」

 その猛攻を受け一歩も退かず捌き切るはアルカディア最強の剣士と謳われる怪物、ギルベルト・フォン・オスヴァルトであった。微笑を浮かべながら華麗に舞う姿は美しさの極致。無駄なく、隙なく、その中で炸裂する剣技のセンスは他の追随を許さない。

 一国のトップ三人を相手取って拮抗する怪物は、内に秘めた憎悪が燃えれば燃えるほど逆に穏やかな、優しげな笑みを浮かべる。剣もそれに応え最上の技を繰り出すのだ。

 まさに剣聖、アルカディア最高の剣が煌く。

 それに呼応するようにオスヴァルトの騎士たちも冴え渡る剣技を見せた。無論、ネーデルクスが誇る三軍の将を守る武人たちも同じような強さを見せていたが。入り乱れる両軍、逃げ惑う兵が続出する中で、この一点だけが何処よりも純粋な闘争の場と化していた。


     ○


「あら、可愛らしい坊やたちね」

 クロードたちはすさまじい圧を前にすくみ上る。

「三人でやっても無理だ」

「ならば最も強い私が残ろう」

「ラファエル、頼むぜ」

「おい、話を――」

 今の自分たちではステージが違う。彼、彼女相手では勝負にも成らないだろう。三対一、それでも持たないのは明白。力の差がある。遭遇したことはないが、以前見た時よりも明らかに強く成っている。

「俺はドブネズミだ。しぶといのが売りなんだよ! 見とけ、此処でこいつを超えて、俺は天を掴んでやる! そのために俺は、アルカディアに来たんだ!」

「……へなちょこ」

「少し堪えたらすぐに逃げることだ。間違ってもまともに組み合うなよ」

「ハッ、言われずとも……俺は、死ぬわけにはいかねえんだよ!」

 クロードが圧倒的格上、元三貴士、白薔薇のジャクリーヌと交戦を開始する。

 仲間を守るため――その局面でこそ彼は輝きを放つ。


     ○


 ウィリアムはラインベルカと相対していた。遠間にはエスタード最高の弓使いが控えており、今はまだ動き出す頃合ではない。

 ラインベルカもまたルドルフを挟む位置こそ変えていないが、先ほどのような失態は見せぬと警戒を強めていた。背後にルドルフがいる以上、自分は全力で戦えない。そして相手の戦力は先ほどの邂逅でわかってしまう。全力以外で、勝つ術がないことを。

「ルドルフ、サマ。オニゲ、ヲ」

 最後の一線、此処すら超えれば本当に意識がトぶ。トばねば勝てない相手。

「……僕は、邪魔かい?」

「…………ハイ」

 あえて、ラインベルカはそう答えた。己が主を守るため、この戦いに生き残るための選択。それが、どれほどルドルフを傷つけることになるかも理解している。自分が悪者になっても良い。だが、ルドルフだけは守って見せるとラインベルカは決めていた。

「そっか。じゃ、頑張ってね」

 ルドルフの首が遠ざかる。ウィリアムはそれを見逃すことしか出来なかった。

 逃げる兵の群れに混じり消えたルドルフ。

 それを尻目にラインベルカは一呼吸入れた。後は勝つだけ。全てを賭して命を燃やしルドルフの生きる道を作るだけである。

「コロス」

 本当の死神が姿を現した。守ることも生きることも手放した、殺すだけの存在。

「……さて、どうするか」

 矢を警戒しながら勝てる相手ではなかった。かの『烈日』や『英雄王』と渡り合い、アルカディアも幾人もの英雄を喰われている相手。万全を期してようやく互角。

「ガ、ギィ、グヒ、ガァッ!」

 ラインベルカが歪な姿勢で突進してくる。おそらくは此処から変化を入れてくるだろう。身体をねじり、左右に頭を振り、おちょくるような動きで翻弄す――

「ッ!?」

 矢が飛来する。ラインベルカが頭を振る間隙を縫って――

 ウィリアムは矢をかわし、ラインベルカの大鎌もかわした。長くは持たない。猛攻を繰り返す死神だけでも厄介なのに、遠くから精確かつ威力もあり、桁外れの連射速度を誇るマクシミリアーノの弓があるのだ。

 これでは戦いにならない。

 二の矢、三の矢とウィリアムの泣き所を絶妙に狙ってくる。相手がそれなりの相手であったらこの矢も対処可能。実際ガリアスとの戦の際にはしっかりと対処して見せていた。しかし、『今』のラインベルカはそうするには強過ぎた。

 突然、矢があらぬ方向に飛ぶ。ウィリアムもラインベルカも想定していなかった矢の軌道。ラインベルカは気にせず攻撃態勢、突っ込んでくる。

(あのレベルの使い手にこんなミスはない)

 ウィリアムはすっと一呼吸する。先ほどまでそれすらさせてくれなかった矢は飛んでこない。これでウィリアムは確信する。何か不測の事態が起きて、マクシミリアーノが自分に構っていられなくなったのだと。

「なら、やることは一つだ」

 鞘に納められた剣。ウィリアムは自分なりに高めた必殺の構えを取った。

「さっさと殺してルドルフを追うッ!」

 仮面の奥、瞳がきらりと一瞬輝いた。すれ違いざま、ラインベルカの重厚感溢れる鎧に傷が走った。ウィリアムの頬にも少し深めに傷がついている。だが、

「ギ、ガァァァアアア!?」

 ウィリアムが刻んだ傷はそれより遥かに深かった。

 必殺の居合い切りが炸裂する。

「タフだな。まだやるか」

 かなり深い一撃であったはずだが、死神の雰囲気に弱気は一切ない。それにウィリアムは微笑んだ。予想よりももう少しだけ、面白い相手であったがゆえに。

 やはり、攻め手は死神のラインベルカ。ウィリアムはその大鎌の技を潰していく。威力が最大になる前に、速度が最高に達する前に、ウィリアムの剣は闇の剣、相手の良さを打ち消して闇に引きずり込む無明の剣である。

 二人は互角の勝負を繰り広げていた。


     ○


(針、誰が刺した? そもそも戦場でこんなちんけな武器を誰が――)

 マクシミリアーノの左手の甲には針が刺さっていた。金属製の針、それなりに造りは良いが戦場で用いるにはあまりに脆弱な武器である。そもそも武人が用いる武器ではない。

 誰が使ったのか、どういう存在がこの戦場にまぎれているのか、

「慄けよ。神鳴り、だ」

 いかづちが鳴る。マクシミリアーノが騎乗していた馬が絶叫と共に崩れ落ちた。馬の腹には黒ずんだ穴が開いている。焦げ臭い匂いと鉄のかおりが充満し始める。

「黒い装束の一味、ですか。なるほど、厄介な」

 雷火筒が放たれた方向には一人の黒装束が立っていた。両手で抱えたその筒を背負い、手には愛用の針を両手で八本、口に一本銜えていた。明らかに戦場には似つかわしくない珍客。身のこなしから察するに暗殺者と言う人種であろう。

「遠間で私に勝てると思わないことです、暗殺者よ」

 マクシミリアーノは弓を構えた。その射線上をぬるりと移動する黒装束の男。その表情は仮面に隠されて見えないが、どこかこの状況を楽しんですらいた。

「しっ!」

「ぷッ!」

 矢と針が交錯する。


     ○


 ウィリアムはさらに戦場が混沌に包まれつつあることを感じていた。圧倒的視野の広さは戦闘中であっても変わらない。まるで鳥が俯瞰しているかのような景色が見える。視界はもちろん、音や地面、空気から伝わる振動も景色を与えてくれる要素。

 景色が見えていた。此処より至るであろう更なる混沌を。

「面白いが、興じてばかりもいられんのでな」

「グルルァ!」

 縦横無尽、獣が如く跳ね回る死神。しかし、その攻撃は大鎌から放たれるし、斬るという攻撃手段をとる以上選択肢に限りはある。択を潰して、潰して、本当の手を読み取らば過程の奔放さなど飾りでしかない。

「ルドルフを守るんだろ? 大事なものを守りたいんだろ? なら、この程度じゃ駄目だ。もっと死力を尽くせよ。じゃねーと、俺が仲良く喰っちまうぞ」

 死神の歩みを一瞬止めるほどの禍々しい殺気がこぼれた。死神と謳われた怪物に怖気が走る。眼前にそびえる高き塔、その頂点に君臨する怪物を見て死神は何を思うのか。

「ギガァ!」

「そうだ攻めて来い。かなうなら……俺を殺してみせろ」

 狂気の怪物と零度の王、二人の戦いはさらに加速する。


     ○


 三人がかり、ネーデルクスが誇る最高戦力、どれだけ着飾ったところで歴代最強の剣士を前には霞むしかない。マルサスの強力な剛剣はいなされ、アメリアの華麗な短槍は捌かれる。状況として一番まずいのは『黒』のフェンケであり、その邪道を往く剣は完成された正道の前にむしろ無駄でしかなく、まるで通用していない。

「こ、のォ!」

 ムキに成ればなるほどに開いていく周囲との差。邪道はハマれば相手の弱みをつき強者すら飲み込むが、隙のない本物相手では叩き潰されるだけ。三人の中で地力が明らかに劣るフェンケではこの拮抗を保つことすら難しかった。

 その隙を――

「シッ!」

 見逃すほど今のギルベルトは甘くない。一瞬崩れた体勢、其処を狙った一撃は確実にフェンケの首を断っていた。そのまま何の障害もなく達すれば、

「フェンケッ!」

 マルサスが、間に入らなければ、フェンケは死んでいた。

「何、してんのよ」

「まず一人」

「集中なさいフェンケ! その男なら大丈夫です!」

 かなり深い断ち傷なれど、鬼の子であるマルサスは「吻ッ」と鼻息一つで踏ん張る。

「若いのによくこらえる。良い武人だ」

 とはいえ息一つ乱れていないギルベルトと、気力体力共に限界近い当代の三貴士では明らかな差があった。前まではもう少しやれていたはず。喰らいつけていたはず。しかし、今のギルベルトは恐ろしいほどに遠いところにいた。武人として、剣士として、喪失が若き伸び代を遥かに上回った のだ。

「だが、ギルベルト様の勝ちだ。これで戦争は終わる。我らの勝――」

「あら、良い男なのに気が早いわね」

 オスヴァルトの騎士、その耳元でささやかれた気色悪い無理をした高音。それが耳朶を打った瞬間、同時に三人の頭蓋が弾けた。美しいバラの花弁の如く。

「まったく、情けないわねえ。まだまだひよっこ。わたしたち谷間の世代に助けられてどうするってんのよ。そろそろわたくしも引退したいってのに」

 ジャクリーヌ・ラ・ブルダリアス、『白薔薇』と恐れられたネーデルクス随一の槍使いにして、元三貴士の大柄なオカマが参戦。

「ま、折角の出番。華麗に舞わせていただくわよォ」

 見た目とは裏腹にその槍は極上の一言。ただ準備運動で振るっただけでわかるレベルの差。技術の高さが窺える。

「その出番待った、だ!」

 突如、登場したジャクリーヌのさらに後背から強烈な威力を纏う矢が襲来する。

「ジャクリーヌ様ッ!」

 アメリアの心配。

「馬鹿ねえ。こんな――」

 それは杞憂であった。飛来する矢を粉々に粉砕する一撃。ジャクリーヌの眼がぎらりと鈍く光る。背後から現れた無粋者どもへ、ぬるりとした殺気を送っていたのだ。

「へろへろの矢で元三貴士、白薔薇をとれると思って?」

 殺気の先には二人の若き戦士がいた。

「あら、さっきのガキどもね」

 二人はジャクリーヌを視認して顔を歪めた。

「何故、貴様が其処にいる!? クロードはどうした!」

 ベアトリクスの問い。その必死な形相にジャクリーヌは哂った。この戦場で浮かべては成らぬもの。いずれどのような使い手でもこの場に立ち続ける限り失われるのならば、思慕など覚えるべきではない。

「それなりに面白い戦いだったわよ。むしろあんたたちが遅過ぎ。ちゃーんと戦場を感じ取りなさいな。あの子はしっかりわたくしを足止めしてのけたわよ。死んだけど」

 ベアトリクスの表情は一瞬、さっと青くなった。そして、憤怒の紅に染まる。

「殺すッ!」

 殺気に、のまれ――

「ベアトリクスッ!」

 殺気に溺れる少女を止めたのは兄の一喝。びくりと身体を弾ませてベアトリクスは硬直した。相当の怒りはあれど兄の言葉は絶対である。それがオスヴァルトなのだ。

「兄弟子たちと協力して現三貴士と戦え。どいつも今のお前より強い。しかと胸に留めてオスヴァルトの剣を振るえ。いいな?」

 オスヴァルトの剣、それは国家のための剣である。ベアトリクスは悔しそうに唇を噛み、頷く。今の自分ではジャクリーヌなど遥か彼方。消耗した三貴士ですら自分の手に余る。ガリアスでもそうだった。まだ戦場は自分のものではない。

「俺がやる。そろそろいい年だろ? 決着をつけるぞ白薔薇」

 ギルベルトの雰囲気を肌で感じ取り、ジャクリーヌは髪をかき上げた。もしかすると此処が自分の最後になるかもしれない。なら、最後は全身全霊を持って、武人として戦わねば成らぬ。そうでなければ槍の師、死した兄弟弟子たち。あの男にも申し訳ないだろう。

(本物の天才相手に天才だと思っていただけの男がどう戦うか?)

 紅を落とし、臨戦態勢。

「アメリア。力を貸せ。アンフィスで往く。遅れるなよ」

「は、はい! ジャクリーヌ様。微力ながら全力を尽くします!」

「剣聖相手なら女は捨てる。今の俺はジャン・ジャック・ラ・ブルダリアスだ。微力じゃアンフィスにならん。足りんなら今すぐ引き上げろ。今は、お前が三貴士だ」

「……承知ッ!」

 ジャンとアメリア。二人の槍使いが剣聖に向かい合った。

「立てるかフェンケ。俺たちの仕事は連中を押し返すことだ。まだ、負けてねえぞ」

「当たり前だろ。くそったれ。私たちだって、三貴士だ!」

 赤と黒もまた手負いに疲労の極致なれど、彼らが背負う三貴士という看板が彼らを止めてはくれなかった。武人としての頂だけではない。かつては栄華を誇った元超大国、ネーデルクスの軍をまとめる将の頂点でもある。

 立ち止まるなど許されない。致死であっても戦い抜く。

「意地を見せろやッ! 俺たちはネーデルクスだぞォ!」

 マルサスの咆哮。それは自らの部下はもとより、狂奔し敗走する周辺のネーデルクス兵にも轟いた。それでもわからぬモノへの恐怖を振り切れぬ者もいた。だが、足を止め背を突くアルカディアに一矢報いようとする兵も、出てくる。

「勝てよアメリア。俺たちの後任なんていねーんだ。死んでも入る墓なんてねーぞ」

 マルサスのアメリアを見る目を見てつまらなそうな顔になるフェンケ。ふと、意地悪そうな顔になりニヤニヤと言葉を放つ。

「……おいチューしろ。そしたらもちっと戦える」

「そんな発想に至るならまだ戦える。死に際にならしてやるさ」

「ハン、これだから童貞はよぉ。減るもんじゃなし」

 此処で踏ん張らねば負ける。未だそこかしこで鳴り響く謎のいかづち。大勢としては心が折れ、陣形を乱し敗走するネーデルクスの負けだろう。しかし、此処で敵の将を、中心人物を討てばまだ再起の芽はある。自分たちが勝てば良いのだ。腐っても元超大国、底力はある。

「往くぞフェンケ。死ぬまで戦おう」

「死ぬかよ。まだ男を喰いたりねえっての」

「はは、お前らしいな」

 最後の戦いになるとしても爪あとは残す。十人、百人、千人が相手でも退くことはない。かつての英雄たちを背負うのが三貴士なのだ。若くともこの国の歴史を背負っている。負けはしない。勝つまで戦う。

 青貴子が逃げ延びたならこちらとて勝ちの目はある。此処で戦い続ければ続けるほど、ネーデルクスの未来は繋がる確率を上げていく。そのための捨て駒ならば喜んでこの命を投げ打とう。ネーデルクスの三貴士とは、そういう存在なのだから。

 若き三貴士が征く。

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