神の子と叛逆者:へっぽこ大将

 何度この都市は戦火に呑まれればよいのか。対ネーデルクスの要衝であるブラウスタットは再度奪取してから初めて幾筋もの黒煙を、炎を上げていた。戦の火、戦いの合図である。しかし、それは外からのものではなかった。

 夜闇を照らす赤き炎がちらちろと街を焼いていく。

「まったく、何がどうなっているのか」

 ブラウスタット全体が混乱で揺れている。誰も彼もが状況を把握出来ていない。

 軍団長でありこの都市で二位の力を持つ男、ギルベルトでさえ何もわからないのだ。状況を把握せねばならない。そのためには――

「ギ、ガぁ、ギグぅ」

 眼前の怪物を討ち果たしすぐさまカールの下へ赴かねばならない。

「……どこかで見た顔だな。あの時は、良い武人になると思っていたのだが」

 歪みの怪物は戦火に照らされて、その異形をギルベルトの前に曝け出した。アシンメトリーの身体に対応した構えなのだろう。右に歪んだそれはまっとうな武芸者ではなかった。その構え自体も気色悪いものだが、真におぞましいのはその眼があるはずの部分、こひゅ、こひゅ、と風が不気味な音を立てる、空洞、頭蓋を貫通した穴であった。

 怪物、レスター・フォン・ファルケは堕ちた鷹と化していたのだ。涎を垂らし、力ない構え。「ギィ、ガッ!」そこから突然の加速。加速しながら身体をさらに歪ませ、人ならざる体勢をから放たれる歪みの槍。

「悪いが遊んでいる暇はない。負け犬の亡者風情が、俺たちの道を邪魔するなッ!」

 それを受け止めしはアルカディアが誇る剣聖の剣。ウィリアムともヴォルフとも違う完成を見たそれは、初見から怪物の槍を容易く止める。

「ガ、ギィイ!」

「何が起きているのか知らんが、この都市が容易く落ちると思うなよ!」

 怪物の咆哮をギルベルトの咆哮がかき消す。


     ○


 カールは立ち上る火の手を見て考え得るケースを頭の中で列挙していた。外側からの夜襲はありえない。張り巡らしている斥候に何の反応もないのだ。ならば内側に敵を抱え込んでいた。これもまたディエースにこの都市を奪取された時の教訓を生かし、カールたちはかなり厳しい検査や商人たちへの認定を課していた。

 事実として火の手は上がっているが――

「その実、敵は決して多くない。目的は都市の混乱、それに乗じて――」

 敵の数は少数。おそらくディエースが入り込んだ時よりも少ないはず。

「大将を、この都市の主である僕を討ち取ろうってとこかな?」

 カールの言葉に物陰から拍手が聞こえてきた。ぱちぱちと、この状況にそぐわぬ軽妙な音が響く。カールは机の下に隠していた己が剣を掴んだ。

「素晴らしい洞察力だ。前に会った時とは大違いだよ。久しぶりだね、カール」

 物陰から現れた人物を見てカールは苦笑した。

「あれ、驚かないんだね?」

「ウィリアムから聞いていたからね。君とレスターが生きていたことは」

 エルンストが「ああ、あいつか」と吐き捨てるように言った。それを見ただけでカールはこの男の抱えている闇、その根源を理解する。何と浅く、何とわかりやすい、ゆえにどうしようもない因果であろうか。

「今、レスターと君の剣が戦っているよ。此処に至る通路も僕の部下が抑えているし、ここには誰も来ない。君は一人だ」

「何だ、残念だね。話す時間もないかもしれないや」

 エルンストは眉をぴくりと跳ねる。自分の懐刀である怪物に対してカールは自身の剣であるギルベルトが敗れることを想定していないどころか、瞬殺していると思っているのだ。侮辱だがこの際それは置いておく。

「まあたっぷり話したいところだけど、今日は日が悪いから……ねえ」

 剣を抜くエルンスト。さすが王族、この七年間でそれなりの修羅場も越えてきたのだろう、存外その剣は様になっていた。

「なるほど、やはり少ない人員か。まあ君が直接仕手としてきた時点で、寡兵は確定。いくら警戒を強めても数匹のネズミまでは弾けない。弾く必要もない」

 だが――

「ネズミ数匹、どうしてアルカディア大将の首を取れようか」

 カールが剣を引き抜くとエルンストの身に大きな寒気が押し寄せる。あの優しい顔が戦意に歪んでいる。あの優男がいっぱしの剣士の雰囲気を出しているのだ。

「僕が毎日誰と稽古していると思う? 才能がなくてもね、努力と環境が整っていれば人はそれなりにはなれるものさ。僕の親友の受け売りだけどね」

 エルンストは見誤っていた。王会議で会った時は剣など全然扱えないと言っていた。あれから何年経ったか。人が変わるには充分過ぎるが、それにしてもこの変貌は驚きである。

「強くなったんだね」

「強くならなきゃ生き残れない。そんな時代だから」

 時代、エルンストは悲しげな顔をした。あの時、二人は間違いなく意気投合していたはずなのだ。平和について語り合い、同じ食卓の上でお茶を、お菓子を、大切な人と分け合う幸福。通じていたはずなのだ。なのに、これでは――

「実は、君を殺す前に、君を僕の仲間に入れてあげようと思っていたんだ。愛と正義の、世界に安定をもたらす、大切な仲間たちに。でも、駄目だ。君は染まってしまった。あの男と同じ色、同じ言葉で、世界を乱す大悪に。だから取り除くよ、君を」

 エルンストは身を翻した。脱兎のごとし逃げ足をカールは予想していなかった。

(味方の方に誘導するつもりか? それとも扉や通路の角で待ち伏せ、どちらにしろ――)

 カールは追いかける。壁に立てかけてあった盾を手にして。自分がレスターに勝てると思うほど己惚れてはいないが、この盾を持てばそれなりに耐え凌ぐことは出来る。自らの駒で最強をギルベルトに向けた以上、伏せている味方は一枚、二枚は落ちるはず。

 自分を過信しているわけではなく、あのギルベルトと稽古を続けていた実績がカールに追うという選択肢を取らせた。ここで討たねば彼はアルカディアにとって大きな災いになりかねない。危険性も考慮し、見逃す手はないと踏んだ。

「いない!? さすがに七年間逃げ続けてきただけはある」

 扉を出て左に進んだことまでは把握している。細心の注意を払い、カールは歩を進めた。

 角を曲がるとエルンストの背中が次の角を曲がっていた。

(その先は階段があるか。急がないと)

 カールもまた全速力で盾を構えながら次の角を曲がった。そこには――

「カール様、御無事で!」

 カールも良く知る見回りの兵がいた。

「ああ、ディーターか。今ここに翡翠色の髪の男が通らなかったかい?」

「あ、はい。今それを追おうとしていました。階段を下に降りて――」

「ありがとう。ディーターもついてくるんだ。彼がこの事件の首謀者――」

「エルンスト・ダー・オストベルグ様、ですね」

「え?」

 カールは唖然としていた。その背に突き立つ刃を見て、それを行った旧知の男の震えるさまを見て、カールは青ざめた表情で自分の身から流れ出る血を、見た。

「な、んで?」

「君は人を信じ過ぎるね。部下を信じ、部下から信頼され、ブラウスタットは凄く面倒だったよ。いつもなら仕込みに一週間も要らないんだけど、今回はそれ以上にかかったし、それだけかけても側近は落とせなかった。さすが、似た者同士」

 階段の上からエルンストが下りてくる。崩れ落ちるカールを睥睨して、嬉々としてそれを見下していた。これが当然なのだと、これこそがあるべき姿なのだと、その眼は言う。

「でも、人なんて簡単に裏切るし、簡単に落とせるのさ。お金、恐怖、嗚呼、おぞましく恐ろしい方法だ。僕にはとても出来ないよ。でもでも、愛に語り掛けることは出来る」

 歪んだ貌。直視に耐えるものではない。こういう時にこそ人の本性は現れる。どうしようもなくねじれてしまった哀れな怪物。

「知っているかい? ディーター君には可愛い可愛い愛娘がいるんだ。それは可愛らしいお子さんでね。僕はすぐ仲良くなったよ。で、今は僕が預かっている。君の側近のディーター君は愛に殉じたのさ。美しいよね、美しいだろう? 悪が振りかざす間違った忠義や責務を愛が消し飛ばしたんだ。最高だよ。これぞ正義だッ!」

 カールは少しほっとした。自分の信じていた男は、少なくとも人の道までは踏み外すことをしなかった。それがうれしく、ほんの少し悔しい。気づいてあげるべきだった。気づいて声をかけていれば、今日のような事態にはならなかった。

 つまりは己のせい。ならば――

「ふふ、良かった」

「気でも触れたかい? こんな状況で笑うなんて――」

「ディーター、君は悪くない。悪いのは、このゴミだ!」

 立ち上がり、正しく責務を全うする。大将という重責は刺された程度で揺らがぬのだ。

「えっ!?」

 今度はエルンストが驚愕する番であった。カールはディーターの足を絡め取り転ばせ、その勢いのまま起き上がり盾でエルンストを壁に押し込んだ。その勢いと速さは歴戦の戦士そのもの。

「ぐがっ!?」

 盾で押さえ込まれたエルンストはただの一押しで肺の中から空気を搾り出される。呻く暇も与えず盾の隙間からカールは剣でエルンストを刺した。鮮やかな手並み、何度となく練習した盾を用いた型を繰り出す。

「エルンスト様!」

 階下からエルンストの声を聞いたのだろう。女の声が通路に響く。

「あぎ、ぼ、僕を誰だと」

「アルカディアの敵。つまりは僕の敵だ、亡霊!」

 吐血しながらもカールの眼は真っ直ぐにエルンストの眼を射抜いていた。その真っ直ぐな殺意と敵意にエルンストの眼が怖れで揺れる。自分と同じだと思っていた。以前の、自分と同じだと思っていた。だから簡単に殺せる、そう思っていた。

 だが、この怪物は刺しても死なない。士気の一つも落ちないではないか。

「テメエ、エルンスト様を離せ優男ッ!」

 実用性を無視した大鎌。かの『死神』が用いる武器の如く悪魔的なフォルム。

「わかった。離すよ」

 カールはエルンストの腹から剣を引き抜き、一瞬で体を入れ替える。そのまま向かってきた女の方にエルンストを押し出した。

「なっ!?」

 振りかぶった大鎌を止めるのに精一杯な女。エルンストの背に隠れていたカールは敵の持ち手とは逆方向に飛び出す。恐ろしいまでの冷静さ。氷のような眼でカールは戦闘をこなす。まるでギルベルトやウィリアムのような眼。

「くそがッ! このカロリーナ様がこんな雑魚に」

 主君を盾にとって生まれた隙にカールの刃が奔る。一切の躊躇なく振り抜かれたそれはカロリーナの身体を逆袈裟に切り裂いた。

「浅いッ!」

 追撃の姿勢を取るカール。やはり、その動きに躊躇いは見えなかった。

「ち、くしょう! 申し訳ございません。ここは退きます!」

 カロリーナがエルンストを抱えて猛然と階段へ飛び込む。思った以上にカールが厄介と見ての判断であろう。やはり時間も余裕も彼らにはなかったのだ。

 残されたディーターは――

「カール様、も、申し訳ございません。この罪は我が命をもって――」

 自身の剣を腹に突き立てようとするディーターをカールはその手で止めた。咄嗟のことで刃を握り止めたが、血がしたたり落ちようとその眼に揺らぎなし。

「賊が僕を刺した。それだけだ。君の娘は必ず救う。君は職務を全うしろ」

 ディーターは泣きながら崩れ落ちた。深すぎる悔恨と、これだけのことをしてなお己を許すと言った主の懐の深さを想い。さらには娘まで任せろと言うのだ。

 咎められずとも、この手に刻まれた感触は永遠にぬぐえぬだろう。

「陣頭指揮をとる。彼らは少数だ。しっかりと連携を取れば彼らに出来ることなどたかが知れている。混乱を抑えることが同時に彼らを潰すことになるんだ」

「し、しかしその傷では」

「かすり傷さ。大したことないよ。さあ、街を、君の娘を、救いに行こうか」

「……御意ッ!」

 カールはマントをはためかせて歩を進めた。口の端からこぼれる黒い血をぬぐい、誰にも見えぬ影の中、悲しげな顔で微笑んだ。


     ○


 風が吹く。混沌のブラウスタットに。ふわりと、涼やかに、男の通った後は整然たる秩序と笑顔が生まれる。アルカディア軍大将、カール・フォン・テイラーとはこういう将であった。生来、人に好かれる性質にかまけず、後天的に将たる全てを身に着けた。だからこそ人は彼を愛し、彼と共にあるのだ。

 共感、愛着、忠誠とは少し異なるがこれもまた将の形。

「さあさあみんな、規律の取れた行動を。いっちに、いっちに、よーし、見回りだ」

「大将、子供扱いはやめてください」

「えー、気合入るよぉ」

 この混乱との戦い方は熟知している。昔、大将ヘルベルトがディエースにやられた都市内での暗殺。難攻不落である以上、内側から落とすしかない。そのための警戒、対策はしっかりしていた。だからこそ、今はそれを信じて動くのみ。

「火をつけて回っているのは少数だ。恐れることはない。集団行動を心がけて、風向きに注意しながらポイントを潰して行こう」

 ディエースの時とは状況が異なる。あの時はいくらでもネズミが入り放題だったが、多少気が抜けていたとはいえ対策済みの攻め手であればかわすことは可能。これもまた守戦なれば守りの名手カールに捌けぬわけがない。

「ギルベルト様はどちらに?」

「……今のギルベルトなら放っておいても大丈夫さ。僕たちは僕たちのやるべきことをやろう」

 混乱を落ち着かせ状況を整理する。これ以上混乱を拡散させてはいけない。夜が明けても混乱が続けば必ずその隙をネーデルクスはついてくる。だが、この火を完全に消し止めたなら、少なくとも攻めることにいささかの躊躇は生まれるだろう。

(何とか、しないとね)

 カールは誰にも見えぬところで顔をしかめた。


     ○


「くそ、逃げ足の速い奴だ」

 ギルベルトはかの歪みの鷹を終始圧倒した。かなりの手傷を負わせ、死の恐怖と力の差を刻み込んだはず。理性亡き怪物ゆえにもうギルベルトに近寄ることすら出来ないだろう。本能が拒絶するレベル差があった。

(足止め要員だな。本命はテイラーか。今のあいつが後れを取る相手などそういないだろうが、そろそろ戻った方が良いだろう。雑魚を追うより、意味がある)

 物陰からちらりと顔を出すレスターに殺気を込めた一瞥を送り、ひるませた後ギルベルトは己が主の下へ足を向ける。自分への足止めがこのレベルなら盾持ちのカールであれば生き残るはず。レスターより強い刺客がいるのなら自分に向ければいいし、彼らの認識するであろうカール・フォン・テイラーにはオーバースペックであろう。

(噂のゲハイムがネーデルクスについた。ふん、良いだろう。そんなに滅びたければ滅ぼしてやる。オストベルグの残り火を抱いて死ね。いずれ奴が来る。それで終わりだ)

 あの政策を取って、ブラウスタットに混乱があれば間違いなくあの男、白騎士が来る。そこにカールや自分がいるのだ。負ける要素がない。

 好きになれない相手だが、実力は誰よりも認めている。今のカールと彼が組めば負ける相手などいない。それにカールと自分を合わせたら巨星すら上回る、ギルベルトはそんな想いを抱いていた。ようやく世界が正しくカールを、己を、知る。

(さあ行くぞテイラー。今度は俺たちが名を上げる番だ!)

 ギルベルトの足取りは軽い。


     ○


 カロリーナは奇妙な感覚を覚えていた。自分たちの集合地点は主の止血を終えてすぐに潰され、ブラウスタット内を逃げ惑うしか道はなかった。途中で満身創痍、戦意喪失したレスターを拾い、隠れながら逃げ続ける。

 気づけば外郭、逃げ切れる場所に彼女たちはいた。我ながらうまく逃げおおせたとカロリーナは思うが、あの男の眼を思い出すとどうにもうすら寒い気分になってしまう。全力で逃げ、こうして逃げ切る。

 だが、これは敵の、あの男の想定を超えたものであろうか。あれだけ即座に自分たちの隠れ家を潰した手腕、相当な練度と情報網を持つ彼らが本気で自分たちを逃げ切る筋を作るだろうか。逃がしたくないのなら外郭付近にもう少し兵を配置するはず。

(逃げない手はないね。鷹がこの調子じゃ戦力はあたし一人。エルンスト様を守りながらじゃとても戦えない。こうして楽に逃げられるのはありがたい話さ)

 逃げるが勝ち。ブラウスタットに火をつけ混乱を生み出すことには成功した。戦術目標は果たしたのだ。難問だった敵中枢からの離脱もかなう。勝者は我ら。なのに――

(何故、こんなうすら寒い気分なんだい)

 まるで踊らされているような気がするのはなぜだろう。


     ○


「何故包囲網を緩めたのですか?」

 部下の問いにカールはにへらあと力なく笑う。

「ブラウスタットにとっての最悪を取り除いたんだよ」

「最悪とは?」

「エルンストを生かして都市内に潜伏させることさ。彼は人にとって色々な意味で毒になる。アルカディアを打倒するためなら毒で人を殺すこともいとわない。彼の毒は伝染するし、人が人である限り抗い難いものなんだ。最悪は、彼を残す道」

「なるほど。それで逃がしたのですね」

「確実に討ち取れて、かつ損害が軽微であればその道も選択できたけど、たぶんそれをしたら彼は残る気がした。そうなったら、僕に彼を止めることは出来ない」

「あっはっは。賊を撃退した閣下らしからぬ言葉ですな。いやはや、腕を上げられた」

「君たちがギルベルトを構ってあげないから全部僕に来るんじゃないか。これからはみんなもう少し彼から学んで、少しでも吸収して、たくさん――」

 カールは言葉を止めた。部下たちが不思議そうな顔でカールを見る。

「いや、少し疲れた。ギルベルトを見つけたら僕の部屋に来るように言ってくれ」

 よろよろと眠たげにカールは歩む。

「か、カール様。肩を」

 部下の一人であるディーターはふらつくカールに寄り添った。困ったような顔をするカール。その顔色の悪さに、内実を知るディーターもまた青い顔になる。

「彼らはブラウスタットに潜り込んで日が浅い。彼らの根が浅くてよかった。彼らの隠れ家は多くないみたいだ。じきに君の娘も見つかるはずさ。混乱も落ち着いたし心配だろう? 探しておいで。大丈夫、一人で歩けるよ。いや、一人で歩きたいんだ」

 カールは笑う。ディーターは深く、深く頭を下げた。

「気にしなくて良いよ。君の立場なら僕は同じ事をしたさ。それが親だろ? 大事にね、取りこぼさないように。良い、お父さんでいてね」

 自分はきっと、彼の立場であれば娘を切り捨てた。目に入れても痛くない最愛の娘だが、国家国民が絡むのであればカールは国を取る。きっと、ウィリアムも、歴代の大将たちも同じだろう。こんな人ならざる者、きっと終わりはまともじゃない。

 数多くいる英雄の資質を持つ者たちを差し置いて、まがい物である自分がここまで来てしまった。来た以上頑張るしかないが、やはり上手くいかないものである。

「参ったなあ。あんな大見得切るんじゃなかったよ」

 カールは額に浮かぶ脂汗をぬぐい、自室に足を向ける。

(役目は果たすさ。見てろよネーデルクス。まがい物でも、へたれでも、僕はアルカディア軍大将、カール・フォン・テイラーだ。このブラウスタットは、落とさせない)

 カールの眼にはまだ光が輝いていた。戦う意志、抗う意志が、煌々と――

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