幕間:昔話Ⅱ

 ウォーレンは自分がなぜここにいるのか、わからなくなっていた。仲間とはぐれただ一人、戦場のど真ん中に立っている。ネーデルクス側の傭兵として雇われし若き剣士たち。最初は順調であった。自分たちの技が通用することに浮かれていた。

 だが――

「エル・シドォ!」

「大カンペアドールが出る幕かよ。三貴士に成ってから出直せや!」

「うるせえ死ね!」

「てめえらが死ね!」

「「ぶっ殺す!」」

 ある男が出てきたことで戦場のレベル、その桁が跳ね上がってしまった。

 エル・シド・カンペアドール。

 この男が引き連れし血族、至強の勇士たちが暴れまわる戦場。呼応するように現れた三貴士、その配下たち。荒れ狂う武力と武力の衝突。何もできずに、ただ流されるまま、気づけば散り散りになっていた。何もできない。何も、何も――

『これが、世界か』

 ウォーレンは世界を知った。なぜ自分が此処にいるのかわからないけれど、それでも存外居心地は悪くない、そう思った。心がたぎる。彼らの強さに、その開きに、弾む。

 ここには越えられない壁がある。自分の全部をぶつけてもなお、遠い高み。

 ウォーレン・リウィウスは咆哮した。彼らと同じ笑顔を浮かべ、死地へと踏み出す。

 その姿に、遠く、巨星がほほ笑んだ。

「大カンペアドール?」

「小僧が。俺様を見て、ぐは、笑いおったわ!」

「それは……チェのようなバカですな」

「ああ、バカは好きだぞ。大好きだァ!」

 大矛を携え、怪物もまた動きだす。


     ○


 ブラッドは、来るべきではなかったと悲観に暮れていた。婚約者にいいところを見せようと勇んでいた。自信もあった。手応えも、あった。それなのに――

『な、んだ、こいつ、は』

「ルシタニアの剣士は強いと聞いていたから楽しみにしておったのに、これではあまりにも歯ごたえがない。キュクレインに肉薄したレイは別物か。くだらん、実にくだらん」

 石斧を二振り、力づくで振り回すだけの暴力。その前にルシタニアの剣が敗れ去った。何も通じず、何も届かず、強引に吹き飛ばされた。剣が折れ、ひざが折れ、心が折れた。

 ブレンダも、仲間たちも、先んじて壊滅させられていた。ブラッドが合流した頃には、ブレンダ以外の生存者はおらず、彼女もまた心身ともに大きな傷を負っていた。そして援軍であるブラッドたちも今、全滅しようとしている。

『……強すぎる』

「俺が強い、か。目が言っておるぞ。ガハ、兄二人は俺よりも強い。腕相撲ならば勝つがな! 小賢しい技は苦手だ。そして、その俺でも偉大なる大カンペアドールには勝てん。得意の力比べですら歯が立たん。強過ぎる? このチェがか? 無知、蒙昧、まさに愚也!」

 チェ・シド・カンペアドール。エル・シド四番目の子供にして父親とは十とそこそこしか年齢が離れていない古強者である。元々はチェ・カンペアドールとして戦場を駆けていたが、エル・シドのシドをミドルネームにし始める親族が現れ、即座に改名した忠義者であった。行き過ぎている点は多々あるが。

「カンペアドールの前に死ねること、光栄に思え!」

 これが天井ではない。それを知り、愕然とするブラッド。外の世界に出るべきではなかった。ルシタニアは揺り篭だったのだと知る。もう、立てない。

 チェが勝負を決さんと石斧を振りかぶった瞬間――

「ん?」

 チェの耳に入る音。その瞬間、チェは彼らルシタニアに対する興味を完全に喪失した。児戯とは比較にならない何かが来る。角笛の音が鳴り響き、銅鑼をかき鳴らし、無駄に馬蹄の音を響かせる何とも騒々しい一団。チェの口角が上がった。

「馬鹿が来おったかァ」

 もう、チェの目に彼らは映っていない。

「おうおうおうおう! チェの旦那よォ! 弱い者いじめとは頂けねえなァ!」

 映るはただ一人。威風堂々と現れし男。ガルニアから取り寄せた真っ赤な馬にまたがり、服装も真っ赤。髪は螺旋を描きながら前へと突き出している。その髪を固めるのに一時間かけているとはその隣で付き従う期待の新人マルスランの弁。

「ただの戯れよ。貴様こそこのような場末に何の用だ? 三貴士様がわざわざ」

「そりゃああんたみたいなド派手なカンペアドールがいる以上、俺が出向くしかねえだろーが。悪いが、びしっとヘアスタイルがキマってるからよォ。今日の俺は強いぜ?」

 赤き旗が掲げられる。

「ヒャッハー! 三貴士様のお通りだァ!」

「ふん、『赤龍鬼』が。相も変わらず騒がしいわ!」

 単騎駆け。誰もそれを咎めない。敵も味方も、それが当たり前だと思っている。チェも同様にただ一人動き出す。邪魔をする無粋なものは、いない。

 ド派手な男が跳躍する。

「漢伊達ェ!」

 誰もが目を疑う光景。わざわざ馬で接近して、馬から飛び降りる暴挙。

「烈日の血統を前に天を遮るか!」

「龍が空飛んで何が悪いんでい!」

 そして、そこから生み出される光景に、誰もが息をのんだ。空中で舞う『赤』の三貴士。それを迎撃する四番目のカンペアドール、チェ。二人が共に怪物であるからこそ生み出されし空中戦。撃ち合う衝撃が、龍を天に戴かせる。

「逃げても良いんだぜ!?」

「ならば急所を外せェ!」

 的確に天から急所を狙う槍。迎撃せねば即詰み。人にとって対処の難しい天からの攻撃、正確無比にそこから急所を突く技術。何よりもセンスが問われる槍であった。使い手が絶えた龍ノ型。それを師である男と共に復活させたのが今の三貴士。

 相手に迎撃を強いる天からの槍。それを迎撃して相手を天に張り付かせる人外の膂力。この光景は片方だけではありえないのだ。両方化け物で初めて成る光景。

「「ハハハハハハハハハハハッ!」」

 殺し合いの中、心底笑う二人の怪物。

 ブラッドたちにとって理解不能な光景がそこにあった。

「去れ。ルシタニアの剣士たちよ。ここは三貴士とカンペアドールの戦場。半端者が立ち入っていい場所ではない。言葉は通じずとも、わかるだろう?」

 マルスランの言葉は通じていない。だが、嫌でも彼らは理解した。ここはお前たちの居場所ではない、と。彼らの目がそう言っていたから。

 二人の怪物を中心として、両軍が控える。彼らの目は一様に誇らしげであった。誇り高き戦士の代表。これぞまさに一騎打ち、戦場の華である。

戦士以外が立ち入る隙間など、ない。


     ○


 ウォーレンは笑いながら戦っていた。血で血を洗う闘争の渦。そこに身を浸し、存分に技を振るう。殺す方も殺された方も、本当に楽しそうに殺しあう。隠す必要などない。どいつもこいつも馬鹿ばかり。ならば、我慢する必要などない。

今更仮面を被り続ける意味もない。

『あははははッ!』

「面白い剣を使うなァ!」

 必殺の一撃が受けられる。ウォーレンは強者の手ごたえに破顔した。相手もまた破顔する。幾重に連なる剣の音。そして――

「やるねえ」

 崩れし均衡。下すはウォーレン。敗れるはカンペアドールの男。チェのような上位層ではないが、それでも歴戦の戦士である。

『俺はどこまで、往けるッ!?』

「ここ止まりだ、坊や」

「これ以上は『まだ』君には早過ぎるだろう」

 そして、打ち砕かれるウォーレンの剣。倒すはカンペアドールの長兄、三男。すでに次兄はシャウハウゼン亡き後復帰したティグレに打倒されていた。されど、残った二人は強い。五男、六男、続々と弟たちが死んでいく中、彼らはずっと烈日の側近であり続けた。

「また来なさい」

『く、そっ』

 負けても、立ち上がるウォーレン。すでに体は満身創痍。深い傷も放置を続ければ死に至る可能性もある。それでも、立って笑う彼を見てカンペアドールたちもまた微笑む。

「面白い坊やですね」

「ああ、もう少し、足掻いて見せろ。心の赴くままに」

 漆黒の群れがウォーレンを引き上げる。

『っ!?』

 最も大きな体を持つ男、この場で最も大きな馬の背にウォーレンは乗せられた。その男の背中は大きく、とても雄大に見える。

「いつも通りに」

「ああ、アンフィスだ」

 そこから見えたのは頂点の景色。偉大なる三貴士、『黒』を率いる怪物が『二人』。

「その坊やは私たちが目を付けたのだがな」

「盗人猛々しいぞ」

 立ちふさがるはカンペアドールの長兄たち。

「彼らは我らの陣営だ」

「盗人はどちらかという話でしょう?」

 必然、激戦が形成される。言葉にならぬ刃と刃、意地と意地のぶつかり合い。三貴士の、カンペアドールの誇りが衝突する。長く、そして激しい戦いを抜けたのは――

「さすがにしんどいですね」

 三貴士。

「感じてこい。あそこが、頂点だ」

 言葉にせずとも伝わる。放り投げられたウォーレンが対峙するは巨大な恒星にも似た何か。凄まじい引力。破壊的な雰囲気。すべてが隔絶している。

『ウォォォォォォォッ!』

 ゆえに、ウォーレンは生涯最高の、最大の集中を、刹那の邂逅に吐き出した。

「ふん、ガキどもが……粋なことを!」

 珠玉の居合。だが、烈日はウォーレンの全力を全て受け止め、より大きな力ですべてを弾き飛ばした。剣が折れ、茫然と宙に舞うウォーレン。彼我の距離、その差に、笑いが止まらない。

 これだけ出しても全然ダメ。ならば、次は、もっと、もっと――

「ずいぶん幸せそうな顔をする」

 吹き飛んだウォーレンを受け止めたのは残り一人、現在最強の三貴士であった。名を『白仙』のキュクレインと言う。シャウハウゼンの槍を継ぐ唯一の男。現在の三貴士筆頭であり、シャウハウゼン同様彼無くしてネーデルクス無し、などと謳われている。その槍、まさに神業也。

「二人、カンペアドールを押さえよ。私が烈日とやろうか」

 キュクレイン、エル・シド、その間に道が拓ける。

「キュクレインか」

「私は貴殿と相性がいい。そうであろう?」

「……ふん」

 ぶつかり合う二つの戦士、その頂点。時を操る槍と全てを破壊する矛。

 二つが重なる。

「二国の代表が出てきました。これ以上は保証できませんよ。と言っても、言葉は通じていないのでしょうが」

 三貴士と共に在った同等クラスの男。こんな細い身体の何処にあれほど強く苛烈な槍を秘めているのかが分からない。ただ、何故か彼らは皆、ウォーレンと言う男を好ましく感じているらしい。雰囲気からもそれが滲み出ている。

「ツウ、ジテ、イル。オレハ、リウィウス、ダカラ」

「……なるほど。ルシタニアで唯一外界と接点を持てる一族ですか。私の槍の穂先もリウィウス製なんですよ。使いやすくて頑丈、気に入っています」

「トウ、サマ、ノ、サクヒン。オレモ、スキ」

 なるほど、と男は微笑んだ。そして、ウォーレンを見る。

「君は僕たちと同類だ。だからこそ、他に道が在るのなら、それを選んだ方が良い。僕らには無いからここで死ぬしかないけれど、君は違う」

「……ナゼ?」

「もう少し先、予感があります。戦士の、ロマンが消え行く未来が。その他大勢にとって、とても幸せなことなんでしょうね。でも、戦士は、死ぬしかない。僕らはその前に死ねるけど、君は、微妙なところでしょう。だから、です」

 ウォーレンは彼の言うことが理解出来なかった。きっと、見えている距離が違うのだ。生きてきた時間が、経験が、きっと彼にウォーレンよりもずっと遠くを見せている。その彼の助言、意味は分からずとも、切り捨てられる重みではない。

「キュクレインは強いでしょう? 今、彼が一番ネーデルクスで強い」

「……ソウ、カ?」

「そう思いませんか?」

「ダッテ、デカイ、ホウ、テヲ、ヌイテイル」

「……それは違います。そんな器用な真似、あの男には出来ない。ただ、燃える相手ではないのです。彼はシャウハウゼン様ではなく、その模倣でしかないから。やはり貴方は僕たちに似ている。僕も彼が好きじゃない。でも、勝てないんです。だから止められない。止めなきゃ、いけないはずなのに」

 男は苦渋に顔を歪めながら、戦いに耽る二人の男を見ていた。

「これから来る時代、落日のネーデルクスが戦場を汚す。きっと、僕たちと同類の君は、それを好ましいとは思わないでしょう。さあ、帰りなさい。まだ、別の道が在る内に。この先で、破滅するのは僕たちだけで充分だ!」

 そう言って男は戦場に舞い戻り、その絶技によって切り拓いていく。心底楽しそうに、殺し合いの螺旋に踏み込んでいくのだ。

「……オレハ」

 自分はどうすべきか――


     ○


「チェよォ。あんたは、神に祈るか?」

「唐突にくだらん質問だな。それよりもさっさと殺し合うぞ」

 気づけば二人とも馬上ではなく地上戦へと移行していた。龍が天に在り続ける異様に、チェの馬が耐えきれなくなったのだ。チェ自身はピンピンしているが。

「良いから、聞かせてくれや」

「……祈るともよ。より強い敵に、より激しい戦場に、そればかりは俺が強くとも、強く在り続けようとも仕方がないからな。ゆえに祈る。ほら、答えたぞ。さっさと続きだ続きィ! 俺はまだまだやれるぞォ!」

「ハハ、やっぱ、あんたらは良いねえ。俺も同じさ。でも、ネーデルクスは、ちげえんだとよ。俺たちは古いってよ。そう言っている連中が、もっと古いもんに手を出して、神頼みするってんだから、笑えねえよなァ」

 チェは眼を細める。

「本気で『ヘルマ』を人に移すつもりか?」

「意外と耳ざといな。すでに何人かで失敗してる。ネーデルクスの子供が、未来がよォ。あんなもんに消費されてんだ。本当に、笑えねえ」

「神狩りを率先していたネーデルクスが……笑ってやろうか?」

「おうおう、優しいねえ。俺の槍は、あの人から、ティグレの爺さんからもらったもんだ。あの爺さん、シャウハウゼン様と約束したってんで、戦場に復帰して、槍術院にも顔出して、必死に、繋げたんだぜ。俺は、なのに、クソ、よええなァ」

「あの爺か。化け物だったなァ。若き日、半殺しにされたわ。どてっぱらにまだ傷が残っておる。懐かしい話だ。あの時代は、シンプルで良かった」

 二人ともすでに伸び盛りと言う年齢ではない。互いに、自分の底は見えていた。

「たぶんティグレの爺さん、笑いながら死んだろうぜ」

「ウェルキンゲトリクスと死ぬほどやり合ったんだ。当たり前だろうが。俺も奴のような怪物とやり合って死にたいものだ。俺が俺である内に、なァ」

 もう、おそらくは下るだけ。

「俺はキュクレインに勝てると思うか?」

「無理だ」

「……やっぱ、良い奴だぜ。あんた」

 男は派手な衣装を翻してチェに背を向けた。

「あんたはきっと笑って死ぬんだろうな、チェ・シド・カンペアドール」

「戦場で死ぬなら、そうなるだろうよ」

「……俺はたぶん、無理そうだ。いつかまたやろうぜ。心行くまで、な」

「……ああ」

 そう言って戦士はこの場から去って行った。チェはそれを少し、寂しそうに見つめていた。おそらく、これが彼と会う最後に成ると予感していたから。

 翌年、『赤龍鬼』は『白仙』と国家の運営方針でぶつかり、三貴士として槍にて雌雄を決さんとするも、神の槍の前に敗れ散る。これより長きに渡り、継承途絶えし龍ノ型。ひょんなことから誰も予想しなかった継承をすることに成るも、今はただの過去である。


     ○


 ウォーレンは自分の進むべき道を決めかねていた。繋ぐ者として生きる道、不満などなかった。だが、ここで戦い、生きている実感を得て思う。自分が本来生きるべき場所は此処だったのではないかと。

 楽しかった。心底、命をさらけ出すのが心地よかった。

 この、瞬間までは――

「お前、何処行ってやがった!」

 襟首を掴み、震える手でウォーレンをゆするブラッド。親友で、いつも自信に満ち溢れ、レイとしての矜持に生きていた男とは思えぬほど、弱っている。

「ブレンダが、まずい。出来るだけの処置はした。だが、戦場じゃ、これ以上」

 周りの生き残った剣士たちも一様に沈痛な面持ちであった。

「ブレンダが、何故?」

「ここは地獄だ。俺たちは、ルシタニアの人間は外に出るべきじゃなかった。みんな死んだ。彼女と共にいた連中は、全滅だ。彼女も、さっき、ほんの僅かだけ意識が戻ったが……幼児に退行していたよ。次起きた時、どうなっているかわからん」

「……それは」

「こんな大事な時にお前は、何処にほっつき歩いていやがった! お前だってルシタニアの剣士なら、守るべきだろう!? お前が守るべきだった! 彼女を!」

「おい、ブラッド。そりゃあ違うだろ。その役目はお前の――」

「ブレンダはウォーレンと一緒に成りたかったんだ! 俺ではなく、こいつと! だから外に出た。外なら、ルシタニアのルールなんて関係ない。フィーリィンでも、リウィウスでも、家同士の決め事なんて関係ないからなッ!」

 ウォーレンは何も知らなかった。ただ、我欲に従って剣を用いた。一人だけこの場所を心地よく感じていた。仲間が死に、親友の心が砕け、少し気になっていた少女もまた、壊れた。自分だけ、自分だけが、本当の意味で壊れている。

「リウィウスなら行商とかで使うし、馬にも乗れるよな? 先にブレンダを連れてルシタニアに戻ってもらえば、此処にいるよりも良いんじゃないか?」

「その馬はどこで手に入れるんだよ?」

「そ、それは――」

 八方ふさがりの状況。そもそも生き延びた彼らも傷だらけである。誰一人無傷な人間はいない。それは離れていたウォーレンも同じことだが。

「俺が取ってくる。少し、待っていろ」

「どうやってだよ?」

「剣を貸してくれ」

 ウォーレンは覚悟を決めた目で友の一人から剣を借りる。これが最後、自分が剣を握らねばきっとこんな状況は生まれなかった。リウィウスの役目に背いたから、だからこうなったのだ。これは罰だと、彼はそう思った。

 だから、これが最後――

 あくまで、彼女を助けるために――


「何で、あいつ、笑ってんだよ」


 血だまりの中、勝利の雄たけびを上げるウォーレン。馬を入手するために騎馬隊一つと交戦し、これを打ち破った。様子を見に来た仲間たちが見たのは、自分たちが恐れた者たちと同じ眼をした友の姿。

 この日、ブラッドは知った。せめて剣士としては上に、そう思っていたのに、ライバルだと思っていた男はずっと先にいて、本当の力を隠していた。

 自分には何もないのだと、知る。


     ○


「――あとはルシタニアに戻って、彼女を医家に預け、俺は大樹の根元で祈り続けた。二度と剣を握らぬから、彼女を救ってくれ、と」

「で、『たまたま』生き延びたわけか」

「ああ、『たまたま』彼女は生き延びた。戦場の、俺との記憶は無くなっていたが、俺にとっては奇跡だった。そうして勘違いしたわけだ」

「俺が剣を捨てたおかげで丸く収まった、と。くっく、随分自意識過剰な奴だぜ、あんた。いやー良い話が聞けた聞けた。三貴士最後の黄金世代と始まりのカンペアドールか。楽しそうだなァ。俺も叶うならそこで暴れ回りてえぜ」

「ふ、団長は彼らと話が合いそうだ」

「そりゃあそうだろ。同類さ。あんたと同じ、な」

「…………」

「でも、俺も、あんたにゃ同じ言葉をかけると思うぜ。揺れるほどのもんがあるなら、やっぱそっちのが良い。此処に至って、俺だって肌で感じてる。俺たちの時代は、あと僅かだってな。諦める気はねえけど、人に勧める気もねえよ」

 黒き狼は苦笑して立ち上がった。

「剣の修繕、任せて良いか?」

「研ぎは専門外だが、承ろう」

 狼から牙を預かり、ウォーレンもまた苦笑する。剣に触れると、嫌でも人となりがわかってしまう。彼はとても暖かく、巨大な器を持っている。だが、同時に酷く狭量でもあった。その器に入れるのは、同類たる戦士のみだから。

「他に何もない人間は、どうなる?」

「俺が一緒に死んでやる。って、ガキが生まれる前なら胸張って言えたんだがな」

「……そうか。息子を、大事にな」

「何かもう俺の事嫌いみたいでよぉ。何か機嫌取る方法ねえか?」

「……俺に聞くな。家出された身だ」

「あ、そうか。つーか地味に答えが出たっぽいけど、そこは無視しとくぜ。大事なのは今だ今。やっぱあれかな、狼の毛皮とかかっけえし良い気がする」

 狼は考え事をしながら、酒盛りの場へ戻って行った。

 残されたウォーレンは一人、目を瞑る。

(ブラッド、皆、今、何処にいる? ゲハイムに、あの男に近づくなよ。奴の言葉は人を惑わす。甘く優しい。だが、あの眼はキュクレインと言う男と同じ、過去しか見ていない眼だ。お前の復讐を果たすなら止めはしないが、その男を頼るなよ)

 金の森をゲハイムが襲った事件。ルシタニアが瓦解した日。剣士たちがゲハイムに釣り出され不在としていた中、あの男が現れた。口八丁手八丁、増援が来るまで時間を稼ごうと甘い言葉を重ねた。ウォーレンは言葉ではなく剣で、眼で、真贋を探る。ゆえに敵対し続けることが出来たのだが――

 逆に言えば、言葉を真に受けたが最後――甘い罠に引っ掛けられてしまう。

 あの日、とうとう剣を抜いた。あの大樹はただの木で、自分の祈りなど何の意味も無いと知った。家族をすべて失い、凶刃からブレンダを守れず、友に誤解されたまま、今に至る。無意味な時間を過ごした。取り戻せるものではないが。

(この世界の毒、除けるのならば)

 錆び付いた己の腕でどこまでやれるかは分からない。おそらく、今更何も出来ないだろう。だが、それでも――

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