進撃のアルカディア:白黒談話

 追う立場から追われる立場へ。されど勝者は変わらなかった。変わりようが無い。ガリアスは視点の狭さゆえに機会を喪失した。逆転の芽を待つことで自ら潰したのだ。リディアーヌらは戦場を戦場としてでしか見ていなかった。ウィリアムは戦場を広く見て王をウルテリオルに設定していた。視野の広さ、視点の高さ、その差が今である。

「相変わらずえげつねえ野郎だぜ。隙のひとつくらい見せてやったらどうだ?」

 見晴らしの良い丘の上に陣取るアルカディア軍。その一番高い場所に二人は立っていた。何処までも対照的な二人。どうしても似通ってしまう二人。白と黒、とうとうここまで二人は来た。世界の頂点に手が届きそうなほどの高みへ。

「馬鹿を言え。此処は敵の腹の中だ。隙ひとつでこっちが詰む」

「そりゃそうだが……何ともつまらねえじゃねえか。負ける気がしないってのもよォ」

「そうか? 俺は楽しいぞ。世の中勝ってナンボだろ?」

「もちろんだ。でも俺は、勝ち方にもこだわりてえ」

「それは強者の傲慢だ。そのまま俺とお前の差でもある」

「……そりゃあ、どっちを『上』にしての発言だ?」

 ウィリアムとヴォルフの間にぴりっとした空気が生まれる。

「気になるか?」

「大いにね」

 軽く戦意を向けるだけで周囲が慄いてしまう。良くも悪くも二人は強くなり過ぎた。強くなり勝利を重ね過ぎた。身に着けた強さと身に纏いし勝利の数が彼らの雰囲気を形作る。拮抗する二人。誰もそれに割って入ることなど出来ない。

「強者がお前で弱者が俺だ。満足か?」

「上下の話からずれた気もするが……まあいいぜ。んで、何処まで行くつもりだ?」

「何処までも。止まるべき状況になるまで進むさ」

「ウルテリオルを、ガリアスを滅ぼすことになっても?」

「止められなかった超大国が悪いだろ。俺は七年もくれてやったのに」

「くはは、ひでー野郎だ。人目がつかないことを良いことに、だいぶ色々積んだみてーじゃねえか。テメエの剣から匂う死は、戦場にいた頃よりくせーよ。怖気が走らぁ」

「殺した数はお前の方が上さ。ヴァルホールの王、ヴォルフ・ガンク・ストライダー。金次第であっちへ行ったりこっちへ行ったり、戦乱を撒き散らす怪物め」

「俺にはその生き方しかねえんだよ」

「俺だってそうさ」

 どちらも立ち止まることが出来ない哀れな獣であった。彼らには根源的な恐怖がある。嫌悪に近いそれは、刻苦せずその日暮をする 大勢と同じになること。今更そんな心配をする意味は無い。それでも彼らにはあの地の底でくすぶる者たちに、そう生きてこなかった己を重ねてしまうのだ。

「難儀だな」

「本当に」

 手を抜けば人並みの幸せが手に入る。人並み以上の幸せが其処にある。なのに二人は手を伸ばさない。迷いはある。常にある。されどその手は光を遠ざけるのだ。

「俺自身、全力ならどんだけやれるかが知りたかった。個人的にゃあこの先も、行き着くとこまで行ってみたい。でもよ、俺も王様だ。もう一人の嫁さんに国を預けている無能王だが、それでも一応王なんでな。ウルテリオルまでは付き合えねえぞ」

「だろうな。王ならば当然だ。ガリアスが滅びれば、今の状況が生易しく感じるほどの地獄絵図が世界に広がるだろう。世界は統制を失い、ただでさえ疲弊した国々が覇権争いでより業の深い地獄を形成する。まさに混沌だ。少し、見てみたいがな」

 先ほどの戦意が可愛く感じられるほどの殺気がウィリアムに向けられる。

「くく、止まらないと言ったらお前はどうするんだ?」

 それを心地よさそうに浴びるウィリアム。ヴォルフは顔を歪めた。

「まあ、言わんでもわかるだろ」

 ヴォルフは腰に手を添える。鳴りを潜めた殺気が、なおさら脅威の大きさを表していた。いつでもやれる。狼の顔はそう言っていた。

「結構楽しかったんだがな。此処まで噛み合うとは思わなかった」

「異論はねえよ。本当に楽しかった。でも、これ以上は俺の立場が許さねえ」

「俺は止まらんよ」

「なら死んどけ」

 膨大な殺気が膨らむ。様子の変化に此方を窺おうとしていた不届き者の心をへし折るほどに。強く、深く、広大な殺意の奔流。最強が――牙を剥いた。

 刹那の中、ヴォルフは体重移動を見せずに弾むよう動いた。一瞬で二つの牙を抜き放ち、間を詰め、振り抜く。誰よりも速く、誰よりも強い。

 それをウィリアムは揺れぬ瞳で見下ろしていた。資質で劣る己、速さでも力でも届かぬ己に苛立つこともあった。どれだけ努力しても埋まらぬ、それどころか拡がっていく差。あの日の再会がウィリアムに別の道を模索させた。限界を超えたエル・シドに勝った怪物と同じ土俵では勝てぬと、諦めたことで拓けた道。

 ヴォルフは目を見開いた。誰よりも速い時間軸で動いている己よりも、その剣は先んじて動いていたから。強くは無い。速くもない。だが、それは受けすら許さぬ殺戮の剣。狼は笑った。やはり自分の想像は正しかったのだ。

 本当の敵は誰か――

「やっぱ、テメエだよなァ」

「俺の作る世界に英雄は要らん。俺ですら不純物、お前の居場所などない」

 互いの剣が互いの首、その寸でで止められていた。息を呑むほどの極上な刹那。そこで繰り広げられた攻防を理解できるものなどそう多くは無いだろう。遠くで見ていたアナトールやニーカでさえ理解出来ぬ時間軸での出来事なのだから。

「んで、煽った結果はどうだったよ?」

「ふっ、登った山は正しかった。感謝するよヴォルフ」

 ヴォルフとウィリアム、二人は同時に剣を引いた。

「安心しろ。俺はそれなりにエアハルトを信頼しているんだ。あれは優秀で世界を見渡せる眼を持っている。純粋に、切実に、彼は俺を止めようとするだろう。多少強引な手を使ってでも。その結果、俺とお前の目的は達成されるわけだ」

「……やっぱえげつねえわテメエ」

 ヴォルフは嗤った。エアハルトは利用されているとわかっているのだろう。その上で、愛国心ゆえに阻止へ動く。わかっていても行動が制限されているのだ。生きるためにはこう動くしかない。ウィリアムが用意した活路へ、進むしかない状況を作る。今のガリアスも同じである。こうなっては隠す意味すらない。それ以外の選択肢は潰されているのだから。要するに、もう詰んでいるのだ。

「ガリアスには充分な痛手を負わせた。傷は見た目以上だろう」

 ガリアスを止める。強くなり過ぎた。一国では一矢報いることすら出来ない国力の差。量では敵わない。ゆえに質で――普通ならそ れもガリアスが勝るのだ。傭兵王とかいうふざけた存在がいて初めて成り立った共闘戦線。圧勝に見えるが、その実決して余裕はなかった。攻めが途切れた瞬間、死が待つ状況を超えてきただけなのだ。

 死線を潜り抜けた結果、二人共通の目的は果たされる。

「さらにエアハルトの立場も乱れた。ガリアスとの関係は明らかに。そして世論を無視して俺を止めた。圧勝しているように見える軍を強引に撤退させた。これは小さくない傷さ。何を言ったところで、国は人の集合体。大多数を味方につけたやつが勝つんだ」

 ゆえに俺が勝つ。白騎士の顔はそう言っていた。

「俺は勝つぞ。もはや誰にも止められない」

「俺がいるぜ」

「俺もそう思っているよ。今は、な。殺すなら今のうちだ。これは心よりの助言だぞヴォルフ。俺を殺すなら、今しかない。お前の待ついつかは来ない。いつかでは、お前の剣は届かないんだ」

 ヴォルフはなめた台詞をたしなめてやろうとウィリアムを見る。どうせ苦笑しながら、小ばかにしながら言っているに違いない。そう思っていた。

 しかし、その表情は――

「……うるせえよ。俺が最強だ」

 最強だから殺す場所は俺が決める。いつだってそうだった。殺せたが、殺さなかった。今はその時じゃないから。自分たちが輝ける場所は、最高に熱くなれる場所は此処じゃないから。だから見逃してきた。

 ヴォルフは不機嫌に身を翻してこの場を去った。何か思うところがあったのか、その顔に余裕はない。強いのは自分のはずなのに。胸の奥が揺らぐのは何故だろう。

「知っているさ。お前は強いよ、誰よりも」

 ウィリアムは哀しげな表情で笑っていた。好敵手であった男の背中を見つめて――


 ガリアスとの戦の中で、それほど絡まなかったウィリアムとヴォルフ。この夜は少しばかり多く絡むことになった。この夜を二人は何度も思い出すことになる。苦く、蒼く、遠い、ちょっとした、分岐点。


     ○


 ウィリアムとヴォルフは勝ち続けていた。少しずつ見えてくるウルテリオルの影。頂点に手が届くのではないか、そう世界に思わせるほどに二人、二人が率いた軍勢は強い。勝ち続けることでもたらされる安定。負ければ一瞬で崩れる足場だが、負けねば永遠に崩れることはない。

 砦を落とし、街を襲撃し、村落から略奪の限りを尽くす。

「補給はない。敵の腹の中で活きるには、その身を喰らい続けるしかないのだ」

 敵地のど真ん中で、デスマーチを続けるアルカディア軍はとうの昔に正気を失っていた。普段なら働くはずの理性も、倫理観も、何も働いてくれない。ここは地獄で、生きるためには仕方がないのだと彼らは奪う。略奪者だと彼らは思っていない。

 自分たちが生きるために仕方がないことをしているだけ。そう考えていた。

 だから何でも出来る。殺しも、略奪も、凌辱も、全ては生きることの前に正当化される。

「狂え、奪え、殺せ。常軌を超越しろ。それで強くなれる」

 狂気が彼らの歩を前へ前へと進ませる。一切の躊躇なく殺せる兵が完成した。何ものにも囚われることなく奪える兵を作り出した。

 それを最強の二人が従えるのだ。勝てぬ道理がない。

「暴力の前にゃあ大義なんて消し飛ぶぜ。哀しいかな、この世は狂ったモン勝ちなのさ」

「見るに堪えぬ」

「戦争の極限状態。ルシタニアにはなかった光景だろ?」

「なくてよい。こんなもの、人の所業ではない」

「いいや、これ『も』人、だ。どんな悪夢も人が為せば、それは人の御業だろうよ」

 この戦場にて正常な者は逆に異常と見做される。狂って狂って、百八十度狂いきって、世界が反転した、白が黒へ、黒が白になる世界。正常な者から見れば地獄、なれば異常な者から見ればここは楽園である。

「……貴様は混ざらんのかへなちょこ」

「そこまで堕ちちゃねえよ。この状況を、俺ァ否定はしねえが、肯定もしねえ。奪われるのには慣れてる。奪うのにも慣れてきた。選択の余地がある内は、奪わねえ選択肢を選び取るよ。ま、メシは奪うし同類だけどな。広く視ればさ」

「……そうか。その通りだ」

 若き俊英たちは刻み込む。この光景をどう取るかは彼ら次第。しかし知らぬと知るでは何もかもが違うだろう。白騎士は彼らにこそこの光景を見せたかったのかもしれない。救いがたき人の本性。凡夫は飲まれていい。飲まれるように仕向けねば己らが死ぬ。彼らは英雄ほど律することは出来ず、理由を、言い訳を与えてやらねば人も殺せぬ生き物なのだ。死と隣り合わせ、極限の状態を続けられる心を彼らは持たないのだから。

「さて、早く止めねば、行きつくところまで行ってしまいますよ、殿下」

「させねえけどな。行きつくところでテメエの首を刈り取ってやる」

「それもまた一興だ、山犬」

「余裕ぶっこけねえほどけちょんけちょんにしてやるよ、白猿」

 もはや止まらぬ。止められぬ。

 世界は知る。白騎士が率いたアルカディアの強さを。その恐ろしさも十全に――


     ○


「誰だ?」

 全てが寝静まった時刻、ウィリアムの寝所の前に一人の男が立っていた。普通なら気づきもしない気配の薄さ。されど、白騎士なれば気づかぬわけもない。そもそも、この男もまた白騎士以外に対する気配消しであったのだろう。

「……ルシタニア」

(ああ、なるほど)

 ウィリアムは黒の傭兵団の陣容も当然把握している。新顔ながら独特の剣を振るい、百将上位のアドンを屠った達人。赤い髪とくれば――

「どうぞ、亡国の剣士よ」

 入室してきたのは赤い髪の壮年。ウィリアムは彼を見て少し驚いた。復讐にテラテラ燃え盛る瞳を想像していたのだが、その眼は深く、何かを測るような色合いが浮かんでいた。復讐者のそれではない。一目で同属であった男はそれを見抜く。

『名を問うておこうか』

『……ルシタニアの言葉を解するのか』

『ウィリアム・リウィウスならば当然の事だろう?』

『そう、か。名を問うたな』

『ああ』

 男は一呼吸おいて、その名を口にする。

『ウォーレン・リウィウス』

 今度は、眼を大きく見開く程度では済まなかった。赤い髪、ルシタニア、独特の剣。てっきりウィリアムはレイの系譜だと思っていたのだ。それこそ彼女と同じ、フィーリィンの関係者かと――

『……なるほど』

『ウィリアム・リウィウスは俺の息子だ』

『であれば、仮面は無意味ですね』

『存外平静なのだな』

『今更、貴方の一言で揺らぐ立場ではないので。それこそ十年前であれば貴方の存在一つで全てがご破算に成っていただろうが』

『天下に名高い白騎士、か。別に俺も、強請ろうと思っているわけではない。そもそも俺にそんな知恵も無い。俺に出来るのは――』

 ウォーレンは剣を握る。

『こいつで問うことだけだ』

『ルシタニアでは剣鍛冶の家系でもそれほどの雰囲気をまとうのか』

 ウィリアムは眼前の剣士がまとい持つ雰囲気に笑みがこぼれた。名を奪った男が知るルシタニアの剣士はブリジットのみ。それと比較すると格段に強い。アドンを仕留めた点で油断は無かったが――

(想像よりも、強い)

『リウィウスは剣を用いない。俺は、間違えてしまっただけだ』

『世の戦士が泣くぞ。これほどの強さを持ちながら卑下するとは』

 ウォーレンの剣を握る手に、若干の力が込められたのをウィリアムは見逃さなかった。何かがある。だが、それを問う意味はない。相手が復讐者であれば戦い、奪うのみであった。其処にすら揺らぐ相手、強いが、あの女よりも『弱い』。

『何故、名を奪った?』

『必要だったからだ』

 ウィリアムは澱みなく言い切った。

『それ以外に道は無かったのか?』

『皆無ではない。だが、俺はそれを選んだ。それ以上でもそれ以外でもない』

 やはり、白騎士と呼ばれし男は言い切る。躊躇いなく、澱みなく、その眼はただ真っ直ぐに男を見つめていた。選択肢はそちらにあると眼が言っている。復讐を選ぶか、此処から去るか、好きにせよとウィリアムの眼が言っていた。

 あの男と違う。嘘のない眼。全てを飲み込んだ上で、彼はこの眼をしている。復讐に澱み、歪んだ男、祖国を滅ぼしたあの青年とは対極にある。ウォーレンの言葉を彼にぶつければ、きっと彼は鼻で笑うだろう。何も見えていない、と。

 だが、ウォーレンは剣鍛冶を極めた男。真贋を見抜く眼はある。

『どうした?』

『俺は勝てんか』

『勝てんよ。十年前なら、そちらに分があったかもしれんがな』

『それでも、俺は――』

 一歩、踏み出す足を冷淡に見つめるウィリアム。そう選択するならば、ウィリアムは剣を抜くしかない。復讐者の挑戦を彼が避けることは無いが、甘んじて剣を受けることも無い。十年前ならば問答無用で殺した相手。

 その毒を彼は持っていた。だが、今と成っては、彼の弁を信ずるものなど皆無。ただの狂人として見られるだろう。よしんば信じられたとしても、もはや意味がないのだ。ルシタニア出身、今更誰がそんなことを気にするだろうか。

『間合いに入る前に抜かせてもらおう。そちらの領分で戦う気はない』

 ウィリアムは剣を抜く。彼らの剣の強さも弱さもそれを用いる男は充分に理解していた。想定よりも強くとも、今の自分には届かない。

『さあ、向かってくるが良い復讐者よ。身命を注ぎ、剣を振るえ』

『その剣は……そんな、馬鹿な、何故だ、何故!?』

『何をうろたえる? 貴殿の息子を俺が殺したのだ。そうして成り代わった。当然、良い剣だったのでな、奪わせてもらったよ。あの復讐者の分も、な』

 今更、其処でうろたえる意味がウィリアムには分からなかった。息子の名を奪った以上、剣も奪っていることなど想定してしかるべきであろう。そんなことにも思慮が回らぬ相手にも見えなかったが――

『わかっている。そんなことは』

 だが、ウォーレンが見ていたのは、その剣の深奥。剣鍛冶を、リウィウスの技を極めたモノのみが視る世界。彼らの眼から見れば剣を見るだけで人となりがわかる。場合によっては、それ以上のことまでも。

『何故、奪われたお前が、その男を許す? 『ウィリアム』! どうして、お前はその男の味方として、其処にいる!? 何故、だ?』

(俺じゃない、のか?)

 ウォーレンが覗く世界。剣を通して、ウィリアムには理解不能な何かを見る。

 その結果、ウォーレンは最後の一線を踏み越える理由を喪失した。彼の見たものを証明する術も、言葉も、彼は持ち合わせていない。ただの勘違い、錯覚、勝てぬと悟り、挑むのを恐れただけかもしれない。

 だが、この男はこれ以上、語りはしないだろう。

『……一旦、剣を預ける』

『好きにせよ。ただし、次は迷いを消せ。万全ですら勝てない相手に、迷いの中どうして勝ちの目があろうか。いつでも挑戦は受けてやろう。研ぎ澄ましてこい』

『何故生かす?』

『もはや殺す意味がない。十年前、いや、この戦いに至るまでの立場なら、迷わず殺していたがな。無駄は嫌いなんだ。今のお前には殺す理由も価値も、ない』

 今の自分は、此処まで至った自分は、もう負けない。世界が選び、選ばれたなら確実に勝てる状況を整えた。あとは、ただの答え合わせでしかない。

『……そうか』

 そう言ってウォーレンは一合も交えずこの場を去って行った。

「……半端者が。ゆえに、あり得ない幻想を見る。この剣の持ち主が、『ウィリアム』が、俺を許しているなどと、そんなありえないモノを、親である貴様が視るなど、それこそ笑い種」

 ウィリアムは剣を納めて椅子に座る。復讐者と遭遇した方がよほど気楽であった。あの男が視た、それは、今の自分が喉から手が出るほど欲しいモノであり、それが得られることなど無いと理解しているから、こうして立っていられる。

「奪われた痛みが、そんなに安いはずがない。だからこそ、罪深いのだ、俺は」

 もし、もし本当に、『ウィリアム』が、奪った者たちが自分を許すと、許してくれると、その証拠が突き付けられたなら、きっとこの零度の王はたちまち砕けてしまうだろう。今の原動力は、贖罪なのだから。

「くく、迷っているのは、どっちだ。馬鹿が」

 ウィリアムは自分を律する。明日以降、そもそも今日に至るまで全てが綱渡り。迷いながら渡り切れる橋ではない。仮面をつける。分厚い、ペルソナを。

 強き者を演じ切るために。

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