進撃のアルカディア:各国の反応
ネーデルクス首都の中枢に荘厳と居を構えるはハースブルクが大屋敷、グロリエッテ。その中でひときわ美しく、何ものよりも尊き建物が神の子住まいし『星の離宮』。中にはネーデルクスが誇る至宝、神の子、『青貴子』ルドルフ・レ・ハースブルクがいた。
「お坊ちゃま。そろそろご準備されては――」
「何度も言っているけどさ、この年でお坊ちゃまはきついよラインベルカ」
「……申し訳ございません。つい癖で」
「許す! だから僕行かなくてもいい?」
「駄目です。許さなくても構いませんのでお急ぎください。陛下をはじめ三貴士や各大臣をお待たせしております。すでに現時点で十分ほどの遅刻ですよ」
「えー、待たせとけばいいよー。それよりも最近絵に凝っててさ。ほら、いいでしょ」
ラインベルカですらあまり立ち入らないルドルフの隠し部屋。其処に並べられている大量の絵を見てラインベルカはげんなりと肩を落とす。
「…………裸婦画しかありませんが」
「当たり前じゃん」
最近、部屋の奥で何かをしていると思っていたらこれである。大量の裸婦画にはありとあらゆる人種とお気に入りのおっぱいが詰め込まれていた。とうとうルドルフの性的欲求は俗物的なものを超え、芸術の域にまで達したのだ。
その無駄に高いクオリティがラインベルカの沸点を上回った。
「では参りましょうか」
「え? 僕まだ寝間着で――」
「お坊ちゃまの姿など誰も気にしません。行きますよ」
「い、いやちょっと待って、ねえ、着替えるから、あとお坊ちゃまはやめてよー」
引きずられていくルドルフの姿に、神っぽさは微塵も感じられなかった。
「ルドルフ、そちは余を少し軽んじてはおらぬか?」
「まあちょびっとね。遅れてごめんちゃい。みんなには今度絵あげるから許してね」
ネーデルクスの王、そして重鎮たち、の中で男連中はぴくりと反応する。実は最近、ルドルフ作の絵が実に素晴らしい出来だと王宮内で噂になっていたのだ。真に迫る裸婦絵。ふっくらと、艶めいた作風は現代のピリョドトス(三百年ほど前に没した裸婦画専門の美術家)等と謳われていた。
反応したマルサスの足をアメリアがこれでもかと踏みつける。本当はうずくまりたいほど痛いが、我慢して仁王立つマルサスは男の中の男であった。
「じゃあ本題っと。まずは何を置いてもアルカディア対ガリアス、だよね」
いきなり本題に入り急速に場が引き締まる。
「マァルブルクにてガリアスを撃退。この情報が入ってきたのが昨日の朝方になります」
「でもこっちじゃ情報の鮮度が落ちるでしょ。実際、今どういう戦況かわからないじゃん」
ディエースから戦い方を学び、今では三貴士の一人として『黒』を率いるフェンケはいきなり疑問を呈した。ネーデルクスの地にまで情報が届いた時点で鮮度はがくんと落ちている。正確に現状を知るすべは此処にいる限りないのだ。
「それは仕方ないでしょう。今はその情報から逆算して、今の絵図を推察するしかないですから。間違っても裸婦画などに気を取られている場合ではないのは理解していますね」
隣に座るマルサスの足をこれでもかと踏み潰す。平静を装うマルサスであったが、すでに額には脂汗が浮いていた。
「うん、まあ推察するしかない、ってかガリアスが滅んだ時の事でも考えておいた方が建設的だと思うけどね。んー、裸婦絵一枚賭けてもいいよ。もち、滅ぶ方に」
この場が一気にざわついた。ルドルフが賭けると言ったのだ。あの天運の怪物が、賭け事で負け無しとされている怪物が、こともあろうにガリアスの滅亡に賭けた。その大きさは長く轡を並べる者であるほど絶対に感じてしまう。
「絵、一枚。ではそれほど自信がおありでない、と?」
ラインベルカが指摘する。にやりとルドルフは頷いた。
「そそ、正直自信なし。あの二人が絡んでいるからね。手緩いことはしないだろうけど、相手は超大国だし予想し辛いよね。というわけで、どうするか、何だけど」
ルドルフはぐるりと皆に視線を向けた。
「マルサスっち意見があると見た」
「はっ! 今こそアルカディアからフランデレンを奪い返す時かと」
マルサスの発言にまたも場がざわつく。
「あのカール・フォン・テイラーが守る鉄壁の城塞を、奪えるかい?」
ルドルフは笑みを消して問い返した。安易に答えにくい空気が生まれる。
「あの、発言良いですか?」
フェンケが手を挙げた。その顔はどこか不安げな表情にも見える。
「いいよ、許可する」
ルドルフは不思議そうにフェンケを見ていた。良い思い付きであれば嬉々として発言するはずの彼女が暗い顔をしている。その温度差に、少し、引っ掛かりを覚えた。
「皆さんは『ゲハイム』という組織をご存じですか?」
「全っ然知らないんだけど、有名なの?」
ルドルフが隣のラインベルカに問う。
「有名というほどでは。しかし、裏の社会では着実に名を挙げている組織です。一部噂ですがルシタニアを滅ぼしたのではないか、などと言われております」
ルシタニア、この言葉にルドルフは眉をひそめる。国としては何ということはない小国であったが、この時期、かの男が再動し始めた今、引っ掛かりを覚えてもおかしくはない話である。
「実は最近、その組織から接触がありまして……その男が言うには、ブラウスタットに火をつけ、門を開ける準備が整っていると、打診がありました」
あまりにも大言壮語な話であった。多くはそれを一笑に付し、話題を次に転換しようとする空気が生まれる。ただ、ルドルフは考え込んでいた。自分の中の直感が告げる。
「ふーん、リーダーに会いたいね。フェンケ、話をつけてくれるかな? 僕が直接品定めしよう」
「おぼ、ルドルフ様!」
「君もいるなら大事には至らないでしょ。対アルカディアに関してはどん詰まり、あそこが蓋されている限り進展はない。面白そうな話だし、聞くだけ聞いて損はないよ」
ラインベルカは口をつぐんだ。普段おちゃらけているルドルフだが、実質的なこの国の長としての分別はとうの昔についている。以前の自暴自棄なだけの、我欲一直線の暴君はもういないのだ。これは神の子、『青貴子』としての判断。なれば従うしかない。
「他に何かあるかな? あとはエスタードとの――」
激動する東側の裏でネーデルクスが暗躍を始める。この出会いが吉と出るか凶と出るか、最近ではルドルフでさえ一寸先が見えないでいた。いやがおうにも波紋は世界に広がっていく。
○
エスタードの首都エルリードにもアルカディアの話は届いていた。
王宮の一室。以前はエル・シド・カンペアドールが住んでいた部屋に二つの人影があった。一人は見るからに武を生業とする男、もう一人は武から遠くされど雰囲気はあるという不思議な女性であった。
「エル・シド。聞いたか?」
「はい。アルカディアの進撃、白騎士と黒狼王が組んだ、とか」
「どこまで行くと思う?」
「どこまでも。内側から手出しが入らぬ限り、止まりはしないでしょう」
男、ディノは難しい顔をしていた。
「アルカディア王家の胆力次第か」
「あとはリディアーヌが立て直せるかどうか。立て直せたならウルテリオルまでは落とせません」
「……どこまでもってのはウルテリオルまで入ってたのか。予想とはいえ、ほんと、つくづく化け物だよ。さすが先代を討った男だぜ。今じゃあ誰も手が付けられねえ」
「エスタードにも芽が育ちつつあります。盤面は平穏にてじっと耐え忍びましょう。支配者たるネーデルクスとて明日にはどうなっているかわかりません。そういう時代です」
二代目、『策烈』のエル・シド・カンペアドール。偉大なる先人、その名を冠していた男に、後継者として名前まで継がせる気は無かったであろうが。彼女たちは自発的にそうすることを選んだ。
名を戴く前はエルビラと呼ばれていた女性は静かに世界を見渡していた。今は耐え忍ぶ時、世界が荒れたならエスタードにも復権の機会は必ず訪れる。
荒れよ世界、戦乱がかの強国を呼び覚ます。
○
「動かないねえグスタフ」
「何故だ? あの怪物にとってもこれは好機だろうに」
「好機を逃してでも、何か思うところがあるのかもねえ」
ずずずとヤンは紅茶を飲む。ガリアスは全体的に気候が温暖で、紅茶の一大産地も抱える紅茶王国であった。移り住んではや幾年か、すっかりガリアスの紅茶に魅了された男はまったりと紅茶の匂いを嗅いで恍惚の笑みを浮かべる。
(同じ戦場に立ちたくない、かな? 英雄王は手厳しい土産を残していったみたいだね)
謎とされている聖ローレンス王国の滅亡。アークランドが勝利したのは誰もが知るところだが、その内実は一切漏れ出てこない。ヴォルフのように鮮烈な勝利であるならば敵味方問わず伝説として語り継がれるだろう。ウィリアムとて同じである。
しかし、アポロニアだけは何一つ伝わってこない。不思議に思っていたが、この状況を鑑みるにあまりいい勝ち方ではなかったのだろう。もしかすると、七年経った今でも心に大きな傷を残しているのかもしれない。それならば打てる手は、ある。
「我が国が残っていれば、だけどねえ」
ヤンは地獄が繰り広げられているであろう方角に視線を向ける。情報の速度が遅いこと、内容が断片的でまとまりがないこと、これらから想像できる現場を想うと身震いしてしまう。そもそもウィリアムとは戦ってみたいが、ヴォルフも加わってしまうと知恵を尽くした戦場が崩れてしまう。力押しでどうとでもなってしまうのだから面白くない。
とにかく今は生き残ること。おそらく、ガリアスは滅びない。内情を知るヤンだからこそその確信があった。それが出来る王家であれば、とっくに世界はアルカディアのものであっただろう。
ヤンはまったりと紅茶の香りを楽しんでいた。
○
「陛下、依頼無くとも動き出す好機では?」
周囲を囲う騎士の一人が声を上げる。女王は一人、剣を支えに蒼空の果て、地平の果てを眺める。その先にあるであろう蹂躙劇を想いながら。
「僕らにかの地を治める器はない。白騎士と黒狼王をそのまま敵に回すかい?」
「いえ、そんなつもりでは」
「約定通りで良い。あの者に嘘は無かった。やり過ぎる気など、ない」
アポロニアが口を開く。騎士女王、そして戦女神。あの日から、またも勝ち続けた選ばれし女王は、何の感情も浮かべずに答え合わせの時を待つ。
「私がパワーバランスなどを気に掛ける日が来ようとはな」
背中からは見えぬ女王の自嘲。それの意味を知るは一部の腹心のみ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます