進撃のアルカディア:全てを超えし者

 美しい蒼空が広がる中、アンゼルムは一人ベッドの上からこの空の先に続くであろう戦場を見つめていた。すでに己の手から零れ落ちてしまった舞台。主の『命』によって頂点を目指した。何とか喰らいついてきたが、それも終わり。

「良い朝です。貴方は世界に選択を委ねた。私もまたその一人、期待に応えることは出来ませんでしたが、こうなるのは必然だったとしか思えない」

 英雄が地に墜ちたとされた日、主が己に託した責務。足掻きに足掻いた、期待に応えるべく遮二無二努力した。だが、今に成って思う。自分は方向性を誤っていたのだ。正解を突き付けられて、アンゼルムはあの日、心底嬉しかった。

 嗚呼、やはり自分では届かない。そして、自分の想いは間違っていなかった、と。

 いつだってかの英雄は自分の想像を超えた先にいる。それが、心底嬉しかった。


     ○


 時は少しさかのぼり、ウィリアムがアルカスに戻り少しした後――

「よく頑張ったな」

 開口一番、己が主にかけられた言葉を聞いて、アンゼルムは苦笑いを浮かべた。自分は、お役に立てなかったのだと。期待に沿うことが出来なかったのだと。

「申し訳ございません。ご期待に、沿えず」

 今だ癒えぬ傷を押して立ち上がろうとするアンゼルムをウィリアムは止める。

「十年、ヤンを入れて十年だ。俺の想定は」

「十年……想定……では、やはり私たちが負けると考えられていたのですね」

「そのために種は撒いていた。それでも賭けだったよ。ヤン・フォン・ゼークト、中央では、アルカディアでは消されていても、敵国であるオストベルグには情報が残っているものだ。正直、想定を超えていた。調べれば調べるほどに……奴は強い」

「……ええ、私もそちらの方面担当だったので、敵国から見た武勇伝はいくらか耳にしております。戦の記録も……随分参考にしたものです」

「奴がいて十年、周囲への期待も込めて、十年。様々な要素が絡み合う以上、あくまで想定でしかないが、そもそも俺の勘定に、ヤンが抜けるなどと言う珍事は含まれていない。その情報を知っていれば俺は即座に行程を修正しただろう。その年中に、とな」

「……それは」

「お前は俺の想定を超えたよ、アンゼルム。ヤンの穴を埋め、想定の三年ズレまで持たせた。大したものだ。駒が揃っていない以上、俺でもそれが出来たかどうか」

 アンゼルムは感極まった。ウィリアムの眼に嘘はない。自分が一番彼を理解している。だから、わかるのだ。その言葉に含まれた小さな、炎。自分にとって脅威になり得る相手に向けるもの。それが、七年かけて、ようやく、わずかにでも自分に向いた。

「重傷の人間相手にどうかと思ったが……遊戯でもどうだ?」

 ウィリアムはストラチェスを指差す。この部屋にある唯一の遊具、元々それなりに指せたが、ウィリアムに出会い、彼を真似して、ヤンとも会うたびに指し、多少自信はついていた。所詮は遊戯、本当の戦、それの何かが測れるわけでもないが――

「ベッドの上からで良ければ」

「決まりだ」

 ウィリアムは遊戯を通してアンゼルムの現在地点を推し量る。アンゼルムもまた同じ。見た目は和やか、親友同士が笑顔で語り合う光景。妹であるアンネリーゼも長年の雪解けに感極まって涙したほどである。だが、二人の間で静かに燃え盛る炎は分からない。

 彼らだけ、戦に生き、その経験をストラチェスと言う遊戯に落とし込めるだけの積み重ねがあって初めて、この遊戯は戦の模倣と成り得る。

「……言い訳ではありませんが」

「レノーは強い、か?」

「はい。私も、駒から無駄な思考を省くために、必勝の策などと喧伝しておりましたが、そんなものなどないことは重々承知。考えて捌ける者には適宜修正を入れて、ようやく自分の理想とする戦争が描けるようになった矢先……このザマです」

「テイラーズチルドレンは間に合わなかったか?」

「いいえ、それが間に合ってなお、私は、負けました。既存の戦術に、新しい形を取り入れた二段構え。旧きと新しきの融合。手応えがありました。少なくとも、この戦は勝てると、ようやく手足が間に合った。ならば、と意気込んだ策を、即座に対応された上に、上回られた。私に肉薄してきた将が言っておりました。想定の先を用意したあんたはすげえ。だが、うちの大将はその先を想定した、と。レノー・ド・シャテニエの名を刻め、と」

「練度の差はある」

「ええ、対応力と言う意味で、アルカディアは一段も二段も劣る。若手の質に差はありませんし、むしろこちらが勝っているとも思うのですが、肝心のベテラン勢が上手くない」

「それでも『今』のお前が、無名の男に負けたと言い切るのか?」

「……はい。言い訳でも謙遜でもなく、私はそう判断いたします。つまりは――」

「今の俺よりも強い、か」

 ウィリアム対アンゼルム。軍配は、アンゼルムに上がっていた。七年の研鑽、剣も磨いてきたが、それ以上に彼は戦術を磨き上げていたのだ。この遊戯の特性上、一度の勝負で格付けは出来ないだろうが、勝利した以上、互いに近い領域にいるのは間違いない。

 この盤上にウィリアムはアンゼルムの執念を、七年を見た。

「平手では勝てんか。すごい人材が出てきたものだな」

「逸材と言うのはどこからともなく現れるもの。貴方と同じように」

「参考にさせてもらうよ、黒騎士の見立て」

「白騎士は勝てますか?」

 ウィリアムは自信満々に笑った。

「ああ、勝つとも」

 その眼を見てアンゼルムは微笑んだ。其処に嘘も強がりも無い。情報が出揃った上で、自分よりも強いかもしれない相手に、彼は勝てると言い切った。確信を持っている。

「どうやって?」

「ああ、それはな――」

 七年、アンゼルムが戦術に磨きを上げている間、彼もまた何かを生み出していたのだ。

 立ち止まっているわけがない。彼は――白騎士ウィリアム・フォン・リウィウス。

 底辺から巨星を墜とし天を掴んだ男なのだから。


     ○


「平手では勝てない。ならば、などと貴方は簡単に言ってのける。私は所詮武人の範疇、将止まりでしかなかった。貴方を完成させたなどと、ふふ、片腹痛いではありませんか」

 騒がしきアルカス。騒ぐ元気のある者が、愚かにも喚き散らす。白騎士は終わった、白騎士など大したものではない。七年で錆び付いた。引きこもりの無能。黒騎士の方が強かった。彼は復活しないのか。本当に愚かなのだ。愚かで愚かで、何故、アンゼルムはこんな連中に彼が期待しているのかが分からない。

 ただの人など、彼が尽力して救う価値などあるものか、とアンゼルムは思う。

「昨日ついた言葉など、奴らは覚えていまい。それがどれだけの力を持つか、奴らは自覚せずに罪を重ねる。一つ一つは軽くとも、積み重なれば力と化す。言葉も同じ。その報いを、何故、よりにもよって貴方が背負うのか、私には理解できない。醜いでしょうに」

 美しい人間などひと握にも満たない。ゆえにアンゼルムは今もってその他大勢に悪意を向けることに躊躇いはないだろう。生きる価値のある人間など、ほとんどいないと彼は理解してしまっている。自分の中で定義が根付いている。

 彼は美しい。そんな彼が醜き者を背負って、何処に向かおうとするのか。その先をアンゼルムは理解できないし、したくない。美しいモノが損をして、醜いモノが得をする。そんなアンフェアが許せない。そうさせないために自分は七年、死力を尽くした。

 自分が負け、彼がもう一度表舞台に立つと言うことは、そう言うことだから。

「我が君、我が王、我が躯を踏み越えて、世界よ再び知るが良い」

 アンゼルムは嗤う。

「お前たちの全てはあの御方の掌の上ぞ」

 そして、アンゼルムは、ほんの一滴、泣いた。


     ○


 レノーは優秀であった。最初の敗北、ラコニアを奪取した戦で彼は一番にこう思った。何かある、と。ウィリアムが復活したという最低限の情報を伝令に出し、自らはさらに攻め立てて真意を探った。レノーは巨星を知らない。しかし、巨星を討った者たちとは交戦経験がある。だから気づけた。これは罠だと。

 戦術として不細工であっても巨星クラスが率いた軍は勝つ。そんな理不尽をレノーは知っていた。認めがたくともそれは現実としてこの世にある。勝つ気なら自分が矢面に立てば良い。戦力が拮抗しているなら、戦術的に不利であっても大敗はしないはず。

「七年で錆び付いた? ふふ、巨星を下した『本物』が、容易く堕ちるほど現実は我らに甘くない。ガリアスは忘れてはならないのだ。未だ語り継がれる、戦女神との一戦を」

 その後の連戦連敗も不自然である。さまざまな戦術を試していた。しかしそれは根を同じとするもの。それは黒騎士と同じもの。そしてそれが通じないのは黒騎士で証明済みなのだ。ならば試す必要もない。それでも試した。誘うが如く、甘美な勝利をガリアスに与えて――

「カモフラージュだ。下手くそな匂い消し。凡百の将であれば考えもせず食いつくであろうが、僕は違う。周辺を、広く探索させた結果、貴方の狙いが読めた。ここは虎穴です。僕を喰らうための大口こそオルデンガルド。牙は、そこかしこに生えている」

 レノーはウィリアムの狙いを看破していた。

「戦力を半減させてでも勝つ自信があるのでしょう。ならば僕はそれを知りたい。篭城であるなら僕らは迷い無く退く。野戦なら押す。イニシアチブは依然こちらにあり、この虎穴が僕らにとって危険か否か、虎か、虎子か、見極めさせてもらいます」

 その上でレノーは半分ウィリアムの狙いに乗った。長期戦狙いなら即座に撤退。布陣の時点で勝てないと判断しても撤退、無論、野戦で自分の軍が半数の戦力相手に勝てないと判断する状況はなかなかないだろうが。

 レノーはそれを期待していた。自分の想像を超える戦術、力を前に自分が正しい判断を出来るのか。上手く捌くことができるのか。未だこの新鋭に慢心は無い。

「レノー様、後方に定期連絡を送りました。そろそろラコニアに増援がつめている頃でしょう。万事、抜かりなしですね」

「その想定を超えてくるかどうか、楽しみだよ、明日が」

 レノーたちにとっても運命の朝が来る。


     ○


 運命の日、まごうことなき快晴の下、両陣営は睨みあっていた。ガリアス側から見て多少勾配がある程度の平地。条件は五分である。そして、両陣営の布陣は――

「何の変哲も無い……あまりにも平易な密集陣形だ」

 アルカディア軍、速度が重視される昨今では珍しい歩兵主体の密集陣形を選択。あまりにも平易なそれは、今までの戦型とも違う時代遅れの戦術であった。それを見てレノー擁するガリアスは、

「なるほど。対白騎士用戦術への答えがそれですか。ストラチェスであれば面食らっていたところでしょう。しかし、これは現実の戦場です」

 磨き上げた対白騎士の布陣を捨てガリアスの教本通り、半世紀前の戦争を一気に過去とした最優の戦術を選択した。機動力に富み、隊ごとに紐付けされている合理的な並びは、白騎士の歪な戦術に凌駕されながらも未だにお手本として世界に広く知られている。

「確かに今までの戦術は少々機動力に偏り過ぎていました。その欠点は僕自身、すでに知っているんですよ。貴方方の国がくれた英雄との模擬戦によって、とっくに破られた戦術だったのでね」

 同じ手でレノーの戦術はヤンに破られていた。そしてそれへの回答こそガリアスの軍人なら誰でも知る、誰もが理解しているガリアスの基本戦術であった。

「結局、戦術とはじゃんけんのようなもの。絶対はない。だからこそ選択肢を多く持つ僕たちガリアスは強いのです」

 レノーの軍勢は白騎士用の戦術とガリアスの基本戦術の二つを使い分けることが出来た。じゃんけんであれば絶対に負けることの無い二つの戦術、その独占。軍の習熟度から言っても同じ戦術であれば勝ち目など無い。そもそも兵力の差が明確なのだ。同じでは勝てない。同じにすらなれないのであれば――

「普通であれば勝てない。さあ、この布陣に貴方はどう答えますか、白騎士」

 アルカディアに勝ち目など無いのは自明であった。


     ○


「途中から戦型変更かよ。マジですげーなあの軍」

「非常に練度の高い軍勢だ。これでは戦術の有利は取れない」

「想定通りとはいえ厄介だね。ところで、何で三人ともこんな近くに配置されているのだろうか。そもそもクロードが馬に乗っていること自体、ちょっとおかしな話だけどね」

「うるせーボンボン。この戦に限り俺は百人隊長様だぜ? 馬くらい乗らァ」

 わかっている者にとってこの状況は、真綿で首を締められているようなものであった。明らかに群れとしてあちらの方が強い。対する自分たちの武器はウィリアムから与えられたモノのみ。これとて試しに使ってはみたが、実戦投入は初である。

 皆緊張していた。緊張していないとすれば、

「そちらからどうぞ、若者よ」

 それはただ一人、先を見通す目が戦場を睥睨する。

 開戦は静かなものであった。ゆっくりとガリアス軍が左右に展開、アルカディア軍の密集陣形を包囲するような形を取った。背後はオルデンガルドがあるため包み込むまでは達しないが、それでもこの態勢が不利であることには変わらない。

「このまま一気に押し潰すぞ! 連中に戦い方を教えてやれ!」

「左翼も負けておれんぞ! ガリアスが誇る弓騎兵の力、見せ付けてくれる!」

 勝負は一気に決まる。現場の誰もがそう思っていた。守勢の相手から多少の犠牲でもって喰らいつき、そして一気の詰めろ、ガチガチの陣形は崩せば一気に落ちる。それはストラチェスでも同じであった。

「弓兵構え」

 静かに、その命令はアルカディア軍に奔る。決して大きな声ではなかった。しかし、本能が従えと身体を動かす。意識よりも、理解よりも先に体が動いた。

「威嚇のつもりか! 馬鹿め、この距離で――」

 目の前の敵への恐怖すら奪われた。背後への、根源的な『畏れ』に。

「撃て」

 一斉に、それは放たれた。一見してただの矢、ただの弓。されどその飛距離はガリアスの、世界の常識を超えていた。馬上で弓を射ることを差し引いてもガリアスと比較して、三割、良く飛んだので四割り増しの飛距離。

「馬鹿な!?」

 その光景に衝撃を受けたレノーは眼を大きく見開いた。

 こうなってくると多少の勾配が地獄の坂のように感じてしまう。あまりにも射程距離が違うため、そもそも抗うことすらできないのだ。矢の雨が降り注ぐ。一方的に、それらは命を飲み込んでいく。

「馬上であることを差し引いてもこの差は大き過ぎる! ただの長弓じゃない。まさか、複合弓か!? それをあれだけ、この戦場のために、用意したと言うのか!」

 複合弓は単一の素材で作られる丸木弓と比較してかなりコストがかかる。貴族が狩りで使うモノならいざ知らず、軍で統一するとなった場合、複合弓が採用されることはまずありえない。短弓でならありえない話ではないが、長弓ともなると夢物語であったはず。

「ウィリアム・リウィウスは攻城兵器のような大物を野戦で使用した実績がある。だから僕は、兵器としての隠し玉があるとすればそういう大物を予想していた。だが、これは大物などよりもよほど強烈な、シンプルゆえに咎めようがない!」

 完全に出足をくじかれたガリアス軍。戦術の優位性など一瞬で吹き飛んだ。

「これがストラチェスであれば君たちの勝利だっただろう。いやはや、ガリアスの総合力の高さは厄介極まる。だが、これはストラチェスではない。駒の数を合わせる必要もなければ、駒を強化しても良いのだ。さあ、目にモノ見せてやれ、たまった鬱憤を、吐き出して来い! 前面を展開せよ、騎兵を出すぞ!」

 完全に足を止めたガリアス。動きとしては一旦射程距離から出ようとする後ろ向きなもので、その態勢をウィリアムが咎めないはずがなかった。準備していないはずが無かった。

「行くぜ野郎ども! 全部ぶち込むぞオラァ!」

「オスヴァルトが一剣、押して参る」

「此処が唯一の好機だ! 逃さず喰らうぞ!」

 中央の前面が展開し、その中から火矢の如く滾った騎兵隊が射出された。

「しまっ――」

 ガリアスは全軍が広く展開し、そして後退した。広がり過ぎたのだ。如何に全体の数で勝ろうとも、局地的に劣ればそれは劣勢と化す。其処が中央であれば、なおさら危機は大きくなるであろう。加えて――

「何だあの馬、どんな足をしている!?」

 アルカディアの騎兵、その快速もガリアスの予想を超えた。

 ウィリアムの所有する牧場では、テイラー商会の投資により世界各地から多様な馬が集められていた。それらを掛け合わせて、さまざまな品種を生み出し、その中でも一番足の速い組み合わせを量産させた。ウィリアムの乗る馬を除き、この戦場で用意した全ての馬がその新品種である。もちろん、まだまだ試行錯誤の段階であるが、とある天才の出現で大きく躍進したことは一部の者しか知らない。

 複合弓の長弓、アルカディアの馬、これらの予想だにしていなかったファクターがレノーの想定を覆した。レノーは震える。

「これが、貴方の七年の成果ですか! 世間から消えていた間、ずっと準備をし続けてきた。弓も、馬も、誰にも知られず、用意してのけた。はは、やはり凄い。貴方は武将の域を超えている。此処まで、やるのか、ウィリアム・リウィウス!」

 二つの新兵器は真新しいものではない。だからこそ恐ろしいのだ。奇策に走らず、王道の力を跳ね上げたのだから。投石器や石弓などよりもよほど意味のある強化。性能面とコスト、おそらく両面を磨き上げたのだろう。これからのアルカディアはあの射程がスタンダードとなる。この馬の足が基本と成る。

 その恐怖にレノーは顔を引きつらせた。

 先頭を走る若き将。何度か見たことのある顔が馬上にて弓を構える。当然、それも複合弓であるのだろう。此方の射程外から弓を引き絞り、放つ。強い弓であった。彼の矢は盾を貫き前線の一部を揺らがせる。その揺らぎ、見逃さず駆け抜けるのは一人の少女。

 ガリアスはその少女が放つ烈気に慄いた。少女がまとい持つ雰囲気はすでに百人隊長のそれではない。女でありながらオスヴァルトの一族としては特例での軍属。誰よりも速く、誰よりも激しく、その少女の雰囲気は燃えていた。

「私の道を妨げるな、へなちょこどもが!」

 少女の剣がガリアスに届く。触れた瞬間、縦横無尽に切り裂かれていく盾持ちの兵たち。槍が、矢が、何がこようとも断ち切って前進する。オスヴァルトの天才が咆哮する。

「……やべ、出遅れた。久しぶりの馬だから、言い訳だな、クソ」

 そこから怒涛の如く飛び込んでいく若武者たち。

 そう、何よりも恐ろしいのは、この戦場でも何度かきらめきを見せている若き英傑たち。自分よりもさらに下の世代が台頭しつつあるという事実。超大国であるガリアスに人材がいるのは当たり前。しかし、アルカディアでこれだけ粒が揃っているのは奇妙な話であった。良い若者が多すぎる。意図が介在していないとは思えない。

「人材まで、用意したと考えるべきか。もしそうであるならば、ふふ、少し勝てないかな」

 その目が見通した地平は遥か彼方。今自分が立っている場所でさえ途上であるならば、頂点の高さはいったいどれほどになるのであろうか。レノーは震えを止める事が出来ないでいた。自分の憧れを、めいいっぱい評価していたはずの相手を、レノーは過小評価していたのだ。否、レノーをして視線を共有出来なかった、それだけである。

「化け物め」

 七年前、何度も投げかけられたであろうそれを、レノーもまた口にした。

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