裏・巨星対新星:聖ローレンス滅ぶ
聖女らは英雄王が帰還せず、進軍の音が耳に入ったことで全てを察した。
「……これだけ残りましたか」
「はい、残念ながら。しかし、あちら側は客人がガリアス方面に導いてくれるそうです」
「良縁でしたね。では、始めましょうか」
「はい。全ては――」
「――神の御心のままに」
聖女が皆の前に現れる。そして皆、何の揺らぎも無く祈り始めた。
聖女もまた、皆と共に祈る。
全てはまやかし。こんな祈りに何の意味もない。経典は出鱈目、祈りの言葉も山師共が適当に語感の良い言葉を並べただけ。くだらない所作。
それでも、そこに生きる意味を見出す者がいるのなら――
嘘の意味もあったと思いたい。
○
アポロニアらが聖ローレンスに到達した時には、全てが炎の中に呑まれていた。
「…………」
「何で、何でこうなる!? 僕らは侵略者だけど、滅ぼす気も、略奪する気も、凌辱する気も無かったのに。何で死ぬ? 何でそれを選ぶ!?」
先頭で炎を見つめるアポロニア。メドラウトは頭を抱える。彼にとって理解出来ぬ行為なのだろう。否、騎士にとってこの選択、理解出来るはずもない。誰も彼もが押し黙り、この異様な光景を見つめていた。
すべては炎の中、半世紀其処に在ったはずの全てが――灰燼と化す。
「笑うまいよ」
「ああ」
愚かな行為と笑うには、彼らもまた多くを失い過ぎた。
「すべて、私の選択の結果だ。卿らにも選択の機会を与える。私を認めぬ者はこのままガルニアへ戻ってよい。咎めはない」
アポロニアは炎を背に彼らに問うた。
「好きにせよ」
「姉さんは、陛下は、どうされるおつもりで?」
アポロニアは顔を歪める。ぐにゃりと、以前までの気高く美しく、燦然と輝いていた貌はない。もはや、別人なのだ。全部この地で暴かれた。それでもなお――
「私が滅ぼしたのだ。せめて滅ぼされるまでは、私がこの地を支配しよう」
「ならば僕も付き合うまでのこと」
メドラウトは恭しく膝を折った。あくまでも騎士らしく――
「…………」
主要の騎士全てがそれに倣う。滑稽であると理解しながらも――
「世話をかけるな」
騎士たちは彼女の嘘に付き合うと決めた。此処に行き着いたのは自分たちの不甲斐なさにも原因がある。ならば、そうすべきなのだ。彼女の業は自分たちの業でもある。
「……私は――」
アポロニアは天を仰ぐ。あれほど望んだローレンシアの大地。今は、ガルニアが恋しくて仕方がない。あの寒さですら、今思えば温もりであった。あそこは揺り籠であったのだ。閉じられた、彼女のための揺り籠。もう、其処には戻れない。
戻ったとしてもあの日々は戻らないのだから。
「――本物に、成りたかったのだ」
天は、何も答えない。
炎は全てを飲み込んでいく。其処に何が在ったのか、真実の欠片すら残さずに――
○
「感謝いたします旅の方」
生きる選択をした信徒たちを率いるは一人の男。
「感謝する必要はない」
「しかし――」
「本当に、する必要などないのだ。全ては、我の選択であったのだから」
アーク・オブ・ガルニアスは険しい表情であった。全ての顛末を見て、自らの選択を悔いる。されど、どれだけ悔いたとしても、彼はきっとアポロニアには英雄たれと教え、メドラウトはアポロニアと、自分と離して育てさせるだろう。
何度やり直そうとも同じ選択をする。だからこそ罪深いのだ、この『眼』は。
○
ガイウスは一人、その報せを聞いて目を瞑る。
結局、無為に二つの才能を消耗してしまった。そこで生きずに死すと言う選択を、やはり彼は受け入れる気にはなれなかった。自分に戦う道を諦めさせた男が、こうして当たり前のように時代に流されていく。
「これで余は、完全に一人ではないか。揃いも揃って、馬鹿どもが」
最後の姿を知ることは無い。英雄らしく散ったか、英雄とはかけ離れた死に様だったか、どちらにしても知りたいとは思わなかった。どんな死に様であったとしても、過去を知る者にとっては信じ難く、認め難いモノであろうから。
「さらばだ我らが英雄王。烈日、黒金、実に良い時代であった。共に同じ時代を駆けたこと、誇りに思う。もうすぐ余も向かう。そうしたら、酒でも酌み交わそうぞ」
ガイウスが見つめる夜空。いつも通りであるのに、どこか寂しく感じるのは何故だろうか。三つの星を欠いたローレンシア。新たなる星に沸く世界。旧き時代たる己にこの先、何が出来るか。せめて鮮烈に、と願えども――
○
歴史書にはたった一行、アポロニア・オブ・アークランドがウェルキンゲトリクスを撃破し聖ローレンスを滅ぼした。その跡にアークランドの旗を立てる。それだけが刻まれた。
誰の耳にもそれ以上の情報はない。
第三の星が昇る。その真偽を知る者、当人らを置いて他に無し。
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