裏・巨星対新星:闇夜の侵略

 ガイウスの目の前には餌に釣られて、のこのことかの地を逃げ出してきた山師共の親玉の首があった。彼らが彼女をああ使わねばこんな状況にはなり得なかった。ゆえに、ガイウスがそこに許しを与えることは無い。

「さて、これで頭を失ったな。すでに状況は詰んでおる」

「誰が取るかの競争。ただ、我々は出足を押さえられた形ですが」

「大将軍マクシム。まったく、己に跳ね返ってくるのを承知で、声を大にして言いたい。大将軍の出る幕かよ! ってなァ。くそ、隠居気分の陛下でも連れてくればよかった」

「ジャン・ポールの奴が先ほど呪詛を書き連ねた封書を送ってきました。捨て石にしたのを怒っていたようです。実に心外。かの大将軍相手にきっちり負けられる将などそういないでしょう。信頼しての人選だったのですが」

「俺が言うのもまた跳ね返ってくる気がするが、卿のやりようは嫌われそうだな」

「私と彼はそう言う関係であるべきです。それが一番上手くいく」

「捻くれた友情と言うか何と言うか――」

 ガイウスは先んじられたことに憤慨すると同時に、大将軍、ひいてはオストベルグと自分たちの間にある開きを理解させられてしまう。大将軍と言う柱を軸に最も古くから七王国に名を連ねし国家。どれだけ旧くとも、最後の一線、大将軍が引っ繰り返してしまう。

 此度もそうやって嵌められた。先んじたはずが、先んじられた。

「ストラクレスが女を口説けると思うか?」

「……猪の雌の方がまだ可能性があるかと」

 マクシムが出張って来た以上、この状況を引っ繰り返すのは至難の業。武王をして跳ね返されたのだ。オストベルグの門前で、歴史が違うと一蹴された。

 若き大将軍マクシム。間違いなく歴史に刻まれるであろう名将の器。ゆえに思う。

(なぜ出張ってきた? あの少女に卿は何を……それとも、何かあるのか? ストラクレスとベルガーだけでは、足りぬと思う何かが)

 ガイウスはあえて後塵に排したまま、様子を見ることにした。

 彼にもまた予感があったのだ。

 この夜はまだ始まったばかり、だと。


     ○


 実は、誰よりも先んじていたのはエスタードであった。聖ローレンスにまともな武力無し、と敵戦力を見極め、最低限の戦力だけで出陣したジェドとシドのカンペアドール兄弟。そして三番目の男、二人のいとこであるロス家嫡男の姿もあった。

 頬にはデカデカとⅢを刻みし男。Ⅰ、Ⅱは兄弟取り合いの末、殺し合いに発展。一時休戦と成っている。それもこれも「俺三番」と言った男が悪い。Ⅰ、Ⅱはどっちだという話に絶対なる。この兄弟ならわかり切っている。だからこそ男は面白半分に彫ったのだ。

 もう半分は、この二人なら天に届くと、それを支える覚悟を彼なりに表していた。どちらがⅠ、Ⅱではない。必要なのはふたつの太陽を支える三番目なのだ、と彼は言う。

 余談だが、チェはこの男の逸話を聞いて、自身が四番目の子供であることも併せてⅣをその身に刻んだ。Ⅲまでとは意味が異なり、Ⅳ以降を刻んだ子供たちは数字が内包していた意味を曲解し、血統主義を深める要因と成る。

「女を取りに行くのは構わんけど、シドはこの前ガキ産ませてたろ。全部別の女で」

「戦力増強だ。今回とは意味合いが違う」

「……これマジで言ってんの?」

「シドは大マジだ。自分の血が入った子供なら、多少はものになる。俺が十人いれば最強の十人隊、百人いれば至強の百人隊。千人なら、無敵の千人隊、だと」

「育てる金はどうするんだよ」

「俺が勝ち続ければ良いだけだ。私兵千人抱えるのもガキを千人抱えるのも違いはあるまい。産めや増やせやカンペアドール軍団だ」

「これを十代前半から唱えて、今何人目だった?」

「この前ので十三人目だ。十四だったか。よく覚えていない」

「ひでー親もいたもんだな」

「不自由はさせていない。それに俺は親のつもりもない。俺とジェドを頂点とした軍の駒を量産しているだけだ。奴らに期待するのは俺たちに比肩する武力のみ。使うのはお前たちに任せる。好きに浪費しろ。いくらでも産ませる」

「どう思いますお兄さん?」

「好きにしろ、としか。俺が何を言ってもシドは聞かん。それに、悪い手ではないさ。強い駒が増えるのは良いことだ。従順ならなおのこと。一から育てるのもまた一興」

「お前ら二人ろくな親じゃねえな。俺を見習え俺を。この前おしめ替えたもんね!」

「「……女の仕事じゃん」」

「時代は男女平等だぜ? それに、手をかけるのも悪いことじゃねえさ。愛着がわく」

 シドにもジェドにも響いていない。まあそれがこの時代のスタンダード、彼らの反応は至極真っ当なのだ。ただ、別の価値観もある。それを知る頃に三番目の男はいない。二人の道も違えている。その先で、彼らは知る。

「さて、と、もうちょいだな」

「彼女には俺の子を産んでもらう」

「結局産ませるんかい!」

「駒としてではない。至高の掛け合わせ、エスタードの王にでも据えよう」

「あんまり差をつけると他の子どもがグレるぞっと……おい、何か後ろで音がしねえか?」

 ほぼ同時、三人が闇夜に響く小さな音に気付いた。まだ遠い、馬にしては足音が小さく、柔らかい。人間にしては――速過ぎる。

「……嫌な予感しかしねえ」

「同意だ。人間離れした速さだが――」

「最高速じゃない。流して、これか!」

 集中した彼らは疾走する者の息遣いを捉え、驚愕する。均一な呼気、足音にばらつきも無い。安定しているのだ。まるでジョギングでもしているかのように。

「来るぞッ!」

 三人は馬の足を止め、背後を睨みつける。部下たちを超えた背後に煌く金髪。

「道に迷った。ここはどこだ?」

「何だ、このチビ」

 のちの英雄王と烈日、未来の三大巨星が突如まみえる。

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