裏・巨星対新星:究極完成
「弓構え!」
ジェドの一喝で武官が整然と動き出す。ジェドとロス家で鍛えし勇士たち。突然のことで取り乱してなお、この練度。
「放てッ!」
狙いは正確。放物線を描き――正しく狙った場所に到達する。
「ひゅ」
が、そこにウェルキンはいない。
「ッ!?」
ジェドらの想定をはるかに上回る加速。一気に距離を詰められ、剣を抜けと合図する前に前衛に到達された。当然、部下たちも弓と剣の切り替えが出来ていない。
殺される、彼らは死を覚悟した。
「えっ?」
ある意味で、そちらの方が武人としては良かったかもしれない。ウェルキンは、ぴょんと彼らを飛び越えて追い越し、そのまま走り去ろうとしていたのだ。敵と、認識されていない。此処にいるのはエスタードでも精鋭とされる部隊である。誇りがある。
「おいおい、何だったんだあいつ」
皆、冷汗が止まらなかった。相手に敵意があれば死んでいた局面。
謎の脅威がこのまま去ってくれるなら――
「待てェ!」
「待たない」
すたこらさっさと先へ進もうとするウェルキン。シドの怒声を意にも介さない。
「俺たちはこの先に、聖女に用がある!」
「……ぬ?」
この言葉で初めて、ウェルキンは彼らに興味を示した。エスタードの未来を背負って立つ男たちが、一顧だにもされず無視され、素通りされたなど末代までの恥。
「やはり貴様もか! 悪いが、あれは俺のモノに成る! くだらんクズどもにも、貴様にも渡してやる気はない! 髪のひと房すらなァ!」
「……そうか」
足を止め、踵を返し、ウェルキンは彼らに向き直った。抜き放つは勇者の剣。造りは無骨、由来を知っていれば疑問に思ってしまうほど、飾りっ気のない剣であった。
「戦う理由が出来た」
「ほざけッ!」
誰も静止する間なく、シド・カンペアドールが走り出す。巨躯に見合った大矛を担ぎ、眼は爛々と獲物を見据えていた。自分を無視しようとした男、敵として認識すらしなかった大うつけ。必ず殺す。その一念で大矛を振るう。
(強い)
一合あわせる必要すらない。強さが滲み出ていた。僅かに上程度、ほぼ同世代でこれほどの強さには出会ったことが無かった。ウェルキンは、ほんの少し、嬉しそうに笑った。
「オラァ!」
力任せの一撃。されど、速く、強い。
「こうかな?」
きっちり受けずに、少し流すように受けるウェルキン。シドは気にせずガンガン攻める。剛力にあかせた攻撃。ぶんぶん振り回す度に凄まじい暴風が生まれる。いわんや打ち合いの轟音は耳を劈くほどであった。
「こう?」
だが、打ち合いを重ねるたびに、打ち込みの音は小さくなっていく。
「こうだ」
水の如し受け。
「……あれは――」
ジェドが息を飲む中、ウェルキンの剣が変化する。風のように疾く、雷のように鋭く、炎の如き苛烈な攻め。全てがハイクオリティな動き。エスタードの武人ならば当然覚えがある。そして、まるで知らないレベルのクオリティ。
知っているのに知らない。
「――ネーデルクスの槍を、剣に落とし込んだのか?」
シドを翻弄するウェルキン。四つの槍を、大地と言う五つ目を踏みしめ行使するはネーデルクス流。全ての基本、五大要素を槍に転化したかの国の歴史が詰まっている。それを剣に変えて、同じイメージを剣に投影するまで、普通ならどれほどの年月がかかるか。
「しかも、今、この瞬間に、か!」
精度が上がっていく。桁外れの成長速度。
「しゃらくせえ!」
だが、シド・カンペアドールもまた怪物。相手が成長するならば、こちらも成長すればいい。超えて超えて超えて、最後に笑うは己だと信じて疑わない男の眼。
力が、速さが、増す。
「……両方バケモンだ」
誰も手を出せぬレベルまで一気に加速する二人。
「だが、化け物にも度合いがある。あれは、俺の知らぬ化け物だ!」
均衡は、あっさりと崩れ去った。シドの成長速度が、劣ったのだ。ウェルキンの剣から匂い立つ猛虎の圧。順当に成長していた剣のレベルが、瞬く間に元三貴士ティグレが磨き上げた十年、二十年を吸収し、跳ね上がったのだ。
「ふざ、ける――」
「牙ァ!」
「悪いが手を出すぞ、シド!」
今、ジェドが手を出さねば、シド・カンペアドールは死んでいた。この瞬間にも成長を続けている怪物相手に、国を背負う兄弟は矜持を曲げざるを得ない。
「……くそったれ」
「どの陣営につかれても厄介だ。この場で殺すッ!」
その上で、必ずこの名も知らぬ男を殺す。どれだけ高く見積もっても十代後半の少年。それがこの境地に達している事実。ジェドが二十一、シドが十九、共に早熟と呼ばれていた天才であり、それで終わる気も無かったが――早熟と言ってもあまりにこの男、
「お、おお!」
成長速度が異常過ぎる。ここで殺さねばエスタードにとって、ひいては世界にとって大きな壁と成りかねない。ゆえに、此処で殺す。
「シドォ!」
「わかっている!」
ふたつの太陽が一人の少年を焼き尽くす。凄まじい膂力の大矛が二対。共に速く、強い。その上でジェドは洗練されており、シドはさらに荒さを増していく。
ウェルキンは優勢転じて圧倒的窮地に立たされた。普通、一対多では数字ほどの戦力差は開かない。仕掛ける方も難しいのだ。味方の攻撃が入り乱れる戦場と言うのは。しかし、この二人は長年共に研鑽を積んできた。嫌でもわかってしまうのだ、相手の呼吸が。
ゆえに、抜群のコンビネーションで戦力を跳ね上げる。
「……あはは!」
ウェルキンは凄絶な笑みを浮かべていた。窮地も窮地、借り物の虎だけでは届かない。このままでは死ぬ。何かを変えねば、何を変えるか。行き着く先は、やはり最古の記憶。そして今までの、駆け抜けてきた短い人生。
その全てを愛おしげに抱き――
「何と美しく――」
「何と、強い!」
またも跳ねる。
ウェルキン・ガンク・ストライダーは二つの類まれなる才能を持っていた。
一つは先天的に触覚が、痛覚が無く、それゆえにそもそも身体の限界を知りようがなかったこと。後天的に感覚を得て、後追いで危険なラインを学んだからこそ、彼は理屈として段階ごとに危険なラインを設置出来、それを便宜的に割合で表すようになる。
そもそも最初から、生まれた瞬間から、彼は限界に到達しているのだ。
もう一つはパーフェクトボディコントロール。イメージと寸分たがわず、彼は自らの身体を動かすことが出来る。ゆえに見ただけの動きを、これほどの精度でトレースすることが出来たのだ。イメージさえ創れたなら、数手試せば、『そう』成れる。
これが二人の巨星に肉で劣れども、その上に立ち、並んだ男の才能である。
そして、その二つの才能をかけ合わせた今が、のちに英雄王と成る男の究極系。
「ありがとう。二人のおかげで、今、俺が完成したッ!」
本来、入り混じることのない境地。蒼と紅、二つの併用。槍に憑りつかれ獣を超えた男の生きざまと、同じく槍に人生を捧げた天才の掛け合わせ。繋ぐは、上記二つに比べれば大した才能ではないが、もう一つ、生まれ持った才能、と言うよりも遺伝。
その暴挙を、人類史が今だ未到達な領域を、耐える柔軟で頑強な身体が彼にはあった。無論、長くは使えない。回数も、重ねるたびに摩耗することは確か。それでも、何とか成るのは、頑丈が取り柄であった父と母、そして丈夫に育って欲しいという二人の願い。
それが――
「此処が俺の天井か」
ふたつの太陽を圧倒した。完膚なきまでに、何一つ相手にやらせず、ただただ圧倒した。誰も、声を発することなど出来ない。シャウハウゼンに負けるのならば、三貴士に負けるのならば、百歩譲って許せた。だが、これは、これでは、あまりにも――
「彼女は俺のモノだ。ここは退いて欲しい。君たちを殺したくない」
「情けを、かける気か?」
「違うとも。すごく楽しかったんだ。君たちとの戦いは。また、やりたい。君たちはもっと、もっと強くなるだろ? そしてまた戦おう。きっと楽しい」
底抜けの笑顔。本当に、一点の曇りなく、この男は望んでいるのだ。強く成った自分たちが己の前に立つことを。戦闘ジャンキー、またしてもこの男の一面を彼らは知る。
「お前は彼女をどうするつもりだ?」
「ただ、隣に立つよ。そのためなら、何でもする」
「……いずれ、俺が奪う。貴様も、彼女も!」
「彼女は駄目だけど、俺なら良いよ。またやろう。えーと?」
「シド・カンペアドールだ。貴様の名は!?」
到達した男は満面の笑みを浮かべて終生の好敵手と成る男に名乗る。
「ウェルキン・ガンク・ストライダー」
ジェドとロス家の男は眼を剥いた。この天才が何処の誰なのか、その名を聞いて理解してしまったから。だが、シドにとっては尻についている名が何であっても変わりはない。必要なのは、ウェルキンと言う名前だけ。他は、眼を曇らせるだけなのだ。
名が強いのではない。この男が強いのだから。
「女は預けておく。俺が奪うまで、奪われるなよ」
「君にも奪わせないよ。またね、シド」
そして颯爽とウェルキンは聖ローレンスへと駆け出していく。彼が今、振り返ることは無い。その強さが彼らには無いから。シドは吼える。己が弱さを許せなかったから。
(強過ぎる。シャウハウゼンに感じた壁と同種の厚み、いや、下手をしたら――)
世代最強、もしかするとすでに――
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