裏・巨星対新星:二つの王道

「聖ローレンス? ああ、あの山師共か。何の用向きで王会議に来た?」

 ガイウスとサロモンが顔を突き合わせていた。まだまだ諦める気など毛頭ないガイウスはその日の内に街で大量の花を購入、サプライズを決行しようと考えていたのだ。

「国家として認めて欲しい、と戯言を言いに来たそうです。あのシャウハウゼンがいる以上、神を柱とする国など認められるわけがないでしょうに。最悪神の槍で蹂躙されますよ」

「まあ、おそらくあの男は相手にすまい。偽物が過ぎる。真に近づくからこそ、あの男の逆鱗に触れるのだ。逆に笑って好きにしろとでも言うのではないか?」

「贋物ゆえに、ですか」

 ガイウスは時折、おそらくは本人以上に対象を深く掘り下げる眼を持っている。話の内容、仕草、あらゆる描写から、人を読み取る力がずば抜けていた。部下であり親友でもあるサロモンは常々思う。この男が最も輝く場所は――

「そんなことはどうでも良いのだ。俺にとって重要なのは、彼女をどう口説くか、その一点にある。武器(花)は用意した。口説き文句も、唄も、万全だ」

「……殿下、私にはこれっぽっちも万全とは思えませんが」

「節穴か? お前」

 カチンと青筋を浮かべるサロモン。ガイウスはそんなこと気にも留めずうきうきとその時を待っていた。彼女の寝所と、集会場所を結ぶ通路。必ず彼女は此処を通る。策は完璧、準備も万端。髪もかっちりセットした。少し脂っ気が多いが気にしない。

「来たぞ!」

「……いってらっしゃいませ」

 物陰から現れたガイウス。手には巨大な花束を携えている。

「あら、お昼の」

「ガイウスだ。改めて君に愛を伝えに来た。これはほんの、気持ちの欠片だとも」

 花束を手渡すも、その重みでよろよろと少女は揺らいでしまう。ここで色々な意味で『重い』ことに気づけないところが、この男らしいと言えば聞こえは良いモノの――

「さて、答えを聞かせてもらおうか?」

「ごめんなさい」

 茂みの奥から「ざまーみろ」と声が聞こえた気もしたが、ガイウスは驚天動地のショックで腰砕け、本当に言っていたとしても聞く余裕などない。まさか断られるとは露とも思っていなかったのだ。

「な、何故?」

「だって、私、貴方の事何も知らないから」

「あ、可愛い! それならば気にするな。俺も良く知らん。お互い様だとも」

「ふふ、唐突に好きって言われたのは人生で二度目だったけど、三度目四度目が全部今日だなんて、本当に、面白い日もあるのね」

「三度目四度目は余計であったな。あんな乱暴者と常識知らずに君は釣り合わない。俺ならば釣り合うとも。俺は世界を征する男だ。何となくそんな気がする」

「私も、貴方はそう成る気がするわ」

 ガイウスはその返しに、はたと、表情を変えた。いつものふざけた様子が消える。

「本当に、そう思うか?」

「ええ、何となくですけど」

 染み渡るような言葉。なるほど、確かに彼女は聖女なのだろう。ただの一言で、ガイウスは救われた気がしたのだ。武王の子でありながら、武芸は全て一流止まり。ならば兵法を極めんと思えど、其処も超一流止まり、一番には成れない。

 そんな自分を、彼女は当たり前のように信じてくれた。

「君が必要だ。何となく、そう思う」

「……私はたぶん、逆だと思うけれど、どちらにせよ、ごめんなさい。私は聖ローレンスの、神の僕たる聖女なのです。私は万人のものでなければなりません」

「あんな山師共に騙される君ではない。俺には分かる。君はわかっているのに、何故――」

「弱い人がいるのです。神無くば生きられぬ人、支えなくば立てぬ人、私も聖ローレンスも偽物ですが、偽物でも、それなしで生きられぬ人がいるのであれば、やめるわけにはいきません。嘘は、つき通さねばならない。それが嘘つきの責務です」

 全てを分かった上で、彼女は道化を貫こうと言うのだ。その『強さ』にガイウスは別種の怖気を抱いた。自分が惹かれるわけである。彼女の在り様は、まさに『王』なのだ。己を殺し、弱き者を導くモノ。彼の目指す『王』との違いは、辿り着く先でしかない。

 ただし、其処があまりにも致命的に、ガイウスの理解を超えていた。

「その先には破滅しかない。立てぬ者など放っておけ。立って歩ける者のために生きよ。俺たちは似ている。俺たちは人を導くために、より良い道を指し示すために、俺たちは在るのだ。弱者には弱者の活用法がある、あるが……お前が守ろうとしている者は、俺の尺度では弱者ですらない。生きていない。何の生産性も無い。そんな者共のために王という駒を消費するなど、天が許そうとも俺が許さん!」

「彼らを人ではないと?」

「二の足で立ってこその人だ。無論、足失えど心が立っているなら構わん。身体が歩けずとも、心が歩けるのであれば、それは俺が導く者に値する。だが、それすらせん者は切り捨てる。生きておらぬ者のためにリソースを割くは、無駄だ」

「貴方はきっと素晴らしい王に成ります。でも、その道は私とは重なりません」

「いいや重ねる。ただ、好みの女であるならば、此処で諦めた。まさか振られるとは露とも思わなかったが、受け入れよう。だが、こうなってしまえば話は別だ」

 ガイウスは花束を引っ掴み放り投げた。

「許せとは言わん。だがな、俺はもったいないことが大嫌いなのだ。お前を聖ローレンスで消費するはもったいない。ゆえに、俺が滅ぼそう。俺がお前を有効活用してやる。お前に嫌われようとも、な。俺の名はガイウス・ド・ガリアス。名を問おう」

「私に名は在りません。それはとうの昔に捨てたものです」

「ならば俺が改めてつけてやる。どんな名でもくれてやる。が、名無しであることは許さん。俺のモノと成らぬのであれば、せめて生きている者のためと成れ」

 ガイウスは険しい顔のまま聖女に背を向ける。彼女と言う女性を心底欲しいと思った。初めて愛と言うモノを自覚した。だからこそ、嫌われてでも、道を正す。あれを無為に消費するは己が道に反する。ようやく、彼は理解した。

 自分の在り様を。

「サロモン、滅ぼすぞ。跡形も無く、世界の病巣を根絶する」

「……承知」

 己が主から立ち上る覇気。ようやく、我欲の王は自分の道の一端を見出した。ガイウスの身から溢れ出す何かに、サロモンは笑みを抑え切れない。この先に、王が在る。知恵者サロモンにはその確信があった。

「ならば、私も共に散るまで」

 聖女がこぼした言葉は、ガイウスには届かない。届いたとしても意味がない。きっと彼はそれも含めて折りに来るはずだから。彼が奪うと言うことは、そう言うこと。

「ジェド、お前の絵図から、一度、外れるぞ」

「良いとも弟よ。存分に、思うが儘に暴れてこい」

 茂みの奥から現れた大柄な二人組。

 そして――

「何じゃあ、この草ァ!」

 花束に圧し潰されたストラクレスもまた、戦いの匂いを感じ取った。

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