裏・巨星対新星:旧き時代の王会議にて

 王会議の中心には常に超大国ネーデルクスがあった。王のそばに仕えるは槍のネーデルクスを体現する男、『白神』シャウハウゼン。誰もが羨む究極の英傑を持ち、頂点を独走する常に最新鋭の国。それがネーデルクス。

「時代遅れの戦術を振りかざし、何が最新かよ、なあ、サロモン」

「殿下、口を慎むべきでしょう。事実であったとしても」

 なのに――

「ネーデルクスに有利過ぎる。エスタードはそうしない。そうでしょう陛下?」

「日和るな、どんと構えろ。俺様達を使うと言うのなら」

 今回は――

「ようわからんが、要らんのなら要らんと言えばいいじゃろうが」

「ネーデルクスの面子が――」

「何でわしらがネーデルクスの顔を立てんといかんのじゃ。わしらはオストベルグじゃろーが。わしらがわしらの筋通さんで誰が通すんじゃい!」

 いつもとは違った。誰も彼も挑戦的な眼でネーデルクスを、シャウハウゼンを見つめている。七王国の面汚しであるアクィタニアを引き摺り下ろし、新たなる七王国として名乗りを上げたガリアス。武王の息子であり、後継者であるガイウス王子と智将サロモン。エスタードは王すら威圧するジェド、シドのカンペアドール兄弟。オストベルグはぎゃーすか吼えるストラクレスと止めつつも本気でなく、やはり挑発的な視線のベルガーが。

 若き星々。本来であれば止めるはずの者たちが、止める様子すら見せない。

「……威勢がいい子供たちだね」

 微笑むシャウハウゼン。その眼は、笑っていないが。

「マクシム、教育不足だよ」

「すまぬな、シャウハウゼン。あとできっちり伝えておこう」

 オストベルグ現大将軍、マクシムは軽く会釈をして謝罪した。それに対してストラクレスがぎゃーすか吼えるも、シャウハウゼンはマクシムの態度に明らかな苛立ちを見せていた。普通此処は、両国の国力差を鑑みれば、深く頭を垂れきっちり謝罪する場面。

 それが七王国の格、序列と言うモノ。

「しかし皆、元気が有り余っているようだ。少し稽古をつけてあげよう」

「ほう、ではまずは俺とシドが」

「違う違う、ジェド君。君たちだけじゃない。全員、だ」

「……笑えんな」

「あはは、気を張る必要なんてないよ、シド君。だって――」

 シャウハウゼンの笑み。その理由を、彼ら新星たちはすぐに知る。


「何をしても神の槍には届かないのだから」


 崩れ落ちる新星たち。幾度立ち上がっても、幾度立ち向かっても、まるで赤子の手を捻るかのように、神の槍は全てを打ち砕く。ジェドとシドは顔面を蒼白に、息も絶え絶え地に這いつくばる。ストラクレスとベルガーも似たようなもの。うつ伏せか仰向けかの違いしかない。ガイウスらガリアスは挑戦する手駒すらなかった。

 自国では突き抜けた若手、いずれ国を担うと確信されている彼らでさえ、何一つ通じない。これが世界の頂点、最強の槍使いシャウハウゼン。

「な、んだ、この槍は」

「俺たちの武が、通じん、だと」

 悠然と二人の間を通り過ぎていくシャウハウゼン。

「何じゃ、この、バケモンは」

「……違い過ぎる」

 オストベルグの双翼と謳われし若き英傑二人が、一顧だにもされない。

「理解したまえ。これが、ネーデルクスだ」

 次元の違いを突きつけ、シャウハウゼンが笑う。

「随分品の無い行為だ。君らしくないな」

「マクシム、君風情が私と同等などと思わぬことだ。折角積み上げた安っぽい大将軍、消し飛ばされたくなければ、理解することだ。序列を、ね」

「その焦りがそのまま、彼らの可能性だ。君は、彼らを恐れている」

「……二度は言わない」

 神の槍が大将軍マクシムに迫る。だが――

「国家の顔が二人、洒落に成らん。じゃれ合うなら戦場でせい!」

 割って入った武王によって『双方』の攻撃が止められた。

「余計な真似を。不愉快だ」

「槍が乱れていた今が勝機だった。実に口惜しい」

「私の槍は乱れない!」

「さて、どうだか」

「不愉快極まる! キュクレイン、槍を預ける」

 シャウハウゼンの副将にして唯一、その才を認められた男は顔を輝かせながら近づいてきた。手渡された槍を世に二つとない至宝と思っているかのような所作。その瞳は爛々と潤んでおり、槍とシャウハウゼン、二つを往ったり来たりしている。

 が、次の瞬間――

「飲みに行くぞマクシム! 貴様の欠点を百ほど挙げてやる!」

「それはありがたい。これで私も神に近づけるというもの。私はお返しにメンタル面のアドバイスをするとしよう」

「神に説法を説く気か? 不敬なやつめ」

「そう言うところだ。神狩りをしていた奴が神を気取るから矛盾が生じるのだ」

「生じるものか。私はシャウハウゼンだ!」

 言い合いを続けながら歩き去って行く二人の背を、ぽかんと眺めるは新星たち。武王が止めねば殺し合いをしていた二人が、そのまま平然と街へ飲みに出かけたのだ。正気とは思えない。そもそも今もって両人喧嘩腰である。

「多少、マクシムの方が年上だが、ほぼ同世代で国家の武、その頂点に立つ二人だ。あれらにしか見えぬ世界もあろう。まだまだ、だ。お前もだぞガイウス。喧嘩を売るなら、せめて勝てる札を用意してからにせよ。まあ、あれに勝つは難儀だがなァ」

 哂う武王の視線の先にはぶすっとした顔のガイウスが佇んでいた。彼とてそれなりに武芸を修めている。だからこそ、理解させられてしまった。まだ、『顔』ではないと。

「ギギギギギ」

「うわ、キュクレインさんが血を吐きながら二人の背を睨んでいる!?」

「槍は真綿でも握ってるんじゃないかってくらい優しく握ってるけどな」

 他のネーデルクス勢は朗らかなもの、シャウハウゼンのああした振る舞いもキュクレインのどうしようもなさも、彼らにとっては慣れたもの。それらの難点を差し引いてなお、彼らネーデルクスにとってシャウハウゼンとは特別で、誇りなのだ。

「どうすれば勝てる、ジェド?」

「それを得たものが次の時代、と言うことだ。シドよ」

 まるで見えぬ遠き背中。彼らはまだ知ったばかり。目指すべき高みを、今日知った。

 此処で諦めず喰らいつこうと思った者は高みへ。ガイウスのように見切りをつけた者が別の山に登る。ただし、これは一度目の衝撃でしかない。

 二度目は、誰もが予期せぬ形で訪れる。


     ○


 王会議も終わりに差し掛かり――

「シドォ!」

「ジェドォ!」

「わしも混ぜろや! 殺し合いじゃあ!」

 若き新星たちが切磋琢磨、互いに磨き合い、殺し合い、高め合う。

 そんな風景をつまらなそうに見るガイウス。何しろ、若き彼にとって追いつこうとも思わない才能の差は、不貞腐れるには充分過ぎたのだ。

「……多対多、戦であれば俺にも勝機はある。戦とは頭でするものだ」

「私には勝てませんが」

「ハッ倒すぞ青瓢箪」

「倒すのであれば模擬戦にて……無理でしょうが」

「ムキー!」

 武王の息子として致命的に欠けている己が才覚。別の山を登れども、隣に立つ男がどんとそびえる。それと互角に議論できるジェドも怪物。まさに立つ瀬がない。戦場で己はどう生きるべきか、どれだけ頭を捻っても答えの出ない閉塞感。

 この王会議を経て、なおそれは強まっていた。

「ふん、今に見ておれ。俺は必ず――」

 この瞬間までは――

「何をボケっとしている二人とも。集中をしろ集中を、そんなことでは――」

 ジェドの苦言を耳にも入れぬシドとストラクレス。その視線の先には――

 たった一人の少女。華美な服装すら圧倒するその美に、皆が目を奪われていたのだ。

「……なんとまあ、あれほどの器量、見たことがない」

 驚くサロモン。そしてハッとする。さほどそう言った色事に執着の無い己ですら見惚れた。ならば、あの男が反応しないはずも無し。欲望に忠実な、得るために、勝つためには一切の手段を選ばぬ欲しがり屋。

「好きです! 君のために世界一高い建物を造るよ。その最上階で一緒に暮らそう!」

 全然魅力的ではないキメ台詞と共にガイウスが少女の前に立った。

「あ、俺の名はガイウス・ド・ガリアス。当然知ってるだ、ろぶっふぉ!?」

「結婚するぞ。俺の名はシド・カンペアドール。俺と共に来い」

 ガイウスを問答無用でぶん殴り、無理やり少女を引っ張って行こうとするシド。ジェドは弟の蛮行に頭を抱える。確かに美しいが、あの二人が引っ張られると言うのは何とも珍しいこと。他者は引っ張るものであり、彼らは各々巨大な引力を身に宿す。

 だと言うのに、今の彼らは少女の引力に飲まれていた。

「この俺に手を出したな。シド・カンペアドールゥ!」

「ふん、父親に助力でも乞うか?」

「言わせておけば。俺のモノに手を出せばどうなるか教えてやるッ!」

「多少の牙は生えているようだな、面白ぶごッ!?」

 びたんと床に叩きつけられたシド・カンペアドール。あまりにも無様な姿に敵対していたガイウスでさえ「だ、大丈夫?」と声をかけた。シドは、無言。

「わしのじゃ!」

 そのまま少女を抱えてぴゅーっと駆けていくストラクレス。噂に違わぬ自由人、常識知らず。オストベルグが併合したばかりの土地、飛び地としてかの国で初めて海に面した領土出身の男。姓も教養も無い。嫁は奪い取るもの、勝ち取るもの、それが彼の当り前。

 ちなみに後年、かの飛び地はガリアスの躍進に伴い飲まれ、ウィリアムらの時代ではガリアス領と成っている。住んでいる者にとってはさして気にするほどの事ではないが。

「「殺す」」

 鬼気迫る表情でストラクレスを追うシドとガイウス。何が彼らをそうさせるのか、あまりの状況に他の者たちはぽかんとしてしまう。ただ、ジェドだけは何かを感じ取ったかのように、考え込んでいた。

(此処まで観察した中で、あの三人は、おそらく時代の寵児と成る。無論、俺も劣る気は無いが、特に伸びそうなあの三人に限って、より強く引き寄せた理由は、本当につまらぬものであるのだろうか? わからぬし、考えても詮無いことであろうが)

 まるで彼女に引き寄せられるかのように星が動いた。

 其処に意味があったのかどうか、それは誰にも分からない。分からないが、ただ一つ言えることは、彼女の存在が彼らに深く刻み込むことに成るのだ。

 愛する女すら手に入らぬ、そんな屈辱を突き付けられることで。

 ちなみにこの後、マクシムに見つかったストラクレスはきつくボコボコにされたという。この件で彼は一つ教養を得たのだ。七王国では女の子は攫ってはいけないのだと。

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