裏・巨星対新星:神の槍対暴の獣
「これはまた……我流で辿り着いたか、槍のネーデルクスの歴史に燦然と輝きし一つの星、至高の三貴士、神の槍、『白神』シャウハウゼンが用いた型」
サンスの父であるロス家の頭領が呆然とその戦いを眺める息子の隣に立った。ジェドとローエングリン、昨日までであれば勝負にも成らなかった組み合わせである。全盛期から落ちたとはいえ、ジェドはあのエル・シドの兄。
「時をも操る神の型。竜虎蛇、ネーデルクスに槍の型数あれど、あれほど異質なモノは二つとない。対峙したならばわかるはずだ。あまりにも滑らかで、淀みの無い動きに頭が錯覚を起こす。遅いのだと、勝手に認識してしまう。あれを型と言って良いのか、ジェド様と父は何度となく議論を交わしたそうだ。ただ、凄まじい技量で槍を使っているだけなのだからな。そして、あれに多くの武人が呑まれた。お前の祖父、我が父も同様に」
「……知識だけならば、持っていました」
「ああ、私もそうであった。そして体感して初めて知るのだ、知識とは全然違う、と」
祖父とは異なり今の頭領である男が遭遇したのはシャウハウゼンではなく、その部下であり唯一の後継者であった『白仙』キュクレインとの戦である。シャウハウゼン亡き後、最強至高の槍を継ぐ者として君臨するも、絶頂期のエル・シドに屠られた三貴士。それを境にネーデルクスは転がり落ちていく。超大国から――現在地へと。
「到達しようと思って出来るものではない。それで出来るならネーデルクスはこの槍を失っていない。彼は天才なのだろう。そして弛まぬ努力も積んでいる。見事だ、いつか見たあの景色を彷彿とさせる槍捌き。一つの、到達点」
ローエングリンの呼気に、眼からこぼれる光に、蒼色が混ざる。ジェドはそれを見て微笑む。この歳で、この領域に足を踏み入れたモノなど、ローレンシアの歴史を紐解いても片手も必要ない。ジェドが知り得る中では若くして頂点を極めたシャウハウゼンのみ。
キュクレインがこの領域に至ったのは自らの同世代である主を失った後ゆえに。
「テオが見れば感動でむせび泣く、は言い過ぎだが……それほどに今の彼は他を隔絶した領域にいるのだ。至高の三貴士と同じ地平、つまり、巨星にも匹敵する領域」
シャウハウゼンを相手にエル・シド、ジェドは勝ったことがない。そもそもウェルキンゲトリクスが勝つまであの男は無敗であった。キュクレインもそう。エル・シドと長く渡り合い、それ以外ではやはり無敗。そういう領域なのだ、あの槍は。
「実に惜しい。あの槍を知らねば、我が主とて後塵に拝した」
だからこそ、逃がすわけにはいかない。
「あの槍を知り、幾度も煮え湯を飲まされたエスタードの武人、ジェド・カンペアドールだからこそ、攻略が敵うのだ。あれを相手に生き延びた経験があって初めて――」
その大矛は力づくであった。鬼の形相でジェドは速く、強く敵に叩きつけた。馬鹿げた話だが、至高の技量を相手にそこで競っても意味がない。
「――神殺しに至る」
紅き光がジェドの瞳に過る。凶暴なるカンペアドールの血。完全に制御していた男が、何十年ぶりか、それを解き放ち暴力の嵐と化した。
技には力を。技を超える力を。
ジェドの暴力を見てサンスは目を丸くしていた。あれほど理知的で、戦場を睥睨する広い視野を持っていた男の眼に、そういったモノは一切見受けられない。多少突かれたところで小動もせず、とかく圧倒的なパワーとスピードで打ち込み続ける。
対するローエングリンもそれらをゆらりと捌き続ける。蒼く、より深く、技の深淵に至り、最善手を、最適解を、今持てる全ての技を結集して――
「許せ、若き天才よ!」
「っくしょ、なんつー、じじいだ」
崩れる時は一瞬。ジェドの一撃が白鳥の槍を砕き、ローエングリンを粉砕した。
「ぐ、はァ」
ジェドもまた、崩れ落ちるローエングリンを横目に、暴力の対価を全身で感じていた。疲労、などと言う生易しいモノではない。若き日であれば全力稼働に身体が耐えきれた可能性もあった。だが、今はもう一線を退いた身。
崩壊の痛みが全身を駆け巡る。お前ではもう無理だと、全身が叫ぶ。
「ジェド様」
「……わしは老いたな。もう二度と獣の領域には至れまい。ギリギリ勝ったが、わしも壊れた。いや、壊された、か。見事であったぞ、白鳥よ」
戦場での全力稼働と一騎打ちでのそれは意味合いが異なる。今回のは一騎打ち、それも敵方の邪魔が一切入らず、後顧に憂いがない状態での闘争であった。ただ一点、敵のみに集中し、その他一切を捨て去って、戦って良いのであれば、覚悟一つで踏み込むことが出来る。明日を捨てる覚悟さえあれば――
真にそれを持てる人間が果たしてどれだけいるかはさておき。
「すまん、ユフィ。やっぱ、あれだな、結婚するなら、落ち着いたやつとかが良いぜ。トリストラムとか、ランスロ、は駄目だな。あれで激情型だし、ハハ」
血を吐き、地に堕ちる白鳥。致死量の血液が地に満ちる。
「まったく、愚かなことだ。これほどの勇士を、捨て駒とするとは、な」
ジェドもまた口の端から滲む血を拭った。
「ユーフェミア一人のために軍を動かした時点で王としては三流。英雄の才気に溢れども、王たる資格無し。つくべき王を間違えたな、勇猛なる戦士よ」
「俺の代わりなんざ、ぼさぼさ生えてくるさ。騎士の国集いし、ガルニア、アークランドだぜ。それに、王様なんてどうでも良いのさ。俺は、やり直す機会が欲しかった、それだけだから。ああ、弾き返されたって良い。生きてりゃ、やり直せる、俺みたいに、さ」
笑うローエングリンの眼に後悔は無かった。
「負けたって良いんだ。汚れたって良い。それを知るための挑戦だってなら、やっぱり俺は付き合った。王の才覚なんて関係ない、資格なんてそれこそどうでも良い。挑戦者が好きなんだよ、俺たちみたいな、馬鹿は、さ」
自らもまた槍の技を、力を証明するためにアークに付き従った。そして現実を知り、逃げ去った。苦い経験であるが、きっと辿るべき道だったのだ。知らぬまま終えるよりも、全然良い。自分は騎士だから、武人だから、やはり、平穏は似合わない。
「頑張れ陛下。すまんなユフィ。くそ、最後の最後にやめろよ。ユフィの顔でも浮かべて死にゃ良いのに。っくしょ、浮かぶは、槍の事ばかり。まだまだ、だな。理想には近づいたが、嗚呼、まだまだ、だ。もっと、先が、あ――」
満ち足りたような、悔いがあるような、そんな死に顔。
美しき白鳥は此処で散る。人知れず武人ジェドを破壊して、至高の槍はまたこの地から去って行った。彼岸の向こう、水平線の遥か彼方へ、白鳥は蒼空を舞う。
壮絶な死に姿に、サンス・ロスはただただ見つめることしか出来なかった。主であるジェドが部下たちに介抱される中、ただ一人、白鳥の姿を見つめていた。彼が何を想い、何のために散ったのか、何一つ分からないけれど、ほんの少し、ほんのわずかに、思う。
嗚呼、こんな顔で、生きて、死んでみたい、と。
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