真・巨星対新星:戦後処理

 二つの巨星が墜ち、ローレンシア全土に激震が走った。一つ目の黒狼だけでも信じられない思いであったのに、二つ目に白騎士が黒金を落としたことで世界は確信した。時代が変わったのだと。これからは彼らが時代を作っていくのだと。

 こうなってくると嫌でも最後の一人、英雄王の去就が気になってくる。もしくは三大巨星の時代を背負い新時代を阻むか。新時代の旗手であるとされているアポロニアの動きに皆が注視していた。その動きは明らかに聖ローレンスを、英雄王ウェルキンゲトリクスを狙ったものであったから。

 すでに聖ローレンスはアポロニアの射程圏内である。

 ネーデルクスとエスタードはいくつかの条件と引き換えに和睦を締結する。未だエルビラやディノらが残るエスタードを骨までしゃぶるより、生かして利用する方が価値が高いと踏んだ。そもそも今のネーデルクスに多方面を攻める余力はないのだ。

 時代のうねり、その中でネーデルクスは間違いなく最善手を放っていた。

 あらゆる国が、伏していた英雄たちが動き出す。新時代に乗り遅れまいと、彼らの生涯最大にして最後の大波。荒れ狂うこれを乗り切り、支配した者が次の覇者。

 そんな時代が来た。しかし、全ての者が時代を見通せるわけではない。見通してなおその時代を忌避する者もいる。本来、その国は時代の中心に成るはずだった。時代の中心としてローレンシアを席巻するはずだった。それなのに、

「ウィリアム・フォン・リウィウス」

 その国は――

「貴殿を旧ラトルキアの領主に任命する。以後、軍務につく必要はない」

 新時代の旗手を、英雄を、あろうことか切り捨てた。

「御意」

 白騎士はその手から剣を奪われることとなる。


     ○


 ウィリアムの登場に議場はざわつきを見せる。地味な格好で登壇した彼の姿を見て、格好を超越した雰囲気を感じていた。大怪我をして、死の淵をさまよいながら生還。多少の衰弱は見えるが、それほど弱っているようには見えなかった。

 周囲には黒山の人だかり、多くの貴族が押しかけ立ち見の者までいる始末。それもそのはず、此処は裁判の場であり、咎人として登壇した男はかの巨星を討ち果たした英雄、ウィリアムなのだ。

「ゼークトはいないな」

「テイラーもオスヴァルトもいない。味方が一人もおらんぞ」

「殿下もそれだけ本気ということだ。この場で、白騎士を潰すおつもりなのだろう」

 これだけ人がいるにも拘らず、ウィリアムを庇うような知り合いは皆無。付き合いはあれど白騎士の強さに群がっていただけ、多くの者は庇うことなどしないだろう。何しろ相手はこの国の王家、次期国王と名高いエアハルト王子なのだから。

「静粛に、皆々様方」

 エアハルトの一言で議場がしんと静まり返る。後ろに控えるエードゥアルトやフェリクスより明らかに王の風格が漂っていた。あとは現王が玉座を明け渡すだけ、それだけでエアハルトは次の王となるだろう。そう遠くも無い未来の話である。

「ウィリアム、私はとても残念に思っている。君の事を誰よりも買っていた。誰よりも期待していた。こういう風な形になってしまったこと、とても哀しく思うよ」

 エアハルトの声は哀しげな響きを持っていた。まるで本当に悲しんでいるように聞こえた。そんなこと、あるはずもないというのに。

「…………」

 ウィリアムは沈黙を続ける。エアハルトは笑みを消した。

「何故呼ばれたか、理由はわかるね?」

 ここでようやくウィリアムは口を開いた。

「王命の破棄」

 言葉短く、しかし端的な答え。

「そうだ。まずは理由を聞かせて欲しい。何故絶対とされる王命を破棄し逆らったのか。教えてくれ。君は私たちの英雄だ。陛下も寛大な処置をと同席してくださっている。理屈にかなえば、それなりの処置に収まるはずだ」

 エアハルトは懐深く構える。ウィリアムはその様子に微笑んだ。その懐に甘えたが最後、エアハルトの手にかかり大きな痛手を負うだろう。もしくは逃れられぬ首輪を付けられるか、どう転んでもただでは済まない。

 このような場を用意した相手である。どのような甘言も無意味。

(いくつか武器は用意してあるのですね)

 優しげな顔を一皮めくれば、絶対に此処で潰してやると確固たる意志を持った鬼の形相が出てくるだろう。許す気など毛頭ない。そもそも意に反して進軍を開始した時点でエアハルトの不興を買っていたのだ。

 始まった時点で絶体絶命。

(殿下の刃、刺されてやるのも一興か)

 ウィリアムはあえて懐ではなく、

「王命が理に適っていなかったから、それだけにございます」

 顔を殴りにいった。エアハルトの笑顔にひびが入る。

「王の命が間違っていたと?」

 ウィリアムはゆっくりと、皆に見えるように頷いて見せた。議場がざわつく、王を蔑ろにするような発言、本来ならばこれだけで重い罰を受けていてもおかしくはない。アルカディアにも法律はあるが、王の意はそれらの上に立つので否定は即死である。

「ええ、あの状況で従う理由はありませんでした。よりアルカディアに有益な選択をしたまで。結果、私は巨星を討ち、オストベルグの一部を切り取る成果を上げた。王命に従っていては、あの時点でアルカスに戻っていては、それらは手に入らなかったものです」

 されどウィリアムは否定する。

「国家存亡の危機であったのだぞ」

「エスタードに注力していたネーデルクスにそれほどの力はありませんよ。ブラウスタットを『落とした』のは奇策であり下策、下手人は『蛇蝎』のディエース。最少人数、最小の手数で彼は落とした。かの要衝を。其処は見事。されど、それゆえに広がりは無かった。取られた以上仕方が無い。取り返せぬならば放っておけば良い。私はそう判断しました」

 そう、進撃していたウィリアムを呼び戻す王命が下った理由は、多くの犠牲を払ってようやく手に入れた橋頭堡であり、あれほど堅牢を誇ったアルカディア最強の盾として君臨してきた青き都市、ブラウスタットが落ちたのが理由であった。

「随分と安く考えているのだね。かのブラウスタットは対ネーデルクスにおける最重要地点。それを仕方が無いで済ませるのか。我が国の軍団長であり貴族でもある君が」

「安くは無いでしょう。ただ、今回得たオストベルグの領土。かなりをガリアスに奪われてしまいましたが、それでもブラウスタット一つよりも大きいはず。損益で考えた場合、今回の戦はアルカディアにとって大いに実りのあるものでした」

 もしこの場にギルベルトがいたら、カールがいたら、激昂していたかもしれない発言。

「大将ヘルベルトが死んでいるのだぞ。それを君は」

「それも込みでプラスであると私は言っているのです」

 議場が凍りつく。唯一、この場で味方になりうるはずの第二王女エレオノーラでさえ絶句してしまうほど、この発言に熱は無かった。冷た過ぎる、あまりにも熱のない発言。これは攻撃的過ぎた。

「カール君の話は聞いているね?」

「ええ、さわり程度ですが」

「それでも君は益があったと、そう言うのか?」

「もちろん、その痛みも込みで、プラスです」

 エアハルトが攻撃をするまでも無い。

 すでに多くの者の心はこの英雄から離れていた。

「折角ですから皆さん、少々お時間を頂きたい。ブラウスタットをディエースはどう落としたのか、抗うことは出来たのか、出来なかったのか、色々と考察致しました。それなりの精度で内情を掴んでいると思います。その説明をさせては頂けないでしょうか」

「裁判には関係ない話かい?」

「直接には関係ないでしょう。ただ、知って損はない。周知すべき話です。ディエースのやり口は新しく、極めて効果的で、戦に対する熱が一切無い。こういう戦もある。知っておかねば、またやられますよ。これは善意の申し出です殿下」

 エアハルトは「手短に」と言って一歩下がる。静聴の姿勢を取る。エアハルトも知っておきたいのだ。それと同時にウィリアムの考察も聞いておきたい。彼の持つ力を誰よりも高く評価しているのは、やはりエアハルトなのだ。理解出来ているからこそ怖く感じる。強さが、怖いのだ。

「ありがたく。では、手口から順を追って説明致しましょう」

 ウィリアムは生き生きと語り始める。自らの断罪の場であることを知りながら、それでも泰然と講義でもするかのように、その男は言葉をつむぐ。

 これは一度、白騎士が歴史の表舞台から姿を消す、最後の舞台であった。


     ○


 ウィリアムの語り口は軽妙かつ明朗、少し低めの声が耳朶を打つたびに理解が進んでいく。彼らの中に抱かれた想いは驚嘆と畏れ。理解ある者ほど、その眼の見通す距離が怖くなる。千里すら見通すその眼が、頭脳が、怖ろしい。

「以上のことから、ブラウスタットを正道にて突破するのは非常に困難であると言えます。ならばどうするか、搦め手を使うしかない。しかし、当然ですがヘルベルト様も其処は警戒していますし、ケアも万全。普通ならば付け入る隙はありません」

 ウィリアムの眼が細まった。

「されどブラウスタットは落ちた。ヘルベルト様は討たれ、救援にはせ参じたカール様も返り討ちにあった。それが事実です。此処で疑問なのは何故、カール様が動けたのか、小国が連なっていた一帯の内乱を鎮圧していたはずの軍が、何故動けたのか」

 詳しい報告が上がっておらず、また、負傷したカールたちは引き続きネーデルクス方面の守備の任についており、本国にて細かい話は伝わっていなかった。伝わっていないはずなのに――

「これはディエースの策、その根幹が第三軍の担当する地域にあった、そう考えねばあのタイミングで第三軍は動けないでしょう。手遅れなのは変わらないが、第三軍の動きは早すぎ、ディエースの反撃はブラウスタットから遠過ぎる。種が其処にあるとわかれば、かなりの精度で推察がかないます。もし、私がブラウスタットを落とすとしたら――」

 議場に集う者たちの身に、薄ら寒い気配が生じた。目の前の男が放つ零度、ほんの少しだが触れる。無機質な殺意、思考の中で彼はブラウスタットを滅ぼしていたのだ。それも一度ではない。何度も、何度も、ブラウスタットだけではなく、他の都市も。

 その殺意が自分たちに向かえば――そう思うと怖ろしくて仕方が無いだろう。

「ディエースの通り道はネーデルクスからダーヌビウス、其処からアルカディア側を北上し大橋を渡りブラウスタットへ至った。そう考えるのが自然です。もちろん軍で動けばバレます。第三軍の前にダーヌビウスが通さないでしょう」

 いきなり突拍子も無い発言となった。失笑してやれやれと笑う者もいる。その笑顔はすぐに凍ることと成ったが――

「此処からは私の完全な推論です。ディエースは少数だった。ダーヌビウスを素通りし、アルカディアにも労せず立ち入ったことからそう考えることが出来ます。ブラウスタットにも、おそらくは戦闘なしで入り込んだのでしょう。どこかで戦闘が起きた時点で破綻する計画、軍であることの匂いを消し、目標まで至るには、必要最低限の少数であることともう一つ、匂い消しである変装が必要です」

 突拍子も無い話。

「国を跨いでも不自然ではなく、必要分の武器を所持していてもお咎めなし、それらの条件に該当する変装、私ならば商人を選択します」

「それは難しい話だ。武器を持ち込む商人は普通のチェックではなく、身分証明も厳重。確かブラウスタットはほくろの位置まで照合していたはず。詐称はありえない」

 貴族の一人が声を上げた。おそらくは武器の商流に何らかの形で関与する一族であろう。かなり詳しい。ブラウスタットの事情にも明るいようだ。

「ええ、私も武器を取り扱う身です。当然理解しております。だから、武器商人だけ本物を用いた。買収したのか、それとも元々ディエースの『蛇』として世を欺き続けてきたのか、それはわかりませんが……武器はそいつに運ばせ、ディエースたちは商人に扮して入り込んだ。堅牢なるブラウスタットに。だからカール様は気づけた。おそらく、商売道具を売りつけて暢気にくつろいでいる商人を何人も見かけたのでしょう。そこで疑問が生まれた。彼らの商売道具をもってその一団は何をしようとしているのか、と」

 あくまで推測である。当たっているかどうかなどわからない。

「如何に外側が堅固であろうと、一度入り込んでしまえば中は軟らかい。外側に対する強さの反面、中にいる者たちは何処か安心して心の隙があった。その隙をついたのでしょう。あとは夜闇に乗じてヘルベルト様を討ち、門を内側から開放し兵を迎え入れるだけでいい。外に監視の目はあれど、中を見つめる眼はきっと、それほど鋭くはなかった」

 ブラウスタットは大きな都市である。戦時下とはいえさまざまな業種、大勢の商人が出入りを繰り返していた。その中で入れ替わっていたとして、果たして気づけるかどうか。

「私はガリアスでディエースの話を聞いております。今はこの国にはいないですが、私の部下として、客人としてこの国にいたリディアーヌ様からも何度と無く話に出てきた相手。曰く、戦の天才、ダルタニアンと張り合える知将、そして……性根の腐った蛇のような男、それがガリアス軍百将、第五位『蛇蝎』のディエース。彼ならこの手を考え付くでしょう。そして実行できる人員も持つ。彼の草の者は世界中至る所にいます。この国にも、当然いるそうです。何処の誰かは知りませんが」

 一瞬、揺らいではならぬ男が揺らいでいるのをウィリアムは横目で見た。ガリアスで『ゴミ掃除』をした経験、そこで深まった観察眼が捉える。奴が草の者であり、この国の情報を横流ししている間者。まさかあの男とは――

「そこで気づいたカール様の観察眼は見事。しかし、気づかれることを見越して保険をかけておいたディエースはさらに上手でした。『死神』のラインベルカという最強の保険、遭遇した地点は待ち側有利の地形、如何に精強な第三軍でも、これでは勝てない」

 カールは足の速い騎馬隊だけで動いた。その判断は間違っていない。まだ落ちているのか、わからない状況で急ぎとなればウィリアムでもそうする。ブラウスタットとダーヌビウスの丁度中間地点、この位置を見張る眼は少ない。その地点の重要性は薄かったがゆえに夜闇にまぎれて奇襲、伏兵要員を送り込むことは難しくなかった。

 ゆえの衝突。気づかねばラインベルカは浮いた駒となりブラウスタットは落ちる。気づいてもラインベルカが阻みブラウスタットは落ちてしまった。

「今回に関して、ディエースは完璧なタイミングで下策を打ち込みました。防ぎようが無く、金はかかったでしょうが、ブラウスタットひとつと考えるならば、木っ端の商人どもから買い占めることなど安いもの。普通に攻め落とすには十倍の戦力でさえ足りない都市です。むしろ安上がりな感じすらある」

 数少ないファクターから限りなく正解に近づいたウィリアムの思考力。あくまで遊び程度のものであるが、正確な情報が入れば彼らの多くはもう一度深い畏怖を覚えることになるだろう。ウィリアムの考察は、ほとんど完全な形で当たっていたのだから。

「以上がディエースの策、その推察になります。いずれにしろブラウスタットを取り返すのは至難の業です。大橋もあちらの支配下。対ネーデルクスに関してはかなり難しくなったと言えるでしょう」

 そのまとめにエアハルトは苦笑する。

「随分と他人事だね。この状況を作ったのは君だろう。君が私兵を用いてオストベルグとの戦を無理やり始めた。その結果が今じゃないのか? 本来、失わずに済んだものを私たちは失った。オストベルグの領土も半分強はガリアスが手中に収め、半分を得たとしても我々はその対価として超大国と接することと成った。得たものが状況に対して少な過ぎる、君はどう思う、ウィリアム軍団長」

 エアハルトは軌道修正を試みた。もう考察は終わり、主導権を返してもらうと厳しい言葉を投げかける。ウィリアムはそれを受け流さず、あえて、

「殿下の仰るとおりかと思います」

 正面から受け取め、

「全て私の責任です。私の読みの甘さがこの事態を招きました」

 飲み込んで見せた。エアハルトが眼を剥く。

 裁判の行く末は如何に――

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