真・巨星対新星:時代を賭けた闘い

 重装の騎兵が並ぶ。黒き鋼の群れ、ベルシュロンという種にのみ許された厚き鋼は見る者を圧倒する。此処に集うはオストベルグの総戦力に等しい。それをまとめるのは――

「わしは誰か!?」

「ストラクレス!」

「勝者は誰か!?」

「ストラクレス!」

 オストベルグが誇る大将軍、『黒金』のストラクレスである。超重馬であるベルシュロンの中でも最大の巨躯を誇る愛馬ベルガーにまたがり、黒き鋼に身を包んだ怪物は吼える。

「わしの名を言ってみよ!」

「ストラクレス!」

 最高潮に達するオストベルグ軍。ただ先頭にて輝き、鼓舞するだけで背後の兵たちは力が溢れて止まらない。この平野を抜けられたならすぐに王都がある。自分たちの背後には絶対通させないという背水の意志、巨星の力強い叫びが彼らを最強の兵とする。

「ガッハッハ! その通り、わしがストラクレスじゃあ」

 背負うは国家。担うは大将軍の歴史。

 半世紀近く君臨し続けた怪物は未だ最高の力を保っていた。

 アルカディアの兵たちに怖気が奔る。今までは策により勝利を掴んでこれた。しかし、正面からストラクレスとぶつかるのは悪夢の進撃以来である。ここはオストベルグ最大の平野、地理的な策を施す隙などほとんどない。王都に向かうには通らねば成らず、目の前で構えられたなら戦うしかない。

 巨星の雰囲気に飲まれる。アンゼルムやグレゴール、シュルヴィアでさえ背中に伝う嫌な汗が止まらない。本能が叫んでいた。逃げろ、絶対に勝てない、と。

「必要以上に怯えるな。相手も同じ人間、神ではない。それに――」

 ただ一人だけが――

「俺がいる」

 巨星に飲まれずにいた。

「俺は強い」

 白の男はこの日、この時のために用意していた衣装を身にまとっていた。ルトガルドが今のウィリアムに相応しい最高のものを繕い、ウィリアムもまたそれを着こなして見せる。少し前ならば華美が過ぎて下品に見えたかもしれない衣装も、今のウィリアムにはそれしかないというほど似合って見える。

「俺は負けん」

 兜と一体になった仮面もルトガルドの手が加えられている。その奥に光る眼光は鋭く不思議な光を放っていた。胸元に輝く血色のルビーはウィリアム・リウィウスの仮面に次ぐ代名詞である。

「俺が勝利だ」

 真紅のマントがはためく。今回の戦で用意させた白馬もしっくりきている。すらりと伸びた四足はベルシュロンとは対極。しなやかさが武器である。

「俺について来い。その先に勝利がある」

 巨星の雰囲気が掻き消えた。ヤンは静かに頷いた。これで最大の難関である第一関門を突破したのだ。数多の勝利が、屠った敵の名が、ウィリアム・リウィウスという名に力を与える。その名の輝きが拮抗せねば勝てる戦も勝てない。

 怒号のような叫びが戦場に轟く。

「小生意気な……勝つ気じゃのお小僧ォ」

 自分の背中に疑いはない。相手の背中にも懸念はなくなった。

「今日旧き星が堕ちる。そして新たな星が昇るのだ」

 両陣営の咆哮がぶつかり合う。戦う前は互角、なれば矛を交える以外に優劣のつけようなし。

「踏み潰してくれるッ!」

「滅べ、旧時代」

 白騎士と黒金が衝突する。残った方が真の強者、天に輝く巨星となる。

 時代の分岐点、来る。


     ○


 最後の決戦は何の工夫もない全面衝突での幕開けとなった。ウィリアムが将として生きてきた中で、これほど工夫のない攻めは初めてのこと。そして――

「白騎士と黒金がぶつかるぞッ!」

 これほど真っ直ぐに敵の心臓へ向かったのも記憶にない。自分が戦場の王であり心臓、相手もしかり。王が睨み合う、王がぶつかり合う盤面はストラチェスで言えばもつれにもつれた終盤と同じ。そう、開戦した直後からすでに戦場は終盤戦に至っていたのだ。

「挨拶代わりだ」

 ウィリアムは弓を引き絞る。ストラクレスは「ほう」と感嘆の声を上げた。何も持たなかったウィリアムが唯一持っていた天性。放たれた矢は一直線にストラクレスの愛馬、ベルガーの頭部を直撃した。美しい軌跡、見合わぬ激烈な威力。

「無駄じゃあ」

 ストラクレスは哂う。厚き鋼鉄の甲冑は矢を寄せ付けなかった。ベルシュロンの中でも最大の体躯を誇り、最強の馬力を持つベルガーは、何物よりも分厚い戦鎧をまとうことを許された最高の馬である。クロスボウですら届かなかった鋼。一筋縄ではいかない。

「知っているさ。此処から、じっくり詰ませるッ!」

 ウィリアムもまた凄絶な笑みを浮かべて背中から二の武装を取り出す。それを見て、

「正気かよ!?」

 グレゴールやグスタフ、ヤンですら驚愕していた。

「正気でこの男の前に立てるかよッ!」

 ウィリアムは驚愕の元、槍を旋回させる。白騎士といえば剣、最近になって弓も多用するようになったが、槍を使う場面を見たものはほとんどいない。付き合いの深いカールやイグナーツらでさえ見たことある程度のもの。この場にいるもので見たことあるものなど皆無であろう。それを最強の敵に使う意味――

「しっ!」

 ウィリアムの槍が迸る。その瞬間、周囲の驚愕は倍増した。

「あいつ、何処まで……いつ身に着けた!?」

 シュルヴィアは敵をなぎ倒しながら悔しがる。眼前で見せられた絶技を前に悔しさを覚えぬ武人がいるだろうか。高速でしなやかな槍はストラクレスの間合いの外から好き放題打ち据えてくる。一流の槍捌き、それは充分戦える水準に達していた。

「あの槍……『疾風』、キサルピナの槍術か!」

 ガリアスと幾度も交戦経験を持つストラクレスの側近たちは、一瞬でその槍の源流を掴んだ。疾きこと風の如し、そう称えられて来た『疾風』の槍捌き。それをさらに昇華させたのが槍の天才リュテスである。女性特有の柔軟さを取り入れた槍は、槍の名家であるキサルピナの術理を大きく進歩させたのだ。

 それを模倣し体得したウィリアムはアルカディアでも有数の槍使いとなっていた。

 生来、器用な方ではない男がこれほどの短期間、一年にも満たぬ時間で槍を会得したことに、本人が一番驚いていた。しっかり見て、なぞって、それの繰り返し。いつもより明らかに早い吸収速度。模倣する対象が言動に見合わず丁寧な槍を使っていたこともあるが、それ以上にウィリアム自身の変化が大きかった。

 剣、弓に限らず、今までの経験全てが噛み合って急速な学びを得た。何も持たなかったが故の堅牢かつ広大な基礎。多くの動きに既視感が付きまとう。すでに知っている動きがあった。見たことのある動きがあった。戦い、倒し、肩を並べ、敵対し、全てが刻み込まれている五体は、あらゆる動きをイメージどおりに再現してのける。

 こと此処に至ってウィリアムは知る。ようやく自分は天才たちに追いついたのだと。

「面白いのお。それでわしを止められると思うたかッ!」

 だがストラクレスはそれらに即時対応。軽々といなして大剣を振るう。

「止める気などない」

 その剣は空を切った。ストラクレスは目を見張る。

「ベルシュロンは最強だが、最速じゃない。駆けよ、アンヴァル。俺の投資で生まれた中で、お前が最速だ!」

 風の如し、槍だけでなく馬もまたとてつもない速度で旋回してみせる。ベルガーとて遅い馬ではない。ベルシュロンの中では瞬発力はある方である。それでもベルガーが鈍重に見えるほど、ウィリアムの所有する牧場で生まれた白馬、アルカディア原産シュバイツァー種のアンヴァルは速かった。

「ベルシュロンは、群れで運用するから最強なんだよ。一対一なら、いくらでもやりようはあるさ」

 しっかりとウィリアムの要求に応えて間合いを取るアンヴァル。どうにか間合いをつめようとベルガーも知恵を凝らすが、根本の速度差により潰されてしまう。大剣の間合いより外からの攻撃は防ぐしかない。そして槍の回転数は巨大な鉄の塊である大剣より遥かに勝った。結果、致命的な一撃はなくともいくつもの攻撃が直撃することになる。

「いい馬じゃのう。是非、ベルガーと交わらせてみたいわい」

「アンヴァルも雄だ。それに、そのかけ合わせは味消しさ」

「違いない」

 だが、槍でさえベルガーのまとう装甲を突破することは出来なかった。人間、ストラクレスがまとう鎧ですら抜けないのだ。この二つの鋼の厚さは普通なら動けなくなるほどの重量があるはず。これらをまとうのは人馬共に正気の沙汰じゃない。

「いつまでその馬、最速でいられるかのう」

「まだだ、まだ走れ! 勝機が芽生えるまで!」

 風のように駆けるアンヴァル。疾風怒濤の槍を打ち込み続けるウィリアム。されど黒金は揺らがない。じっくりと捌き、機を待つ。体力は流れる汗と共に削れていった。

「速度、落ちとりゃせんかのォ」

 少しでも速度を緩めようものならばストラクレスとベルガーが咎める。嫌な間合いで轟と大剣を振るうのだ。当たりはしないが、嫌な汗は溢れてくる。

「気のせいだよ、そうだろ相棒」

 アンヴァルの体力はすでに限界。それでも最高速度を保ち主が突破口を開くのを信じて駆ける。その忠義は人間のように混じり気がない分、強いのかもしれない。

「もう少し、もう少し堪えろ」

 ウィリアムの槍は幾度も鎧と衝突し金属音を奏でる。無駄骨に見えるかもしれないが、当然意図があっての行動。相手も其処は理解した上でじっくり待つ。

「継ぎ目です閣下!」

 ストラクレスの部下が叫ぶ。ストラクレスは軽く目を見張り、ウィリアムはほくそ笑んだ。槍が吸い込まれる。幾度も奏でた金属音は、響かない。

「おせえよ」

 ウィリアムの手が肉の感覚を捉えた。鎧の継ぎ目、何度もか細い隙間に打ち込みつなぎを分断してのける。黒金の一部が消失する。狙いは果たした。後は一旦距離を取って――

「そっちがのオッ!」

 ベルガーは、あろうことか槍の方向に身を寄せる。自らの肉を差し出して距離を削ったのだ。それでも万全なアンヴァルなら窮地を脱出出来たかもしれない。万全な、最速であったならば。

「やはりわしのベルガーが最高じゃァア!」

 アンヴァルの回避行動。それよりほんの少し、一瞬だけベルガーの機転と忠義が勝った。距離が消える。ストラクレスの間合い、制圧する空間に入ったことをウィリアムは感じる。全身が総毛立つ。鳥肌が、寒気が止まらない。疲れが、汗が消し飛んだ。

 死の恐怖を前に――

 ストラクレスの大剣が縦一文字、振り下ろされる。ウィリアムは槍で受けの構えを取る。触れた瞬間、これはまずいと槍を手放した。後方に回避、活路はそれしかない。槍が刹那も持たずひしゃげる。空中で、誰が支えるでもなく金属の柄がぐにゃりと変形したのだ。受けなど決まるはずもない。

「馬の良し悪しはベルガーの勝ちじゃな」

 縦に裂かれ逝くアンヴァル。自身に活路無きことを知り、アンヴァルが取った行動は単純であった。己が主の活路を、勝利への道と変えること。

「いや、互角だ」

 後ろ足を大きく躍動させ、後方へ倒れこむウィリアムを尻でかち上げる。跳ね上がったウィリアムは空中で半回転し体勢を入れ替えた。軍馬という大物を断ち切ったがために戻りの遅い大剣。それを睥睨しながらウィリアムは腰の得物に手を添えた。

「見え透いた狙いだったろう? だから見逃す」

 空中で、落下速度と回転を利用した居合い切りを敢行する。

 其処に至りストラクレスはようやく敵の狙い、本命を理解した。それは執拗に狙っていた部分とは別の場所、満遍なく打ち込まれていた首周りの継ぎ目。けん制のため、見せ掛けの攻撃と思っていたが、

「逆転の一手を」

 それこそが本命であった。薄い隙間。平時でも狙うのは至難であろう。ウィリアムもこの隙間を槍でどうこう出来るなどとは思わない。槍はあくまでリーチの差を埋める付け焼刃。十数年共に歩んできたのは腰に備えた因縁の刃。

「こ、ぞうッ!」

 剣の一撃が迸る。薄い隙間を掻い潜り、かすかな抵抗も許さず肉と骨を両断した。ウィリアムの着地と同時に首がずれる。ベルガーは最後、悔しげに一声いなないた。最強にして絶対の主に恥をかかせてしまった己への罵倒であったのかもしれない。

 倒れ込む二つの馬。地には二人の英傑が立つ。共に愛馬の鮮血を浴びて、白も黒も赤が雑じる。それをぬぐうことなく両者は睨みあっていた。

「覚悟! 我が主、『金剣』のホルスト様の仇!」

 その二人の間に一騎の騎馬が踊り出た。無粋な闖入者であることは割って入った本人が一番良く知っている。それでもなお入らねばならなかった。この機を逃せば仇を討つ機会はまた遠くなる。白騎士が討てば永遠に主の誇りは回復されない。

 あの日奪われた誇り、無粋でも取り返す。

「愛馬を失えば如何に黒金とて!」

 生身の人間に対して騎馬での突貫は必殺に等しい。もちろんそれは――

「…………」

 ただの人間であったなら、に限るが。

 ストラクレスは無造作に手を差し出した。突進してくる馬の正面に立ちながら、まるで受け止めるかのような所作は冗談のように見えた。近づき、揺らがぬ巨星を見て冗談ではないのだと知る。

「そ、そんな、ありえない」

 人間よりも速い速度で、人間よりも重い生き物がぶつかり、それを片手で止めてしまう怪物が果たして同じ人間であるだろうか。動いたのは足、めり込んだ地面が衝撃の大きさを物語る。それでもストラクレスは平静と、まるで当たり前のように馬を止めた。

「邪魔じゃあ」

 止めた後、馬の横っ面を手の甲で叩き転倒させる。そもそもぶつかった衝撃で馬は絶命していた。乗り手は馬の下敷きになる。「うぐう」と呻く闖入者に視線をやることもなくストラクレスは前進する。自分に歯向かった敵を誅するがために。

 その進行方向にたまたま闖入者の頭があった。そして特に意図することなくストラクレスはそれを踏み潰して前に進む。今度はうめき声一つあげる暇はなかった。重装の怪物を前に割って入ろうなどという愚か者は消える。人間が歯向かっていい相手じゃない。

「我が相棒の命、高くつくぞ」

「それはこっちの台詞だ」

 対峙するウィリアムにも余裕はなかった。強がって見せたが、自分が逆立ちしても出来ない芸当を当たり前のようにこなす怪物を前に、戦前身に着けた自信は完全に吹き飛んだ。眼前の怪物はまだ底を見せていないのだから。

(俺はこの怪物に、勝てるのか?)

 ウィリアムに久方ぶりの懸念が生まれた。絶対だと思っていた自分の道に乱れが生じる。わかっていたことだが、巨星という存在は途方もなく高かった。

 戦場のど真ん中で、誰にも立ち入ることの出来ない一騎打ちが始まる。

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