真・巨星対新星:白騎士帰還

 ウィリアムがアルカディアに戻った時、この国の情勢は一変していた。ラコニアでの勝利、薄氷ではあったがストラクレスを弾き返したことで、アルカディアの熱は最高潮にまで高まっていた。と、同時に白騎士の存在感は大きく薄れることとなる。

「ヤン様万歳! ヘルベルト様万歳! カール様万歳! アルカディア万歳!」

 連日行われている戦勝の祭りは、上層部の浮かれっぷりを表しているわけではない。明確な意図があったのだ。ウィリアム潰しである。

「カール大将を守る二人の騎士、『剣聖』と『暴風』の末裔ってのがまた凄い。本人も最近凄みが出てきたし、鉄壁の守りは市街に入り込んできたストラクレスを跳ね返すほど。今一番粒揃いで勢いがあるんじゃないか、第三軍は」

「馬鹿言え。ラコニアの総大将は誰だ? ヤン大将こそ至高だよ。『戦槍』をぶつけてあっちの軍団長格を何人討ち取った? 若いのだって『黒仮面』のアンゼルムがいる。勢いってんなら今回の大将を除いた第一功はグレゴールだぜ? あいつはまだまだ伸びる。いずれアルカディアの武を背負って立つ男さ。第二軍こそ最強、決まってる」

「お前らの見る眼のなさには呆れてものが言えないよ。誰があの戦場を支えていたか、陰の功労者って奴がわかっちゃいねえ。ヘルベルト大将率いるオスヴァルトの系譜、名家の実力者がひしめく地力はやっぱ抜けてるんだよ。文字通り第一軍が一番さ」

 アルカスは勝利の話に持ちきりであった。その中にはこう言う者もいた。

「こんな状況で白騎士は何をしていたのか」

 多くは疑問、一部は非難めいたニュアンスを含んでいた。国家の大事に白騎士が動いた様子はない。ブラウスタットを守っていたのはロルフ、ネーデルクス方面にもいなかった。ならば彼は何をしていたのか――


「何て多くの国民は考えているだろうねえ。実際のことは言えないし、とりあえず嵐が過ぎるのを待つばかり……なかなか風化させてくれなさそうだけど」

 ヤンの家に何人かの軍人が集まっていた。その中にはウィリアムもいる。

「殿下も酷いですよ。勝ったなんて胸を張っていえないほどの辛勝、称えてくれるのは嬉しいけど、理由が見え透いていて嫌になる」

 カールは吐き捨てるように言葉を放った。軍人ならば誰でもわかる不自然な持ち上げ方。最後はマシになったが、序盤戦で噛み合わなかった三軍、防衛側という立場でありながら人的被害はほとんど変わらない。

「それほど目立った活躍が出来ていない俺が第一功って時点で与えた損害なんて高が知れてる。そんでこっちは第一軍のキーマン何人討たれたよ……実質負けだぜ、これ」

 グレゴールは己の情けなさと自分の国の愚かさに怒りすら覚えていた。ヤンの命令でグスタフとグレゴールは多くの将を討ち取った。其処に疑いはない。ただ同時に、レスターやキモン、エィヴィングも同じ程度の首をあげていた。

 そしてストラクレスはそれをさらに上回る戦果をあげている。

「ガリアスへの招待、革新王の特別扱いがまずかったね。あれが殿下を逆撫でした。あの御方は自分より輝こうとする者を許せない。もう、寵愛はないと思ったほうがいいだろう。エアハルト殿下は白騎士を許すことはないよ」

 ヤンに言われずともウィリアムは理解している。この祭りを盛り立てているのは他ならぬエアハルトなのだ。隠し立てする気もない、戦場の内容を知っている勘の良い者はみな気づいている。決定的に互いの道は分かれたのだと。

「別に構いませんよ。もらえるものは全部頂きました。一番苦しい時期も殿下のおかげで乗り越えられた。感謝こそすれ恨むなどありえない」

 笑えるほど気の入っていない言葉。本音はもらえるもののくだりくらいであろう。もう手に入れるものはない。フェリクスをある程度押さえ、地位もある程度確保している。商会は新事業共に絶好調で金銭面では近日中に覇権を握るだろう。

 確かに次期王に嫌われている面は今この状況でどうにかなるものではなかった。もちろんじわじわとダメージは来るだろうが――

「恩返しはストラクレスの首で果たしますよ」

 ウィリアムは哂う。その恩返しがエアハルトとの関係にどれだけ甚大なダメージを与えるのか、わかっていて哂っているのだ。

「問題はその件です。ウィリアム様を疑うわけではありませんが、来年もブラウスタットを空けるわけにはいかず、殿下も其処を問題視されていた。守ることはともかく、攻めるだけの戦力が集まるかどうか」

 アンゼルムは渋面を浮かべていた。主の力に疑いはない。されど戦力的に足りぬのであればどうしようもないのだ。国攻め、相手は七王国。なれば総戦力で当たるしかない。その総戦力を引き出すことが不可能であれば、国攻めは夢想。

 全てはエアハルトの気分ひとつ。彼が戦力を割かぬというのであればそれは決定事項なのだ。一介の軍団長がどうこう出来ることはない。

「戦力に関しては考えがある。第一軍はブラウスタット、そして第三軍は小国群があった場所の内乱鎮圧。ラコニアの守りは第二軍だけ……ふふ、難儀な状況だ」

 この内乱、火種はエアハルトが主導した政策にあった。おそらくこれは翌年への布石、オストベルグ攻めを物理的に不可能とする狙いが見える。そこまでしてもウィリアムを止めたい、追い落としたいという確固たる思い。

「ごめんねウィリアム。断るわけにもいかなくて」

「謝る奴があるか。俺たちは国から言い渡された任務を遂行するだけ。やましいことなど何もない。そもそも無理筋だったのだ、オストベルグを滅ぼすなど」

 謝罪するカールとそれを遮るギルベルト。ギルベルトの言に賛同するヒルダも此処にいた。ゼークト家、かなり広い。

「ギルベルトの言うとおりだ。謝る必要はないよカール。さて、どうしようかな」

 ウィリアムは壁にもたれかかる。その顔は逼迫した状況とは打って変わり、面白いおもちゃを与えられた子供のように眼を輝かせていた。口角も少し上がっている。

「なーに笑ってんのよ気色悪い」

 そこをちくりとヒルダが突く。隣のリディアーヌが爆笑した。

「笑い過ぎだよリディアーヌ。こっちにはダルタニアンから仕入れてきた面白話があることを覚えておいてくれ。ガイウス王も饒舌だったっけ」

 一瞬でリディアーヌの顔が青ざめる。それを見てウィリアムは「うむ」と頷いた。

「まあ冗談はおいて……やるべきことは変わらない。俺はあくまで初志を貫徹するだけだ」

「馬鹿なのか貴様。状況を理解しろ。もうどうしようもないのだぞ」

「それはお前の秤だ。俺とお前は違う。俺ならやれる。これくらいは想定内なんだよ」

 ウィリアムの口角がさらに上がる。歪むように――

「第二軍だけでストラクレスを、ひいてはオストベルグを滅ぼす。最高に面白いじゃないか。英傑が多く、戦力でも上回っていたのではケチがつく。それじゃあ超えたことにはならない。本当に殿下はいい人だ。俺に見せ場をくれるのだから」

 ガリアスでの経験を経て、ウィリアムの雰囲気はまた変質した。ただ一番の契機はやはり婚約者を失った日であろう。あの日を境に何処かタガが外れている印象があった。優秀だが危うく、何処か儚げ。

「ヤン大将。約束どおり俺が主攻で、俺の好きにやらせてもらいますよ」

「勝てるならそれでいいよ、僕はね」

 第二軍のみ。それでもウィリアムだけは勝利への道筋が見えていた。それに沿えば勝てる。あとは沿うように最善を尽くすだけ。いつもと変わらぬ思考のトレース、現実で実現させるだけである。

 もう、頭の中でこの状況もシミュレート済み。問題はない。絵図はとっくに出来ている。


     ○


「――ここは手厚く受けるべきでした。ダルタニアン・ストラディオットの台頭で戦術の流行が攻撃に偏っているのは事実ですが、この一手は性急が過ぎた。王の首に届かぬ時はすんなり諦めるのもまた巧手かと存じます」

 ウィリアムはさる貴族の屋敷にお邪魔していた。対面する貴族は公爵であり、地位ももちろんだが家の歴史も古い名門の長。それを相手にストラチェスの指導をしているのだ。公爵は「なるほど」と頷く。

「あとは受けのカタチが少し固かったかもしれません。広く受けていた方が公爵の選択された戦型、ヴァイク・ギャンビットには効果的だったかと。攻めの戦型の中では持久力があり、大駒を伸び伸びと活かせるカタチなればこそ、堅くとも閉じられた受けは味消しとなりかねません。手数少なく堅い受けは主流ですが、それは急戦なればこそ」

「ふぅむ、確かにそうだ。どうにも窮屈に感じておったが、定跡ゆえ指しておった」

「定跡はあくまで参考程度に。まず知るべきは自身の狙いと相手の狙い、上辺だけ真似てもそれは真の効果を発揮しません。駒を理解し、カタチの意味を理解し、定跡の意図を知る。そうすれば自ずと効果的な定跡を選択し、見事捌き切る事がかなうでしょう」

 公爵は満足そうに微笑んだ。

「いやはや、君を呼んで正解だったよ。最近、仲間内で負けが込んでいてね。次は勝って見せると意気込んでいたのだが、どうにも伸び悩んでおった。そこでアルカディアきっての名将であり、ストラチェスの名手でもある君を招いたのだ。そして君もまた私に用があった。まさに運命であろう。なあ、男爵」

 公爵はぽんとひざを打つ。

「黒の山の管理、君の商会に任せても良い。元より私には運用する手立てもなければ、さして興味も無いのだ。とりあえず良さそうな土地だから取ったに過ぎん。君が私に今以上の利益を与えるのならば、それ以上は君が享受しても良い」

 北方の所有権を分配する際、黒の山を手に入れていた貴族。エスマルヒ公爵はウィリアムの話に乗った。もちろんカラクリはある。現状よりも多くの利益供給、上前をはねられることは当然として、エスマルヒと懇意になるということは、より第一王子の側に近くなるということ。これはフェリクス派にとっても強い駒を手に入れるために必要なことであった。明確に、エアハルトと袂を別つ覚悟がなければ会うことすら出来ない相手、それと手を結ぶ意味。エスマルヒもウィリアムも理解している。

「あとは冬の間で構わぬ。暇な時にでもストラチェスの指導を頼む。君は教えることも名手のようだ。とてもわかりやすい。今後ともよろしく頼むぞ、白騎士どの」

「こちらこそよろしくお願い致します、エスマルヒ公爵」

 両者の蜜月、これはもはや個人の領域ではない。大きな政争の輪の中であった。


     ○


 普段喧々囂々としている商会の本部、しかしその主が現れた途端、しんと静まり返る。ウィリアムは彼らを見回して、幾人かを手招いた。アインハルト、ディートヴァルト、ヴィーラントにジギスヴァルトもそこに参じる。

 本部に設けられた一室、そこで今から幹部たちが大きな話し合いをするのだ。この商会の往く道を定める大きな選択を――

「とりあえずは新事業を立ち上げ、軌道に乗せたジギスヴァルトの手腕を褒め称えよう。金貸しはシンプルだがそれゆえに繊細な仕事だ。金勘定の得意な、極めて合理的に物事を見れる者でなくば客に食われかねん。お前にしか出来ない仕事だったろう」

 新事業である金貸しを始めて八ヶ月近く。ジギスヴァルトは上手くこれをこなしていた。貸す相手の状況、支払い能力を調べ、見極め、金利や返済期限を設定する。微に入り細を穿つ。これが出来ねば虚業が本当の幻となってしまうだろう。

「ありがとうございます。とはいえ本当の意味で軌道に乗るのは先の話、まずは目先のことを話すべきでしょう。アインハルト殿」

 アインハルトは皆の前に資料を広げた。これは北方で運用を始めた採掘所及び製鉄所と、商会と提携している鉱山の採掘量及び生産力の試算。すでに武器市場を押さえ、宝石王も身の内であれば、この試算はおおよそアルカディア全体の数字であるといえた。

「凄まじいぜ。今、内乱の火種が散っているとはいえ、小国群の多くもうちが治めた。しかもウィリアムさんやアインハルトさんが色々動き回ってくれているおかげで、所有していなくとも大部分の鉄にうちが絡んでいる。完全な支配だ。凄すぎる」

 ヴィーラントは唸った。これは唸らずにはいられない。数年前のアルカディアとは国土面積も違うが、鉄の生産力は倍以上に膨れ上がっていた。本来、フルで動かしていなかった設備もこの戦乱の時代、需要の伸びに従って毎日フル稼働であった。冬時期でも動かせるところは動かしているほどである。

 そしてそのほとんどにリウィウス商会が絡んでいるのだ。

「今日、エスマルヒと話をつけてきた。黒の山もこの数字に加わることになる」

 さらにウィリアムや、

「ヴァルトフォーゲルはまだ時間がかかる。とはいえ先方も弟のことが大分気に入ったらしい。ウィリアムが絡んでいるので好い気はしていないが、じき墜ちる」

 アインハルトが手に入らなかった分もしっかり抑えるべく動いていた。フェリクス派はウィリアムが、他はアインハルトがカールをだしにして活発に取り込んでいく。一番アンタッチャブルであったフェリクス派を取り込める状況は、将としてのウィリアムにとって大きな枷であっても、商の世界では大きな原動力となっていた。

「第二王子の領分は少し難しくなったが、それでもうちから離れて戦える連中は少ないかろう。そしてそれが出来る大貴族はフェリクス派に多い、多かった。それも過去の話になりそうだがのお」

 一度取り込み、逆らえる力を削いでしまえば派閥がどうであれ離れることは出来ない。それこそ皆で示し合わせて一斉に逃げ出し、誰か別の旗手の下に再編成することが必要。それが出来るカリスマは今のところ現れていないし、現れた瞬間、潰すくらいの力は今の商会にもある。実際、動こうとした気鋭の商人を自殺するまで追い込んだこともあった。

「数字は皆把握したな? 来期はさらに採掘所を、製鉄所を増やす。そして、ここにオストベルグが加わることになるだろう。飛躍するぞ、準備はしておけ」

 ウィリアムの発言に驚愕のまなざしを向ける幹部たち。

「とぼけた面を向けるな。俺がそうすると言ったら、そうなるんだよ」

 自信満々のウィリアムを見て彼らは一様にこう思った。この馬鹿げた話は、今までと同様現実となる。ならば準備せねば、と。この情報は何処よりも早く自分たちが手に入れた。活かしきるには充分な時間が残っている。

「先の話はまた後日、皆の考えがまとまってからしよう。今は目先、この数字を理解した上で、皆に全力で動いて欲しい案件がある」

 今日の本題が来た。この場全員が身構える。

「大量の武器が要る。すでに冬だが、今年は例年に比べ暖かい。動かせる採掘所及び製鉄所はフル稼働させろ。人を買っても構わん。とにかく回せ。同時に鍛冶屋も総動員させろ。寝る間も惜しんで奴らを鞭打て」

「さすがにそれは……現状でも潤沢な在庫を抱えていますし、それを為せば供給過多で一気に値下がる。そもそも売り切ることすら出来ないでしょう」

「俺はそうしろと言っているんだ。武器を、今の価格の半分にする」

 これには皆、驚きと共に否定的な目をウィリアムに向ける。実際、ウィリアムの言っていることは自分たちの首を絞めることになるだろう。如何に戦乱の時代とはいえ、国内の需要など爆発的に増えるわけではない。売り切れぬ在庫と価値の下がった武器市場、二つの地獄を生み出しかねない暴挙である。

「現状でピーク時よりも平均して二割ほど武器価格は下がっておる。軍人としてさらに安くしたいのはわかるが、商人の立場に立ったならこのような暴挙は口にも出んはずじゃ。おぬしほどの男が何を血迷うておる?」

 ディートヴァルトが心配そうな目でウィリアムを見つめる。他の者も同様の視線をウィリアムに送っていた。仕方がないことであろう。それはあまりにも、商人の常識から外れていたのだ。否、この時代の商人の視野でこれを察せといわれても不可能であった。

「最後まで聞け。もうひとつを聞けば、お前たちにも理解できるはずだ。この案件が実を結んだならば俺たちは多くの利益を享受するだろう。それはこの商会にとって、俺にとって必要なステップアップ。リウィウス商会は、アルカディアは、飛躍しなければならない。これから先の時代にて覇権を握るために」

 ウィリアムにだけ見えている絵図。アインハルトらは恐ろしいものを見る目で自分たちの主を眺めていた。視界を共有できない。あまりにも遠くを見据える眼に、彼らは畏怖を覚え、恐怖を抱くのだ。

「金と武器、馬車馬の如く走り回ってもらうぞ。来年、オストベルグを喰らうために必要になるんだ。痛みは当然伴う。だが七王国を喰らった時の利益を考えれば痛くもかゆくもない。全員聞け、今から俺がこの冬、そしてこの先の絵図を皆に説明する。これから先、十年後までの、な。途中、細々とした修正は必要になるだろうが、大枠は不動」

 ウィリアムは冷たい微笑を全員に向けた。

「俺は君たちを信頼している。だから話そう。俺が見据える先、その一端を。ただし覚悟せよ。聞いた以上、裏切りは死を持って償ってもらう。退席したい者は?」

 全員が恐怖を抱いていた。この笑みの意味を彼らは知っている。冷たい断罪を受けた男の末路がどうなったか、か弱い敵として葬られた元仲間がどうなったか、それでも彼らは動かなかった。ウィリアムはそれに満足して語り出す。

 広大で、気の遠くなるような話を。

 それを聞き終えた彼らは、誰もが黙したまま動き出した。己が主の絵図どおりに――


     ○


 ウィリアムは墓標の前に立っていた。最愛の眠る墓所、ここは静謐に満ち満ちている。生前、騒がしかった記憶を掘り起こすと笑みがこぼれてしまう。常人にとっては良い環境だが、彼女はきっとこの空気感を忌避するだろう。その様子がありありと浮かぶ。

「全部揃ったよ。そして進むべき到達点も見えた。あとはなぞるだけ……それでも怖いよ。相手は世界の頂点だ。それを越えても、次に待つのは同じように頂点を越えた怪物たち。俺は、きっと場違いな愚か者だろうね」

 ウィリアムの絵図に必要なファクターは全て揃った。この冬を越えて、行使するだけで世界は塗り変わる。そうでなければ自分が死ぬだけ、ただそれだけ。

 恐ろしいのは届かないこと。必死で、ヴィクトーリアを切り捨ててまで手を伸ばした結果が、何も生まずに幕を閉じる。一番の恐怖は其処にあった。自らの死は救済、なれどそれを享受する己の姿はあまりにも認めがたいものであるのだ。

「それでも俺は勝つよ。君を越えた先が今だ。なら、こんな途上で終わってたまるか」

 足元に聳える塔。躯の殺意を一身に受ける。救いはない。救いを求めることもない。彼らに求めるのは見ていること、自らの歩む先に何が待つのか。死か、生か、闇か、光か、果てを見届けて欲しい。

 そして彼らがほんの少しでも満足できたなら――

「見ていてくれ。俺が君たちを忘れずに、道を歩み切れるか、を」

 ウィリアムはマントをはためかしてその場を去った。

 彼が少しでも弱みを見せられるとしたら、それは死者の前だけである。死者の中でも、唯一理解をもって殺された彼女の墓標だけが、王の真意を傾聴することがかなうのだ。

 男の歩みは力強く、さらに一歩踏み込んだ。

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