世界・歴史・幻想:神への叛逆

 ウィリアムは大きく深呼吸をする。

 ウルテリオルへ戻る道中、リュテスやエウリュディケらは地方都市であるムデナにて宿を取り旅の疲れを取っていた。ウィリアムは一通りムデナを徘徊した後、宿を取ることなく一人で自然豊かな土地を満喫する。遠くに見えるは大連山、ロンガルディアを望む。

 昼間、空に星は見えない。しかし地上に輝く星星の鼓動は、こうして喧騒から離れていても、遥か遠くのことでも、何となく感じ取ってしまうのだ。この第六感的な感性を、ウィリアムは魔術の、神話の残り香ではないかと推測する。

(それとも、ただの勘違いか……まあどうでもいいか)

 黒の星は見るたびに傷だらけ、されどその膨張は止まるところを知らない。どれだけ傷つけても、苦難がその牙をへし折ろうとしても、折れず曲がらず天へ昇る。

 ウィリアムは彼を自分に似ていると思う。もし、自分が彼のように才能豊かであれば、戦いの天才であれば、きっとあのような生き方をしたのではないだろうか。

 紅の星、青の星はウィリアムの埒外にいる。勝利を約束され、神々に愛されている二つの星は、それゆえに弱い点も垣間見えた。時代の節目、ウラノスが消失しようとしている今この時、神に愛されているというのは強みでもあり弱みでもある。

(カードでの勝負で感じたままなら、勝てない相手ではない。そしてその勝利こそ本当の意味で神話、オカルトの終わりであり、人の時代の始まりとなる。少し妄想が過ぎるか)

 ウィリアムは世界を感じ、自分の掌を見て内側を感じる。怨嗟の声はやむことなく響き、餓えや渇きが際限なく襲ってくる。頭の中に鳴り響く「喰らえ」という合唱を尻目に、ウィリアムは鼻歌を刻んだ。どれほど苦しくとも、あの瞬間の絶望に比べれば可愛いもの。どうせ逃げられぬ痛みなら、こうして空元気であっても向き合う方が有意義である。

 ふと、ウィリアムは空に羽ばたく鳥の群れを見た。普段なら気にも留めない光景だが、残念ながら今の状態は普段ではなかった。

「腹、減ったな。そんな時に丁度鳥がぱたぱたしてんだ。そりゃあ」

 ウィリアムは流れるような所作で弓に矢をつがえる。鳥は暢気に羽ばたいている。鴨か雁か、どう転んでも鴨っぽければ大体旨い。ウィリアムは殺気を完全に消していた。存在感も消失している。周りは静寂に包まれ、景色から白い青年が消え――

「狩るさ」

 鋭い殺気が一閃。鳥が気づいた頃にはすでに致命。墜ちる仲間に群れが反応する前に、さらに一射、二射、次々と鳥が射抜かれていく。百発百中とはいかないが、ほぼ必中のそれはギャラリーでもいれば歓声が上がったほどである。

「一羽はここで焼いて食おう。二羽はムデナに戻ってシチューにする。三羽目は――」

 ウィリアムは笑みを浮かべて背後に振り返る。そこには鈍く輝く星が――

「貴方に差し上げますよ。アーク・オブ・ガルニアス」

 すでに死星。されど残り火だけであってもそれは傑物であった。かつて頂点を目指した星、アークは大仰に笑った。そして口を開く。

「頂こう。それを肴に世間話と洒落込もうではないか?」

「喜んで、鳥を拾ってきます。アーク殿には火をお任せします」

「心得た。我は得意なのだ。火を起こすのが」

 ムデナを出て外を徘徊したのはたまたまである。しかし、予感はあった。何かと出会い、それが運命を変える。そういう予感が。

 アーク王は、勝者であるガイウスという覇王とは対極の存在、王としては敗残者であるが、不思議な魅力があった。世界を放浪してその雰囲気は更なる熟成を見せる。彼もまた何か役目を持っているのだ。特別な何かを。

 この出会いは後に大きな変革を生む。まだ、この二人ですら知らぬ遠い未来の話であるが――


     ○


 星と星が各地で激突する。大きな星、小さな星、浮かんでは消え、消えては浮かび、地上は煌きに満ちていた。自分もそうなれるか、黒き髪の少年ならば憧憬に終わる幻想であっただろう。白き髪の少年にとっては目指す先であり遥か彼方の、やはり幻想であっただろう。青年になっても同じ、自分は本当の星ではない。必死に抗っているが、彼らが自分の半分ほど全力を出せばすぐにでも追い抜かれ、永遠に届かなくなってしまうだろう。

 ゆえに少年は走る。青年は走り続ける。立ち止まるな、止まれば終わる。

「惧れか……其処まで達してなお、何を恐れることがある?」

 騎士王は言った。彼にはわからぬだろう。敗残者であろうとも彼は生まれながらの王なのだ。エル・シドという桁外れの壁は越えられなかったが、生まれ持ったものの大きさは自分など及びもつかないものである。

「天を掴む、か。実に果てのない話であるなァ」

 その通り。果てなどない。きっといつか限界にぶち当たる。今はまだその手に大きな余裕がある。地位が、富が、自分にありさえすれば遥か高みへ到達することは容易。だが、その先はどうか。今の自分が果てと思っている場所は果たして本当に頂点なのか。

「世界は広いぞぉ。西の無間砂漠を越え、南の真央海を越え、新たなる世界が広がっている。ローレンシアだけが世界ではないのだ。いわんや七王国の支配圏などたいした大きさではない。我が生涯をかけても全てを見ることなど叶わぬであろう」

 やはりこの男はガイウスと異なる。本質としては自分に似ているのだ。知りたい、見てみたい、感じたい、男はそのために荷を降ろした。負けたから、ではないのだろう。世界への好奇心が抑え切れなかった。ゆえに全てを投げ出して飛び出した。

 ウィリアムはその姿を羨ましく思った。全てを投げ出して、愛する者と共に世界を旅する。カイルやファヴェーラ、そこにカールがいてもいい。かわいそうだからマリアンネも連れて行ってやろう。孤児たちも一人にするのはかわいそうだ。

 そんな夢をたまに見る。あの笑顔が照らす美しい幻想を。

「いつかまた会う。我が天命はそう告げておる」

 その出会いが良いものであることを祈る。自分にとって害がなく、欲を言えば自分にとって利となる再会を願う。もう、ウィリアム・リウィウスという人間は選べない。害は排除し、利は喰らう。後は行ける所まで昇るだけ――


「ウィリアム様! 良くぞ無事に戻られて……エレオノーラは、ずっと無事を」

 美しき星がまた一人。そばには天に生まれついてなお、地の底に生まれた己を嫉妬の目で見る少年が控える。それもまた仕方がないこと。その星はあまりにも美しかった。人を知り、外を知り、恋いを知り、愛を知った。今がまさに輝きの絶頂。もう、彼女もまた戻れないのだろう。ゆえに人は彼女の目に惹かれてしまう。

 その純粋な思いに、笑ってしまうほど真っ直ぐな情念に、ウィリアムという男は応えることが出来ない。違い過ぎるから。その目が宿す美しい、穢れなき理想郷。彼女の見つめる先こそまさにアルカディア、自分の見つめる先とは違うのだ。

 それでも、彼女を知らねば揺れていたかもしれない。彼女と共に生きた短くも黄金の時、切り捨てた重さを思えば、利用する気にはなっても応える気など起きようはずもない。

「サー・ウィリアム。此方へ。皆がお待ちしております」

 ぶすっとしている少年。いい感じに熟成が進んでいる。この手札はいずれ使えるだろう。王会議の時から目をつけていたこの国の綻び、小さく、綻んでいるとも言えない状態から、利用できるほどそれは大きくなった。

 手札は多ければ多いほどいい。道に惑うこともない。


 絢爛豪華なパーティ、勝利を手にした者たちへのささやかな心遣い、にしてはあまりにも規模が大きかった。まさに超大国の中枢、トゥラーンに相応しい煌きに、心踊らぬ者はいないのかもしれない。

「踊る相手がいなかったらあたしが踊ったげようか?」

 リュテスの一言から生まれた波紋の大きさは、きっと彼女が今まで頑なに男を拒絶していたから。槍を振るい戦場に立つものにとって、女であるということはそれだけで大きなディスアドバンテージとなる。其れが許せなかったのだろう。男に頼ること、男を信じること、男という者全てに敵意を向けていた。

 だが、彼女が立つ場所はもうそういう次元ではない。男がどうこう、女がどうこうという立ち位置ではないのだ。其処を自覚し、利用するまでに達すればまだ飛躍できる。ガリアスは粒揃いだが、大粒な者は少ない。彼女はきっと欠けてはならぬ人材となるだろう。

「あんた踊るの下手ね」

 口の悪さは直したほうがいいが――

 他にもダルタニアン、ボルトースはさすがに別格。見ただけで強さがわかってしまう。同じように属国の王ガレリウスやガロンヌも強い。だが、その中で一番驚いたのは、

「彼が『湖の騎士』ランスロか。いやはや、何度見ても雰囲気がある」

 ランスロという男。一目見てわかった。他の者とは一味も二味も違う深み。滲み出ているが本来ならばこんなものではないだろう。開放すれば、巨星にも匹敵する存在となる。問題はどう開放するか、何故ああも頑なに己を閉ざしているのか――俄然興味が出てきた。帰国前の最後の仕事としよう。そう思った。


 世界最大の都市を一人にて散策する。王会議の時には秘匿されていたであろう素の姿が其処にあった。この世界に理想郷などありえないのだと、この都市は語る。におい立つ美酒と汚泥の混じった香りは比率は違えど何処も同じ。

 自然と足が向かったのは墓地。隅っこにひっそりと佇む石の前に立つ。この下で眠る彼女は高潔な女性であった。愛のために死ねる勇気があった。美しい、と思う。

「君も犠牲者だ。この世界の歪みの。安心してくれ、あの子には力を与えた。強くなるし、きっと幸せを掴むだろう。才豊かなれど多くは望まない。良い男になるよ」

 それを知り、失った彼はきっと強くなる。自分に似た境遇ながら、自分とは違う道を行く。その強さはきっと多くを守るだろう。そう育ててみせる。其れが自分への利となり、ひいてはその先への布石となるのだから。

 美しい夕暮れ。血のように紅く、魂のように熱い。今日は良い日だ。雲ひとつない空はきっと良い景色を映し出すだろう。最後に寄るのも悪くない。もう一度、焼き付けておこう。あの幻想的な光景を――


『いい天気だね。夜空を遮るものがない』

「此処は雲よりも高き峰、ウラノス自身がそのような恍けた事を言うとはな」

『僕にとって夜空の風景っていうのは……下界の話だからね』

 足元に広がる威容はウルテリオル、それを囲う巨大な都市群。さらに遠くにはムデナのような首都と見紛う地方都市も多数あった。超大国が一望できるこの間は、まさに王の為に用意されたものなのだろう。

「確かに壮大だな。地上の星、人の生きるしるし、か」

『昔はもっと輝いていたんだ。夜になっても消えぬ明かり、魔術と機械によって生み出された不夜城、空の星星と変わらぬ光景。美しく、恐ろしい、人の業が其処にあった』

「これからも増えるさ。俺が増やしてみせる。何年かかっても、貴様らの時代を凌駕してやる。そうじゃなければ意味がない。失って得た、その証明が要るんだ」

 このウラノスにある本の全てを解読することは出来なかった。旧過ぎるものもあったし、明らかに無意味なものは省いた。多くを差し引いてもなお、全貌を理解するには時間が足りな過ぎたのだ。

『それはいいね。僕も見たかった。いや、見ない方がいいのかな?』

 ウラノスは知っている。栄華を極めた先に待つものを。破滅と再生、死と生の輪、到達したなら後は下るだけ。滅びが待ち構えている。満足してはいけない、充足してはならない。人を導くならば、誰よりも貪欲に前へ進まねばならないのだ。

「此処に来てよかった。俺の敵は此処に眠る滅び共だ。盛者必衰、其れが理と言うのならば俺が超えてみせる。立ち止まる弱さ無き王を生む国を、昇り続けるための競争を世界に与え続ける。俺が導くのだ、世界を新たなるステージへ!」

 ウィリアムは明確な目標を得た。今まで漠然としていた頂点より遥か先へ。玉座を得るだけならば容易い。巨星を討って身に着けるであろう威光、それさえあれば白騎士が白の王へなることを大衆は望む。王族を全て暗殺し、エレオノーラを利用し玉座を得ることは造作もないだろう。しかし、それでは意味がないのだ。

『そうか、これが僕の、ウラノスの存在意義。ガイウスを育て、君を導き、世界を見せる。其れが全てだった。嗚呼、わかるよ、今まさに、僕は役目を終えたんだ』

 ウラノスは一人の人間が『導き手』として完成する様を見た。それは自分やニュクス、旧世界が残した魔術と同様に、人を捨てることと同義であったのだ。彼はきっと、この先人並みの幸せを得ることはない。そう見えたとしても、それを享受出来なければ『ない』のと同じ。もはや彼の中に『私』はない。それは人としての死を意味する。

「俺をどう思う? 旧き世界の残り香よ」

 ウラノスは頷く。

『哀れに思うよ。君の道の果て、君自身の幸せは絶対にないのだから』

 ウィリアムは苦笑する。

「知っているよ。それでも俺は選んだ。選ぶしかなかったなどと言い訳する気はない。俺という人間が選んだ道だ。揺らげば全ての意味が喪失する。それは、絶対に出来ない」

 最初は復讐心であった。世界全てへの叛逆であった。姉を奪った世界への、自分たちを虐げている世界への、大いなる復讐。今でもその思いはある。その思いが原動力であるのは事実。だが、昇って、進んで初めて見えた景色もある。それは受け入れねばならない。奴隷時代の自分が見ていた世界は矮小で、成長してなお今見ている景色の万分の一ほどの視野もないのだ。なのに否定し、破壊するだけで良いのか。それで復讐に成り得るのか。

「俺という存在を生んだ、このくそったれの世界。俺という存在を変えた、ちょっとばかりの儚い光。この醜くも美しい世界を、俺はどうにも嫌いになれぬ」

 本当の復讐。それは個人への叛逆でも、貴族社会への叛逆でも、世界への叛逆でもないのだ。ウィリアムは笑ってしまう。奴隷生まれの己が、何処まで分を弁えぬところを目指そうとしているのかを。

「いや、この天上で、偽る意味もない、か。陛下には内緒で頼むぞ。どんな時でも、告白ってのは恥ずかしいもんだ。それでもお前は言い続けた、其れが本物になるまで、だから」

 少しだけ勇気をくれ。進むための力をくれ。矮小な自分だけではこの先、必ずひざをついてしまう。だが、二人なら進める。大勢ならばきっと果たせる。その想いが、献身が、愛が、確かにあったのだと、忘れぬ限り歩みを止める事はないだろう。

「俺はこの世界が好きだ。この世界に、儚くも確かに存在している光を愛している。だから変えよう。全てを光で満たすことは不可能でも、それを目指し邁進すれば、ほんの少しでも光は増えるはずだ。俺はその切っ掛けを創る。光差す道へ、全てが満たされる世界へ、その最初の一歩へ俺が導く」

 ウィリアムはウラノスの方を見て恥ずかしそうにはにかんだ。本当の気持ちを吐露する。きっと、地上でウィリアムがこれを口にすることはない。彼は今まで通り、目先の千人、万人を切り捨てて、未来の億を、兆を、満たす道をとる。この時代に生きるものにとって、そんな綺麗ごとなど聞きたくもないだろう。変革には痛みが伴う、その痛みの原因が今ではなく未来のためであることを知ったら、彼らはきっと王と認めないはず。

 羊飼いの気持ちを羊が知る必要はない。彼らを超越したところで、苦しくともより良き道に誘うのだ。刹那の快楽ではなく、より文明を高みへと昇華するために。

「俺が喰らった者、俺が踏み躙った者、その犠牲に見合った対価を、俺は俺の生きている間に用意することは出来ないだろう。だが、未来ならば別だ。俺の死後にも道が続けば良い。そのための国を、王を創り続ける土台を作る。それが俺の報いであり、責務。何よりもの復讐じゃあないか」

 さあ踏み出そう。一歩目を踏み出すための準備をせねばならない。巨星を討つのも、星たちに輝きを与えることも、全てがその一歩目を果たすための準備、種まきなのだ。

 今、ウィリアムという男は確かに誰よりも高みへと達した。彼の思惑を、人は人である限り理解することは出来ぬだろう。かろうじてガイウスならば――それとて全貌は掴めない。このウラノスの全てを飲み込み、存在意義を喰らった。

『君の道の果てに、光溢れんことを祈るよ』

「さようならウラノス。君の存在、確かに頂いたぞ」

 天蓋王宮ウラノスが崩壊を始める。ウラノスの存在がうっすらとしていく。彼は笑っていた。人をより良き道へ誘う、そのために人を捨てた先達として。笑顔で送り出すのだ、新たなる導き手を。その道に祝福を持って――

 砕け散る王宮、ウィリアムが踏み出すたびにその跡から崩壊していく。天の階段、舞うはこの地に宿る最後の魔術、その片鱗。進むは王、唯一の道を、ただ一人歩む。その原動力は胸の奥に、ひっそりと息づく。

『さようならだガイウス、我が最後の友よ』

 トゥラーンの頂からガイウスはその光景を眺めていた。その隣に陽炎のような友がひっそりと立っていた。初めて会った時、ちょっと言葉を交わしただけで友は至上の喜びを見せていた。今ならばその気持ちもわかる。孤独の辛さ、わかり過ぎて直視できない。

「卿のお墨付きであっても、否、卿のお墨付きであるからこそ余は全力で叩き潰すぞ。余の子らが、余の作品が、ガリアスが、あの王を喰らう」

『そうだね。それくらいの覚悟が要るよ。彼の道は今を生きるものにとって優しくない。多くにとって必ずしも歓迎すべき王ではないんだ。でも、強いよ。かの王は絶対に揺らがない。気をつけることだ。もうすでに、彼のまいた種は世界中で発芽している。流れは出来上がりつつあるんだ。止めるには力が要る』

 ガイウスにも見えていた。彼には魅力がある。ヴォルフが、アポロニアが、ルドルフが、本当の意味で選ばれし者たちが凝視している男。リディアーヌが、リュテスが、気づけばほだされている。彼ら、彼女たちにとって良い方向に導かれている。

『君が、もう少し長く生きていられたらね。それだけで世界はきっと面白くなっただろう』

「言うな友よ。この状況は我が不徳のいたすところ。少しでも巻き返してみせる」

 ガイウスもまた、目に若さが戻ってきた。影響を受けているのだ。それは正解であり、間違いでもある。良い影響を受け伸びる、これだけでは足りぬ。伸びて、影響を超えた先に達してかの王に並び立つ。その覚悟、果たしてガイウス以外にあるかどうか。

『うん、頑張れガイウス。楽しかったよ、君といた半世紀。後悔にまみれた僕にとって、君と過ごした時間は最高の例外だった。ありがとう、そして、さようなら』

 ガイウスは哀しい予感と共に声のした方へ振り返った。そこには誰も、影も形もなかったのだ。全てが幻であったかのような、そんな光景を直視した。

「馬鹿を言うな。余こそ、僕こそありがとう、だ。我が孤独、分かち合ってくれた友よ。安らかに眠れ、役目は、終わったのだから」

 そして現れるかつてない存在。初めて、高みから見下ろされる感覚を覚えた。

「神の時代は今終わった。あとは、誰が人の時代を導くか、だ」

「俺ですよ陛下。決まっている。俺しかいない」

 ウラノスがいたから耐え切れた、そうは思いたくないが、あまりにも冷たいその眼、胸に宿る虚ろを見て、ガイウスは心が砕けそうになる。自分だけならば何とか渡り合える。しかし息子たちのことを思うと気が滅入る。残された時は少ない。

「そう容易くはいかんぞ」

「ならば後進を育てることですね。俺よりも強い存在が、俺を喰らえばそいつが王だ。簡単な話です。それだけで万事解決する」

 火花散る二人の王。一人は超大国の玉座に座る覇王。もう一人は未だ玉座に座らずとも、世界が王と認めた怪物。すでにその身からあふれ出る雰囲気は覇王のそれ。時間はない。喰らいつくならば全力で生きねばならない。残された時間を、全速力で。

 小さな路地裏から始まった復讐劇は、世界に広がり時代をも超えようとしている。姉を失った喪失感から強くなった。最愛を知り、受け入れ、切り捨てることで道を得た。此処から先、個人の幸せはない。ありえない。それでも男は進む。道に果てに光があることを信じて、そこに報いがあることを祈り、最善を駆け抜ける。

 此処より先、復讐劇は明確な形となって世界に変革をもたらす。そう、これは世界をこのような歪な形に創りたもうた――

 神への叛逆である。

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