世界・歴史・幻想:ちょっとしたおつかい

「ウィリアム、ちょっとお使いを頼まれてはくれぬか」

「内容によりますが無理難題でなければなんなりと」

「警戒するほどの用向きではない。アークランドとちいっと遊んで参れ」

「……え?」


 ウィリアム、革新王の使いとしてアークランドとの戦に介入する。もちろん他国に知られるわけにもいかないので、しっかりとフルフェイスの兜と身体のラインが掴めぬ様重厚な鎧を身にまとう。動きづらいが背に腹は変えられない。

「そう睨むなリュテス、エウリュディケ」

「命令しないでくれる? アルカディアの土人風情が」

「あらあら、そうは言っても陛下の肝いり、拒否は出来ないわ」

「お姉さま! リュテスは、リュテスは悲しいです!」

 ウィリアムはため息をつく。これもまた大掃除の一環なのだ。政治の掃除は現在進行形でガイウスが行っている。ウィリアムには武の方面の掃除を任せたいといった所である。

「アポロニア相手にマニュアル馬鹿どもを育てる余裕が果たしてあるのか?」

 さすがはアポロニア。遠目からでもすぐにわかる。個人の強さもさることながら、雰囲気があまりにもずば抜け過ぎていた。空気が燃えている。そう錯覚してしまうほどに高まる士気。女王の背を見て騎士たちもまた燃え盛る。

「熱狂の渦、その中で冷静な奴が一人……警戒しておくか」

 ウィリアムはアークランド側に潜む異質なものを察知していた。それは変装中のウィリアムに届くのか、それともその他有象無象共と同じよう、蹂躙してしまいワンサイドゲームになってしまわないか。

 それらは一時頭の隅に置き、目の前の敵とどう戦うのかを思考する。

 ガイウスが遣わせた謎の男が大炎の中を踊り始めた。


     ○


 蹂躙するストラクレスとそれを阻もうとする者たち。グレゴール、アンゼルム、シュルヴィア、三名のコンビネーションをものともせず突き進む怪物。それどころか三人とも深手を負い一時離脱を余儀なくされる。

 数多の死者を出しながらオストベルグ軍はようやく、正門たる南門をぶち抜いた。このまま一気にストラクレス率いる本隊がなだれ込み勝負が決まるかと思いきや――

「そうは――」

「――させぬ!」

 ギルベルト、そしてヘルベルトのオスヴァルト兄弟が左右からストラクレスを強襲した。いつもならば他者が混じっただけでがくんと落ちる戦闘力、されどその日その場所でのギルベルトは二人がかりであるにも拘らず、一人の時と同等の力を出せていた。

「わしを阻むか小童ども!」

 ギルベルトの才が冴え渡る。馬上でありながらその剣技は美しいの一言。そして地味ながらその剣を支えるのはヘルベルトの剣である。不純物である他者とヘルベルトの違いは同じ剣を修める事、そしてその剣が信頼に足る水準であるということ。

「この地を譲る気はない! これから先、二度と譲らんぞ巨星!」

 二つの国の間で揺れ動いていたラコニアという土地。ヘルベルトはそれを二度と渡さぬと吼えた。ギルベルトも呼応するように剣の調子を上げていく。

「そのためならば俺はいくらでも引き立て役となってやる! 俺はオスヴァルトの後継者である前に、アルカディアの大将であるのだから!」

 ストラクレスを押し返すという異様。それを為した最大の原動力はヘルベルトの献身にこそあった。父と同様に憧れであった兄がその場で自分を支えてくれる。一人の時よりも遥かに大きな安心感が剣を更なる高みへと昇華する。

 オスヴァルトの兄弟は一度、敵の侵入を許すもそれを跳ね返して見せた。ストラクレスは勝機を前にして力づくで押し返された記憶を探る。自分が大将軍になる前、それほどに遡らねば存在しない深奥の記憶。久方ぶりの敗北感。

「剣聖が時を越えて甦ったか。さらに強くなって、のお」

 それすら眠気覚ましには丁度いいと巨星は笑った。


     ○


 ウィリアムは感心する思いで戦場を眺めていた。ガリアスの兵、その練度の高さはやはり七王国でも随一である。使ってみて改めて思うのだ、彼らの優秀さを、ガリアスと言う国の層の厚さを。

(指示を確実に遂行する力、不測の事態にも対応できる力がある。各兵が自分の立場、役割を認識し、その中で最高の動きを模索している。動かし甲斐のある、良い兵だ)

 下位の百将、その下で上を狙う百将候補たち。彼らの存在こそガリアスと言う国の強さであった。優秀、どの国でも通用するであろう総合力の高さは使ってみて初めてわかる。以前の王会議では悪い面ばかり目立ったが、平均値の高さはやはり図抜けているものがあった。

(負けようがない。相手が並ならば……な)

 ウィリアムは戦場の地図を眺めていた。さすがはガリアス、国境沿いでありながら地形図も完璧なものを作成してある。これもまた強さの一つ。

(メドラウト・オブ・ガルニアス。かの騎士王の隠し子にして現在のアークランドを支えるブレーンか。良い指し手だ。若く力があり、素直。ガリアスをしっかり学んでいる)

 ウィリアムは此処までの戦場で自分を出すことなく、ガリアスのやり方で戦うことを実践していた。ガリアスの教本、最新版から最も古いものまで王会議の時点で読破しており、その中から最善の一手を選び取り指し回す。これは自分を隠すためでもあるが、同時に制限を設けることでより深く実戦の中、ガリアスを学ぶための行為である。

(相手はガリアス最優のダルタニアンとやり合い学んでいる。必然的に最新の手は対策されており、この制限下では旧い指し回しで対応するしかない。これはこれで面白いな)

 まだメドラウトは自分の域には到達していない。これくらいのハンデで丁度良いという驕り、まずはそこをついて来い。これはウィリアムの挑戦状であった。

(どうせガイウスは俺の居ぬ間に肝の部分を掃除する気だ。あれだけ手伝わせておいて一番面白いところを見せんとは……まあ当たり前だが、それでも面白くないのは事実。ならば楽しむくらい良いだろう? 楽しみながら、俺の目的を果たすさ。十年先の、種まきをな)

 ウィリアムは自軍を模した駒を地図上で動かす。今のところそれなりに劣勢、メドラウトが上手く対応している形である。ダルタニアン、ボルトースを欠き、リュテス、エウリュディケは非協力的。対するはアークランドのほぼ全戦力である。質の面で大きな差があった。アポロニア一人いるだけで士気の差もでかい。

「申し訳ないね、ウィリアムさん。我が強いんだ、王の左右は」

 歴戦の雰囲気を持つ百将がウィリアムに頭を下げた。それをウィリアムは「構わない」と返す。とはいえそろそろ苦しくなってきているのも事実。メドラウトが旧い手も学び始め対応してきている現状があった。

「ヴォーティガンの奇襲でエールの三つ丘、三番目を奪取されました。此処にアポロニアの本隊も合流、陣地形成を開始、本陣とする模様です」

 そして、メドラウトがウィリアムの喉元に噛み付いてくる。ここエール地方には陣地とするに利のある丘が三つある。ひとつは今ウィリアムたちがいるところ。もうひとつは元々アポロニアが本陣としていたところ。そして三つ目、此処の奪い合いが緒戦、中盤の肝。素直に進攻、奪うと見せかけて敵本陣への強襲など、駆け引きが行われていたのだ。

 一気に戦局はアークランドへ傾く。

「エウリュディケは何をしている? あの位置は三つ目への対応も仕事の内だ」

「トリストラムと現在も交戦中。気づいていたそうですが対応する余力はないと」

 エウリュディケにはその前に増援を送っている。優先順位も理解しているだろう。増援を断り、対応することなく個人の戦を優先した。明らかなあてつけである。リュテスならともかくエウリュディケの方がそうしてくるとはウィリアムの思考の外。

(……あの女狐、さては狙っていたな?)

 猫を被っていたのはエウリュディケの方。これは明確な背信である。もちろん最低限の言い訳は用意されているし、咎める気はない。何よりも――

(まあいいさ。さらに一枚落ち、遊び甲斐がある)

 これでようやく対等、ウィリアムは駒を弄びながら心地よい思考の海に没入していた。知識の海、浮かぶは無数の点、結ぶは一筋の光。

 ウィリアムは無造作に駒を進めた。

 それは、本陣形成から一度も動かしていない駒。


     ○


「最初は王の頭脳、サロモンが出てきたかと思った。ダルタニアンとは明らかに異なるし、用兵も少し旧い感じがしたから。でも、今日の攻めで確信した。敵は老獪な用兵術を駆使しながら、強い攻めも打てる人物。老いたサロモンじゃない」

 自軍、アークランド側が三つ丘の三番目を奪取して喜んでいたのもつかの間、今まで不動であった敵の本陣が突如、二番目の丘を強襲、これを奪取した。本陣を移したとはいえアークランド側がしっかりと守っている要衝。双方、特にガリアス側は多くの血を流した。

「人的被害はあっちの方が大きくなる。ガリアスは何故か人材の出し惜しみをして珍しく寡兵、まさか攻めてくるとは思っていなかった。それを達成できる力のある将がいると想定できていなかった。僕の失態だ」

 誰もメドラウトを攻める者はいない。今日三番目を勝ち取ったのはメドラウトの策、此処まで戦えているのもメドラウトのおかげ。ガルニアにはなかった大陸の先進的な戦、対応できているのはメドラウトだけである。

「一番目と二番目の丘は連携が難しい。ただでさえ寡兵であるにも拘らず二つに戦力を分散。愚策だ。ひとつずつ潰せば良いだけだろう」

 ユーフェミアは現状をしっかりと認識していた。もちろん他の者も理解している。問題はそういう状況を何故敵が選択したのか。ただ陣地にこだわっただけか、奪われて激昂したためか、それとも何か別の狙いがあるのか。

「簡単じゃないよ。相手は此処まで隙らしい隙を見せていない。今回だってトリストラムが抑えてくれていたから取れたようなもの。その相手が理由なしに動きはしない」

 メドラウトは考え込んでいた。

「まあ良いじゃないか。王の左右もぴりっとしない。最後の足掻きだと思うよ」

「エウリュディケも何処か引け腰、手応えがない」

 いつもと違うかすかな違和感。材料は少ない、相手の用兵にも外の匂いは感じない。それでも答えを導き出せる材料はあった。かすかな点と点、霞むそこにどうしたら思考をつなげられるのか。早く気づかねばそれこそ致命となりかねない。

 指し手であるメドラウトだけが敵の大きさに勘付きつつあった。否、無言で腕を組むアポロニアもまた何かを感じ取っているのかもしれない。


     ○


「何よ、リュテス様を呼びつけて。陣地取ったから褒めて、とか? 言っておくけどこんな陣地に意味がないことくらいあたしにだってわかる。あんたがやったことなんて無意味だって、みんな言ってるもの」

 ウィリアムは本から視線を外し、天幕に入ってきたリュテスに視線を向ける。

「意味はあるさ。わからないのは君の視野が狭く、思考が浅いからだ」

「はぁん? このあたしに喧嘩売ってるんだ。良いわよ、買ったげる!」

 リュテスは槍を旋回させウィリアムに向けた。

「俺が死ねばこの戦、負けるぞ」

「エール地方ではね。他で勝てば良いのよ。ダルタニアン、ボルトース辺りが戻ってくるか大規模な援軍を寄越すか、どう転んでも最後はガリアスが勝つ」

「人頼みか。王の左右が聞いて呆れる。此処に勝てる材料があるのに、君は無視して人が助けてくれるのを待っている。それは停滞だ。今、ガリアスと言う国が患っている病、まさに君たちこそ病原。進歩なきモノはいずれ滅びるぞ」

 リュテスの槍がウィリアムの鼻先にまで伸びてきた。どう間合いを消したのかわからないほどの腕前、さすがはガリアス一の槍の名手、伊達ではない。

「遺言はそれだけ?」

「勝ちたくないのか? 俺は勝てると言っているんだぞ」

「この状況からどうひっくり返すってのよ? お姉さまとも分断されて、勝てるわけないじゃない! そもそも何で陛下はこれだけしか兵をくれないのよ!」

 リュテスの槍はまさにガリアス一。用兵は他の三人には劣るが、若さと腕前、そして教本をしっかりと覚え、それに沿って動ける知識があった。基本は押さえた上で武力は同世代最強。ゆえに王の左右に選ばれた。

「甘えるなよガキ」

 ウィリアムは槍の穂先を掴んだ。手に血がにじむ。だが、槍は動かない。

「確かにガリアスは超大国だ。だが、いつまでもその優位が続くとは限らない。寡兵でも勝たなきゃいけないときも出てくる。そこで貴様は同じようにわめくのか? 優秀な奴がいない。人が足りない。だから負けても仕方がない、と」

 リュテスは驚愕していた。そして目の前の怪物をようやく認識したのだ。冷たい、あまりにも冷たい視線。その瞳の奥には絶対零度の虚空がたゆたう。

「お前は何のために此処に立つ? お前は何を背負って此処にいる?」

 虚空の果てに君臨するのはただ一人の王。自分たちの王と、同じようでまったく別の、王が其処にいた。嘘や誤魔化しなど出来ない。全て見抜かれてしまう。

「強くなれ、王の右足、『疾風』のリュテス。そして勝て。それが貴様の責務だ」

 リュテスは肯定するしかなかった。相手が求めている答えは、自分がやりたかったことと一致しているのだ。自分がなりたかった、ガリアスの兵士には求められていない存在、勝利を掴み取ってくる英雄という存在に。リュテスの秘した夢。

 たぶん、目の前の男には見抜かれている。

「俺が勝ち方を教えてやる。お前は英雄になれ」

 だからリュテスなのだ。エウリュディケではなく、自分を――

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