世界・歴史・幻想:世界を動かす者

 ウィリアムがガリアスで暗躍している中、時代は大きく動いていた。


 アルカディア対オストベルグのラコニア攻防戦。七王国同士の威信をかけた一戦は凄まじい勢いで過熱していく。重厚な砦と化したラコニアをしっかり守りきればアルカディアの勝ち、落とせばオストベルグの勝ち。

「ギルベルトを動かします!」

「すでにオルセンが動いている! 必要ない!」

「ですが背後を取られては!」

 戦力ではほぼ互角、なれば圧倒的に優位なのは守備側。にもかかわらず嫌に拮抗する戦場。その理由はオストベルグの動きが巧みなのもあるが、

(足並みが揃わないねえ。三つの軍、三つの頭、それじゃあひとつの軍として機能しない)

 問題はアルカディアの指揮系統にあった。ヤンもヘルベルトもカールも、三人ともまとめ役を必要と感じ上に掛け合ったが、結局王子や派閥の権力争いに呑まれ消えてしまった大枠の指揮者。愚かな話だが、エアハルト、フェリクスでさえ御しきれぬ派閥と言う大きな力の前には若い大将ではどうしようもなかった。

「オルセン師団長討ち死! キモンです!」

「くそっ! だから言ったんですよ! ギルベルトを――」

「間に合わないから動かさなくていいよ。もうアンゼルムとシュルヴィアに向かわせてる」

「ヤン、貴様勝手に!」

「西側外壁に人が、何処から現れた!? 暴れまわっております!」

「「「っ!?」」」

 そしてもうひとつの誤算は、相手側のブレーンの存在。ストラクレスが出ている以上この戦場の頭は当然巨星が担うはず。そうであるならば突飛な戦術はない、その考えが隙を生んだ。

 だが、オストベルグの軍をまとめているのはストラクレスではなく、若き新鋭エィヴィング。リディアーヌでさえ苦戦した掟破りの異端児であった。

「ギルベルト! 頼むよ!」

「任せておけ!」

 後手後手の戦場。そして何よりも――

「正門に破城槌、どれだけ矢を浴びせても怯む気配すら見せません!」

「まったく、嫌になるねえ。巨星の引力って奴はさァ!」

 中央で軍を鼓舞するストラクレスの存在が大き過ぎた。一声一声が戦場に響き渡り味方を鼓舞し、敵の心を弱らせていく。士気というのは時に人数差や物量差をも覆しかねない戦場での大きな要素である。

 それが落ちない。むしろ上がっていくばかり。

「|平衝錘投石機(トレビュシェット)、|超大型設置式弓(バリスタ)を正門付近に集中! 敵を近づけさせるな!」

 それでも持ちこたえられているのは、生まれ変わったラコニアという堅ろうな砦があってこそである。ブラウスタットをモデルとして再建造された砦は、後手に回ってなおアルカディアに大きな優位を与えていた。

「カール大将! ヒルダ姉さんが突っ込ませろって」

「……東に合流。レスターに対する牽制として――」

「あ、東の時点で部隊引き連れて行っちゃいました」

「ああ、もう!」

 カールが地団太を踏んでいる様子を横目に、二人の大将が戦場を苦々しく俯瞰する。

「南は貴様の部隊だけで押さえられるのか? あのキモンだぞ?」

「其処は安心していいよ。アンゼルム君とシュルヴィア君を操っているのは、彼女だから」

 ヘルベルトはそれを聞いて頭を掻き毟った。

「それの何処に安心する要素がある。裏切られたらどうする?」

「……たぶん、其処まで考えてないと思うよ。純粋に戦いを楽しんでるんじゃないかな」

 ヤンは「なっはっは」と笑う。そして響き渡る破城槌の音。

「今は正門、しっかり守らなきゃ」

 ヤンが弓を取り出す。矢を探すが手元にない。「ありゃ」ととぼけた声を出すのを見てヘルベルトが自分の矢を投げ渡す。それを受け取りながら流れるようにつがえ、放つ。破城槌を動かす兵が一人倒れる。ヘルベルトがため息をついてまた投げ渡す。撃つ、崩れ落ちる敵兵。繰り返すこと四度、破城槌の動きが止まる。

 あまりにも正確な弓術に驚きを隠せない周囲の兵。驚いていないのはヘルベルトやヤンの直近、古参の戦士たちであった。

「さすがはゼークト家の麒麟児、未だ腕は鈍らず、か」

「剣は君より劣るよ」

「今の貴様なら当たり前だサボり魔が。……勢いは相手が優るな」

「うん、でもね、僕はそれほど悲観していないんだなこれが」

 南にて上がる勝どき。そして同時に東でも同じような声が上がった。前者はリディアーヌ率いるアンゼルム、シュルヴィアの混成部隊が返す刀で勝利をもぎ取ったのだろう。東はヒルダ、ではなくそれを囮にレスターをひきつけて背後から――

「どォォだァァァッ! 師匠ゥ! 俺やりましたァァァアア!」

 グレゴールの突貫。使い慣れた英雄の如し大剣は捨て、『戦槍』から大槍の扱いを学んだ上でリウィウス商会が生んだ最優武器ハルベルトを選択した。

 その破壊力はグスタフと比肩する若き巨人。今ようやく、名を馳せる遅咲きの英傑が此処に一人。

「あ、ああ! 逃げるな卑怯者ッ!」

 戦場に響き渡る声。良くも悪くも目立っている。

「あはは、本当の意味で、勢いがあるのはこっちさ。わかっているんだろ? 巨星」

 ヤンはストラクレスを見下ろす。その目に映るのはかつて届かなかった頂。あれほど討ち取りたかった首が目の前にある。あの厄介な副将ベルガーは自分が討ち取った。ならばあの首、自分でも届くのではないか、その欲が――出ない自分を哂う。

「今年が最後の機会だ。精々頑張りたまえ。来年、君たちが見るのは、この世界が生んだ歪みだ。地の底で生まれた王が、進撃するのさ。天へ。解けるよ、歪みが」

 ヤンはくるくるとロケットをいじる。その中身に語りかけるかのように――


     ○


 ディエース率いる『白』はエルビラ相手に善戦していた。あと少しで『赤』を率いるヴォルフと『黒』を率いるゴーヴァンがエスタード方面へ来る。大規模な、期せずアルカディアと同じ三軍合同での戦。その前段階で――

「僕の『蛇』だけやなくて全部止められてた? ありえへんやろ」

 ディエースの耳にようやくラコニアでの一戦、そこにウィリアムがいない情報が入ってきた。加えて不可解なほど遅れていた定期連絡、ディエースの草の者である『蛇』の多くが失踪、死体すら上がってこない。

「僕がハメられたゆーんか?」

 ようやく点と点が繋がる。一年で帰るはずだったリディアーヌはまだアルカディアで戦っている。暢気に、一番危険な男に利しているのだ。

「今から動くのは無理や。ヴォルフもゴーヴァンも、もうこっちに着く。反対側、東の果て、あかん、この僕が裏取られた」

 そばに控えるジャクリーヌは何も言わない。今まで飄々としていた男が揺らいでいる。それだけのことが起きたのだろう。ジャクリーヌも、他の者たちも口を動かさない。ジャクリーヌ以外には口を動かす余裕すらない。

「僕が言うより、ガリアスが、や。それが、一番あかんねん」

 ディエースは取り乱していた。目先の戦いが見えなくなるほど、自身の領域で、闇の領分で負けた。それはつまり、超大国ガリアスが闇の領域では歯が立たないと言う証左であり、それを成したのが王でも何でもない、いち個人ともなれば――

 危険度の高さに眩暈がする。闇に半身を浸かった男だからこそ、『蛇』を凌駕する何かを個人が持つという異常性に気づいた。

 今、大陸全土でこの状況の意味を理解している人間は少ない。ヘルベルトの時は策士やねえと笑っていた男の貌に笑みは無かった。『蛇』を封殺しただけではないのだ。それによってローレンシア全土の戦場を、己が望む形とした。偶然ではない。全て計算づくの事。ならばもう、あの男には見えている。

 覇道。ガリアスが歩むべきモノ。それの揺らぎを誰よりも早く感じ取った。ゆえに男もまた揺らぐ。目先の戦場など些事とばかりに、意識がそちらへ向く。

 だから――

(まずいわね。この感じ)

 次の日、一瞬の隙をついてエルビラが明確な勝利をもぎ取った。ディエースがこの地で辣腕を振るう中、初めて掴んだ大きな勝利である。その日、珍しく戦場にはエルビラの咆哮が轟いたという。ただの一戦、その勝利が流れを変えた。

 次の日も、またその次の日も、じわりじわりとエルビラが小さな優位を積み重ねていく。後退に次ぐ後退、ディエースの歯車は完全に狂っていたのだ。そして勝利で自信と勢いをつけたエルビラがキレの良い手をどんどん放っていく。

「なんや、これ?」

 その背にエルマス・デ・グランが見えた時、ようやく自分のおかしさをディエースは自覚した。遠くを見過ぎて、近くがまるで見えていなかった。その間に自分は相手を成長させてしまったことにも、手遅れになったあと気づいたのだ。

「おいおい、何であの蛇野郎がここまで下がってんだよ?」

「熱はあちらにある。それに、あちらも真打が合流したようだ」

 ヴォルフとゴーヴァンがエルマス・デ・グランから見下ろす世界には巨大な恒星とそれを支える綺羅星があった。エスタードが誇るカンペアドールの血族たち。

「アークランドは捨てた、ってかいつでも落とせるって感じか? エル・シドだけじゃねえ、もう一人いやがる。他にも曲者が多数、ハッ! 腕が鳴るぜ!」

 迎え撃つは巨星に大事な者を奪われた復讐者。

「俺様が来たッ!」

 烈日が戦場にて輝く。


     ○


 アークランドは元々自国の領土だった部分を奪い返し、そのまま全軍ガリアスに向けて転進する。合理的に考えればそのまま最低限の守りしか存在しないエスタードを攻めるべき。しかしアポロニアはその案を一蹴する。

「我らが求めるは熱き戦場! さあ、これで心置きなく超大国と戦える」

 紅蓮の女王にとって領土拡大は目的でないのだ。女王の目的はその過程である戦争そのもの。より熱き、より高き地平での戦争を求めている。領土や金などはあくまで戦争の副産物でしかない。それがアポロニアの思考なのだ。

「我が魂、全てを燃やさん」

 王の手足、討ち取らんとアポロニアが往く。


 各地にて尋常ならざる戦火が舞い踊る。アルカディアとオストベルグ、ネーデルクスとエスタード、ガリアスとアークランド。どの戦場も平時であれば戦史でも大きく取り扱われたはずの大戦ばかり。


 エルマス・デ・グランのお膝元ではヴォルフとゴーヴァンが激情と共に巨星、エル・シド・カンペアドールに向かった。エルビラの策が間に合わないほどの速度で進攻、最初に噛み付いたのは黒の狼。その牙はエルビラの守りをズタズタに引き裂き――

「まだ顔ではあるまい。此処どまりだ若いの」

 大矛を携えたエル・シドと似た老人が牙の進攻を防ぐ。アナトールとニーカのペアを容易く受け流し、ヴォルフの刃を受け止める。

「退けよ、お呼びじゃねーんだクソジジイ!」

 咆哮する狼。アークランドの主力であるユーフェミアの守備を破り、ローエングリンを討ったエスタードの隠し玉、使いたくなかった叛逆の将ジェド・カンペアドールと黒き狼がぶつかった。

 其処を大きく迂回し、ただ一点を狙う金色の騎士。敬愛する王、秘した恋慕、二つを奪った仇に向かう『騎士王』の懐刀『太陽騎士』ゴーヴァン。あの日の敗戦より磨き続けてきた刃を烈日に突き立てる時が来た。

「悪いなランスロォ! 先に――」

 烈日は突貫してくる黄金の騎士を一瞥し、

「貴様ではない」

 抜き放たれし黄金の大剣、それごとエル・シドの大矛がゴーヴァンを両断した。肩から縦に一文字、奔る傷は荒々しく命の灯火を一瞬で消し飛ばす。

「――逝く、ぞ」

 走馬灯に浮かぶのは紅蓮の後姿。

 その幻影が、振り返って己へ微笑み――慕情と共に騎士は逝った。

「くだらん。死を求めねば少しはマシにもなったろうに」

 エルマス・デ・グランでの決戦、初日からネーデルクスは大きな痛手をこうむった。不調のディエース率いる『白』は、緒戦こそヴォルフに喰われたものの立て直したエルビラに完敗。ゴーヴァン率いる『黒』はまさかの初日で頭を失うという痛過ぎる傷を負った。当然エル・シドに蹂躙される。

「ガルニアが誇る太陽騎士を一撃で……我が弟ながら強過ぎるのう」

「ふん、他が弱過ぎるだけだ。俺はまだ本気を出していない。出す相手がおらぬ」

 ただ一点、ヴォルフ率いる『赤』はジェド相手に勝利を掴んだ。ジェドを完全に破ったわけではないが、それでも唯一の勝ち星を奪った功績はでかい。これにはエル・シドも少し驚きを見せたほどである。

「狼の小僧に後れを取ったそうだな。腕が落ちたか、ジェド」

「まさか。むしろお前に招集された時、全盛期以上にまで仕上げてから大陸に戻った。そのわしと現時点で互角、多少上に来た。ということはあの小僧……昇るぞ、シド」

「そうか」

 エル・シドは笑みをもって敵陣の、己が敵となりうる戦士に睨みを利かせた。まだまだ戦は始まったばかり、楽しみは尽きない。

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